第8話 進む崩壊
【政府首都グリードシティ 中央エリア 軍事総本部】
国際政府の中枢エリアは軍事総本部に囲まれているため、中枢エリア――元老院議事堂・セントラルタワーに入るには、軍事総本部は避けて通れない。私はその軍事総本部にいた。
雷が降り注ぐようになってから2時間だろうか。首都は急速に確実に崩壊に向かっている。もうすでに上層エリアは壊滅状態だ。このままでは、残りの中層エリア、下層エリア、最下層エリアも破壊されていく。
軍事総本部上層エリアも壊滅的な被害を受けていた。瓦礫と死体の山だ。炎が至るところから上がっている。
上層エリアが破壊されれば、次は当然のことながら中層エリアが破壊される。いや、中層エリアもすでに半壊状態だ。空からの攻撃は下層エリアにも届きつつある。
「はぁ、はぁっ……! あ、あと少しだ」
私は上層エリアから降ってくる瓦礫や軍用兵器の残骸を避けながら、元老院議事堂を目指していた。元老院議事堂からセントラルタワーに入れる。セントラルタワーの最上階にクェリアはいるハズだ。
「ク、クラスタだ……!」
国際政府のクローン兵が叫ぶ。その身体は傷ついていた。恐らく軍用兵器や魔物との戦いや降ってくる雷や瓦礫にやられたのだろう。
私は彼女に構わず、先を進んでいく。国際政府クローン兵も、多くが傷つき、私を追うだけの力を残していなかった。もう、自分を守るだけで精いっぱいなのだろう。それに、裏切ったクェリアの為に戦おうと考えるクローン兵も、ほとんどいないのだろう。
もう戦いが始まってから8時間は経過している。黒い雲で見えないが、日がそろそろ落ちる時間だ。あの雲の向こうには、夕日が見えるのだろう。
クェリアを除く、グリードシティにいる者たちにとっては、地獄の8時間だ。その途中に命を落とした人々も少なくはない。今生き延びている人々も、次の瞬間には死んでいるかも知れない。
これを止めるには、クェリアを殺し、彼女の使うコンピューターを奪うしかない。それさえ奪えれば、この惨劇を止められるかも知れない。
やがて、私は死体と瓦礫だらけの軍事総本部から、元老院議事堂へと入る。1800年もの間、世界の執政を行ってきた中枢施設。その造りは豪華なものだった。
「ク、クラスタ!」
「も、もうダメだ、逃げろ!」
元老院議事堂内にはクローンではない男性軍人たちがいた。恐らく、政府親衛兵だろう。元々は元老院議員を守ってきた兵士たち。元老院が永久解散された今は、この建物を守るための存在。
彼らは私の姿を見ると、一目散に逃げていく。疲れ切った表情をしていた。この建物内にも、戦闘の跡が色濃く残っている。床には、官僚や市民の死体がある。そして、壊れた連合軍の軍用兵器も……
「ここにも、連合軍の軍用兵器が送り込まれていたのか……」
こことセントラルタワーはまさに、国際政府の心臓部。そんな場所にまで連合政府の軍勢に蹂躙された。それは国際政府の崩壊を象徴しているようだった。
やがて、私は豪華な装飾が施された大きな扉を勢いよく開け、セントラルタワーの1階メイン・ホールへと入る。ホールの一番奥にあるエレベーターを使えば、セントラルタワーの最上階に行ける。だが、――
「……来たか」
「お前は……!」
メイン・ホールの真ん中で、1人の男性軍人が待ち構えていた。……クェリアの側近にして四大中将筆頭のカーコリアだ!
「何の用だ、カーコリア」
「お前を殺すように言われている」
カーコリアは腰に装備していた銀色の短い棒――魔法ソードのグリップを手に取る。彼は魔法ソードを起動させる。真っ赤な炎の刃が現れる。
「お前は裏切られたんだぞ?」
「いや、クェリア陛下は正しい。国際政府が崩壊するなら、その軍民は死ぬべきだろう。それに、お前たちはそれ相応の代償を払うべきだ」
「…………。お前たちはどうかしてる……」
私も剣を抜き取る。話が通じる相手じゃなさそうだ。
「行くぞ!」
カーコリアは火炎ソードから火の粉を散らしながら、私に向かってくる。私も彼に向かっていく。あまりじっくりと戦っている時間はない。この間にも、刻一刻と人が死んでいく。今も、地面が僅かに揺れている。あの雷が降り注いでいるのだろう。
カーコリアの胸を斬りつけようと、勢いよく剣を振る。彼は私が剣を振るとほぼ同時に、地面を蹴って飛ぶ。飛びながら、すれ違い様に私に火炎ソードの刃を刺そうとする。私はそれを自身の剣で防ぐ。
だが、左肩に鋭い、痛みが走る。カーコリアがもう一本の魔法ソード――冷凍ソードを起動させ、その動きで私の左肩を斬りつけた。
「クッ……!」
私は痛みと冷たさに耐えながら、左手に持っていた剣を振る。それはカーコリアの脇腹を深く斬りつける。真っ赤な血が大理石の床に飛び散る。カーコリアは着地に失敗し、勢いよく倒れ込む。
だが、カーコリアは素早く起き上がり、後ろに飛んでいく。血が脇腹から流れ落ちる。あれだけの傷を負いながら、まだ戦えるとは大したものだ。
「さすがだな、カーコリア」
「フフ、冷たいのは好きじゃなかったか?」
カーコリアが不敵に笑う。すぐにでもクェリアの元に行かなければならない。だが、この男を倒すには時間がかかりそうだ。
そのとき、カーコリアの真上の天井がいきなり激しい雷鳴と共に崩れ落ちる。激しい振動と衝撃波が私を襲う。私はその場に倒れ込んでしまう。大きな瓦礫がすぐ近くに飛んでくる。
「クッ……!」
私は明かりが消え、非常灯だけになったメイン・ホールの中で、素早く身を起こす。カーコリアはどこへ――
「…………!」
カーコリアは巨石にその身体の大部分を押しつぶされていた。その周りには大量の血が広がっている。もう生きてはいないだろう。
私は剣を戻すと、その場を離れ、メイン・ホールの奥にあるエレベーターへと向かう。エレベーターは無事のようだ。
さっきのは、ラグナロク魔法を纏ったあの雷だろう。クェリアが落としている雷。まさか、それに助けられるとは思ってもいなかった。
だが、元老院議事堂――それもセントラルタワーまで攻撃の対象にしたところを見ると、もうグリードシティの完全崩壊も近いのかも知れない……