第13話 オペレーション:ネメシス
【国際政府首都グリードシティ セントラルタワー 皇帝オフィス】
私は濃い赤色のじゅうたんが敷かれた廊下を歩いていく。左右の壁には黄金と美しいクリスタルで造られた植物が描かれている。天井には美しいシャンデリアが吊り下げられている。
元老院議事堂の中心にそびえ立つセントラルタワー。その最上階は国際政府のトップが代々、1800年に渡って君臨し続けてきたエリアだ。民主制から君主制に変わった今でもそれは同じだ。
私は廊下の一番奥にあった大きな扉に手をかける。その扉も、黄金とクリスタルで何かの植物が描かれていた。――美しい扉だ。
扉はゆっくりと左右に開いていく。私の目に飛び込んでくる国際政府皇帝のオフィス。広い部屋だ。廊下と同じく濃い赤色の床と壁。壁には相変わらず黄金とクリスタルで植物が描かれている。
そして、皇帝オフィスの奥。美しく大きなステンドグラス。その下に置かれた純白色のイス。そこに座るのは、緑色の装甲服を纏った1人の女性軍人――
「フフ、遂に来たか。クリスター政府防衛大臣クラスタ」
女性軍人――クェリアが口を開く。私は剣を抜く。ここに来た理由は1つ。クェリアを殺しに来た。――いや、彼女を殺し、グリードシティの惨劇を止めに来た。
「クェリア、お前はクリスター政府に対する侵略を企んだ疑いがある。私と共に来て貰おうか」
「逆賊国家の防衛大臣とはいえ、形式は守らないとな。フフフ……」
クェリアは純白のイスから立ち上ると、腰に装備していた剣を抜き取る。やたら長いその刃は、黒く染まっていた。…………!
「まさか……!」
私は身の危機にぞっとしながら、素早く身を屈める。クェリアがその場で剣を振る。その途端、何かが飛んでくる。――斬撃だ!
斬撃は身を屈めた私の真上を通り過ぎていく。私はそっと天井を見上げる。天井がほとんど音もなしに勢いよく動いて行っている。その動きは、まるで流れていっているかのようだった。
「…………!」
天井が流れるようにして横に動いて行き、重厚な壁が現れたかと思うと、それもやがて私の真上を通り過ぎていく。そして、私の上からは天井は消え、暗雲――黒い雲に覆われた空が広がった。強い風がかつて部屋だった場所に入ってくる。
「破壊魔法を纏った斬撃か」
「この方が、国際政府崩壊の音がよく聞こえるだろう?」
クェリアは狂気的な笑みを浮かべながら言う。さっきまでの静けさは消え、爆撃音や人々の悲鳴が私の耳に入ってくる。グリードシティで起きている戦いの音だ。
さっきの斬撃で部屋の上半分が“斬られ”、その衝撃で斬られた上半分の部屋が落ちていった。――何か巨大な塊が落ちたかのような音が聞こえてくる。
「お前は私と一緒にここで死ぬ。国際政府の崩壊と共に、ティトシティの残党も死ぬ」
「…………」
私は剣をしっかりと握り、クェリアに向かって構える。
「ソフィア、カルセドニー、アルマンディン、サファイア、ヒスイ、ギョクズイなどといった“人間もどき”も全員、ここからは生きて出られない」
私はクェリアに走り向かっていくと、剣で彼女を斬り殺そうとする。クェリアも長剣で私の剣を防ぐ。何度も激しい攻防が繰り返される。金属の音と火花が幾度と散る。
「降り注ぐ雷を遥かに超える破壊のエネルギー。まもなく、それが隔離されたこの世界に振り降ろされる。そして、国際政府は崩壊する」
「…………!」
クェリアが長剣で私の剣を防ぎながら、後ろ向かって大きく飛ぶ。そのとき、空を覆っていた暗雲が勢いよく動きだし、1つの巨大な球体へと形を変えていく。
このセントラルタワーに来る途中、今上空で作られつつある球体と似たモノが落とされた。凄まじい威力だった。今作られているのは、あれとは比べものにならないほどの大きさだ。この大きさなら、最下層を含めたグリードシティの全てを破壊する事が出来るだろう。
「1000万人の死を持って、1800年続いた国際政府は滅ぶ」
「させるか!」
私は再びクェリアに向かっていく。だが、暗雲の球体は思った以上に早く作られていく。もうすでに半分は出来上がっている。
「ソフィアも哀れだな。お前の復讐戦で死んでいく。いや、ソフィアだけじゃない。エメラルドやアンバー、カイヤナイト、ヘキギョク、その傘下にいる40万人のクローン兵。みんな死ぬ。お前の復讐戦でな」
「ち、違う! これは復讐戦じゃない!」
私の胸にクェリアの冷たい言葉が刺さる。それは鋭い刃のように私の胸を貫く。
「ハハハ! 違わないのか! だとしたら、国際政府だけではなく、ネオ・連合政府やビリオン=レナトゥスとも戦わないとな!」
「わ、私が国際政府と戦っているのは、お前たちが私たちに侵略を――」
「ほう、証拠はあるのか?」
「…………!」
クェリアの言葉に、私は一瞬攻撃を辞めてしまう。その隙を突き、クェリアは長剣で私の剣を弾き飛ばす。
「フフフ、私への復讐戦を正当化しようと一生懸命だな。そのために騙しているのは――」
「騙してなんか……」
「ソフィアたち、いや、クリスター政府。そして、お前自身も、か」
「……えっ?」
私の胸が鋭く痛む。――攻撃を受けてもいないのに。
「お前は自分自身を騙している。本当は私に復讐したい。だから、戦争を仕掛けた。でも、個人的な復讐で戦争を仕掛けるなんて論外。だから、――」
「違うッ!!」
「――侵略戦争を防ぐという名目を立てた。自分とクリスター政府に対してな」
ニヤリと笑うクェリア。彼女は私の首から剣を離し、それを投げ捨てる。そして、懐からハンドガンを引き抜くと、それを自分自身の頭に押し当てる。
「頑張って自分さえも騙して私に復讐しようとしたのに、お前はそれさえも果たせない。そして、お前の個人的戦いで、みんな死ぬ」
そう言うとクェリアは何の躊躇いもなく引き金を引く。乾いた音が響き、クェリアの頭から血が噴き出す。彼女は崩れるようにして、血の飛び散った床に倒れる。……私はクェリアを殺せなかった?
そのとき、空から光が差し込んでくる。空を見上げれば、暗雲とそれで作られた巨大な球体が急速に消えつつあった。どういうことだ……?
[クラスタ閣下!]
「…………?」
私の小型通信機からソフィアの声が発せられる。
「な、なんだ……?」
[先ほどグリードシティ最下層で暗雲を発生させているクリスタルとその装置を破壊しました]
ソフィアの報告に私は後ろを振り返り、空に目をやる。すでに暗雲は消え去り、陽の傾いた空が広がっていた。
[装置を破壊したところ、全ての軍容兵器は動きを止め――……。……クラスタ閣下?]
私は小型通信機を床に落とし、震える身体でクェリアの座っていたイスに向かって歩いていく。視線の先には、真っ赤な血の色をした夕日。そして、黒煙を上げるグリードシティ――
――この戦いは、何だったのだ?




