第四話 おいしい話
うまい話には裏がある。タダより高いものはない。そんな言葉は星の数ほど聞いてきた。だが。
「これ…えっ?」
自分の同級生だという犬を目の前に、カイロは立ち尽くすしかなかった。
「そう、君の同級生。実があんまり合わなかったのかな。子犬の姿のまま制服を引きずっていてね」
何を言われているのかさっぱり分からない。実?なんの話だ?
「いやいや……人間が犬になるわけない、でしょ……」
やっとのことで絞り出した言葉に、周囲の人々が少し鎮まる。ロベルは眉を下げ、仕方ない、というような顔でカイロを見た。
「そうか、うん。君は外部生だったな」
そしてロベルは抱えていた犬を自分の後ろに隠し、カイロの肩に手を置く。
「なるんだよ。人は犬に。馬にも猫にも、龍にだってなる」
腰を抜かしたままのカイロを、ロベルは再び引っ張り上げて立ち上があらせる。
「ここは「化受園」。進化の坩堝。ここでは僅かな可能性が現実になる」
カイロを立ち上がらせたロベルは、背後の犬の頭を撫でた。
「君たちの言葉でいうと、異世界だ」
現実味のない言葉に、カイロは茫然としたままだった。
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つまり異世界召喚ってこと?
そんなアホみたいな結論にたどり着いたのは、次の町までロベル達に送って貰っている途中だった。その答えにたどり着くまでカイロは呆けてろくに受け答えも出来なかったのだ。見かねたロベル達は、カイロの同級生――今は犬だが――を連れて行くついでにカイロを馬に乗せてくれた。優しい。乗せてくれてる甲冑の人、だいぶ汗臭いけど。
「キューン」
「どうした?ふふふふ」
前方の馬の上では、子犬サイズになった犬とロベルが戯れている。指とか舐めてるけど、あれ人間なんだよな。大丈夫だろうか、色々と。
「あの、あれ、同級生……って言ってたんですけど、なんで犬のまんまなんですか」
きっと、いわゆる異世界チートってやつなんだろう。カイロは犬を見ながら思った。異世界召喚特典で犬に変身出来るようになった。…なら、なんでずっと犬?可愛こぶっているのか?
「ああ、多分実が合わなかったんだよ。可哀想に」
「実?」
カイロが聞き返すと、カイロを乗せてくれている甲冑は頷いた。
「知恵の実だよ。君たち、果実留学の子だろ?最初に貰ったんじゃないか?」
貰ってない。というか、知恵の実って。
カイロは混乱した。カイロの想像では知恵の実はせいぜい集中力や身体能力の底上げをしたりするものだった。まさかこんな、こんなにも異質な変化をもたらすものだったなんて。
「すみません、実が合わなかったってどういうことですか」
カイロはいやな予感がしながら尋ねる。次に答えてくれたのは、並走していた別の甲冑だった。
「知恵の実食べたら色んな能力が発現するんだけどよ。たまに体に合わなくて能力が暴走するんだ。それでも食べるやつ、多いぜ」
甲冑は気の毒そうな口調で続ける。
「あの犬のヤツも、大方犬に変身出来る能力だったんだろうぜ。能力の暴走で、戻れなくなったんだろ」
人間に戻れなくなる。想像して、ぶるりとカイロは震えた。あの犬に、人間としての意識は残っているのだろうか。意思の疎通は?
「お前は?実、食ったんだろ?」
「いや、俺、食ってないです」
ロベルにも話したこれまでの経緯を彼らにもう一度話すと、彼らはうーん、と首を捻る。
「なんだ?門の不調か?」
「空中に放り出されるなんて、聞いたことねぇぞ」
本来なら、一度学院というところに転移し、そこで知恵の実を配られるらしい。ポート・レベッカに行く、と言うのは一番最初の腕試しもあるようだ。厳しすぎないか。
「そもそも、俺達がこうやって向かってるのも…」
「おい、居たぞ!」
誰かが声を張り上げる。
瞬間、ロベルを筆頭にぐん、と馬のスピードがあがった。
「うわあああああああああああああああああ」
つんざくような悲鳴が響き渡る。びくりと体を震わすカイロに反して、馬はその悲鳴の元へ駆けていく。
まず見えたのは、肌色の大きな塊だった。近づくにつれ、所々盛り上がったり筋のようなものが表面にはしっているのが見える。
「まずいな」
並走している甲冑が溢す。何が…と思ったとき、カイロにもそれが何なのか見えた。
人だ。
「あ……」
片足が信じられない大きさに肥大している。その上ビチビチと跳ね回り、付属品のようになった体が振り回されている。先程から響き渡る悲鳴も段々と弱まっていっていた。
「なんで…」
「実が合わなかったんだ」
カイロの呟きを乗せてくれている甲冑が拾う。実が合わなかった、という事は。
「あれも、同級生………」
胃の腑が冷える。
いの一番に飛び出したのは、ロベルだった。
馬の背を蹴り飛び上がった彼女は、そのままの勢いで膨れ上がった足に剣を突き刺す。
「ああああああああああああ」
まだ痛覚があるのだろう。片足の十分の一ほどしかない体が余計に暴れる。いっそ気絶した方がましなのではないか。
ロベルが剣を引き抜くと勢いよく血と薄緑に光る何かが噴き出す。剣を払ったロベルは声を張り上げた。
「足を切り落とすぞ!いいな!」
返事が出来ないでいる足の膨れた男に、ロベルは一瞥をくれる。無言を肯定と取ったのか。ロベルは剣を握り直し、振りかぶる。
「はッ」
一閃。次の瞬間に、男と膨れた肉塊は切り離されていた。血しぶきが降り注ぐ。
「止血!」
「はい!」
ロベルの一声で、何人かの甲冑が片足を失った男の方に駆け寄る。男は未だ呻いているが、力なくだらりと両手片足を放り出している。
馬から降りたカイロは、切り離された片足の方に目を向けた。切り離されたにもかかわらず、肉塊はまだうごめいている。
「隊長」
「ああ」
甲冑の一人がロベルに駆け寄り、なにかを渡す。遠目には、なにか赤い鉱物のようなものだった。
「皆距離を取れ!」
ロベルは叫び、そしてその鉱物を肉塊に放り投げる。それが肉塊から溢れる薄緑に光るドロドロした部分に当たると、突然バチバチッと火花が散った。そしてみるみる間に薄緑のドロドロが黒くぼそぼそしたものに変質していく。質量も減っているようで、それが広がるにつれてだんだんと肉塊も萎んでいく。そうやっているうちに、そのうち肉塊は動かなくなった。
カイロはその場に立ちすくむ。肉塊に目が釘付けになり、一歩も動くことが出来なかった。
異世界召喚。小説や漫画みたいな夢みたいな展開。……夢ならば、良かった展開。
「どうしよう……」
途方に暮れたカイロの垂れた手を、犬が慰めるようにぺろりと舐めた。




