第三話 麗しの優等生
旅に必要なものは何だろうか。交通機関やコンビニなどの店、娯楽施設や観光名所がある程度揃っているような場所であれば、お金とスマホが定番だろう。とりあえず、金とスマホさえあれば何とでもなる。が、交通機関はおろかコンビニも便利な店も無い場合、旅に必要なものは水と食料、それから、身を守るのに必要な武器か護衛である。
「オラァッ!全員降りろ!」
突き抜けるような青空の下、それに似合わない怒鳴り声が一つ。
カイロは食べかけのリンゴ(ペルシカにもらったローブに入っていた)の最後のひとかけらをゴクリ、とのみ込んでしまった。大事に大事に食べていたのにもったいない。
「全員そこに並べ!有り金と積み荷出し渋ったらぶっ殺すぞ」
10人ほどの集団がカイロの乗り合わせた荷馬車を取り囲んでいた。ペルシカと別れてから三時間ほどだが、途中で馬車に拾ってもらい、幸先がいいと思っていた矢先にこれだ。ちなみに荷馬車の御者に金は払った。銀貨一枚。ペルシカからもらったローブに入っていたお金の三分の一である。
ぞろぞろと荷馬車の列から人が出てくる。カイロもそれに倣い、びくつきながら御者の影に隠れた。おそらく山賊や強盗というものだろう。リーダーらしき男が何やら指示を出し、荷馬車の荷物を運び出している。その間に、カイロ達の所には薄汚れた袋を持った男がやってきた。
「おら、有り金とっとと全部これに入れろ」
皆が恐る恐る金を袋に入れていく。
これは、殺されるのだろうか。カイロはぼうっとした頭で考えた。現実味がない。ずっとそうだった。訳の分からない世界に連れてこられて、美女に膝枕されて、それで次は強盗?そうしてあっという間に死んでしまうのか。
そこまで考えた、その時だった。
「待ちなさい!」
勇ましい声。けれど真剣な場にふさわしくはない浮ついたセリフ。
「あなたたちは包囲されています!」
グルル、とその声に続き獣の唸り声のようなものがする。視線をやると、なだらかな丘の影から、いつの間にか金髪碧眼の前髪ぱっつん美少女がこちらを見ていた。手には…剣?
「三陸警備隊だ!無駄な抵抗はせず投降しろ!」
少女の後ろからぞろぞろと甲冑を着た男たちが出てくる。この世界の警察、だろうか。助かったのか?
「クッソ…」
嫌な呟きが耳を掠める。次の瞬間、カイロはグン、と横に引っ張られた。
「おい、ちょっとでも近づいてみろ、このガキぶっ殺すぞ!!」
「ひっ」
人間、驚きすぎると声が出なくなるものである。カイロはあまりの恐怖に、ひきつった顔と声しか漏れ出なかった。
首筋にはナイフだろうか、何か冷たくて鋭いものが少し刺さっている。痛い痛い痛い痛い痛い。もうそれしか考えられない。
「ガウッ」
「あっ」
何かの鳴き声と誰かの声が同時に聞こえる。と、
「ガァッ!!!このクソ犬!!!」
首筋のものが無くなった。それと同時に、カイロは地面に叩きつけられる。眩暈がした。地面に叩きつけられた拍子に一瞬何もかもがわからなくなる。なんだ、何が起こった?
地面に伏している事だけは分かったので、懸命に立ち上がろうとすると、背中を何かが思い切り蹴った。
「ガッ!」
もう一度地面に倒れ込む。そのカイロの腕を、誰かがグッと引き上げた。
「対象捕縛!犬に怪我なし!」
「よくやった」
カイロを引き上げたであろう人物が報告に応える。カイロは懸命に顔を上げ、その人物を見上げる。
「君、怪我はないか」
金髪碧眼にぱっつん前髪。長い髪は風に靡き、光を受けてキラキラと煌めいていた。
「…キレイ」
カイロはポツリと、思わず呟いてしまった。
*******
「え~、君、今年の学生なんだね?」
ゴホン、と前置きをされ、カイロは顔が赤くなるのを感じた。なんだろう、この生暖かい視線は。
「分かる、分かるよ。隊長美人だから」
「おまけに学院を二位で卒業した優等生」
「憧れるよね~~。見惚れるよね~~~」
「あああああああ、もうやめてくださいぃぃぃ!!!!」
周りの甲冑どもが五月蠅い。すごく。執拗に。
無事強盗から助け出されたカイロ達は、事情聴取を受けていた。カイロがこれまでの事情を少しばかり話すと、話を聞きつけた金髪美少女に聴取がバトンタッチされたのだ。
「んん~~、えっほん。お前たち、程々に。私まで恥ずかしい」
金髪美少女の取りなしに、甲冑たちはしぶしぶ下がっていく。すごくしぶしぶ。
「それで、ポート・レベッカまで向かっていると」
「そう、そうなんです!」
カイロはやっとまともに話を聞いてくれそうな相手に目を輝かせる。金髪美少女はにこりとほほ笑んだ。
「私は三陸警備隊陸上部隊所属、十四番隊隊長を務めるロベル・ワンダだ。ロベルで良い、幸運な学生さん」
「あ、カイロです。俺、カイロカズヒと言います」
「ふむ、カイロ。時に、この子は君の知り合いだと思うのだが」
そう言いつつ、ロベルが後ろから出してきたのは。
「子犬?」
「キャン」
ロベルに抱きかかえられつつ鳴くのは青灰色の毛並みを持つ子犬だった。かわいい。
「確かに子犬だが、ただの子犬じゃない。さっき君を助けた」
ロベルがそう言うのと同時に、子犬がもぞり、と動いた。そしてみるみるうちに子犬がどんどん大きくなっていく。信じられない光景に、カイロはうわっ、と声を上げて腰を抜かした。
「ワン」
「おいおい、命の恩人だぞ。その対応はひどくないか」
ロベルは呑気にそんなことをいうが、それどころではない。子犬が、いきなり成犬になったのだ。常識では考えられない。
その次に、ロベルはもっと信じられないことを口にした。
「この子、君の同級生だと思うんだが…どうかな」
どうかなって。
分かるはずもない同級生の変わり果てた姿に、カイロは茫然としたのだった。




