第98話 暴旋牛角の嵐槍
重たい緊張感が張り詰める。
互いに腰を落とし、視線をぶつけ合う。
動かない。
だが、その静止の奥では、凄まじい読み合いがせめぎ合っていた。
相手はトゥーロ。
〝予見士〟だ____。
予言士は相手や周囲の情報から、未来予知とも言える予測をする職業だ。
下手に動き、情報を与えてしまえば、不利になる。
相手は、〝ラットが予見士と知っていること〟を知っている。
以前のような奇襲はできない。
予見士と知った上で、ラットが行動してくるであろうことを理解しているからだ。
ラットが勝つためにはその予測を超えなければならない。
静かな呼吸。
砂を踏み締める音。
次の瞬間__
その静寂を最初に破ったのはトゥーロだった。
トゥーロがラットに向かって斬りかかる。
一、二、三……。
斬撃が腕や髪を霞めつつも、ギリギリで躱していく。
ラットは取り出した煙玉を叩きつけた。
ボッ__
広がる白い煙に視界を遮られる。
「以前と同じようにはいかないぞ」
トゥーロが短く叫ぶ。
「リタッ!! 〝ドロー〟だ。思いっきり魔力を込めろ!!」
「わかったわ!」
__ドロー
軽いものを引き寄せる闇属性の魔法。
闇属性を保持する者が修練のために最初に習得する基本魔法。
<引き寄せろ__ドロー>
ドローは基本魔法だ。
近くの小石などを引き寄せる程度のもので、
闇属性を扱う感覚を身に着けるための魔法だ。
決して戦闘で使用するような代物ではない。
だが、リタが魔法を発動した瞬間。
周囲に漂っていた煙幕が、一気に吸い寄せられ消えていった。
「なっ!?」
ラットは思わず声を漏らす。
視界が晴れた。
その先にいたのは……。
ミルへ強化水を使用するラットの姿だった。
「見つけたぞ!」
トゥーロが地を蹴る。
距離を詰め、ラットへ斬りかかった。
だが……
ボッ__
その間へとミルが滑り込む。
鉄鋼で剣を弾き、そのままもう一方の拳を叩き込む。
ギンッ__
サーベルに対して質量のある鉄鋼。
防御したサーベルごと、トゥーロを弾き飛ばす。
「……っ!」
飛ばされたトゥーロは空中で身を翻し、難なく着地する。
「相変わらず速いな……」
感心したように笑う。
「だが、速度を上げたところでそれだけだ」
空中を駆け。
壁を蹴り。
地を滑り。
また、空中を駆ける。
鉄鋼による打撃を中心に、
蹴りを織り交ぜ、
砂を投げつけ、
掴みかかる。
間髪を入れず、連続で攻撃を繰り出していく。
しかし、トゥーロには届かない。
最小限の動きで回避し、受け流す。
すべてを読み、それを捌く。
その間、ラットは空気銃でリタへ牽制射撃を行った。
さらにトゥーロへも弾丸を撃ち込むが。
それすらも避けられた。
リタは防御魔法を展開しつつ、次々と初級魔法を放っている。
ラットの攻撃はその防壁に阻まれていた____。
*
「ミル……、あなた、これほど強かったのね……」
攻撃こそ当てられないものの、縦横無尽に飛び回るミルを見て、リタは呟いた。
「すごい速度……。これならあいつの再戦のいい練習になるかも」
その速度を、常人の目では追うのは難しい。
トゥーロの指示通り。
リタは相手の動きを予測した。
<防げ__シャドウウォール>
<貫け__シャドウランス>
<撃ち抜け__シャドウボール>
攻撃ではない____。
移動を妨げ。
行き先を誘導し。
逃げ場を奪う。
ラットとミルの動きを制限する形へ変わっていた。
「そうだ。それでいい。まずは慣れろ」
リタは集中し始めていた。
トゥーロはミルの攻撃を躱しながら、それを視界に入れ笑った。
お前は頭に血が上りやすい。
だが、頭が悪いわけでも、実力がないわけでもない。
リタの魔法精度が上がっていく。
冷静なら、本来の実力を出せたなら、もっとできるはずだ。
複数の魔法を同時制御することは極めて難しい。
だが__。
大量の魔法を同時展開していたリタは、その領域へ自然と到達していた。
リタは完全に意識を切り替える。
最初、ラットを倒すことのみを考えていた。
しかし、今は動きを読むことに全神経を集中した。
その結果__。
ラットの牽制はほとんど意味を失っていく。
一方的に。
リタの魔法が、ラットとミルを追い詰め始めていった。
(やはり姿が見えていれば怖くない)
ラットがその実力を出しきれないのにはもう一つ理由があった。
トゥーロは戦闘の開始から、ずっとラットが視界に入るように位置取りをしていた。
トゥーロの能力は〝予見〟だ。
トゥーロは、ラットが死角に入ろうとするのを、決してさせなかった。
例え、カメレオンマントを羽織ったとしても完全に消えるわけではない。
見えづらくなっていたラットを捕捉しつづけた。
「死角に入ろうとしても無駄だ」
普通ならどんなに死角に入られないように気をつけても無駄だろう。
戦闘中、自身への攻撃を一切見ずに、一人の動きを見続けるなんて無理だ。
ミルが高速で飛び回っている中、
ラットだけに集中すれば、ミルの攻撃を受ける。
だが……。
トゥーロは違う。
ラットとミル、二人の動きを予見し、先回りできる。
ミルがどれだけフェイントを織り交ぜ撹乱しようが、
虚実を見極め、
絶対にラットを死角へ入れさせなかった。
*
リタの妨害。
トゥーロの予見。
二人の連携によって、徐々に追い込まれていく。
その時だった。
「ラット……」
ミルが短く告げる。
「魔法文字……使うよ…………」
ミルの鉄鋼に刻まれていた魔法文字へと魔力が流れ込み、
それは輝いた____。
*
「あれ、それって魔法文字だよね?」
「……ん」
旅の途中、ラットはミルの鉄鋼に刻まれた魔法文字に気がついた。
「素材を採掘しに行った時につかってた……」
そう言いながら、ミルは鉄鋼を軽く持ち上げた。
ミルがいうには、
博士と魔技用の素材を採掘したときによく使用していたらしく、掘削用の魔法らしい。
周囲を渦巻くように展開して相手を攻撃する〝ストーム〟と
突き出すように相手を攻撃する〝ランス〟を基礎として、
圧縮、そして小型化することで、
効率よく掘削作業をできるようにした魔法だ。
これを利用することで、
回転で削った土砂を効率よく弾き飛ばし、
固い岩盤なども容易に突き進めたようで便利だったらしい。
「へぇ……」
ラットは興味深く魔法文字を見つめた。
「こんな感じ……」
魔法文字により、魔法を発動したミルの鉄鋼が唸る。
風が螺旋状に圧縮され、高速回転を始めた。
近くの岩へ軽く触れる。
すると……。
ゴリッ____
岩が抵抗なく削り取られた。
「すごい……!」
ラットは思わず声を漏らす。
「こんな簡単に削れるんだ」
「掘削用だから……」
ミルは淡々としている。
「これ、戦闘には使わないの?」
「掘削用だから……」
ミルは同じ言葉を続けた。
「……硬い相手には使った」
少し考え、言葉をひねり出す。
「ゴーレムとか……」
「他は?」
「使わなくても勝てた……」
さらりと言った。
「強い相手は?」
「逃げた……」
機動力がある。
無理に戦う必要はない。
「なるほど」
ラットはアイテムの使用方法を考えるときのように、
顎に手を当て考えた。
その魔法へ強い興味を抱く。
「ちょっと試してみてもいいかな?」
「……ん」
「じゃあ、あの木へゆっくりとぶつけてみて」
ミルは魔法を発動させたまま無言で木へ近づき、……触れる。
触れた瞬間、木の表面が大きく抉れた。
「うわ……」
ラットは驚きを隠せない。
「魔法相手だとどうなるんだろう……」
そう呟きながら、鞄から〝スクロール〟を取り出した。
__スクロール
魔法を付与するための紙。
魔法を付与してものに魔力を少量流すことがトリガーとなり、
一度だけ誰でもその魔法を行使できるようにしたもの。
武器へ付与するのと同じように、
魔法文字を利用してスクロールへと魔法を付与する。
だが、素材が安価で紙であるため、
使用すると崩れてしまうので使い捨てとなっている。
武器ほど荷物にならないため、
たくさん持ち歩くことも可能。
「これはファイアボールのスクロールだよ」
ラットは距離を取る。
「試しに弾いてみて」
「……ん」
「危なかったら避けて大丈夫だからね」
「……わかった」
ラットがスクロールを起動する。
火球が一直線に飛ぶ。
だが。
ミルの魔法に触れた瞬間。
火球は弾き流され、上空へ逸れていった。
「やっぱり……!」
ラットの目が見開かれる。
「じゃあ、中級魔法は……?」
次は威力を上げる。
だが結果は同じだった。
回転する風が魔法を逸らし、受け流す。
「すごい……中級魔法も簡単に弾いた」
ラットは感心したように呟いた。
「ヒーロの〝風守〟に似てるとは思ったけど、弾く……いや、受け流しに近いのかな?」
さらに分析を続ける。
「しかも、範囲をかなり絞ってるから、魔力の密度が高い」
ラットはミルの鉄鋼を見つめた。
「そうか! 射出速度にも魔力のリソースを割り振ってないから、純粋に威力に特化してるんだ。これはラピの使い方に近いかも……」
気づきから、興奮しはじめた。
「これをミルの速度と力で扱うことを考えれば、ヒーロの〝風守〟以上かも……」
目を輝かせ、ミルに伝える。
「この魔法、すごく完成されてるよ!!」
本来、攻撃魔法は、近距離、中距離、遠距離で、それぞれ最適な型が完成している。
だから、新しい型を作っても、結局既存より少し劣ると言われているのが常だ。
であれば、威力を上げたいのなら、
既存魔法で魔力量を増やし、中級、上級にした方が効率がいい。
それが一般論となっている。
だが……。
これは違う。
既存の完成された型を借りて、用途に合わせて最適化してる。
「これ、博士が作ったんですか?」
「……ん」
ミルが頷く。
「魔導機械を作るのに、魔導学の知識も必要だから……」
本人に扱いきれる適性はなかったのかもしれない。
でも理論は作れた。
作ってしまえば、魔法屋に刻んでもらうことは容易だ。
「なるほど、これなら……」
実際の経験からこういうことしたいという用途を絞ったことで、
他の魔法とは差別化した魔法ができたということだ。
戦闘でのデメリットは大きい。
射出できないし、範囲も狭い以上、当てるのが困難になる。
だけど……。
高速で動くことができて、
防御力も高く、力も強い。
そして、魔法の衝撃にも耐えられるミルなら____。
「これ、戦闘でも十分使えるよ!!」
使いこなせるはずだ。
いや、それだけではない。
中級魔法を容易に弾くこの威力。
上級魔法にすら正面から打ち勝つことが可能かもしれない____。
*
発動した魔法文字が輝きだす。
風が渦を巻き、次第にミルの腕へと集まってくる____。
マナベルで話したときに、
このストームとランスを組み合わせた形状。
そして〝掘削用〟という用途をヒーロに伝えたら、
彼の世界にある、あるものに似てるよと言って彼は笑っていた。
そう〝ドリル〟に似ていると____。
このドリルに似た魔法の名前をミルは教えてくれた。
ギイィィィィ________
耳を裂くような甲高い音。
螺旋状に圧縮された風が、鉄鋼の先端で回転し激しさを増していく。
その魔法の名前は、
嵐槍________。
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。
引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!
改訂版
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