第62話 糸を引く者
咄嗟に、エレは祭具を止めた。
「何をしているの? ダメなのはあなたよ。そこをどいてちょうだい」
ポニの行動に異を唱えたのは、エレだけではない。
フェンリルは誇り高い。情けをかけられたくないのだろう。ポニを鼻で押し出し、威嚇。追い払おうとする。
「あなたもそう簡単に生きるのを諦めないでください!」
「離れてポニちゃん。その魔物はただの魔物じゃない。魔王軍の魔獣兵器よ」
魔獣兵器。
以前ラットたちが戦ったフレアベアと類するものだ。その魔獣兵器にも種類がある。炎で広範囲の敵を焼き払う殲滅用のフレアベアに対して、その圧倒的な俊敏さと高い攻撃力で、強敵を倒す。対個に特化したのがフェンリルだ。
炎は吐けないし、防御力も若干劣るが、純粋な戦闘においてはA級冒険者が敗北したフレアベア以上の強敵である。
「その魔物は前の戦争であなたの国の騎士たちを何人も殺してきた凶悪な魔物よ」
「この子を使う人たちがそうさせていただけです」
「戦争でなくても、狼系の魔物は集団で狩りをするからとても危険なの。放っておいたらまた人が襲われるわよ」
「それはこの子たちにとって、生きるために大事なことです。確かに人としては都合が悪いのかもしれませんが……」
ポニは譲らない。
「私だって人です。生きるためとはいえ、人に危害を加えるだけなら庇いません。でも、この子はとても頭のいい子です。ちゃんと伝えればわかってくれます」
翠の瞳がフェンリルを見る。
「現に今、この子はこんなに大人しいじゃないですか。目の前にはすぐにでも殺すことのできる私がいるのに」
「………本当にどかないつもりなの? 後悔しても知らないわよ」
「大丈夫です!」
「もしこのフェンリルが人に危害を加えたら、あなただけじゃない。あなたを連れてきたラットくんたちだって責められるわよ」
「ラットさんたちはエレさんの仲間でもある。私が犯した責任を追求されることはないと思います。それにそのときは私が……命を持って償います!!」
ポニの目に力が入る。
「だけど、絶対にそうはなりません」
依然として退こうとしないポニ。
「もう人を襲わないとしても、すでにフェンリルに殺された人たちだっているの。あなた、恨まれるかもしれないわよ」
「構いません」
単に可哀想だからという理由で庇っているのではない。必ず意思疎通ができるという確信からの行動なのだと、エレは理解した。
「……わかったわ。そこまでの覚悟があるなら見逃してあげる」
フェンリルに向かって、今にも飛び出しそうになっていた祭具を下ろす。
「だけど、少しでもおかしな動きをしたら、容赦はしないわよ」
コクリ___。
ポニは頷いた。
そして、フェンリルに近寄り、急ぎ回復魔法を使用する。
<この子を治して__ヒール>
回復の光が傷に触れる。じわりと、血の色が薄れていく。
しかし、回復魔法は習いたてだ。防御魔法よりも精度が低い。大きな傷に対して、少しずつしか治らない。
「ごめんね。まだ習いたてで、少しずつしか治せないの。もう少し我慢していてね」
ポニは大きく息を吸い、さらに集中する。
「びっくりしてるよね……。言葉はわからないけど、君がどういう子かはわかるんだ。君みたいな子をいっぱい見てきたから……」
淡々と話しながら、下手な回復魔法で治し続ける。
見かねて、エレは力を貸した。
<水の精霊たちよ。力を紡ぎ、より大きな力を持って、彼者を癒やしたまえ___アストラ・アクア・ヒール>
エレの上級魔法。まばゆい光に包まれ、フェンリルの傷はみるみる治っていった。
「もう大丈夫よ」
フェンリルの体が動く。ゆっくりと起き上がる。傷は完全ではないが、塞がっている。
フェンリルの視線は、ポニに向けられていた。
*
人に身を挺して庇われたこの状況。驚いたのは妖精だけではない。フェンリルもまた、同じ気持ちだった。
ただの哀れみということであれば、その者をさっさと突き飛ばし、妖精に止めを刺させていただろう。しかし、この者は哀れみではない。何か信念のような意思を持ち、妖精が振りかざす刃の前に立ち塞がった。
フェンリルは戸惑っていた。人と出会えば、必ず命の奪い合いになる。互いに生きるためだ。それでいいと思っていたし、それに誇りを持っていた。
しかし、この者は違った。力が弱いにも関わらず、自分よりも遥かに強大な力を持つフェンリルを庇った。そして、その意思はフェンリルに刃を向けていた妖精へも伝播した。今では治療までされている。理解できない。
傷は塞がった。自分の主の指示に従うのならば、この者たちを倒さなければならない。だが、ポニをじっと見ても、敵対する意思が一切湧いてこない。そういう気分にはならなかった。
二人を一瞥した後、フェンリルはその場を走り去った。
*
森の奥へと駆けていくフェンリル。その速度は速く、音はすぐに遠ざかり、消えていった。
「いっちゃった……」
去るフェンリルを見ながら、エレは考える。
「ポニちゃん、ここでのこと、誰にも言わないでもらえるかしら……」
「はい」
エレは、ハイドが刻まれた魔具を拾い上げる。
(魔族がいるのは間違いないけど、なぜフェンリルを放置したままにしたの……?)
本来、水の国には存在しないはずの魔獣兵器。そして、それを隠そうとする魔具。いずれも魔族が糸を引いていることを暗示させる。
しかし、どれだけ護衛団が探し回っても、魔族の消息は一向に掴めない。ここまで手がかりが発見されないと、本当に魔族が関与しているのか疑わしくすらある。
精霊魔法使いたちが消息を経っていったのはここ一か月ほど徐々にだ。さらに、フェンリルが発見されたのはラットたちがきてすぐのことだが、護衛隊によって傷ついたフェンリルを、治療するでもなく、隠しただけで放置したままにしていた。
より優先すべきことがあったのか、それともできなかったのかはわからない。
フェンリルを負傷させてから、護衛隊は倒しきるために何度も捜索をしていた。だが、いずれも空振りに終わっていた。いや、それ以前に、護衛隊から総攻撃を受けていたフェンリルを、魔具を用いて隠すだけの隙があったのだろうか?
その疑問は一つの可能性を浮かび上がらせた。
「内通者___」
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
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