第110話 群雄混成の七人
陣地の奥。
そこには、一人の土人族が座っていた。
土人族には似つかわしくない巨体に、分厚い腕、鍛え抜かれた肉体。短く整えられた髪と、顎から伸びた髭がいかにも土人族らしい。だが、男から感じる圧力は、その見た目以上のもので、そこらの冒険者とは比べものにならなかった。
「おう、ラット。久しぶりだな」
低く重い声。
歴戦の武人らしい落ち着きと圧を含んだ声が、陣地の中へ響いた。
「悪かったな。部下が勝手に追い払っちまったみたいで」
「いえ、気にしないでください。むしろちゃんと職務を果たしていただけですから」
シールはガハハハッと笑いながら、ラットを出迎えた。
「元気にしとったか?」
ラットはシールの姿を見上げる。
やはり大きい。
座っているだけにも関わらず、まるで巨大な岩壁を前にしているような威圧感がある。
巨大な盾がすぐ傍へ立てかけられ、鎧の上半身部分は外されていた。
だが、それ以上にラットの目を引いたのは、その胸元だった。
分厚い包帯の隙間から覗く胸には、大きく刻まれた傷跡が走っている。
回復魔法によるものだろう。
ヒーロが話していた通り傷自体は塞がっていた。
だが、胸に深く残る傷痕が、当時の激戦を物語っていた。
傷を受けてから、そろそろ一年は経つはずだ。
それでもなお残るその痕だけで、相手の攻撃がどれほど凄まじかったのか理解できる。
しかも、まだ本調子ではない状態での進軍だ。
長距離移動の疲労も重なっているのだろう。
わずかな動作にも鈍さが混じっていた。
全快にはまだ程遠い状態なのが見て取れた。
「僕は相変わらずです」
久しぶりに会う仲間の姿。
一時は重傷で生死を彷徨っていると聞かされていた。
その話を聞いた時は、正直、最悪の想像も頭を過っていた。
だからこそ、こうして再び会えたことにラットは安堵していた。
無事だった。
それだけでも十分に喜ばしいことだった。
半面、ラットの視線は自然とシールの胸元へ向く。
そこに刻まれた大きな傷痕。
その姿を見れば、決して無事とは言い切れないことも理解できた。
ラットの心境は複雑なものだった。
「それよりも、シールほどの人がこれほどの傷を負うなんて……」
勇者パーティの中でも、シールは特に頑丈だった。
そんな彼が瀕死に追い込まれた。
その事実はいまだ信じ難い。
「マナベルに連絡がつかなかったので心配していました」
「ああ、あれか!」
シールは苦笑しながら自身の魔法鞄へと手を入れた。
取り出したのは、砕けたマナベルだった。
「アートベーベンへ戻る途中にな。魔物の襲撃で壊れてしもうたんじゃ」
大怪我を負った後、思うように身体を動かすことができないシールは、連絡役としてマナベルを部下に持たせていたようだ。
魔族との戦闘で多くの兵士たちが大怪我を負っていた。
そんな中での戦闘だ。
混乱に巻き込まれ、マナベルを壊されてしまったらしい。
「まさか、それでここまで来たのか?」
シールは頭を掻く。
「いや、すまんかったな」
「いえ、それだけではないんです」
ラットは首を横に振った。来た理由は他にもある。
「その話をする前に、まずは何があったのか聞かせてもらえませんか?」
「うむ……」
シールの表情が少し引き締まる。
当時のことを思い出しているのか目を閉じて少しの間が空いた。
そして、低い声で語り始める。
「奴らは七人で動いとったな……」
魔族の少年剣士。
闇魔法を使う森人族。
サキュバスの姉ちゃん。
肩に猫を乗せた甲冑の兵士。
大鎌を持った白い嬢ちゃん。
そこまで話し、シールの目が鋭くなった。
「特に厄介じゃったのが、筋骨隆々の女のオーガと目つきの鋭い人間族の剣士じゃ」
ラットの脳裏で何名かの特徴が重なった。
(まさか……)
嫌な予感が胸を過った。
「加護を使わんワシではまるで歯が立たんかった」
シールは悔しげに吐き捨てる。
「早々に加護を使わされるほどにな」
*
シールの軍は決して戦力不足だったわけではなかった。
近年、軍へ正式に取り入れられた銃士や砲手、狙撃手の部隊も投入されていた。
火薬を利用したそれらの兵器は、従来の弓兵とは比較にならない威力を持つ。
特に集団戦では高い制圧力を誇り、近年の地の国の軍事力を大きく押し上げていた。
「銃士部隊は前へ! 狙撃手は確実に仕留めろ!!」
号令と共に、銃口が一斉に向けられる。
ダダダダダン________
重い発砲音が戦場に轟いた。
放たれた銃弾が敵へと襲いかかる。
だが__
<守れ__アイス・ウォール>
兵士たちに動揺が走る。
発砲のタイミング。
狙撃位置。
全てを読まれているかのようだった。
<撃ち抜け__シャドウボール>
ヴヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ____
さらに、氷壁の影から無数の黒球が放たれる。
一発一発は初級魔法。
だが、その数が異常だった。
「ぐあぁっ」
兵士たちが次々と撃ち抜かれていく。
一度の魔法だけで前線が崩されていった。
「おい! なんであいつ止まらないんだ!?」
その中を、女オーガが強引に突き進んでくる。
銃弾を受けても勢いが止まらない。
頑強な肉体。
加えて、壁としての役割もあったのだろう。
その影に隠れるように人間族の剣士も前へ出る。
女オーガが作った隙を、的確に斬り裂いた。
兵士たちの叫び声。
血が舞っていく。
「砲手隊! 前へ出ろ!」
シールが前へ出る。
巨大な盾を地面へ叩きつけた。
ゴォン____
「ワシが壁になる! 一斉に放て!!」
砲手たちが砲口を向ける。
直撃すれば、いかに相手でも無傷では済まないだろう。
だが。
「待ってください!!」
兵士の叫び声が響いた。
「仲間がおるぞ!!」
砲撃線上へ、数人の兵士が立たされていた。
まるで敵を守る盾のように。
「団長! 操られています!!」
後ろに控えるサキュバスの女に何かされたのだろう。
不敵な笑みを浮かべている。
「なんだと……!?」
一瞬。
シールたちの動きが止まる。
その躊躇を、相手は見逃さなかった。
「しまっ……」
次の瞬間。
一気に距離を詰める。
爆発。
叫び声。
砲手隊は、瞬く間に壊滅した。
それだけではない。
重装兵の部隊は前線を維持するため、巨大盾を構えて迎え撃っていた。
本来なら、簡単には突破されない。
地の国自慢の重装甲。
並の攻撃では傷一つ付かないほどの防御力を誇っていた。
それすらも。
「なっ__!?」
甲冑の兵士が剣を振るった瞬間。
ガギィン____
凄まじい衝撃音が戦場へ響く。
次の瞬間には、重装兵たちが鎧ごと両断されていた。
「ば、馬鹿な……!」
分厚い鋼板の重装甲。
それらをまとめて断ち切ったのだ。
一撃で。
甲冑の兵士は止まらなかった。
肩に乗せた黒猫を揺らしながら、次々と兵士たちを斬り裂いていく。
重装兵ですら、防御の意味を成さなかった。
向こうには、かなり頭の切れる者がいたのだろう。
隊列を変えても。
陣形を組み替えても。
戦術を変えても。
そのたびに素早く対応され、的確に潰されていった。
気づけば、こちらの被害は増える一方だった。
兵たちの疲労も限界へ近づいていく。
それに対し、向こうはたった七人。
一向に崩れる気配がない。
「……仕方あるまい」
地の国の軍人として、それに頼ることはいうなれば、
軍の敗北を認めたようなものだ。
だが、このままでは押し切られる。
「団長……!」
周囲の兵士たちにも焦りが広がっていた。
シールは巨大な盾を握り直す。
そして、前線で暴れ回る敵を睨みつけた。
「ここで止めねば被害が広がるだけじゃ」
シールが巨大な盾を構える。
それに呼応するように、周囲へ膨大な魔力が広がり始めた____。
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
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