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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
34/51

第27節『白光祈騎士団出陣!』

 アリスとソフィアが御仕置きと評した鞭打ちをしようと、鞭を天高々と振り上げた瞬間――。


『キャァ――っ!』


 甲高い叫び声が響き渡った。


「え? まだなにもやってないわよ? それにそんな声出して恥ずかしくないの? 女みたいだったわよ?」

「俺じゃねぇよ!」

「ああ、僕らじゃない。間違いなくウンディーネの悲鳴だ!」


 クレスの言葉を聞くより先に、ゼクスは悲鳴のした方向へ駆け出していた。


「あ、ちょっとゼクス! 待ちなさいよ!」

「僕らも行こう、ソフィア!」

「ええ!」


 慌ててクレスたちも彼に続く。


「いったい何事じゃ!」

「どうしたのですか!」


 ウィンリアーヌとロイドも騒ぎを聞きつけて飛んできたようだ。

 彼らの後ろにはシャーベルンが剣を抜き身で持っていた。異常事態に備え、いつなんどきであっても、族長を守れるようにと剣の心得もシャーベルンにはあったのだ。


「だ、団長! たくさんのウンディーネが黒焦げになってます!」

「なんですって!」


 ゼクスの報告を受け、ロイドも驚いた声を上げる。


「こ、これは……」


 さすがのウィンリアーヌも声を失って、元々白い顔をよりいっそう白くしていた。彼女の視線の先には身体が焦げ付いて、今にも死に絶えそうなウンディーネたちの姿が映っている。


「お前らか! お前らがやったのか!」


 シャーベルンは剣をゼクスたちに突きつけて声を荒げた。少し考えれば、ゼクスたちに武器はなく、魔術師もいないので不可能だと分かりそうなのに、怒りで我を忘れているようだった。


「ちげぇよ! 俺たちも今ここに駆けつけたとこだ!」


 ゼクスも大声を上げて、否定する。


 ――そこで、(うた)が聴こえてきた。

 アリスの聖歌だ。


 天から優しい光が降り注ぎ、満ち溢れるように、水の都全体を包み込んでいった。キラキラと木々も輝きを放ち、生命の喜びが感じられる。


『Through many dangers, toils and snares I have already come.'Tis grace hath brought me safe thus far, And grace will lead me home.』


( 多くの危険と苦悩と罠を乗り越えて、ここまで私はやって来られました。ああ、私を導いてくださったのは、紛れもない女神の恩寵であったのだろう。)


 至高の聖歌、『アメイジング・グレイス』。

 その第3楽章。

 第1楽章は能力強化。第2楽章は敵の弱点を把握し、その属性を庇護(ひご)者に与えるもの。

 そしてこの第3楽章は、大規模な回復に特化した詩だった。


 アリスが歌える『アメイジング・グレイス』は第3楽章まで。それでも女神への祈りと歌うという工程を、同時にやりきったアリス。今は一秒とて惜しかった。

 しかしそのため身体への付加が半端ではなく、歌い終わると膝がガクガク震え思わず(ひざまず)きそうになる。

 そんな彼女をゼクスは咄嗟に支え、身体を持ち直してやった。

 だが――。


「そんな……効果が薄い……」


 ゼクスに(すが)りつくようにしているアリスは、愕然(がくぜん)とばかりに目を見開いた。本来なら、第3楽章はほぼどんな傷であろうが治すことのできる詩のはず。不治の病だって治せるほどなのだ。死者でない限り、何らかの効果が現れるはずである。

 だが、ウンディーネたちの傷は一向に良くならない。ほんの少しばかり良くなるのがせいぜいだった。


「まさか、この傷、この焦げ方は……」


 ウィンリアーヌには心当たりがあるのか、顔面を完全に蒼白にして呟く。


『グギャァァァァァァアアーー!!』


 咆哮(ほうこう)と共に、雷鳴が(とどろ)き渡った。

 空には暗雲が立ちこめ、いかにも暗黒の世界がやってきたような感じだ。


「まさか……(ドラゴン)……っ!」

「えぇー! そんなっ!」

「いやぁーっ!」


 ざわざわと騒ぎが大きくなる。


「静まれ、皆の者! ケガ人は可能な限り、屋敷の中へ運び込みなさい! そして治療に専念する者と、屋敷に結界を張る者を割り振り、その場を動かず、待機していなさい!」


 ウィンリアーヌはいつもより多少の早口で()くし立てると、自身は手を天に突き上げた。水の都全体を網羅していたはずの結界が完膚(かんぷ)なきまでに破られていた。それを治そうとしているのだ。

 そんな彼女を守るかのように立ちふさがるシャーベルン。彼女らだけで(ドラゴン)の相手をするようだ。


「お主らも、中へいっておれ! 主らの敵う相手ではない!」

「そんなことできっかよ!」


 ゼクスはすかさず反論した。

 しかし同時に膝が震え、前に出ようとしているのに言うことを利かない。前に出会った紅い(ドラゴン)の比ではない恐怖が、この身を縛り付ける鎖のように絡みついているのだ。


 いや、そうではない。

 ただ、悟ったのだ。

 己と、かの(ドラゴン)との力の差を。

 その歴然たる差を。


 ――動け! 動けよっ!


「ゼクスさん、取り敢えず、武器を取りに行きましょう! 全てはそれからです!」


 ロイドにそう諭され、やっと足が言うことを利いてくれた。没収されたまま、ウィンリアーヌの屋敷の中に置きっぱなしだった武器を取りに戻る。

 ウンディーネの人たちにどこに武器があるのか、聞きだし、さっそく装備した。


「す、少し待って。今、歌うから」


 アリスの言葉に白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)の面々は深く頷いた。彼女もキツイだろうが、ここは耐えてもらわねばならない。

 そのことを理解していた。

 ならば、己の覚悟も決めねばならない。ゼクスは深呼吸をした。だいぶ気分が落ち着て良い感じに高揚もしてきた。これならもう大丈夫だ。


『Amazing grace how sweet the sound. That saved a wretch like me. I once was lost but now am found, Was blind but now I see.』


(大いなる女神の恩寵、なんと甘美な響きであろう。女神は、私のような罪深き者まで救ってくださる。かつて私は失われ、今、女神に見出され。見えなかった恵みが、今は見えるのです。)


 最上の聖歌の第1楽章。

 (うた)に呼応するかのように、圧倒的な力が身体の内側から湧き上がってくる感覚。あの(ドラゴン)を撃退した時と同じだった。

 アリスは先ほどとは違い、丁寧に祈りを女神に捧げ、ゆったりと詩を歌いきった。こうすることで、魔力の消費を少しでも抑えることができる。ただでさえ回復の詩に比べ、諸能力上昇と自己回復能力上昇を与えることができる第1楽章は魔力の消費が激しいのだ。時間は惜しいが、ここで手間を省くのは無謀以外のなにものでない。


「これがあの、『アメイジング・グレイス』の力……」

「すごいわ……」


 クレスとソフィアは初めて体験するようで、あまりの効能に感嘆の声を洩らした。

 そして歌い終わって倒れそうになるアリスをゼクスはまた支えてやるが、すぐにアリスに「私は大丈夫だから、行きなさい」と言われ、ロイドたちと共に飛び出していった。



 外では(ドラゴン)を相手にウィンリアーヌとシャーベルンが死闘を繰り広げていた。結界を張り防御に徹するウィンリアーヌと、攻撃に徹するシャーベルン。


「何ゆえ戻って来おった! はよう戻りなさい!」

「わたくしたちは騎士です! 騎士とは苦しむ人々を救う者、精霊も人間もそこに区別はありませんし、のこのこと尻尾を巻いて逃げるわけにもいきません!」


 ロイドは普段の彼とは思えぬほどカッコいいことを言った。彼の覚悟がそれをより確かなものにしていた。


「さすが団長! そうこなくっちゃ! それに俺たちもウンディーネのみんなを助けたいんだ! 一緒に戦わせやがれ!」


 迷いを振り切ったゼクスも声を張り上げる。

 彼らの勇ましい様を、どこか嬉しそうにウィンリアーヌは聴き取り、しっかりと頷いて見せた。


「思い上がりも、無茶無謀も若者だけの特権じゃが、何事も行動せねば無意義よの」


 ロイドは大剣を天へ掲げ、合唱する。


「それではみなさん、行きますよ!」

「「「はいっ」」」

白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)出陣です!」

「おぉー!」

「了解です!」

「はい!」


 気合いの掛け声とともに、白光祈騎士団(ルミナス・クロイツ)のメンバーたちは散会した。

 今こそ、力を合わせて(ドラゴン)を討伐する時なのだ。



 この時のゼクスの胸にあったのは、今度こそ(ドラゴン)を倒して、水の都に安寧をもたらすことと、偉大なる父に近づこうという思いだけであった。

 これから始まる、一方的な暴力を目にするまでは……。



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