第26節『地獄の幕開け』
「いやぁ、まさかこんなに早く縄を解いてもらえるなんてね」
ウィンリアーヌの命によってクレスとソフィアの拘束が解かれ、ゼクスたちに水の都の中でのそれなりの自由が許された。
「クレス良かったですね。これでもう、放置プレイは終わりだそうです」
「そ、ソフィア。そんなこと言っちゃダメだよ」
「うふふ、いいではありませんか。わたくし、縛られたのは初めての体験だったので、少々興奮気味でして」
どす黒いオーラを撒き散らしながら、ソフィアがニコニコと笑った。能面を貼り付けたようなそら恐ろしい笑みだ。
そうあれだ、夜叉だ。
「そそそれだと、いつもは縛ってるみたいな言い方じゃないか……」
「あら、クレス。知りたいのですか?」
「え、いや、うん。またの機会にしておこうかな」
このままでは自分が危ういと察し、クレスは丁重にお断りを入れた。幼馴染の趣味には決して口を出すまいと、固く心に刻み込みながら。
「クレスぅー! 早く遊ぼうぜ!」
向こうでウンディーネたち相手に遊んでいるゼクスの声が聞こえてきた。そういえば先ほど縄を解いてくれたウンディーネが言っていた気がする、「ゼクシードが呼んでる」と。
なるほど、ゼクスは持ち前の性格からウンディーネたちとも打ち解け始め、彼女らに遊びというものを教えているようだ。ウンディーネたちは人間の遊びは知らないようで、皆楽しさと驚きを感じている表情だった。
「あぁ、今行くよ!」
クレスはそう返事をしてから、さっそくゼクスたちのところへ向かった。
走りながら、そういえばと思う。そういえば、団長の姿が見えない。そしてあそこでゼクスとアリスもいる。自分たちも解放された。これらの意味する事はただ一つ。交渉が成立したのだ。おそらく今は団長とウィンリアーヌ殿が話し合いえもしているのだろう。
楽しくなりそうだ。
「ソフィアも行くかい?」
「わたくしはいいです。行ってらっしゃい、クレス」
ソフィアが呼び捨てで呼ぶのは、クレスだけだ。そんな彼女は、一人で黙々とマンガを読んでいるアリスの下へ歩いていった。
「あははっ、ゼクシード! また鬼ねぇ~」
「本当にバカなのだな、お前は……」
「私たち初めてなのにねぇ~」
「うっせぇー、もう一回だぁ!」
「きゃぁー、逃げましょう!」
ウンディーネたちとゼクスは、白熱するかくれんぼをやっているようだ。遊びというものをほとんど知らないウンディーネたちにとって、ゼクスの提案する遊びはとても新鮮でとても面白いものだった。しかし一度遊び方を教えると、ゼクスがほとんどのウンディーネに負けるという素晴らしい結果となっていた。
頭隠して尻隠さずは、常識的なものになりつつあるほどに。
「ゼクス、僕も逃げていいかい?」
「あっ、クレス! クレスはダメに決まってんじゃん! 俺と一緒に鬼な!」
「えぇ~」
「頼む! クレス! 俺だけじゃダメなんだっ!」
「はいはい。じゃあ、数えなおそうか」
「よっしゃ! さすがクレスだぜ! おーい、みんなぁ~、クレスも鬼だからな!」
「「「はーい」」」
ウンディーネの性別は女だけだ。それもかなりの美少女という出で立ちで、人間とほとんど変わらない。また彼女らは薄着で、人間の女性が着そうもないほど際どいものだ。
そんな中でクレスは妙な気恥ずかしさを覚えたが、全く無頓着なゼクスがさっそく数え始めたので、いい加減覚悟を決めて自分も数えることにした。
☆
「アリスさんはゼクス君たちと遊ばないのですか?」
ソフィアは木陰に座るアリスの隣に腰を下ろすと、マンガの上から覗き込むように彼女のことを見た。
「ええ、私はいいんです」
「でも、それこの前読んでいたマンガですよね?」
ソフィアが水の都への道中に貸してあげたマンガを、アリスはまた読んでいるようだった。そんなに気に入ったのだろうか……。
「はい、でも他にすることもないので」
「遊びは嫌いなのですか?」
「えと、私は遊んだことがないんです。だから遊び方も判らないし、かといってゼクスに教えてもらうのも、なんだか釈然としなくて」
唇を尖らせて言うアリスは、幼い子供のような印象だった。
「あらあら、ふふっ……」
「ソフィアさんこそ行かないのですか? 私と居てもつまらないでしょう?」
マンガから完全に視線を離し、ソフィアのことを見つめながら問いかけるアリス。そんな彼女は、ちょっとだけ、いじけているようにも見受けられた。
それがソフィアのスイッチとなってしまう。乙女モードのスイッチだ。
「ああ、もう! ほんっとにアリスさんは可愛らしいですわね。ゼクス君には後できつーく言っておきますから、こんな可愛い子を放っておいてなにやってるんですの! って」
「や、やめてくださいよ、ソフィアさん。恥ずかしいです」
「いやぁん、やっぱり可愛らしいですわぁ~。ちょっと頬ずりさせてくださいませ」
「え、いや、ちょっと、ソフィアさん!?」
「すりすり~、すりすり~」
本当に頬ずりを始めてしまうソフィアに、タジタジのアリスはされるがままになっていた。ソフィアの亜麻色の髪と、アリスの闇色の髪が混ざり合うかのように乱れる。
そんな時――。
「へぇ~、ゼクシードってけっこう筋肉あるんだぁ~」
「うわっ、やめろって! くすぐったい!」
ウンディーネの一人がゼクスの身体にペタペタと触っている光景が、アリスの目に飛び込んできた。白い肌を惜しげもなく晒す彼女に、ゼクスはタジタジになっているような気がしてくる。いや、気がするんじゃなくて、実際にそうだ。そうに違いない。
「あぁ、ホントだぁ~」
「私たちと違って固いんですね!」
見ていると、他のウンディーネたちも顔を赤くしながら、同じようなことをやり始めていた。やはりこれまた裸のような衣装を着ただけの彼女らに、ゼクスが顔を紅潮させているのが見て取れた。
――ムカ。
そしてこれまた同じように、クレスのところにもウンディーネたちが群がっていて。ソフィアの目にも、美女に囲まれ、満更でもなさそうなクレスの姿が映っていた。
――ムカムカムカッ!
瞬間、アリスとソフィアの二人はゆらりと立ち上がった。どす黒いオーラが全身から滲み出ている。彼女らはゆらゆらと彷徨うかのように、ウハウハなゼクスとクレスへ近付いてゆく。
もう天国の安らぎは終わりだ。これからは地獄の苦悩の幕開けである。
「ゼクス~、……ちょっといいかしら?」
「おっ、アリスじゃん。一緒に遊ぶ気になったのか?」
「いいから、少しこちらへいらっしゃい」
「あぁー、ゼクシード待ってぇ~」
「ちょっとゼクス――いえ、ゼクシードをお借りするだけですので、少々お待ちを……」
ニッコリと微笑むアリス。
しかし目が全然笑っていなくて、完全に据わっている。その様は口をニンマリしているだけに、とても恐ろしい。そんなアリスのあまりの迫力に、群がっていたウンディーネたちは一歩どころか、そそくさと距離を取り退散していった。
「クレスも、いいですわよね?」
「え、そ、ソフィア……どうしたの?」
「あら嫌ですわ、クレス。分かっていらっしゃるくせに……。ではこちらも少々、お借りいたしますね。オホホホホホォー」
ずるずるとボロキレのように引き摺られてゆくクレス。体重が67キロもあるクレスを軽々と引き摺る、ソフィアはかなりの力持ちのようだ。華奢な身体のいったいどこにそんな力があるのだろうか、それともこれが火事場の馬鹿力というものなのだろうか……。
そして物陰にゼクスとクレスを押し込んだところで、アリスとソフィアは黒一色の笑みを零した。
「覚悟はいいかしら、ゼクス様?」
「さ、さま? いったい、なにが始まるんだよ?」
「さぁ、ぼ、僕に聞かれても……」
「あらあら、まだお分かりになられないのですか? 騎士でありながら、不埒なマネを喜ぶ変態に、愛の篭ったオ・シ・オ・キ♡をするだけですわ。いいですね、クレス?」
いったいどこから取り出したのか、どこからともなく革製の鞭を二本取り出し、一本をアリスへ渡しているソフィア。
怖い、怖すぎる。
ゼクスとクレスは、もはや声も出すこと叶わずに震えていた。本能が警鐘を打ち鳴らし、生存本能が彼らの足を無意識に後ろへ引こうとさせる。だが途中で夜叉女に足首を掴まれ、あっけなく捕まってしまった。
そして彼女らの愛(?) の鞭が振るわれようとしていた瞬間――。
『キャー!!』
甲高い悲鳴が響き渡った――。




