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エデンハイド物語   作者: Franz Liszt
王国の章『水の都編』
32/51

第25節『共存』

 湖の中に造られているとばかり思われた水の都は、実は湖の畔にあるそうだ。では何故ゼクスたちが湖へ引き摺られたかというと、水の都には強力な結界が張られており、特別な硬貨を偽の湖に投げ入れることでしか入ることはできず、その結界を破壊するのはでは通り抜けるために水のエフェクトがあっただけだった。

 そして水の都に築かれたウンディーネたちの家々は見た限りではどれも、普通のレンガ造りで人間たちのそれと大差なかった。ノームのようにハイテクな施設があるわけでもないし、人間の魔術学院のような特別なものもないが、原始的レベルでは変わらないと言えた。

 しかし辺り一面にあるのは、水、水、水だった。水の鏡に、水が満タンに入った桶に、水の模様をしたアクセサリーに、兎に角、水にまつわる物品が多く置かれている。


「大地の里も変わっていたけれど、ここも随分変わっているのね」


 その様子を見渡していたアリスが、ポツリと呟く。


「だな、なんか変なもんがたくさんあるし」

「変なもんって……あんまり失礼なことは言わない」


 コツンと頭を叩かれた。


「でもさぁ、すげぇ視線を感じて正直、やんなるぜ」


 周りでは何人ものウンディーネたちがゼクスたちのことを見つめていた。といっても好意的に見ているのではなく、そのほとんどが敵意もしくは監視といった類のものだ。

 辟易(へきえき)したとばかりに、ヤレヤレとため息を洩らした。


「そうかしら? 別にこれぐらい普通じゃない?」

「は? お前可笑しいって、ねぇ団長?」

「あ、いえ、わたくしも普通だと思うのですが……」

「ま、マジッすか」


 どうやらアリスやロイドのように目立つ地位にいる人は、いやおうなく衆人の視線に晒されることとなる。そのためこういった好意的ではない視線にも、相応の耐性があるようだった。

 やがて一軒の大きな建物に辿り着いた。ここがウィンリアーヌの屋敷のようだ。


「入れ」


 シャーベルンの言うことに従い、屋敷の中へ入って行った。

 そして謁見の間のような広々とした空間に到達し、そこに置かれた水のような流動体で構築された椅子へウィンリアーヌが腰掛けた。流動体のはずなのに、質量をしっかりと支えている。なんだか凄かった。


「止まれ」


 短い命令がシャーベルンの口から発せられ、ゼクスたちはそれに従った。彼女の言葉は人間相手には容赦がなく、また語数も少ない。かなり深いところで人間のことを嫌っている様子だ。


「では、用件を聞こうかの。出来るだけ、手短にせぇよ」


 ゆったりと座るウィンリアーヌがロイドに言った。ウィンリアーヌはシャーベルンよりも人間に対し好意的なのか、それほど棘は感じられない。それはゼクスの存在が深く関わっているのだが、それに気付く者はウンディーネを含めてもただの一人もいないだろう。


「あ、はい。えー初めまして、わたくしこの度は、シュレイグ王国から参りました――」

「長い」


 見事なまでに、シャーベルンの一言でロイドの説明は遮られた。

 今までにそんな風にきっぱり言われたことがないので、思わずロイドはあたふたしてしまう。


「落ち着いてください、団長」

「頑張れ、団長!」


 ガチガチに緊張してしまっているロイドに、アリスとゼクスが背後から交互に声を掛けてやる。団長を気遣うのも団員の役目だが、アリスがこういうことをロイドに言うのは珍しいことだった。


「挨拶はよい。要点を申せ」


 余程長い話が嫌なのか、それとも人間と長く語りたくないのかは判らぬが、ウィンリアーヌもそう提言した。本人は助け船を出したつもりだったが……。


「え? は、はい。要点ですね。要点、要点……要点は…………」


 ロイドはすでに、額に珠のような汗を浮かべている。


「お主らの団長は、いつもこんな調子かえ?」


 続いてウィンリアーヌが呆れたように尋ねてきたが、それすらも今のロイドには聞こえていなようだった。


「そうだけど。ちょっと緊張しやすい体質なんだよね。でも親しみやすくていい人なんだ」


 緊張の欠片も感じられないゼクスが評した。

 アリスは、そんなゼクスに対しほんの少しばかり感心していた。自分でも緊張してしまうぐらい、威圧感に近いものをビシバシ周囲から与えられているのに、何でコイツは平気なんだ、ということを思う。


「ほぅほぅ、だが我にはどうも頼りないようにしか見えんぞ。いっそのこと主が話すかえ?」

「俺ができるわけないじゃないっすか。嫌だなぁ、もう……」


 頭をぽりぽりと掻き(むし)るゼクス。そんなゼクスに対し、アリスは頭を抱え、ウィンリアーヌは「ふふふっ、真に面白い小姓じゃ」と笑い、シャーベルンを含むウンディーネたちは半ば呆然としていた。


「ああっと、そうでした、そうでした。要点とは纏めて話すことでした。つまりこの場合は、そう――これです!」


 どうにかロイドは持ち直し、懐から一通の封書を取り出すとウィンリアーヌに見せた。


「シャーベルン、こちらに」

「はっ。人間、それを寄越せ」


 ほとんどひったくるような強引さでシャーベルンは国書をロイドの手から奪っていき、それをウィンリアーヌへ届けた。

 国書は(ろう)で封印が為されていた。ウンディーネの長はそれを右手の一振りで解き放ち、さっそく中の国書を読み始める。


「そんな、信じられない……。詠唱もなしに、手の動作だけで魔法を発動できるなんて……」


 多少は魔術の学もあるアリスが驚いて呟きを零した。

 本来、魔法を行使するのには長ったらしい詠唱が必要だし、マジックアイテムでも名称を呼ぶ必要がある。

 しかし今しがたウィンリアーヌがやったことといえば、手を振っただけ。たったのそれだけで全ての過程をすっ飛ばし、魔法を完成させたのだ。もしあの力がウンディーネ全員にあるとすれば、人間の魔術師と戦うと100度戦って100度人間側が負けることは必死。騎士などの近接戦闘が出来る者が時間を稼ぐかしない限り、魔術師は役に立たなくなる恐れがある。


「なるほどのぉ、人間の王は我らとの共存を願っておるのか……」


 途端に、辺りのウンディーネたちがざわめきだした。


「まぁ、それは前々から承知のことじゃったが、国書まで送ってくるとは些か本気のようじゃの」

「はい、シュレイグの国王はウンディーネ、強いては全ての精霊との共存を望んでおります。交易を通してお互いの国がより潤いより豊かな暮らしができるようにと、切に望んでおられるのです」

「人間との交易かの……」


 ウィンリアーヌが呟いた瞬間――周りで騒いでいたウンディーネたちが明確な非難の声を上げた。


「ふざけないで、人間! なにが交易だ!」

「そうよ、そうよ! あの惨事を忘れたとは言わせない!」

「共存なんて嘘ばかり!」

「死んでしまえ!」

「厚かましいにもほどがある!」

「ウィンリアーヌ様、こいつらなど殺してしまいましょう!」

「だいたい、いくらヴァンの後継とは言え、ジダン・ヴィ・エルトロンが水神を討伐したのですよ!」

「憎んでも憎みきれない、あの男の子供などいっそのこと一思いに……」


 口々に人間の悪口が叫ばれる。特にゼクスは父の悪口に対し一瞬反論しようかと思ったが、アリスに止められる。彼女を睨むと、アリス自身も悲しげに顔を曇らせていた。

 すると――。


「静まれ」


 たったそれだけの言葉だった。凛とした響きを持つ短い句が、この場全体を包み込むかのように浸透し、ゆっくりと皆の意識の中へ溶けてゆく。


「確かに、歴史の紐を解いてみれば、人間を嫌う理由は掃いて捨てるほどにある。しかし主神オディウス亡き今、人間の繁栄は留まるところを知らぬ。ならば、いずれ必ず来る時のことも思慮に入れ、少々、前向きに考えてみようではないかえ」

「ウィンリアーヌ様……」


 ウィンリアーヌの一番の側近であるシャーベルンには長の気持ちが、何となく分かってしまった。かつて唯一愛した男のことと、そして妹のことを思い出されているのだろう。だからこそ、一番に反対したい気持ちを押さえつけ、主の言葉を聴くに徹していた。


「しかし――」

「人間を許せと言うので……」

「そうとは言っておらぬ。ただ、同じ人間と言えど、皆が皆、残虐なわけではないのじゃろう。ほれ、この小姓(こしょう)を見てみぃ。我にはコヤツがさように悪逆な者のようには、どうしても見えぬのじゃが……」


「「「「…………」」」」


 一斉に、ウンディーネたちの視線がゼクスに集中する。

 対象のゼクスはというと、訳がわからずその場でハテナを浮かべ首を傾げていた。彼の表情は心底分からないといったようなアホ丸出しのもので、アリスとロイドは見慣れてはいてもやはり堪えなければ噴出しそうになった。


 そして、「ふっ」と笑いを零す、最初のウンディーネが現れた。あのゼクスが最初に見た少女だった。彼女を首切りに、次々と笑いが巻き起こった。


「あははっ、確かに……あのアホ面はないわ……」

「そうね、あんなバカそうな人間が悪いことをしても一瞬で終わりそう」


 続いて今度は、口々にゼクスの悪口を言い始める。しかし先ほどとは対照的に、ウンディーネたちの表情は皆柔らかく、そしてどこか好意的なものだった。

 ウィンリアーヌはこの光景を眩しげに見つめ、少しだけ表情を緩めた。ゼクスはちょうどその瞬間を見てしまい、思わず見惚れてしまう。まるで春の訪れとともに咲き誇る花のような静かながらも、本当に優しい笑みだったから。


 次の瞬間、足に物凄い衝撃がやってきた。


「いってぇー! なにすんだよ、アリス!」


 ぴょんぴょんとジャンプしながら、アリスに怒鳴る。今しがた彼女に思いっきり足を踏まれたのだ。痛かった。跳ねるほどに。

 しかしそ知らぬ顔つきで、アリスはふいっと横を向いて無視を決め込んでいた。


「くぅ~、このヤロー」

「なんかあの顔って、サルみたいよね」

「あ、そうそう似てる、似てる!」

「なにぉー!」


 それからウンディーネたちにも馬鹿にされ、ゼクスは地団駄を踏みまくる。これが余計に笑いを誘い、あの辛辣(しんらつ)としていた雰囲気は完全にどこかへ行ってしまった。


「さすがはジダン殿のご子息……いえ、ゼクスさんといったところでしょうか」


 ロイドはこの雰囲気を創り出したゼクスを、内心で手放しに褒めていた。自分にはできないことを平然とやってのける彼を、団長として誇らしく思い、いつか彼にふさわしい団長になろうと決意を固くした。

 そしてそれをロイドと同じように満足げに眺めていたウィンリアーヌに、シャーベルンが近付いてゆく。


「良かったですね、ウィンリアーヌ様……」

「ふふっ、そうかのぉ……」

「ええ、私が貴方様のそのようなお顔を見たのは、リディルにマリア、そしてシャルロッテ様と一緒にいた時以来ですから」

「ふふふっ、さような昔事(むかしごと)、とうに忘れてしもうたよ」


 ウィンリアーヌのどことなく楽しげな声だけが、部屋の中へ溶けるように静かに消えていった。

 嵐はすぐそこにまで迫っているのだということを知らないままに……。



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