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95:告白

 それにしても、この私が坊ちゃんと結婚かぁ…。


 旦那様達から結婚の御許可をいただいた私は、つい感慨深くなり、昔の記憶に思いを馳せた。


 初めて直接お会いした時の坊ちゃんはまだ12歳で今のような思慮深さはなく、貴族の子弟にありがちな、家柄を鼻にかけるような少し高慢な態度を取る事があった。だけど、心は素直で横暴なところは一切なく、当時騎士見習いだった私の諫言に口答えする事はあっても、決して権力を笠に着て無体を働く事はなかった。平民出の、少しだけ年上の女性の口酸っぱい小言に対し、口喧嘩に発展する事はあっても、少なくとも私が何故諫めているのか耳を傾け、何とか理解しようと子供なりに努力しようする姿勢を崩さなかった。それが2年間繰り返され、私が騎士に叙任された頃には、坊ちゃんは私をはじめとする家臣一人ひとりの扱い方を覚え、私が忠実な騎士として坊ちゃんの傍らに立って報告や諫言を忌憚なく行えるだけの適度な距離感を保ち、接してくれるほどまでに成長した。


 そして、あの「運命の日」を迎え、私が黒衣の未亡人(ブラック・ウィドウ)に噛まれてほとんど寝たきりの身となると、坊ちゃんは横柄になり、上から物を言うようになった。だけど振り返ってみると、それは私が余計な事を考えず体を労われるよう、主人の命令の態を取った不器用な気配りだったように思える。口ではブツブツ言っていたけど、それは私が熱を出して動けなくなった事を謝った時や、坊ちゃんが手ずから看病しようとするのが申し訳なくて辞退しようとした時など、私が自分の身に引け目を覚える発言をした時で、坊ちゃんはその都度発言を否定し、命令と言う形で私に最も良い環境を示してくれた。それは、主君とその忠実な騎士と言う、一旦完成してしまった距離感をもう一度作り替えるために、未だ10代の少年が苦労して編み出した試行錯誤だったのかも知れない。


 口は悪かったけど。非常に分かりにくかったけど。私は坊ちゃんに、こんなにも想われていたんだなぁ…。


 でも、そんな坊ちゃんもハタチを迎え、心身ともに少年から立派な大人へと成長した。そして私との関りも、少年と姉代わりの御守(おもり)から男女の関係へと変わり、じきに夫婦になる事が決定した。私は、これまで一人の家人として仕えて来たラシュレー家に、新たな家族として迎え入れられる。これまで絶対の忠誠を捧げて来た旦那様とマリアンヌ様が、これからは私の新たな父と母となって…。




 …っ!?――― お義父様っ!?




「リュシー?一体、どうしたの?」


 空中の一点を眺めながら物思いに沈んでいた私が突然目を見開いて硬直し、異変に気付いたマリアンヌ様が声を掛ける。だけど、私はマリアンヌ様の声に気づかず、天啓のように閃いた言葉に背筋を震わせ、沸々と湧き上がる歓びに胸を躍らせる。


 お義父様っ!かつて旦那様をそう呼べる日を夢想し、一度は涙を飲んで諦めた言葉が、巡り廻って再び私の許に戻って来た。何という運命。何という僥倖。


 これはもう、今からお義父様と呼ぶしかないでしょっ!




「…お義父様…」

「おい、リュシー、どうした?しっかりしろ」

「…え?…あ、坊ちゃん…」


 焦点の合わない目で空中の一点を見つめていた私が、涎を垂らさんばかりに顔を綻ばせて小さく呟き、坊ちゃんが私の肩を揺すって問い質した。我に返った私は坊ちゃんへと目を向け、碧氷(アイス・ブルー)の瞳に浮かぶ気遣わし気な光を認めて、自分を戒める。


 いけない。ついうっかりアッチの世界にイってしまった。これが坊ちゃんの耳に入ろうものなら、ヤキモチ妬きの坊ちゃんの事だ、瞬く間に部屋の中が凍り付き、修羅場と化してしまう。余計な誤解を生まないよう、結婚するまで、お義父様と呼ぶのは脳内だけにしよう。私はそう心の中で決意し、坊ちゃんを安心させるために顔を綻ばせ、頭を下げた。


「すみません、ちょっと感傷に浸ってしまって…。あの小さかった坊ちゃんが、こんなに立派になったんだなぁって」

「そうだな…かれこれ、もう8年の付き合いだもんな…」

「えぇ…」


 私の言葉に坊ちゃんがしみじみと頷き、私と同じように空中の一点を眺める。そうして二人で並んでぼんやりと空中を眺めていると、向かいに座るマリアンヌ様が尋ねて来た。


「…それで、シリルからは何て言われたの?」

「…え?何てって、何がですか?」

「プロポーズの言葉よ。あなた、何て告白されたの?あなたをここまで散々待たせたんだから、流石に気の利いた台詞の一つくらい、吐いたでしょう?『愛している』とか『ずっと待たせて、すまなかった』とか、らしくない事を口にした時のこの子、どんな顔をしてたの?」

「え、えっと…」

「おい、お袋…」


 マリアンヌ様がテーブルの上に身を乗り出し、目を爛々と輝かせて詰め寄って来る。隣に座る坊ちゃんが渋面を作り、横目で私を牽制するが、マリアンヌ様の押しに負けた私は坊ちゃんの視線に気づかず、顎に指を添えて上を向いて記憶の箱をひっくり返す。そして、はたと思い至った私は硬直し、上を向いたまま目を瞬かせた。




「…あれ?――― 坊ちゃん、私、プロポーズされてなくないですか?」




「「「…へ?」」」


 お義父様とマリアンヌ様、フランシーヌ様とハヤテ様の四人が一斉に間の抜けた声を上げる中、私は顎に指を添えたまま、坊ちゃんに目を向けた。坊ちゃんは口を開け、私の顔を見て呆然と固まっていたが、我に返ると忙しなく(かぶり)を振り、慌てて訂正して来る。


「…いやいやいやっ!あの時、確か言っただろっ!?ほら、魔王国で…っ!」

「え?魔王都で言われたのは、『お前は俺のものだ。俺から離れる事は、絶対に赦さない』だけですよ?その後、そのまま…その…コトに及んで…それっきりですよね?」

「…あ」

「「「…」」」




 スパーンッ!


「っ痛ぇ!」

「…こんっの、ヘタレがっ!」


 テーブルの上に身を乗り出していたマリアンヌ様が、手にしていた扇子を坊ちゃんの頭へと力一杯振り下ろし、部屋の中に軽快な音が鳴り響く。坊ちゃんが両手で頭を抱え蹲る中、マリアンヌ様がテーブルを挟んで仁王立ちし、半壊した扇子で勢い良く顔を扇ぎながら鬼の形相で捲くし立てた。


「シリルっ!あなた、5年もリュシーを待たせておきながら、ようやく口にした言葉が『お前は俺のもの』ですってぇっ!?それじゃぁ、玩具を独り占めしようとする子供の我が儘と、何ら変わらないじゃないのっ!彼女を蔑ろにするのも、大概になさいっ!」

「マ、マリアンヌ様、落ち着いて下さい。坊ちゃんは口にするのが照れくさいだけで、坊ちゃんと私はちゃんと心が通じ合っていますから…」

「駄目よ、リュシー!こういうところで甘やかすと、男は付け上がるんだからっ!」


 マリアンヌ様の剣幕に、慌てて私は腰を浮かし宥めようとするも、マリアンヌ様は聞く耳を持たない。救いを求めてお義父様へと目を向けると、お義父様は余裕のある笑みを湛え、ソファに身を沈めて寛ぎながら、マリアンヌ様の言葉に耳を傾けていた。あぁ、こういうところもお義父様は完璧なんだな。私が現実逃避を兼ねてお義父様の評価をより一層高くしている間も、マリアンヌ様の叱責が続く。


「いいっ!?シリルっ!いくら心が通じ合っていると思っても、言葉で口にしなければ伝わらない事があるんだからっ!一生添い遂げたいという想いくらい、面と向かってはっきりと口にしてあげなさいっ!ほらっ!今すぐ、此処でっ!」

「「ええぇっ!?」」


 マリアンヌ様の言葉を聞いた坊ちゃんと私は、隣に座る相手に目を向け、そのまま顔が赤くなった。坊ちゃんの口が食べ慣れない物を咀嚼するようにもにょもにょと動き、私はそんな坊ちゃんの顔を見ているのが恥ずかしくなり、思わず俯いてしまう。私は下を向き、視界の隅で蠢く坊ちゃんの喉仏を見つめながら、高鳴る鼓動と共に坊ちゃんの言葉を待ち続ける。


 ドクン、ドクン、ドクン…。




「…悪い、リュシー。もう少しだけ、待ってくれないか?」




「…シリルっ!あなたねぇっ!」


 私が顔を上げると同時に、横からマリアンヌ様の叱責が飛んだ。だけど坊ちゃんは動じず、眉を逆立てるマリアンヌ様を手で押し留め、慎重に言葉を選んでいく。


「お袋の言う事は、もっともだと思う。だけど、この場で急かされて言うべき言葉でもないと思うんだ。お袋、リュシー。もう少しだけ俺に時間をくれ。結婚式を迎える、その時までには、必ず口にするから」

「はぁぁぁぁぁ…。まったくもう、この馬鹿息子は。…リュシー、好いの?こんなヘタレで」


 坊ちゃんの発言を聞いたマリアンヌ様が呆れ顔を浮かべ、私に目を向ける。私はマリアンヌ様の胡乱気な目に苦笑し、宥めすかすように応じた。


「えぇ、十分です、マリアンヌ様。こう見えて、坊ちゃん、自分から言い出した事はきっちり実行する人ですから。その日が来るのを、楽しみにしています」

「はぁぁぁぁぁ、あなたもお人よしなんだから。…リュシー、シリルに何てプロポーズされたか、私に報告しなさい。それが済むまで、結婚は認めないから」

「畏まりました、マリアンヌ様。…だそうですので、坊ちゃん、よろしくお願いしますね?」

「…」


 渋々引き下がったマリアンヌ様から新たな結婚の条件を提示された私は、その条件を呑み、坊ちゃんに丸投げする。丸投げされた坊ちゃんは、口をへの字に曲げたまま否定も肯定もせず、沈黙を続ける。


 その子供じみた抵抗が例えようもないほど、可愛らしくて。


 私は、むずがる子供をあやすように笑顔を浮かべ、坊ちゃんをやんわりと促した。




 ***


 コンコン。


「失礼します。フランシーヌ様、配下の方からお手紙を預かりしまして。至急、お手元に届けて欲しいとの事でした」

「ありがとうございます」


 部屋の扉がノックされ、入室して来た執事がフランシーヌ様に一通の手紙を手渡した。フランシーヌ様は執事に会釈を返すとその場で手紙を広げ、書かれた文字に素早く目を走らせた後、お義父様に報告した。




「…オーギュスト様、魔王国に放った乱波(らっぱ)からの報告です。不死王(ノーライフキング)が南の横断道を無視し、間道に足を踏み入れたそうです。ラシュレー領への侵攻が、確定しました」

「乱波って言った!今、この人、乱波って言い切ったよ!」

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