81:男の戦い
「…決闘だなんて、そんな…」
突然目の前に立ちはだかった重大な局面に、私は坊ちゃんに縋りついたまま、身を震わせた。
20年以上に渡って停戦状態が続いているとは言え、以前は覇を競い合い、互いに多くの血を流したかつての敵国。その中枢において周囲を取り囲まれ、王太子直々の決闘を突き付けられる。
その、勝敗どちらに転んでも絶望的としか思えない状況に直面し、私は為す術もなくただひたすら身体を密着させ、坊ちゃんの答えを待ち続ける。
「…方々、落ち着かれよ。アンタ達はシリル殿諸共、アタシまで害するつもりかい?そんな事をしたら、魔王国は救援の求めに応じた帝国、獣王国の厚意を踏みにじり、王太女を弑した暴虐のレッテルを貼られ、両国から即座に攻め込まれるだろうよ」
周囲から湧き立った敵意の前に、ハヤテ様が立ちはだかった。フランシーヌ様を庇うように背中に匿い、煌びやかな装飾を纏った右手に気功を張って、背後に並ぶ魔王国の重臣達を牽制する。坊ちゃんの冷え切った空気にハヤテ様の威圧が加わり、湧き上がった敵意を捻じ伏せる。
「…好いだろう」
双方の戦意が拮抗し、張り詰めた空気が臨界を迎えつつある会場に、簡潔な言葉が響き渡った。坊ちゃんは、ヒルベルト様の敵意の籠った視線を真っ向から受け止め、平然と答える。
「殿下、あなたの決闘を受けよう」
「坊ちゃん…」
「リュシー、お前は黙っていろ」
私が縋りついたまま顔を上げ、声を挟もうとするも、坊ちゃんがその言葉を遮った。坊ちゃんは正面に顔を向けたまま、横目でじろりと私を見下ろし、有無を言わさぬ勢いで言い切る。
「お前、この俺が女の背中に隠れ、説得を任せるような軟弱者に見えるのか?これは、売られた喧嘩だ。お前は黙って俺の背中に隠れ、俺の勝利を信じて待っていろ」
「…はい」
私が口を挟み、ヒルベルト様に自分の想いを打ち明ければ、この衝突は回避できるかも知れない。そう思うも坊ちゃんに差し止められ、私は口を噤んで大人しく引き下がった。鼓動が高鳴り、押し流されたマグマが全身を駆け巡って、身を火照らせる。
…坊ちゃんが、私を手に入れるために戦ってくれる。坊ちゃんが絶対に私を手放すまいと、牙を剥いてくれる。
トクン、トクン、トクン…。
「…よかろう。この決闘、国王リカルドが自ら立ち会い、公平な立場をもって見届けるものとする。ヒルベルト、シリル殿、互いの名誉を賭け、正々堂々戦うが好い。ついて来たまえ、闘技場で執り行うとしよう」
「「はい」」
リカルド陛下の宣言にヒルベルト様と坊ちゃんが唱和し、陛下の先導で三人が次々に謁見の間を後にする。私は王妃様やフランシーヌ様、ハヤテ様と共に三人に続き、人々の注目を一身に受けて下を向いたまま、黙々と歩き続けた。
***
「…この決闘において、雷撃、並びに頭部や頸部、心臓の破壊といった、即死に繋がる一切の攻撃を禁止します。また、身体の欠損など回復不可能のおそれのある攻撃についても、控えて下さい。それ以外の負傷については、このフランシーヌ・メルセンヌが聖女の名に賭け、必ず回復して差し上げます」
「「了解した」」
王城の中庭に設えられた闘技場の中央に於いて、フランシーヌ様がヒルベルト様と坊ちゃんの間に立ち、決闘のルールを伝えている。ヒルベルト様は触媒と思しき短錫杖を右手に持ち、坊ちゃんは左右の中指に触媒の指輪を嵌め、その他にも数々の魔法付与装身具に身を包んでいる。私はリカルド陛下や王妃様、ハヤテ様と共に闘技場の周囲に設けられた貴賓席に並び、心の内に湧き立つ不安を必死に抑えながら、闘技場に立つ二人を見つめた。
石造りの方形闘技場は周囲を頑丈な壁に覆われ、その背後に矩形に象られた高い石の壁が間隔を空けて立ち並び、規則正しい凹凸を繰り返していた。私達は、魔法の飛び交う魔族の戦いを想定した防弾用の石壁の隙間から顔を覗かせ、戦いの開始を待ち続ける。坊ちゃんが身に着けた装飾品のうち、雷撃に通ずる魔法付与装身具を外し、フランシーヌ様へと手渡した。フランシーヌ様が二人の許を離れ、周囲に並ぶ防弾壁の陰に隠れると、私の背後に立つリカルド陛下が右手を上げ、勢い良く振り下ろす。
「はじめっ!」
「≪三槍装填≫、≪反復≫、≪反復≫」
「≪炎人召喚≫、≪溶岩盾召喚≫、≪黒炎犬召喚≫、≪反復≫、≪反復≫」
開始の合図と共に坊ちゃんとヒルベルト様が詠唱を開始し、二人の周囲に様々な属性魔法が姿を現わす。坊ちゃんの背後には凍てついた氷の槍が九本現れ、ヒルベルト様に鋭い切っ先を向けて宙に浮かぶ。ヒルベルト様の前には高さ3メルドにも及ぶ炎の巨人が現れ、続けて空中に出現した直径1メルドほどの真っ赤な盾を左腕に同化させると、その巨体を屈めて身構えた。ヒルベルト様の周囲に新たな炎が噴き上がり、体長1メルドほどの犬のような姿を形作る。
「≪氷河≫」
先に詠唱を終えた坊ちゃんが新たな氷魔法を唱え、右手を振り払った。右中指に嵌められた指輪が輝きを放ち、足元から一筋の光の帯が浮かび上がる。光の帯はヒルベルト様の許へと一直線に伸び、地面から次々と氷槍が現れ、荊の道を形成しながらヒルベルト様へと押し寄せる。三体の黒炎犬が横に跳んで乱立する氷槍を躱す中、炎の巨人だけは氷河の前に立ちはだかり、のっそりとした動きで灼熱の盾を進行方向へと割り込ませた。激しい音と共に盾と氷槍の間に水蒸気が噴き上がり、氷河の侵攻が止まる。
ジュゥゥゥゥゥゥッ!
「≪狩れ≫!」
ヒルベルト様の声と共に、三体の黒炎犬が散開し、各々異なる方向から坊ちゃんへと襲い掛かった。そのうちの一体が口を開いて火球を放ち、残りの二体が左右から坊ちゃんを挟撃する。
「≪氷壁≫、≪二槍撃≫!」
坊ちゃんは秀麗な顔を歪めると正面から押し寄せる火球を右に飛んで躱し、左方から襲い掛かる黒炎犬に氷壁を放ってその進路を阻み、右方の黒炎犬の前に二本の氷槍を並べる。だが、氷槍が姿を形作る前に黒炎犬はその射線から飛び退き、直進する氷槍とすれ違う形で坊ちゃんへと襲い掛かった。坊ちゃんが反射的に右腕を上げ、襲い掛かる黒炎犬から身を守ろうとする。
「ぐっ!?」
「坊ちゃんっ!」
キン、ジュゥゥゥッ!
飛び掛かった黒炎犬の炎の牙が硬質の音と共に水色の波紋に弾かれ、水蒸気を上げた。黒炎犬は目の前に出現した水色のドームから嫌がるように後退するが、軽快なステップを踏んで坊ちゃんの右側に纏わりつく。坊ちゃんを取り囲む水色のドームに黒炎犬の頭ほどの穴が開き、白煙を噴きながら少しずつ修復されていく。左側から氷壁を迂回した黒炎犬が押し寄せ、正面から三体目が飛び掛かる。坊ちゃんは三方から押し寄せる黒炎犬に纏わりつかれ、次々に魔法を放って絶え間なく襲い掛かる灼熱の咢を必死に振り払った。魔法付与装身具による全周囲の氷のドームに無数の穴が開き、修復が追い付かない。
「クソっ!≪氷河≫!≪氷河≫!」
「あぁっ!坊ちゃんっ!坊ちゃんっ!」
致命傷こそ負っていないものの、まるで猟犬の群れに弄ばれる兎のような坊ちゃんの姿に、私は胸が締め付けられ、防弾壁から身を乗り出して悲痛な叫びを繰り返す。
坊ちゃんは完全な後衛だ。マリアンヌ様の血をより濃く受け継ぎ、旦那様の卓越した身体能力を引き継げなかった坊ちゃんは、体術の才能に欠け、接近戦に弱い。そんな坊ちゃんが三頭もの猟犬に纏わりつかれ、無傷で回避できるはずがない。祈るような気持ちで坊ちゃんの姿を追い続ける私に、ヒルベルト様の声が追い打ちをかけた。
「…≪三槍二連≫」
「…えっ?」
炎の巨人に守られ悠然と佇むヒルベルト様の左右に炎が撒き上がり、六本の炎槍を形作った。燃え盛る六本の切っ先が黒炎犬に追い立てられる坊ちゃんへと向けられ、私は蒼白な顔でありったけの大声を上げる。
「坊ちゃん、避けてえええええええええええっ!」
「ぐっ!?」
私の悲鳴と共に六本の炎槍が放たれ、坊ちゃんへと襲い掛かった。三体の黒炎犬に纏わりつかれ回避する余裕のない坊ちゃんは、反射的に腕を交差して顔を守ろうと身構え、その場に立ち尽くす。六本の炎槍は次々と坊ちゃんに襲い掛かり、魔法付与装身具の張った氷のドームと衝突して六つの大穴を開ける。
キンキンキンキンキンキン!ジュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
直後に目にしたのは、一斉に坊ちゃんへと飛び掛かる、三体の黒炎犬の後姿だった。三体の黒炎犬はドームに開いた穴に頭を突っ込み、体の前で交差する坊ちゃんの両腕へと噛みつく。炎の塊に噛みつかれ、両腕から火の手が上がる。
ジュゥゥゥゥゥゥッ。
「ああああああああああああああああっ!?坊ちゃんっ!坊ちゃぁぁぁんっ!」
「ぐわああああああああああぁっ!?ブ、≪吹雪≫!≪一斉射撃≫!」
ドドドドドドッ!
私の悲鳴と共に坊ちゃんが叫び声を上げ、坊ちゃんの背後から猛烈な吹雪が吹き付ける。吹雪は坊ちゃんの両腕の火を消し、三体の黒炎犬の炎を剥ぎ取り、動きを止める。その直後、坊ちゃんの背後に浮かんでいた九本の氷槍が一斉に黒炎犬へと放たれ、炎に覆われた胴体を貫いて地面へと縫い付けた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「あああぁぁぁぁ…坊ちゃん、坊ちゃぁぁぁん…」
黒炎犬を打ち倒し、満身創痍で立ち尽くす坊ちゃんの無残な姿に、私は涙を堪える事ができず、ボロボロと泣き腫らした。口元を手で押さえ、足が震えて身を支える事ができず、防弾壁に縋りついたまま目を見開く。背後からハヤテ様が体を支えてくれるのにも気づかず、私はうわ言のように坊ちゃんを繰り返し呼び続けた。
「ほら、リュシー、しっかりしな」
「あぁぁぁぁ…坊ちゃん…やだ…やだ…」
死んじゃう、坊ちゃんが死んじゃう。
恐怖に心を鷲掴まれ、防弾壁にしがみ付いたまま震え続ける私の耳に、何処までも冷静なヒルベルト様の声が流れ込む。
「≪黒炎犬召喚≫、≪反復≫、≪反復≫」
「…え?」
ヒルベルト様の左右に現れた、新たな三体の黒炎犬の姿に、私は目を疑った。新たな恐怖に慄く私の視界に、顔を歪め、肩で息をしながら舌打ちをする坊ちゃんの姿が映し出される。
「はぁ、はぁ、はぁ…畜生っ!…≪三槍装填≫、≪反復≫、≪反復≫」
「いい加減、負けを認めたらどうだ、シリル殿?」
「クソっ!誰がっ!」
「坊ちゃん…お願い、もう止めて…私の事はどうでも好いから…」
立つのもやっとで、それでも再び魔法を唱える坊ちゃんの姿を見ていられず、私は涙を流しながら頭を振り、坊ちゃんに懇願した。
私の事は忘れてくれて好いから、別の誰かと幸せな家庭を築いても構わないから。
…ただ、元気な姿で幸せな一生を過ごして欲しい。
「――― リュシー、目を背けるな」
突然、私は髪の毛を掴まれ、俯いていた顔を強引に引き上げさせられた。前かがみのまま仰け反るように顔を上げた私にハヤテ様が顔を寄せ、闘技場に顔を向けたまま、横目で私を睨みつける。
「アンタもいっぱしのオンナなら、自分のオトコの戦う姿を目に焼き付けろ。あのオトコは、アンタのために戦っているんだ。アンタを手に入れたくて、戦っているんだ。アンタ、分かっているのか?
――― 今、一番幸せな時だぞ?」
「…え?」
ハヤテ様の言葉に私は泣くのを止め、髪の毛を掴まれたままハヤテ様へと目を向けた。ハヤテ様は私を横目で見ながら口の端を吊り上げ、鷲掴みした手を捻って私の顔を闘技場へと向けさせ、言葉を続ける。
「…見ろよ、あの二人。三大国の未来を左右できるほどの力を持つ二人の男が、恥も外聞も無く、子供のように殴り合っている。ただアンタを手に入れたいがために、他の男に渡したくないが故に、周囲を無視して無様な戦いを続けている。これほどのオトコ達を手玉に取れて、オンナ冥利に尽きるじゃないか、ぇえ?
…この幸福を味わえ、リュシー。オンナの歓びを存分に味わえ。そして勝負が決したら、その勝敗を無視して愛しいオトコの許へと駆け寄り、オトコの欲望を存分に受け入れろ」
「ハヤテ様…」
ハヤテ様が、オンナの歓びを存分に知る肉食獣の笑みを浮かべ、私を焚き付ける。ハヤテ様の手で火をくべられ、心臓に巣食うマグマが再び頭をもたげ、血流に乗って全身を駆け巡った。私はマグマが発する熱に身を任せ、闘技場で戦う二人を見つめながら、愛しいオトコを意味する言葉をうわ言のように呟いた。
「…坊ちゃん」
「≪狩れ≫!」
「≪氷河≫」
対峙する二人の男が同時に声を上げ、戦いが再び動き出す。坊ちゃんの足元から二筋の光が浮かび、ヒルベルト様の足元へと伸びる。光の帯に沿って無数の氷槍が地面から飛び出し、乱立しながらヒルベルト様へと襲い掛かる。乱立する氷槍を避けるように三体の黒炎犬が横っ飛びし、氷槍とすれ違うように坊ちゃんに向かって駆け出す。
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
ヒルベルト様に襲い掛かった二筋の氷河が、間に立ちはだかる巨人の盾によって堰き止められた。灼熱の盾と氷が交わり、激しい音と共に大量の水蒸気が舞い上がって、周囲を白く染める。白濁した空気に視界を遮られ、何も見えない向こう側から、坊ちゃんの声と硬質の音だけが木霊する。
「≪発射≫!≪発射≫!≪発射≫!」
キン、キン、キン。
…坊ちゃん、坊ちゃん、坊ちゃんっ!
私は白濁した空間に目を凝らし、硬質の音が鳴るたびに身を震わせながら、坊ちゃんの姿を探し求めた。視界の失われた世界で三頭の獰猛な猟犬の牙から逃れられる事を願って、硬質の音が聞こえるたびに魔法付与装身具が健気に坊ちゃんを守っている事を、繰り返し願って。
やがて白濁した空気が一陣の風によって吹き払われ、戦いの全容が私達の前に露わになる。
「…え?」
「何っ!?」
その光景を目にした途端、私とヒルベルト様が同時に声を上げた。私は呆然と、ヒルベルト様は戦局の突然の変化に舌打ちを堪えながら。
坊ちゃんが、三体の黒炎犬を振り切り、ヒルベルト様に向かって真っすぐに突入していた。身体能力に劣る坊ちゃんが、体術の才能の欠片も持ち合わせていない坊ちゃんが、三頭の獰猛な猟犬の追撃を振り切り、疾走している。
「≪発射≫!」
坊ちゃんの詠唱と共に、背後に浮かぶ一本の氷槍が前方へと射出される。
――― 目の前で疾駆する、坊ちゃんの背中に向かって。
キン。
背後から襲い掛かった氷槍が氷のドームと衝突し、硬質の音と共に氷の破片が煌めきを放つ。背後から氷槍の直撃を受けた坊ちゃんは氷のドームごと前方へと弾き飛ばされ、追い縋る黒炎犬を引き離した。坊ちゃんは繰り返し詠唱を唱え、その度に背後から氷槍の直撃を受け、まるで撞球の玉のように前方へと弾き飛ばされる。
「≪発射≫!」
キン。
「≪発射≫!」
キン。
「≪発射≫!」
キン。
「くっ!」
炎の巨人の右脇を潜り抜けようとする坊ちゃんの意図に気づいたヒルベルト様が、巨人の右腕を振り下ろした。高さ3メルドにも及ぶ巨人の右腕が炎上する樹木のように横たわり、突進を続ける坊ちゃんの行く手を阻む。立ち塞がる巨大な炎の腕を目の当たりにしても、坊ちゃんの突進の勢いは衰えを見せず、真正面から突入する。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
「坊ちゃんっ!」
――― ジュッ!
――― 鈍い音と共に上空に向かって一閃の蒼い輝きが立ち昇り、燃え上がる巨人の右腕が両断された。
「…なっ!?」
驚愕の面持ちで硬直するヒルベルト様に向かって、坊ちゃんが突入して来た。両断した右腕の隙間を掻き分け、全方位を守護する氷のドームの前半部を溶解させながら、脇目も振らずヒルベルト様へと突進する。
その振り上げられた右手には、蒸発して刀身を失った氷の剣が握られ、手首に架けられたブレスレットが、小さな煌めきを放つ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ドォッ。
棒立ちするヒルベルト様に坊ちゃんが飛び掛かり、二人は折り重なるように倒れ込んだ。地面に仰向けに倒れ込んだヒルベルト様に坊ちゃんが馬乗りになり、左手に持った氷の剣の切っ先を喉元へと突き付ける。両腕の袖は無残に焼け焦げ、前腕部に幾つもの火膨れが浮かび、体のあちらこちらに火傷を負った坊ちゃんが、息を荒げながら宣言する。
「はぁ、はぁ、はぁ…殿下、降参しろ。俺の、勝ちだっ!」
「…」
喉元に切っ先を突き付けられたヒルベルト様が、仰向けのまま、肩で息をする加害者の目を見つめた。闘技場に静寂が漂い、三体の黒炎犬と炎の巨人が掻き消える。
「…降参する。シリル殿、あなたの勝ちだ」
やがて簡潔な言葉を放ったヒルベルト様が口を閉ざし、闘技場は再び静寂に覆われた。




