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四話。



 悍ましい犯罪の数々が一枚の紙に余すところなく書かれている。

 が、タイトルの次に書かれていた犯罪が、一番許せない。


 臥龍宗一郎の殺害。


 そう。

 屑は実の父親までをその手にかけていたのだ。


「証拠は出揃っているぞ。無駄な抵抗はやめておけ」


「そうそう。制裁から逃れられると思うなよ」


「制裁とか、け、警察がまずいんじゃねぇのか? 俺だって警察に伝手の一つや二つあるんだぞ!」


 ここにきても自分がどれほどの窮地に立たされているのか理解できていない。

 ぶっちゃけ、表の地位では清之助さんを上回る人なんていくらだっている。

 ただ後ろ暗いものを持つ者ほど、清之助さんと敵対するのは怖いだろう。

 微罪を犯す愚かしい頭でも、絶対に叶わないと骨の髄まで叩き込まれているからだ。


「やってみるか? と言いたいところだけどな。そもそも貴様はこの屋敷から一歩も出られなくなるんだ。連絡なんてできると思っているのか?」


「携帯があれば簡単じゃねぇか!」


「簡単じゃねぇよ。まぁ、試しに使ってみな?」


 清之助さんがにやにやと嗤った。

 俗に言うイラッとさせられる笑顔だ。

 屑も腹立たしかったらしい。

 むっとした表情を取り繕いもせずに携帯電話を操作する。


「はぁ? なんでだよっ! 電波は繋がってんだろ?」


 電波が繋がっていなくても警察への電話は可能だった気がするが、それはさて置き。

 電話がかけられない原因はなんだろう?

 清之助さんの笑顔からして、臥龍家そのものが何かしたわけではなさそうだが。


「ちっと細工してもらったのさ。もうその電話では外部への連絡は叶わんぞ!」


 凄く嬉しそうな様子を見て、IT関連の仕事についている、自慢の息子さんの細工なんだろうと推察した。

 男ばかり四人の子供を持つ清之助さんだが、警察関係の職に就いたのは次男だけだ。

 その次男を含め全員が自分が選んだ分野で活躍しているのは凄い。

 仲の良い両親や兄弟には何時だって憧れている。

 まぁ今後、年の離れた父親違いの弟妹なら俺にもできるかもしれないが。


「ちなみに体内に仕込んでおいた連絡手段は、健康診断のときに外しておいたからねー」


「それって犯罪じゃねーのか? 訴えてやるっ!」


「えー? 粗悪品だったから、そのまま装着してたら脳みそが溶けてたんだけど。良かったのかなぁ、脳みそが溶けても」


 三人の中では一番やわらかい微笑を浮かべている綜次郎さん。

 それなのに得体の知れない恐ろしさを感じるのは、綜次郎さんが一流の脳外科医だからだろうか。


「脳みそが、溶ける?」


「うん。あるんだよ、そーいうことって。正悟君が使った装置には人体に対してかなりの有害な物質が含まれていたからねぇ。制作者か販売者か、果てはその両方に恨まれていたんじゃないの? 身に覚えあるよね?」


 綜次郎さんの言葉に屑の顔色が変わった。

 身に覚えがありすぎたようだ。


「残りの手段は、人、だと思いますけれど……当主になれず、何一つ残されなかった方に手を差し伸べる者は、恐らく一人もいないでしょう」


「だな。遺産に踊らされてる以外の奴らの相談は、俺、母さん、朔太郎先生の誰につくかみてーだしな。あんたの名前を出してる親族は一人もいねーみてーだぜ?」


 真っ当な親族は、屑を選ばない。

 支援者たちも、屑は選ばない。

 頭の軽い屑を神輿として担ごうとする者は、それなりにいるだろうけれど。

 そいつらと屑が生きて相まみえることはないので無理な話なのだ。


「じゃあ、おれ、は?」


「表で裁かれることなく、裏で……捌かれるな」


 最終的には生きたまま解剖なのかな?

 屑の臓器でも必要としている人がいるのならば、是非使っていただきたい。


「お、おれは! おわらない! おわれないぞ!」


『お前はもう、終わりじゃよ、正悟。わしに手をかけた時点で、お前は終わったんじゃ』


「おとう、さん?」


 おぉ!

 屑がじいちゃんを、父と、ましてや、お父さんと呼ぶなんて初めて聞いた。

 さすがに死人の声が聞こえる状況は、屑を混乱させているらしい。


 ちなみに母も三人も聞こえているようだが、屑のような反応はしなかった。


『ばあさんと約束しておったんじゃよ。お前がばあさんやわしに手を出した時点で、お前を粛清しようとな』


「おれ、かあさんは、ころしてない、ぜ?」


『知っておるよ。殺していたらその時点でお前はこの世におらん』


「……かあさんを、ころしたいとおもったことなんて、ない」


『でも、わしは殺したな?』


「殺さなかったら! 俺が殺されたんだ。仕方ねーだろ? あんたは、廉のために俺を殺すつもりだったじゃねぇか!」


 ないない。

 それはない。

 ぶっちゃけ、屑のやったあれこれは駄目過ぎた。

 臥龍家の外で散々仕出かしている。

 じいちゃんが許しても、俺が許しても。

 許さない者が多すぎるのだ。

 

 それでも社会的抹殺の手配は整えていたが、命までは取らない方向だった。

 屑がじいちゃんに手をかけるまでは。


『命は取らぬ。それが不出来な息子に対する、わしからの、最後の慈悲じゃった』


「うるさい! うるさい! うるさい! 貴様は俺が邪魔だったんだろう? 自分の言うことを素直に聞く廉が、俺より可愛かったんだろう? なぁ、貴様にわかるか? 息子である俺のことなど視野にも入れず、孫である廉ばかりに愛情を注がれる絶望が!」


 えぇ?

 なんだよ。

 屑はファザコンだったってオチ?

 ばあちゃんのことも大好きで、じいちゃんのことも大好きで。

 だからこそ、自分だけを見てほしかったとか?


「しかも! 政略結婚の相手に志桜里を選ぶし! 俺は俺の意思で志桜里を選びたかったんだよ!」


 はぁ?

 え?

 ちょっと待ってくれって。

 母さんが初恋だったの?

 政略結婚じゃなくて、恋愛結婚したかったとか?

 いやいや。

 ねーわ。

 本当に、ねーわ。


 全部が全部、ただのガキの我儘だっただなんて。

 それだけだったなんて。


 虐げられてきた母や俺の人生が無意味に思えてくるじゃねーか!


「笑わせないでくださいませ。貴男はおっしゃったじゃありませんか。政略結婚に愛を求めるなと」


「求める意味がわからなかったんだよ! 俺は志桜里を愛していたんだから! 何で政略結婚として話を進めたんだ?」


『……昔のことで忘れたか? わしは幾度も言ったはずじゃ。自分の心を素直に伝えよと。そうでないと相手に理解してもらえぬと』


 ですよね。

 政略結婚として話が持ち込まれたかもしれないが、俺はそもそも君が好きだったから、これは恋愛結婚として考えてほしい。

 そう素直に告げるだけで、母は喜んだだろう。

 どんな態度を取られても歩み寄ろうとしていた人だからな。

 

「言って伝わらなかったらどうするんだ? 俺の立場がなくなるだろう! そもそも志桜里はモテすぎだったし、貴様もかあさんも俺を構わなすぎだったじゃないか! 今更、今更どうにもならねぇだろうがっ!」


 その点には同意。

 今更だ。

 屑が爺ちゃんを殺した事実は絶望的に変わらないのだから。


『そう、今更じゃ。貴様から今を持って臥龍家を名乗る権利を剥奪する』 

 

「貴様は、もう当主じゃねぇだろ? そんなの無効!」


「じゃ、現当主の俺が言えばいいんだな? 前当主臥龍宗一郎が長男正悟より、臥龍家を名乗る権利を剥奪する」


「このっ! クソガキがっ!」


 殴りかかってくるのを避けて、顎にストレートをぶち込んだ。

 ぐらっと傾いだ体は、それでも畳に沈まなかった。

 うん、残念。


『良信、綜次郎、清之助。あとはまかせたぞ。すまんな』


「おうよ。後のことは任せて、安心して往生せいや!」


「うんうん。ここまでお花畑の脳だ。是非生きたまま解剖してみたいよ。罪は相応に贖わせるからね!」


「ついでに、志桜里さんと廉君を悩ませる輩も一掃させるからさ……ほら、いくぜ?」


「離せ! くそっ! 離せって! 父さん! 俺を見捨てるのかっ! たった一人の息子なんだぞ? 息子の嫁より、孫より、大事な存在だろう? まだ間に合う! 一言でいいんだ! 俺を、正悟を許すって、許せなくても認めるって! 言え!」


 いつまで戯れ言を吐き続けるのだろう。

 良信さんが、意識を刈っとくか? とリアクションしてくれたけれど首を振っておく。


「なぁ、最後に、頼むから……言って、くれよぉ……」


 畳に爪を立てて、じいちゃんに訴える屑。

 聞こえているだろうじいちゃんは一言も話さない。


「じいちゃん。俺は母さんと幸せになるからな」


 だから俺はじいちゃんに話しかけた。


「宗一郎様。私は廉とともに臥龍家を死ぬまで守ってまいります」


 母も俺の意図を悟ったのだろう。

 同じようにじいちゃんに語りかける。


『ああ。無理はせんと頑張るんじゃぞ』


「くそがあああああああああ!」


 屑の絶叫は悪党の末路らしい無様なそれだった。


『我が息子ながら、最後まで話が通じなかったわい。あの世でも会いたくはないのぅ……』 

愚痴でしかない、けれど屑を語る言葉を聞きたかっただろうか。

 そんな言葉でも、屑は聞きたかっただろうか。


 じいちゃんの遺した俺の鉱石ラジオに手をあてて、隣に座って声もなく涙を零す母の涙をハンカチで拭った俺は。

 視界からその姿が消え失せるまで、屑を見続けた。



 鉱石ラジオからじいちゃんの声が聞こえ、話までできたのは初七日の法要の日だけだった。

 それでも俺は時々、鉱石ラジオにつけっぱなしのイヤホンを耳に入れてしまう。

 本当に時々だけど、じいちゃんの声が聞こえるのだ。 

 残念ながら母には聞こえないらしい。

 良信さんたちの鉱石ラジオからも、あの日以降さっぱり聞こえなくなってしまったという。

 死んだ人に囚われるのはよろしくないから、聞こえない方がいいのだと言ったのは朔太郎先生。

 それでも構わないから聞いていたいと言ったのは母。


 俺は、やっぱり聞いていたいわ。

 たとえ一方通行でも。

 聞こえてくる内容が死んだ人特有の、ときに背筋が凍るほど悍ましいものだったとしても。

 じいちゃんが大好きだからな。



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