表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

魔王と猫の姫

「ラフジャーン殿下は、ド偏屈の変わり者なのだったわ、そういえば。愛する人がいても、全然少しも変わらないものなのねえ。あの凶悪な魔法を躊躇無く使うところ、さすがとしか言えない」


 宰相の娘ネギンは、妙に感心した調子でそう言った。


「ほめてる? けなしてる?」


 エルナは一応の確認を試みたが「王族をけなすなんて、ありえないわ」という実に信憑性のない発言を引き出しただけで終わった。

 そして、とても優しい口調で付け加えられた。


「幸せになってね」

「なんでお別れみたいな空気になってるの?」


 まだ喧嘩は終わっていなかったはずなのに、一方的に「仲直り及び決別、解散」を宣言されているような気がする。ネギンはエルナにそっと手を伸ばすと、「髪に葉がついていますわよ」と微笑みながら、編み込みに引っかかっていた葉を抜いてくれる親切さまで発揮されてしまった。

 少し離れた位置に集った女たちからは、


 ――いくら顔が良くて家柄が良くても。気分次第で何をするかわからないわけだし。命がいくつあっても、ね。常識と良識が弱い御方だから……。もう心に決めたお相手もいるのだし――


 会話が漏れ聞こえてくる。

 ラフジャーンを諦める理由を並べ立てているようだが、悲壮感どころか実にさっぱりとした様子だ。


(なに……、いまの流れで何が?)


 顔が良くて家柄が良くて、文句なく優しく決断も早くて、しかも強いのだ。これほどの人がこの世に存在するだろうか? 能力的にはガルーダも拮抗していたようだが、彼は妹に死ぬほど入れ込んでいるので、恋愛対象にするのは気が引ける相手のはず。

 妹としても、面倒くさい性格だな、と感じているくらいなのだから。


 そのガルーダと、ラフジャーンは互いに笑みを浮かべてはいるものの、特に全くこれといって友好的ではない空気で会話していた。


「妹姫を猫に変えた理由を聞いておきたい」

「あ~……縁談がね、気に入らないって。王宮を出て行くって言うから『そのままだと出て行けないよ』って外見を変えて、隊商の魔道具屋の荷にもぐりこませたんだ。運が良ければどこかで拾って解呪まで面倒みてくれる魔道士でもいるんじゃないかなぁと」


 あっけからんと言い放ったガルーダに対し、ラフジャーンはにこりと微笑んだ。

 髪の毛の先がふわりと持ち上がる。ばちばちと爆ぜる青い稲妻が身体から噴き出していた。


「死にかけていたんだが」

「大丈夫だ。エルナの悪運には全幅の信頼を置いている。実際、こうして無事だったわけだろ。ああ、エルナって名前良いね。殿下がつけてくれたの?」

「死にかけていたんだが」


 ラフジャーンが、見るからに紛れもなく純粋に怒っているのを目の当たりにしたエルナは、二人の元に駆ける。

 ぶつかりあう視線の間に、身体をねじこんだ。


「そこだけは、兄は悪くないんです。私を逃がす為には、ああするしかなかったと思います。誰にも見破られなかったし。死にかけたのは、私が市場の外を見てみようと荷から飛び出したのが原因で」


 好奇心は、猫をも殺すという。

 自分のものであって、自分のものではないような子猫の記憶を追いかけて、エルナは断言する。

 そう。

 あの時の自分は、自分であって自分ではない。断じてない。

 エルナは釈明を中断し、くるりと兄を振り返る。


「私が怒っているのはですね。兄様、どうして外見だけでなく、中身も『猫』にしたのかということですよ……! お、おかげで」


(あれもこれも全部ラフジャーン殿下に世話させてしまったし、そうでなくても部屋中ひっくり返すほど容赦なく暴れまわったし、あまつさえ毎晩毎晩同衾していたんですけど……!?)


 なんの疑いもなく、猫としての生を満喫してしまっていた。

 そのまま猫で終えるならともかく、術の綻びをついてラフジャーンに人間にされた後は、どんどん記憶が戻り始めて……。


 ガルーダは、軽く腕を組んで斜め上を見上げながら「そうだねえ」と罪のないとぼけた口調で言った。


「変化の魔法の完成度を高めたくなったんだよね。魔道士として、そこは譲れないかなと」

「ご自分に変化の魔法を使うときは、頭の中を鳥獣に作り替えてなどしていないですよね!?」

「私はほら、神獣だから。その辺は意識をしっかり保って。んぐ」


 胸元に掴みかかったエルナに締め上げながら揺すぶられて、言葉を詰まらせる。

 そこにすかさず歩み寄ったラフジャーンがきっぱりと言った。


「殺した方がいいなら殺す。エルナの望みは?」


 そよ風の如き爽やかさだった。

 神々しい笑みを向けられたエルナは、照れたように頬を染めながら兄のローブを掴んでいた手を離した。


「不肖の兄ですけど、もう一度魔法をかけてもらう必要がありますので。ラフジャーン殿下は『猫』がお好きなのでしょう? 猫になりますね」


 身長差から見上げられたラフジャーンは、軽く小首を傾げた。


「エルナは『猫』の方がいいのか? 猫のエルナももちろん大好きなんだが、俺の個人的な考えとしては、できれば今しばらくは『人間』で……」


 話している途中で、何故か顔を赤らめて横を向いてしまう。

 しかし、少しの沈黙の後、再び顔を向けてきっぱりと言った。


「縁談から逃れてきたというのなら、すぐに国に帰る気もないだろう。俺としては、このままここに留まってくれたらと願っている。エルナのいない生活は、想像がつかない。考えれば考えるほど、心が暗黒に染まって自分が自分でなくなりそうなんだ……」


 耳を傾けていたガルーダが「今以上に本物の魔王になる気か」と呟いた。

 エルナはそんな兄の足を踏みしめてから一歩進み出た。


「『猫』じゃなくていいんですか? 『人間』だと寝台を分け合うのも狭くてお嫌だったみたいですけど。私、このままでいいんですか?」

「俺はそう望んでいるが、その場合、エルナこそ、いつまでも『猫』と同じ扱いというわけにはいかないだろう。部屋でも寝台でも必要なものは用意する。出来るだけ俺のそばに」


 つまり、人間としてのエルナを憎からず思っていると。

 それを知れただけで十分と、エルナは突進してその腕の中に飛び込んだ。


「もし可能なら、今まで通りが良いです。記憶を取り戻した以上、私もお役に立てるよう、お仕事も何でもしますけれど。朝晩ですとか、自由な時間は殿下のお側に」

「ああ、エルナ。殿下と言われると変な気分だ。俺の名前はラフジャーンだ。今まで通りというのならば、そこも。たまに猫に戻ってくれても嬉しいな。あの抱き心地や触り心地を忘れられない……」


 互いの身体に腕をまわしつつ、間近で見つめ合って睦事としか思えない甘い会話を交わす二人を見ながら。

 夜の闇のように見目麗しい魔道士の青年は、自分と同じく苦笑している王子の従者にふと視線を流した。

 仄かに疲れを漂わせた表情で、労うように頷いて見せる。

 それを受け、サラールが控えめな態度で言った。


「この度の殿下の暗殺未遂はお詫び申し上げます」

「口先のお詫びで有耶無耶にしようとしているな」


 サラールは黙殺して話を続行した。


「それはそうと、国交が無事なら姫君のことは正式な手続きを経て我が国に迎え入れたことにするべく、早急に取り計らうようにします。ご協力は頂けるのでしょうか」


 猫ではなく、素性がそれとあっては、反対勢力を黙らせるのも容易との算段である。

 ガルーダは、面倒くさそうに一度目を瞑ってから「善処する」と低い声で呟いた。


 陽射しは熱く地上に降り注いでいたが、樹間を抜けて来た風はオアシス都市の恵みをのせて、恋人たちに優しく吹いていた。


★お読み頂きありがとうございます!★ 


ブクマや評価を頂けると励みになります(๑•̀ㅂ•́)و✧


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ