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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
第五章 産業革命編

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鉄路を支える男の鈍感な一日

ザクッ、ザクッ、ザクッ。


乾いた音が、どこまでも続く鉄路の上に響く。

俺、ブロックスは、愛用のビーターを振り下ろし、枕木の下に敷き詰められた砂利――バラストを突き固めていた。


「おいブロックス! そこの突きが甘いぞ! 」

「へいっ、班長!」


俺は額に流れる汗を袖で乱暴に拭い、再び腕に力を込めた。


一見、地味な作業に見えるだろう。だが、これは王国の動脈を守る、極めて重要な仕事だ。

何百トンもの鉄の塊が高速で駆け抜けるたび、線路には凄まじい衝撃がかかる。その衝撃でレールは少しずつ歪み、枕木は沈み込む。


俺たち保線員がこうして定期的に砂利を突き固め、水平を維持してやらなければ、いずれ大きな事故につながるのだ。


「……ふんッ!」


俺の一撃で、砕石がギュッと鳴り、枕木が定位置に落ち着く。


(俺はこの国の最先端技術、蒸気機関車の土台を支えているんだ)


そんな自負が、俺の腕にさらなる力を与えてくれる。俺たちの汗が、あの優雅な特等車の乗り心地を作っているのだ。



「よし、午前の作業はここまで! 昼飯にするぞ!」


班長の合図で、俺たちは線路脇の待避所へと移動した。

安全帽を脱ぎ、熱くなった頭を風に晒す。この瞬間がたまらない。


俺は鞄から、朝に駅の売店で買ってきた「カツサンド弁当」を取り出した。キオスクの人気商品だ。分厚い肉と、甘辛いソースが疲れた体に染み渡る。


「いただきまーす」


「おう、今日の弁当は妻が自信作だって」


「うちは昨日の残りのシチューだよ」


周囲を見渡せば、同僚たちは色とりどりの包みを開いている。その大半が、いわゆる愛妻弁当というやつだ。

俺はカツサンドを頬張りながら、少しだけ羨ましさを感じていた。


今や、「サージョの正社員」といえば、王国内でも一、二を争う結婚相手としての優良物件だ。

給料は平民の中では断トツに高く、しかも毎月決まった日に支払われる。週に一度の定休日があり、怪我をした時の補償も手厚い。さらには、サージョ・バンコで住宅ローンを組む際、社員だけの優遇金利まであるのだ。


「安定した高収入、規則的な生活、社会的信用……。完璧じゃねえか」


俺はカツサンドを飲み込み、水筒の水を呷った。

世の母親たちは、娘をサージョの社員に嫁がせようと血眼になっているという噂だ。実際、同僚の既婚率は異常に高い。入社してから結婚した奴もゴロゴロといる。


「……でも、なんで俺には春が来ないんだ?」


俺は首を傾げた。

仕事は真面目だ。無遅刻無欠勤。班長からの信頼も厚い。借金もないし、ギャンブルもしない。

条件としては申し分ないはずだ。なのに、なぜか俺の周りだけ、女性の気配が真空地帯のように漂白されている。


「おいブロックス、また難しい顔してカツサンド睨んでんのか?」


「……放っといてくださいよ」


同僚のからかいを無視して、俺は最後の一切れを口に放り込んだ。

まあいい。今は仕事だ。恋人はこのレールと枕木ってことにしておこう。



昼休憩が終わり、再びビーターを振るう時間がやってきた。

西日が差し込む頃には、作業着は汗で重くなり、全身の筋肉が心地よい悲鳴を上げていた。


ザクッ、ザクッ。


一定のリズムで全身運動を繰り返す。

俺はふと、自分の二の腕に目をやった。作業着の上からでも分かるほど、上腕二頭筋が盛り上がっている。


(……いいな。キレてるぞ、俺の筋肉)


この保線作業を始めてから、俺の体は見違えるようにビルドアップされた。

重い砂利を運び、ビーターを振り下ろし、レールを持ち上げる。訓練所に通わずとも、実益を兼ねた最高のトレーニングができているわけだ。


腹筋も洗濯板のように割れているし、広背筋は翼が生えたようだ。


(この肉体美、およびサージョ社員というステータス。モテない理由が見当たらないんだがなぁ……)


俺は自画自賛しながら、目の前の砂利を親の敵のように突き固めた。

汗が飛び散る。輝く汗、鋼の肉体。完璧だ。


「よーし、本日の工程終了! 全員、撤収!」


班長の声が響いた瞬間、俺はビーターを地面に突き立て、大きく息を吐いた。

達成感と共に、心地よい疲労感が全身を包む。


「よし、お前ら、予定より早く終わったしノルマも達成だ。駅前の酒場で一杯奢ってやるぞ!」


その言葉に、俺の耳がピクリと反応した。


「マジっすか班長! ご馳走になります!」


「お前は現金だなあ」


ラッキーだ。タダ酒ほど美味いものはない。俺は道具を片付ける手も早まった。



駅前の大衆酒場「赤煉瓦亭」。

仕事終わりの作業員や商人たちでごった返す店内で、俺たちはジョッキをぶつけ合った。


「くぅ〜ッ! 五臓六腑に染み渡るぜ!」


エールが一気に喉を駆け下りる。これがあるから、保線員はやめられない。

酔いが回り始めた頃、俺は隣に座っていた同僚――既婚者――に、日中の悩みを打ち明けてみた。


「なぁ、真面目な話、なんで俺はモテないんだと思う? 体だって鍛えてるし、給料だっていいし、顔だってそこまで悪くねえだろ?」


同僚は呆れたように豆を口に放り込み、ジト目で俺を見た。


「お前なぁ……自分で答え言ってるようなもんじゃねえか」


「は? どういうことだ?」


「いいかブロックス。お前、先週の休みに交流会行ったって言ってたよな。そこで何話した?」


「何って……仕事のやりがいとか、最近プロテインの代わりに鶏肉を一日一キロ食ってる話とか、あとはベンチプレスの効率的なやり方とか……」


同僚は頭を抱えた。


「それだよ! 誰が初対面の男から『鶏肉一キロ生活』の話を聞きたいんだよ! それに、お前、女性が『休日は何してるの?』って聞いた時、なんて答えた?」


「え? 『線路の枕木の種類を覚えるために図鑑を見てるか、筋トレしてる』って答えたけど」


「……お前、そういうところだぞ」


同僚は深いため息をついた。


「真面目なのはいいことだが、お前は『仕事』と『筋肉』への愛が重すぎるんだよ。女が入る隙間がねえんだ」


「なんだよそれ! 筋肉は裏切らないし、仕事は男の勲章だろ!」

「だから、それを暑苦しいって言ってんだよ……」


俺は納得がいかなかった。

男らしくていいじゃないか。なぜそれがモテにつながるどころか、マイナスになるのか。

サトシ会長だって仕事人間だと聞くが、あんな美人の奥さんを貰ってるじゃないか。


「やっぱり、筋肉量が足りないのか……? もっと大胸筋をアピールすべきだったか?」


「違う、そうじゃない。……もういい、飲め。お前は一生、レールと結婚してろ」


「おう、もらうぞ! 班長の奢りだからな!」


俺は深く考えるのをやめて、追加のジョッキを注文した。

難しいことは分からないが、酒は美味い。それで十分だ。



「う~……飲みすぎた……」


翌朝。

独身寮の狭いベッドで、俺はガンガンする頭を抱えて起き上がった。

窓の外からは、すでに始発列車の汽笛が聞こえている。


「あー……今日も仕事か」


二日酔いの体に鞭を打ち、作業着に袖を通す。

鏡に映った自分を見る。今日も筋肉の張りは最高だ。


「ま、クヨクヨしてても仕方ねえ」


俺はパンと自分の頬を叩いた。

今日は新しい工区だ。もしかしたら、そこで運命の出会いがあるかもしれない。


ハンカチを落とした貴族の令嬢を、自慢の筋肉で助けるとか。あるいは、道に迷った可憐な魔法使いが、俺のビーター捌きに一目惚れするとか。


「よし、行くか!」


膨らむ自信を胸に、俺は寮のドアを開けた。

今日も俺は、王国を支えるために砂利を突く。


いつか訪れる(はずの)春を信じて、ザクッ、ザクッ、と音を響かせるのだ。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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