算出不能の自己評価
サトシが四十三歳を迎えた日の夜。 エレナは自室のベッドの上で見悶えていた。
『算出不能の固定資産』
普通の女性が聞けば首を傾げるような言葉でも、サトシを知るエレナにとっては、それが彼が口にできる最大級の賛辞であることを痛いほど理解していた。
「……固定資産、ですって。ふふっ、あの方は本当に……」
自室の鏡の前で、エレナは火照った頬を両手で押さえた。 あのときサトシが和らげた声。彼の肩に顔を埋めたときに感じた、わずかな動揺と隠しきれない慈しみ。それを思い出すだけで、再び胸の奥が甘く疼く。
けれど、喜びのすぐ後に、小さじ一杯の苛立ちが混じる。
「……でも、それだけ。どうしてあの方は、最後の一歩を踏み出してくださらないのかしら」
これだけ露骨にアプローチを重ね、隙を見せているというのに、サトシは頑なに「一線」を越えようとはしない。 彼の態度を見ても、嫌われているとは思えない。むしろ、自分を見つめる彼の瞳には、時に熱い何かが宿るのをエレナは見逃していなかった。
(私の魅力が、足りないのかしら……?)
ふと、鏡に映る自分を見つめる。顔もスタイルも、自分で言うのは何だがかなりの器量よしだと自負している。そして周囲の目もその事実を証明している。
加えて結婚適齢期の十九歳。 この時代の貴族や商家の令嬢ならば、二十歳を待たずして嫁ぐのが常識だ。サトシほどの地位と富を持つ男なら、親子ほど年の離れた妻を娶ることも珍しい話ではない。五十歳の貴族が十五歳の娘を妻とするのが当たり前にある世の中だ。
現に、サトシだけは知らないものの、周囲からは「サトシ様のお手付き」だと既成事実のように扱われている。そのため、取引先や同僚などから女を見る目で見られることはあっても、サトシに睨まれるのが恐ろしいのか、他の男が寄ってくる気配すらない。もちろん、エレナも彼以外の男に興味など微塵もないが。
彼が持つ現代日本の倫理観――「親子ほどに離れた年下の少女を汚してはならない」という強烈な自制心が、エレナには「女性としての評価の低さ」と誤読されていることに、サトシは気づいていなかった。
◇
「うちの工房の新しい香水も、このドレスも……あの方は『いい機能だ』なんて言うのかしら」
エレナはクローゼットから、買い揃えたばかりの新作のドレスを取り出した。深い紺色のシルクが、ランプの光を浴びて艶やかに揺れる。
一人で着替えては、鏡の前で角度を変える一人ファッションショーが始まった。 次はもっと大胆な背中の開いたドレスにしようか。それとも、あえて清楚な装いで彼の庇護欲を煽るべきか。
「……でも」
ふと、動きを止める。 初めて彼と出会った頃の自分を思い出す。あの時の自分は、ただ彼の機嫌を損ねないようにビクビクする臆病な子供だった。
それに比べれば、今はどうだろう。二百五十万枚の金貨の行方をともに追い、国家を抵当に入れるという大事業を一番近くで支えている。
「あの方がこれから作る新しい世界。その歴史を特等席で、彼の隣に座り続けるのは……私だけ」
ドレスの裾を軽く持ち上げ、鏡の中の自分に不敵な笑みを向ける。 今はまだ「固定資産」としての評価でも構わない。だが、いつか必ず、その計算式を狂わせてみせる。
エレナは新作の香水をひと吹きするとネグリジェに着替え、サトシが描く「鉄の路」が切り拓く未来に思いを馳せながら、決意も新たにベッドへ潜り込んだ。
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