第25話 あんたのキャリアを買い取りたい
波も穏やかな雲一つない日のことだ。 その日、サージョ・コメルツォの重厚な扉を叩いたのは、突然の権力の響きだった。
現れたのは、王立学院の助教授と数名の執行官である。 助教授は怜悧な眼差しで執務室の調度品を一瞥すると、サトシに向かって一枚の羊皮紙を突きつけた。
「王立学園のニコラ・ロランである。この度、国家技術臨時査察官に任命された。サトシ・クジョウ、王立学院の名において貴殿の持つ『サージョ・タブレット』の生産工場、およびその全製法を国家戦略物資として接収することとなった。その名誉をかみしめて要請に応じよ」
王都に存在する王立学院は、国家の最高学府であり、国の技術開発と戦略技術の保護を一手に担う最高機関だ。他国にはない新大陸の利益を独占し、長期遠征を可能とする軍事的優位性を約束するタブレットの技術を欲しがることは不思議ではない。
「ほう、…接収。対価をお聞かせ願えますか?」
サトシが淡々と問うと、助教授は無機質な声で答えた。
「喜べ。報奨金として金貨一千枚。そして王家より『国家功労勲章』が授与される。末代までの名誉だ」
それは、すでに金貨五万枚に迫る総資産を持ち、実利のみを信じるサトシにとって侮辱に近い提案であった。
「……お断りいたしましょう。その条件では、我が商会の損失があまりに大きすぎる。サージョ・コメルツォの年商をご存じないのかな?」
「何だと!? 貴様、国家技術査察官の命令は王命にも等しいのだ! 従わねば私の職権で反逆罪として捕縛することだってできるのだぞ!」
激昂する助教授を、サトシは冷ややかな目で見送った。
「まあ、落ち着いてください。あなたもことを荒立てたくはないはずだ。後日、もう一度お越しください。その時までに、こちらも『準備』をしておきましょう」
◇
助教授が去った後、控えていたエレナが口を開いた。
「……サトシ様、よろしいのですか? 相手は王立学院、国家権力です。まともにぶつかればこちらもただでは……」
「問題ない。すでに俺たちは、そこらの貴族より巨大な経済基盤を持っている。そのうえ社交界の重鎮たちは、俺の供給する煙草や珈琲なしの生活には戻れない。俺を捕縛すれば、彼らが黙っていないさ。何のために嗜好品を広めたと思っているんだ」
サトシは窓の外を見つめ、思考を巡らせる。
「だからこそ不可解なのは、学院の動きだ。サージョ・コメルツォの名はすでに社交界に轟き、権力者はうちの利権に一枚噛みたい輩が山のようにいる。俺を追い詰めて反撃を受けるよりも協力関係を築くほうが得策だと理解しているはずだ。つまり……誰かが、力づくでこの助教授を動かしている」
それから数日後、エレナが社交界のネットワークを使って持ち帰った情報は、サトシの予想通りのものだった。
「王都の老舗大商会たちが裏で元老院に働きかけたようです。急拡大するサトシ様の勢力を恐れ、国家の権威を使って潰そうとしたのでしょう。彼らは王立学院の大口スポンサーの一つです。助教授はその意向を無視できず、いわば『鉄砲玉』として送り込まれたようですわね」
さらにエレナは、助教授の重要な情報も掴んでいた。 彼は今、国から極めて難易度の高い「第二広域防御結界」の構築主任を任されており、その進捗が芳しくないという。
サトシの唇が、薄く弧を描いた。
◇
二週間後、再び現れた助教授は余裕を装いながらも苛立ちを隠さなかった。
「そろそろ観念したか? さっさと署名しろ。これ以上時間を無駄にさせるな」
「随分と急ぎますね。しかし……こんなことをしている暇があるのですか?」
サトシの言葉に、助教授の眉がぴくりと跳ねる。
「何の……ことだ」
「私はあなたのキャリアを心配しているのですよ。第二防御結界の構築事業、元老院からの督促が厳しいのでしょう? 進捗もよろしくないともっぱらの噂だ。もし失敗すれば、あなたのキャリアはどうなるのかな?」
そういって不敵にほほ笑む。
「……足りないのは、これでしょう?」
サトシが無造作に机の上に転がしたのは、五つの「合成宝石」だった。 助教授の顔から、一瞬で余裕が消え失せる。
「な……ぜ、それを貴様が持っている!? これはグスタフしか……」
「種明かしをしましょう。グスタフ殿にその宝石を供給したのは、俺だ。俺が許可を出さなければ、世界中のどこを探してもその『増幅器』は二度と手に入らない」
サトシはゆっくりと椅子から立ち上がり、助教授の目の前まで歩み寄った。
「あなたがここに来たのは、スポンサーである王都商会への義理立てだ。だが、俺を潰したところで、彼らはあなたの将来を保証してくれるかな? 結界の構築に失敗して責任を問われたとき、彼らが盾になるとでも?」
助教授の視線が、机の上の宝石とサトシの間を激しく彷徨う。
「俺は商人だ。あなたのキャリアそのものを『買い取りたい』と言っている。今回の接収話を白紙に戻し、こちらにつけば結界に必要な宝石はいくらでも供給しよう。タブレットも市場価格よりも安い原価、つまり銀貨二枚で海軍に供給しよう。あなたは適正な査察の結果、問題はなかったと認められる。キャリアに傷はつかない。そのあとは第二防御結界の構築成功ですぐに教授になれる」
明確な利益を提示し、答えの決まっているであろう判断をゆだねる。
「……スポンサーに従って全てを失うか、実利を取って英雄になるか。選ぶのはあんただ」
助教授は、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。 国家への忠誠か、あるいは自身の保身か。いや、そもそもこれは商会同士の対立にすぎない。その責任を私が取る必要などあるのだろうか、と。
沈黙が支配する部屋で、彼はついに崩れるように椅子へ深く沈み込んだ。
「……わかった。接収の話は無し、サージョ・コメルツォは国家には原価で薬を卸す愛国者であるとして処理しておこう。だが、宝石は必ず、納品してもらうぞ」
「ええ、もちろんですとも。ああ、そうだ……我が商会と王立学院で『技術協力提携』を結びましょう。いかがですかな?」
サトシの「脅しを含んだ笑顔」に、助教授は力なく頷くしかなかった。
◇
助教授と魔法契約を交わし、商館を後にする背中を見送りながらサトシはほくそ笑んでいた。
これで新大陸航路の権益は国のお墨付きを得た。 そればかりか、今後は報酬さえ積めば、王立学院の優秀な頭脳を合法的に「アウトソーシング」できる。
こうしてサトシという投資家は、国家の権威すらも、自らのポートフォリオに組み込んでしまったのだった。
【第25話 収支内訳】
支出項目:
王立学院・技術協力提携金: ▲金貨 2,000枚
合成魔導宝石(賄賂兼供給): ▲金貨 500枚
収入項目:
既存事業利益: +金貨 5,500枚
【第25話終了時 総資産】
金貨 52,367枚相当(12億5,680万ルピ)
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