【IFストーリー最終話】逆輸入の帝国――あるいは現代資本主義の征服者 (第4章終了直前から分岐をイメージ)
これで今作は最後となります。
※注意
IFストーリーシリーズは本編とは時間軸が異なったパラレルワールドです。
時系列や登場人物の生年、キャラクターの能力や設定が異なったりします。
サトシはビルの屋上から宝石を撒いたように光り輝く東京の夜景を見下ろしていた。隣には、現代の服に身を包んだエレナとカイルが立っている。
「……この世界は、本当にいい場所ですわね、サトシ様」
エレナが静かに呟いた。その瞳には、光の海となった大都市の静謐さが映っている。
「飢えることもなく、夜も明るく、法という目に見えない鎖がすべての人を守っている。そして今のサトシ様には莫大な富まであるではないですか。……ここに留まるという選択肢も、あるのではないでしょうか」
その言葉は、サトシの胸の奥深くに眠っていた、どす黒くも熱い野心を激しく揺さぶった。
確かに、この現代社会には嫌な思い出しかない。終わらないサービス残業、上司のパワハラ、顧客からの理不尽なクレーム、資本主義という名の巨大な搾取機構。
だが、今の俺は、あの頃の無力な社畜ではない。異世界のコネクションと、桁外れの資本力を持つ「サージョの最高経営責任者」なのだ。
(……逃げたまま終わるなんて、投資家の名折れだな)
そこには、かつての疲労困憊した社畜の面影はない。冷徹で、野心に満ちた覇者の顔があった。
「……そうだな。エレナ、カイル。異世界への帰還は無期限延期だ」
サトシは力強く宣言した。
「俺はこの世界に、俺の足跡を残す。異世界の技術を逆輸入し、この狂った資本主義の頂点に立つ『世界一の企業』を創り上げるぞ」
現代世界で覇権を握るために、まず絶対的に必要なものは圧倒的な初期資本であった。サトシは、サージョ・トレーディングの口座を通じて、異世界から持ち込んだ金貨を世界中の貴金属市場に解き放つ決断を下した。
その量は実に金貨二百万枚にも及んだ。
「サトシ様、これほどの質量の純金を短期間で市場に放出すれば、金相場に一時的な暴落を引き起こす可能性がありますが……」
エレナが懸念を口にするが、サトシは首を振った。
「問題ない。確かに一括ではフラッシュクラッシュが発生する規模ではあるが、二ヶ月ほどかけて分散して売却するなら市況に影響を与えるほどではない」
サトシの指示通り、アフリカとドバイのペーパーカンパニーを経由し、香港サージョ・マテリアルによって莫大な量の金塊が慎重に換金された。
結果として、サトシはわずか数ヶ月の間に、千億円近い途方もない現金をサージョ・トレーディングの口座にプールすることに成功したのである。
◇
巨万の富を得たサトシが次におこなうのは、不動産投資でも金融商品でもなく、「研究開発」であった。
彼は資金を惜しげもなく投じ、北関東郊外に広大な土地を購入。サージョ・トレーディングの子会社として最高強度のセキュリティを備えた『サージョ新エネルギー研究所』を設立した。
「金に糸目はつけない。世界中から、物理学、材料工学、量子力学のトップ研究者をヘッドハンティングしろ。こちらの指定するものに限るが、研究予算は無制限だと伝えるんだ」
サトシの号令のもと、世界中の頭脳がサージョ研究所へと集められた。
彼らを出迎えたサトシは、厳重にロックされたプレゼンルームの机の上に、ソフトボール大の青白く光る石をコトリと置いた。異世界における動力源、すなわち『魔石』である。
「皆様。今日からあなた方には、この鉱石から発生している『未知のエネルギー波』を科学的に同定し、物理法則として組み込んでもらいます」
最初は「オカルトか手品か」と鼻で笑っていた世界最高峰の科学者たちであったが、魔石から実際に計測される異常なエネルギー出力と、熱力学第二法則を完全に無視したかのような現象を目の当たりにし、彼らの顔色は驚愕から、やがて狂気じみた探求心へと変わっていった。
「……信じられない。質量欠損の計算がまったく合わない」
ノーベル賞候補と目される初老の物理学者が、異常な数値を前に震える声で呟いた。
「未知の放射線でもない。磁場による干渉も受けない。だが、間違いなく莫大な仕事量を空間に放出し続けている。なんだこれは……まるで、空間そのものからエネルギーを汲み出しているかのようだ」
「仮説の域を出ませんが、この鉱石は一種の『触媒』として機能しているのではないでしょうか。我々の観測機器では捉えきれない、空間に偏在する未知の素粒子に干渉し、それを物理的なエネルギーへと変換している……。いや、もしかすると未解明の質量がゼロのエネルギー粒子が内包されているのかも……」
白衣の科学者たちが狂気を孕んだ熱狂に包まれる中、防弾ガラス越しの見学ルームで、サトシは静かに腕を組んでその光景を見下ろしていた。
それから数ヶ月――研究者たちは取りつかれたかのように魔石の研究に没頭していた。
「サトシ様。彼らはすでに、魔石から発生するエネルギーを『マナ・パーティクル』と仮称し、その同定プロセスに入っています」
エレナが手元のタブレット端末を操作しながら、冷徹な声で報告する。
「現代の科学技術と演算能力は、私たちが想定していた以上の速度で未知の概念を数式化しつつあります。彼らの報告によれば、この地球の空気中にも、異世界の約八分の一という薄い濃度ではありますが、確実に『魔力』が存在することが示唆されています」
「八分の一、か。十分すぎる」
サトシは、満足げに口角を上げた。
「濃度が薄ければ、吸入効率を上げればいいだけの話だ。異世界では誰も魔法の正体を科学的に解明しようとはしなかった。だが、この世界の人間は『分からないもの』を数式と論理で解き明かすことにかけては天才的だ。……さあ、世界を変える準備を始めよう」
◇
サージョ・トレーディングは、全世界に向けて緊急の記者会見を開いた。
研究所が設立されてから一年後のことだ。
会場に集まった世界中の経済系メディアと科学誌の記者たちの前で、サトシは一つの衝撃的な論文と、それに伴う実験結果を発表したのだ。
「我々の傘下にあるサージョ新エネルギー研究所は、地球の大気中に、これまでいかなる観測機器でも捉えることのできなかった未知のエネルギー粒子が偏在していることを証明しました。我々はこれを『マナ・パーティクル』と命名します」
会場が、戸惑いと疑念のざわめきに包まれる。目に見えない新粒子の発見。それ自体は科学界としては大ニュースだが、世界の経済を直ちに一変させるものとは到底思えないからだ。なぜ経済系メディアまで発表に招待されたか、会場は疑問に包まれていた。
だが、サトシの次の言葉が、その空気を一変させた。
「存在を証明するだけなら、学術的な進歩性にとどまるでしょう。しかし、我々はこの空気中のマナを吸収し、人類が利用可能な『電力』へと百パーセントの効率で変換する触媒デバイスの開発に成功しました」
サトシが指を鳴らすと、カイルが重厚なアタッシュケースから、黒く艶やかな立方体のデバイスを取り出した。大きさはデスクトップパソコン程度。外部にケーブルは一切繋がれていない。
サトシがそのデバイスのスイッチを入れた瞬間、駆動音もなく、デバイスに直接接続された巨大な産業用投光器と数十台の高出力ヒーターが、一斉に目も眩むような光と熱を放ち始めた。明らかに目の前のデバイスに入るサイズのバッテリーや発電機では賄えない電力量を消費している。
「ご覧の通りです。燃料は一切必要ありません。化石燃料も、ウランも、広大なパネルを必要とする太陽光も不要です。ただ、そこにある『空気』に含まれる未知の粒子を抽出し、機器のメンテナンスを除いて半永久的に電力を生み出し続けるのです」
サトシの言葉に、会場を埋め尽くした記者たちは息をすることさえ忘れたかのように硬直した。あまりにも現実離れした宣言。しかし、目の前では巨大な投光器が、既存の物理法則を嘲笑うかのような光量を放ち続けている。
カメラのフラッシュさえも、その光の渦に飲み込まれていく。そこにサトシは一段と声を張り、トドメを刺すように言葉を継いだ。
「排気ガスも放射性廃棄物もゼロ。完全なるクリーンエネルギーであり、世界中のどの国、どの地域でも、完全に自給可能な夢のインフラです」
静まり返っていた会場が、次の瞬間、爆発的なフラッシュの嵐と、鼓膜を破らんばかりの怒号のような質問に包まれた。
「九条社長! そのデバイスの製造コストは!?」
「既存の電力網への影響は! 産油国との摩擦はどうお考えですか!?」
殺気すら帯びたメディアの波に対し、サトシは冷徹なまでの落ち着きを払って答えた。
「安全性は完璧です。そして、この変換技術のコアに関するすべての関連特許は、本日、我がサージョ・トレーディングが全世界で出願を完了しております。この新規性を見れば間違いなく受理されるでしょう。」
会見場の隅で、エレナが氷のような美貌に微かな笑みを浮かべていた。彼女はこの一年間、世界各国の特許法、知的財産法、そして独占禁止法を読み込み、この魔力変換技術に対して一ミリの法的抜け穴も、いかなる国家の介入も許さない「完璧にして強固な特許網」を構築し終えていたのだ。
この日を境に、世界のエネルギー地図は完全に書き換わった。
化石燃料に依存していた中東の産油国や、巨大な電力会社は一瞬にしてその企業価値を暴落させ、市場は阿鼻叫喚の地獄と化した。世界中のエネルギー市場の富が、たった一つの企業『サージョ・トレーディング』へと凄まじい勢いで雪崩れ込んだのである。
世界で千五百兆円を超えるエネルギー市場。その純利益の合計が二百兆円にも及ぶという巨大なパイは今やサトシの手の中にあった。
当然、生産能力の限界の限り製造しても足りないほどの需要が巻き起こる。サージョ・トレーディングはたった数年間で年間十兆円を超える純利益を実現し、今なお急速に拡大を続けている。
サトシは、現代資本主義の頂点に絶対的な覇者として君臨したのだ。
◇
エネルギー革命による富の独占は、サトシにとってほんの始まりに過ぎなかった。
サージョ・トレーディングは、莫大な利益の大部分をさらなる研究開発に再投資した。異世界の魔導技術の基礎理論と、現代の高度な精密加工技術、材料工学、ソフトウェア技術を融合させた「魔導科学ハードウェア」を次々と世に送り出していったのである。
空間の光を屈折・透過させる光魔法の術式を応用した『完全光学迷彩コーティング』。
熱耐性魔法を物理法則のシールドとして展開する『絶対耐熱シールド』。
そして、重力魔法の概念を現代のジャイロセンサーや推進システムに組み込んだ『慣性制御モジュール』。
これらは、もはやオカルトではなくサージョの特許技術として世界中の企業や国家から渇望された。自動車メーカーは慣性制御モジュールを積んだ「絶対に衝突の衝撃を乗員に伝えない車」の共同開発に狂奔した。
だが、これらのテクノロジーに最も血眼になったのは、世界各国の軍需産業と国家の首脳陣である。光学迷彩で姿を完全に消し、耐熱シールドでミサイルを無効化する兵器。そんなものを他国に独占されれば、世界のパワーバランスは一瞬で崩壊する。
「サトシ様。米国国防総省から、光学迷彩および耐熱シールド技術の五年間独占契約に、総額八百億ドル(約十二兆円)の提示がありました。同時に、中国政府からもそれを上回る条件での裏交渉の打診が来ています」
夜の執務室で、エレナが機密指定の分厚い報告書を読み上げる。
「すべて突っぱねろ。丁重に、かつ絶対的な態度でな」
サトシは冷笑した。
「我々は特定の国家に与しない。サージョの技術は、条件を満たすすべての国家と企業に『均等に』ライセンスする。特定の国が強大になりすぎれば、無用な軍事的緊張や戦争が起きるからな。戦争など極めて非効率なリソースの無駄使いにすぎん。……誰もが同じ最強の盾と矛を持てば、互いに恐れをなし、結果として世界は平和になる。俺が支配するのは、国家ではなく世界のインフラそのものだ」
サトシは、前世で自分を理不尽に使い捨てた「社会システム」そのものを、今度は自分が神の手として上からデザインし直すことに、底知れぬカタルシスを覚えていた。
異世界からの逆輸入という前代未聞の戦略は、完璧な形で現代地球の征服を完了しつつあった。
◇
巨万の富と絶対的な権力を手にしたサトシであったが、彼の心は常に、さらなる効率化と未知の領域への投資を求めていた。そんな中、世界を揺るがすサージョ・トレーディングの動きに対し、ある一つの巨大企業が、極めて挑戦的かつ魅力的なオファーを突きつけてきた。
米国のテクノロジー企業『MBIS』。
サトシがブラック企業時代、なけなしの給料を切り詰めて株式投資を行い、その革新的なビジョンに心酔していたテクノロジー企業である。
MBISは近年、「本格的な宇宙開発事業」への参入を表明していた。しかし、異分野からの参入ということもあり、大気圏を突破するための莫大なエネルギーや再突入時に機体を襲う数千度のプラズマ熱など、現代科学の力だけではコストとリスクが天文学的になりすぎていた。
そこでMBISが目をつけたのが、サージョ・トレーディングが発表した『絶対耐熱シールド』と『慣性制御モジュール』であった。これらを使えば、まるで旅客機を飛ばすかのような安全性と低コストで、軌道上への往還が可能になる。
「あのMBISが、俺の会社に頭を下げてアライアンスを求めてくるとはな……」
サトシは、深い感慨にふけっていた。
「サトシ様、MBISのCEOが、明日の朝一番のプライベートジェットで東京へ来日します。オンラインの会議ではなく、直接のトップ会談をご希望とのことですが」
「受けよう。エレナ、我が社にとって最も有利、かつ彼らのポテンシャルを最大限に引き出せる最高の契約書を用意してくれ。彼らとなら、歴史を百年単位で早めることができる」
翌日。サージョ本社の最上階で行われたトップ会談は、極秘裏かつ極めて濃密な時間となった。
互いに技術至上主義であり、合理的であることを好む二人はすぐに意気投合した。サージョの常識を覆す魔導ハードウェアと、MBISの圧倒的なソフトウェアおよびデータ解析能力。この二つが完全に融合すれば、人類の宇宙進出はもはやSFの夢物語ではなくなる。
◇
数日後、両社の合同記者会見が、全世界に向けて同時生中継された。
無数のカメラのフラッシュが滝のように降り注ぐ中、サトシとMBISのCEOが固い握手を交わす。
『世紀の大提携です! 新興の巨大エネルギー企業、サージョ・トレーディングと、米国のテック企業MBISが、宇宙事業における大規模な戦略的アライアンスを締結しました!』
『第一段階として、三年以内に月面への恒久的な有人基地の建設を開始し、五年後には火星探訪船の打ち上げを予定しているとのことです! 日本と米国の先端技術が、宇宙に新たな歴史を刻むことになります!』
世界中が、人類の未来への希望と熱狂の渦に包まれた。
これで、サトシという男の足跡は、地球という惑星そのものに、永遠に消えない形で刻み込まれたのだ。彼がかつて憎んだ理不尽な世界は、今や彼が提供するインフラと技術によって豊かに、そして劇的に塗り替えられていた。
その夜。
サトシは、東京本社の屋上に立ち、夜空を見上げていた。
東京の不夜城のごとき明るい夜景のせいで、星はほとんど見えない。だが、彼の瞳の奥には、地球の重力を振り切った遥か彼方の暗黒の宇宙空間が、はっきりと見えていた。
「サトシ様」
バルコニーに出てきたエレナが、サトシの隣に並んで夜空を見上げる。
「MBISとの提携は、世界中の市場で熱狂的に受け止められています。サージョの株価は、明日また歴史的なストップ高をつけるでしょう。もはや当社の時価総額を計算することすら無意味な次元に達しています」
「ああ。……エレナ、あの時お前が『この世界に残る』という選択肢を提示してくれて、本当に良かったと思っている」
サトシは、冷たい夜風を胸いっぱいに吸い込み、グラスの氷を鳴らした。
「ブラック企業で泥水をすすり、使い潰されていた俺が、今や世界最大時価総額を持つエネルギー企業のトップだ。そのうえ、先端テクノロジーの覇権を握り、自らの手で宇宙へ行こうとしている。……痛快極まりないな」
この世界のサトシは、知る由もなかった。
彼が捨てた「異世界」において、もし彼がそのまま残り、大陸を経済で完全に統一していたとしたら。あの剣と魔法の世界線の彼もまた、すべての事業をやり遂げた人生の最期に、巨万の富と技術のすべてを投じて「月へ至るためのロケット開発」へと乗り出していたであろうことを。
魔導とインフラが支配するファンタジー世界であろうと。
シリコンと電力と資本主義が支配する現代社会であろうと。
サトシという一人の合理主義者が、すべての経済を制覇し、世界を設計し直したその先に目指す「最後のフロンティア」は、決して変わることはないのだ。
「……待っていろ、宇宙。俺たちの資本と技術で、星の果てまでインフラを敷いてやる」
夜空に向かって、現代の覇者は静かに、しかし絶対の自信に満ちた笑みを浮かべた。
異世界の魔法を現代科学の衣で包み、逆輸入した男の痛快なる資本主義の征服劇は、地球という狭い器を飛び出し、今まさに無限の星の海へと続いていくのであった。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!!
感想や評価、レビューなんかいただけると作者は
泣いて喜びますのでよろしくお願いします!
では、また次回作でお会いしましょう!




