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「と、とりあえずこちらに隠れてください・・・・!」


「あ、あの、もう着替えて姿を表した方が・・・・」


「だめですよ!今着替えてしまえばどこでウィリアム様とお会いするか分かりません!そうなれば屋敷の人間に許可なく入れたと怒られます!」


「は・・・・・」


「私たちもなぜジェニファー様を独り占めしたんだってウィリアム様に叱られます・・・そんなの嫌ぁ!」


「(がんじがらめじゃないか!)」



そんな大ごとになるなんて聞いていないぞ。「着替えたらあとでウィリアム様にご挨拶すればいいかぁ」なんて軽く受け止めていたジェニファーは使用人たちの青ざめた表情に同じような顔をする。公爵子息相手に子爵のお嬢様が不法侵入をしたなんて世間に知られてみろ、確実に殺害予告の招待状が届く。手紙ではない、わざわざ招いて殺してあげると招待状が届くだろう。


まだ生きていたいジェニファーはごくり、と唾を飲み込むと使用人に手を引かれて部屋を出る。また部屋を移動するようだ。一体私は何をやっているんだと他所で思いながらも、ジェニファーは辺りを警戒しながら廊下を進む。


すると廊下の先にいる使用人が腕をあげて手をクロスさせる。どうやらこの先にウィリアムがいるらしい。すぐに角を曲がると別の廊下へと向かう。広すぎて今自分がどこにいるのかジェニファーでは全く分からない。それでも階段を下りているから、エントランスへと向かっているのだと思う。


階段を下りた先にいた執事が来るな来るなと声に出さずに態度で示す。なので下らずに登っていく。



「(もう何階にいるのかも分からない・・・よく迷子にならないな・・・・)」


「ウィリアム様、多分アニエス様とアメリー様に何か言ってるわね。これだけ屋敷を熟知している私たちが先を越されているんだもの・・・・」


「きっと二手か三手に分かれているわ・・・・このままだと挟み撃ちになる・・・・」


「(会話がおかしい・・・・)」



もう帰りたい。ジェニファーは眉を下げながら早く解放されることを強く望む。だけどそれを嫌うように廊下の先にいた使用人がだめだめ!と手を振っている。舌打ちをした使用人がジェニファーの手を引いて再び走る。使用人が舌打ちをするところを初めて見たジェニファーは、もうここは戦場か何かでしょうかと内心叫んだ。


階段を下り、廊下を進む。その先もだめだった。なので振り返って廊下を走る。角を曲がったところで執事が顔を青ざめながら来るなと言う。再び元の廊下に戻ろうとしたところで階段の踊り場からぱたぱたと可愛らしい足音が聞こえる。きゃっきゃと笑い声も聞こえるので鬼ごっこか何かとウィリアムが言ったのだろう。


物陰に隠れ、足音が通り過ぎるのを待つ。すると廊下をアニエスだと思われる姿が通り過ぎていく。アニエス一人だったので、どうやら三手に分かれてジェニファーを探しているらしい。



「(これだけ足止めを食らうはずだ・・・・)」


「ジェニファー様、今がチャンスです!私たちがアニエス様とアメリー様の気を逸らしますので、その間にエントランスまでお向かいください!エントランス横に客室があるので、そこで皆待機しております!」


「で、ですがエントランスはどこに・・・・」


「階段を下り、左に曲がって突き当たりを右、一つ目の角を曲がってさらに左に行くとエントランスです!」


「(何回曲がるんですか・・・・!!)」


「さぁ!今です!」



まだ理解しないまま背中を押される。後ろで使用人たちが「お人形さんを見つけましたよ」とアメリーとアニエスの注意を引いている。それを見たジェニファーは使用人服の裾を掴みながらぱたぱたと走り、階段を下りる。


左に曲がって、突き上がりを右。それから一つ目の角を、あれ、二つ目だっただろうか。



「分からない・・・・・!」



角なんてこの廊下にいくつあると思っているのか。長い廊下の左側にぽっかりと穴がいくつも並んでいる。その穴を間違えて進んだらどこに出るのだろうか。もう分からなすぎてジェニファーは両頬に手を添えると眉を下げて佇むことしかできない。


使用人もいない今、誰も頼ることができない。まるで殺人鬼に命を狙われているような気さえしてきた。


そんなジェニファーの目に使用人の二人が映る。助けてくれ、と駆け寄ろうとするが使用人二人がわたわたとこちらに手を振っている。だけどジェニファーは足を止めず、もう誰でもいいからエントランスへ案内してくれと駆け寄る。


使用人の一人だ眉を顰めながらこちらへと手を伸ばす。その手を掴むと、すぐに引き寄せられ背中に隠された。



「ジェニファー様、頭を下げたままにしてください」


「へっ・・・・・」


「ウィリアム様がいらっしゃいます」


「(なんと・・・・!)」



ちょうど階段の踊り場だったらしく、使用人たちが上から聞こえる足音にびくびくしながら頭を下げる。使用人二人が隙間を作らず並ぶ。その後ろにジェニファーを隠しているのでうまくいけばばれない。ジェニファーはどきどきしながら頭を下げて姿を隠す。


そこにウィリアムが下りてくる。ウィリアムがちら、と使用人の顔を確認する。まだウィリアムはジェニファーが使用人の格好をしていると知らない。アメリーはただ「使用人に連れて行かれた」とだけ言ったからだ。


そこにジェニファーの姿がないことに気づくと、すぐに興味が薄れたようにそのまま踊り場へとウィリアムが足を下ろす。


前に立っている使用人がジェニファーの手を引いてその場から離れようと階段へ足を向ける。しかし、そこでもう一人後ろに使用人がいることに気づいたウィリアムがちら、とその横顔を確認した。



「・・・・・・待ってくれるかい」



どきぃ!と使用人が止まる。振り返った使用人二人がすぐさまジェニファーを隠すように先頭に立つ。そうするとウィリアムが後ろを覗き込むように頭を傾ける。それに合わせて使用人二人も腰を曲げる。



「な、何でしょうかウィリアム様」


「・・・・・・・」


「申し訳ありません、まだ二階の掃除が済んでいないので向かいたいのですが・・・・」


「・・・・そう。なら私の部屋も頼もうかな」


「えっ・・・・・!」



使用人二人が思わずといった具合にウィリアムを見上げる。するとそこには、眠たげな瞼の下に転がる宝石のような深緑の瞳を細め、片方の口角だけ上げる麗しの天使がいた。


使用人がすぐにうっとりとしてしまう。ジェニファーはどこでだって女性を虜にしてしまうウィリアムに内心だけでため息をつく。


その様子を、ウィリアムが楽しげに見ているとも知らずに。



「・・・・三人も必要ないから、二人来てくれるかな」


「か、かしこまりました」


「ああ、でも君は二階の掃除があるんだよね、じゃあ君と・・・後ろの君」


「・・・・・・」


「今から掃除をしてくれるかい」



悪魔の囁きに使用人とジェニファーが固まる。使用人二人はすでにウィリアムがジェニファーに気づいていると覚悟をしていたが、ジェニファーは一人まだ顔を見られていないので大丈夫だと他所で思っている。


あとで確実に怒られることを予想した使用人が背中に重いものを乗せながら階段を上がっていく。残された使用人は仲間が一人戦死したような気持ちでウィリアムを見上げる。ウィリアムはただにこにこと微笑んで先ほどの使用人と同じように階段を上がる。


それから振り返って、横顔だけこちらに向ける。階段の踊り場の設けられた窓から日差しが入り込む。その美しい横顔に影を落としながら、ウィリアムは微笑むとジェニファーに視線を向ける。使用人が横で口を手で押さえながら漏れそうな声を必死で抑える。


丸眼鏡をしているジェニファーはすぐに深くお辞儀をして顔を隠す。



「ふふ・・・行こうか、私もちょうど用事があるから」


「・・・・・・」



天使のような悪魔の後ろを使用人とジェニファーがついていく。その表情はどちらも暗い。


いくらか角を曲がり、廊下を進んだところでウィリアムがドアノブを回す。そして手を入り口へと差し出し、使用人とジェニファーを先に入れる。



「あ、あなたはウィリアム様のお洋服を片付けてくれる?」


「は、はい・・・・・」


「(ジェニファー様すみません使用人のように扱って・・・・!)」


「(洋服ってどれ・・・・え、あのベッドにあるものですか・・・)」



それぞれが思い思いのことを考えながら動き始める。それをウィリアムがドアに寄りかかってぼんやりと眺める。長い腕をクロスさせ肘を掴む姿は美しい。にこにこと笑っているから余計に。


その視線を背中に感じながらウィリアムのベッドへとジェニファーが歩み寄る。朝着ていたシャツだろうか、寝巻きなのかもしれない。その絹のような触り心地に一体いくらするんだと思いながら畳んでいく。


その時、ふわりとウィリアムがよくつけている香水の香りが鼻に届く。その柔らかい香りに覚えのあるジェニファーはウィリアムに抱きしめられたことを思い出してしまう。


畳んだ服を掴んだまま、ジェニファーがピシッと固まる。その様子に使用人が気付き、慌てた様子で駆け寄ると顔を覗き込んだ。


そしてぷるぷる震えながら顔をほんのり赤らめるジェニファーにくらっときた。思わず頭を押さえてのけぞりそうになる。ウィリアムは浮世離れをした美しさがあるが、ジェニファーはジェニファーでいつも無表情なので急にそういう人間らしい表情を浮かべるとインパクトがあるのだ。



「あ、あなた・・・・・」


「・・・・はい・・・・」


「わ、私が、私がやっておくわ。あなたは棚の上を掃除して」


「はい・・・・・」



場所を交代し、ジェニファーは窓際の棚に置かれた本を並べていく。その様子をウィリアムが堪えきれないとばかりにクスクスと笑う。使用人はすでにジェニファーに気づいていながらも、ウィリアムがからかっていると確信しているので気が気ではない。


あれ?でもこれって、チャンスじゃない?


使用人の心に悪魔が現れる。このまま既成事実だろうが何だろうがウィリアムがジェニファーを囲ってしまえば、本当に執事と使用人が望んでいるような状況になるのではないだろうか。そう物騒なことを考えてしまった。


これは使える。いや、使わなくては公爵家の使用人とは言えない。


使用人は洗濯物を手に持ったまま、こほんと咳払いをする。そしてウィリアムへと視線を向ける。使用人の様子に気づいたウィリアムが片眉を上げて反応する。使用人は一歩ウィリアムへと歩み寄ると、胸の前でぐっと拳を握り、ウィンクをする。


そしてあろうことか、ジェニファーを残して部屋から出て行ってしまった。



「え・・・・・」



棚の上を掃除していたジェニファーの耳にぱたん、と閉まるドアの音が聞こえる。そしているはずの使用人の姿がないことに気付き、絶望した。どうしていなくなっているのだろうか。


恐怖で固まる。だけどこのまま固まっていてはウィリアムに不審に思われる。そう思い、棚へと視線を戻すと早く掃除をしてしまおうと手を動かす。


すっと絨毯の上で靴が擦れるような音が聞こえる。そしてふわりと香水の香りが後ろからふわりと鼻に届く。棚の方を向いているジェニファーは後ろが確認できない。というか怖くて振り返れない。


そうしていると、ジェニファーが乗せている棚の上にウィリアムの手が乗る。それを見て内心絶叫しながらジェニファーが肩を跳ねさせる。くす、と後ろで声が聞こえる。その声の近さに目を見開く。


真後ろに、立ってる。



「・・・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・」



どちらとも何も言わない。ジェニファーは口から心臓が出るとはこういう時のことを言うのかと脈を速めながら固まる。いつまで経ってもこちらを振り返らないジェニファーに痺れを切らしたウィリアムが棚に乗せていた手をジェニファーの手に重ねる。


そして、その首元に顔を埋めた。




「っ・・・・・」


「・・・・どうしてこちらを見ないの?」


「・・・・・も、申し訳ありません・・・・」



ウィリアムが耳元でクスクスと笑う。その吐息が耳に届くものだからこそばゆくなって声が漏れそうになる。だけどあまり声を出すとばれてしまうかもしれない。ジェニファーは目をぎゅうと瞑りながら振り返る。そしてすぐに俯く。


顔を真っ赤にさせ俯くジェニファーにウィリアムが生温かい深緑の瞳を向ける。どうやったって、何をしたってウィリアムを煽るだけだと知らないジェニファーは口を手で覆うと、緊張と恥ずかしさから顔を背ける。


その表情と仕草に、ウィリアムは前髪の間で目を細めた。



「見ない顔だね、最近入った?」


「・・・・・はい」


「そうか、挨拶をしていなかったと思うけど君の名前は?」


「・・・・・・」


「私の名前は知っていると思うけど、ウィリアムだよ」


「・・・・・・」


「君の名前は?教えてほしいな?」



そんなの言えるはずがないじゃないか。とジェニファーは俯かせた顔を必死に隠す。


顎を指で掬われる。そのまま顔を上げられるが、必死に睫毛を下げて顔を見ないようにする。その様子にウィリアムが微笑むと、少しだけ隙間を開けてジェニファーを眺める。


そして、天使の皮を被った悪魔が囁いた。



「まぁいいか・・・・じゃあ着替えを手伝ってくれるかな」


「はっ・・・・・・」



する、と上着を脱ぎながらウィリアムが信じられないことを言う。思わずウィリアムを見上げてしまったジェニファーの目に一瞬だけウィリアムの深緑の瞳が映る。だけどすぐに顔を背けると、信じられない言葉に胸を押さえた。


人様の着替えなんて手伝ったことがない。ましてや男性の着替えなんて一度もない。無理だ、絶対に無理だ。と内心頭を抱える。しかしウィリアムはわざときょとんとした表情を浮かべると、ついで片方の口角だけ上げる。



「いつも手伝ってもらってるから。だめかな?」


「(そんな話使用人の人たちはしてなかった・・・・!)」


「だめかい?」


「ゔっ・・・・・」



顔を覗き込まれそうになる。すぐに反対へ顔を向ける。


だけど、もしウィリアムの言っていることが正しいのならここで拒否をすれば面倒なことになる。先ほども名前を告げなかったし、最悪使用人や執事たちが「どうしてこんな使えない使用人を寄越したのか」と怒られてしまう。


ごくり、と唾を飲み込むとジェニファーがそっとウィリアムのシャツに手を伸ばす。


その様子にウィリアムが目を見張った。そろそろからかっていることを伝えようかと思っていたが、そっちがその気ならむしろ好都合だ。とジェニファーの様子を見下ろす。


そろそろとシャツのボタンに触れる。ぷち、と一番上のボタンを外す。手が震える。丸眼鏡ごしにウィリアムの肌が少しシャツの間から見える。それがどうしようもなく恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら震えるてで二つ目のボタンを外す。はだけたところから、ウィリアムの胸元がちらついた。


も、もうだめだ。


ジェニファーが手を止める。そして外したばかりのボタンを再びとめていく。それから眉を下げ、真っ赤な顔でウィリアムを見上げた。その表情にウィリアムがうっそりと目を細める。



「ウィリアム様・・・・・」


「・・・・うん?」


「・・・・ジェニファーです・・・・」



観念をして正体をばらす。もうあとでいくらでも怒られるし、世間にも不埒な奴だと罵られてもいい。とにかくもうシャツに触れていたくない。


力なく腕を下ろすと、いつ怒られてもいいように俯く。逃げているようだが、もうウィリアムの顔を見られる気がしない。使用人の服を着て屋敷を駆け回っていたと知られたのだから。あまつさえシャツを外すなんて行為をしたのだから。


ウィリアムが息をついたのが耳に届く。それが怖くて俯いた顔をさらに床に向ける。


しかし、その頬に手を添えるとウィリアムが顔を覗き込んだ。それから片腕をジェニファーの腰に回すと棚の上にジェニファーを乗せる。いつもは見上げるウィリアムの美しい顔が目の前にある。


その美しい顔が窓からの日差しを受けて余計に美しくなる。深緑の瞳に光が当たってこの世のどの宝石よりも綺麗だとジェニファーは思った。



「どうして使用人の服なんて着ているの?」


「・・・・・・・・・」


「眼鏡の執事に言われたのかな。君と話したいと言っていたからね、使用人の格好をすれば私が気づかないとでも思ったんだろう。彼なら考えそうなことだ」



透視能力でもあるのかと思うくらい的中させるウィリアムに驚く。しかしその目に怒りがないことに気づくと、身勝手にもホッと胸を撫で下ろした。


ウィリアムが棚に手をついて身を寄せる。間近で微笑まれて言葉に詰まる。それでもウィリアムは体を近づける。本当に目と鼻の先にウィリアムの顔があって、息さえできない。


こつん、と額が触れる。目の前が薄暗くなる。その視線の先で棚に置いていたジェニファーの指にウィリアムが自分の指を絡める。



「どうして私に何も言わずに屋敷に上がったのかな」


「・・・・・申し訳ありません」


「君を一番に出迎えたかったよ」


「・・・・・・申し訳ありません」


「ふふ・・・・今日は随分としおらしいね」


「・・・・・・」



そう言いながらウィリアムがジェニファーの首元に顔を埋める。ふわりと艶やかな黒髪がジェニファーの頬に触れる。それがこそばゆくて少し身動ぎをすれば首を押し付けるように曲げてしまう。


恥ずかしくてすぐに空いている手でウィリアムの肩を押そうとする。だけどその手も掴まれてしまう。


掴んだ手をジェニファーの肩に頭を乗せながらぼんやりとウィリアムが眺める。そしてその手を引き寄せると指先にキスを落とした。



「っ・・・・・」


「アメリーとアニエスに会ったんだろう?」


「・・・・は、はい」


「お人形さんと遊べなくて悲しんでいたよ」


「・・・・・・」


「だから君を見つけたら怖い思いをしただろうから抱きしめてあげようと伝えたんだ」


「・・・・・」


「そうしたら、何と言ったと思う?」


「・・・・分かりません」


「大丈夫だよと言いながらいっぱいキスをしてあげるんだってさ」


「・・・・っ・・・・」


「私もしていいかい?」


「だっ・・・・・」



うっそりと微笑みながらウィリアムが顔を上げる。ジェニファーは驚いて後ろにある窓枠に背中をつける。そんなことをすれば逃げ道を自ら手放したようなものだ、とウィリアムが思いながら身を寄せる。


ぎし、と棚が音を立てる。身を乗り出したウィリアムの顔がジェニファーに近づく。眠たげな瞼が深緑の瞳を薄く見せながら婀娜やかな雰囲気を作り出す。


薄く開かれた唇が触れる。その唇がジェニファーの下唇を食んだ。小さなリップ音を響かせながら一度離れる。


ジェニファーの手を掴んでいた手から離れ、ウィリアムが両頬に手を添える。そしてぐちり、と深緑の瞳に魔力を込め、ジェニファーのそれを同じ若紫色に変える。瞼に魔力を吹き込まれる。きっと今ウィリアムを見つめるジェニファーの瞳は若紫から深緑に変わっていることだろう。


以前から行われるその行為の意味を知っているジェニファーがかぁぁぁと顔を赤くする。その様子をウィリアムが目を細めながら眺める。そして満足すると再び顔を寄せる。



「ま、待っ・・・・」


「ううん、待たない」



触れる唇が熱い。両頬を掴まれているから顔を動かすこともできない。


こ、殺される。


ジェニファーが死を覚悟する。こんな使用人の格好で屋敷をうろついた罰だ。きっと神か聖魔女がお怒りなんだ。腰に添えられた手が脇腹を撫でる様子にぷるぷる震える。もうだめだ。


吐息を零してウィリアムが顔を傾ける。そして薄く唇を開く。その時だったーーーー


唇が軽く触れたところで、ドアががたがたと揺れていることに気づく。顔を離さずそちらへとウィリアムが視線を向けると、なんとそのドアが開かれ外から雪崩れ込むように執事と使用人が顔を出した。



「お、おい誰だよ押したの!」


「押してないわよ!」


「お、重たい・・・死ぬ・・・・」


「早くどいてくれ!」



どうやら盗み聞きをしていたらしい執事と使用人が大声を出しながら騒いでいる。


しかしウィリアムとジェニファーの様子が気になるようで、全員がバッと部屋の奥を見る。そしていまだに唇を触れ合い、執事たちの様子を見るウィリアムの姿を見た瞬間、全員が絶叫した。



「・・・・・・!」



その物音にジェニファーがバッと顔を上げる。邪魔をされたとウィリアムが眉を顰めながら執事たちへと体ごと向ける。そして腕を組むとじとっとした目を向けた。


そうすると執事と使用人たちがへらへらと笑って起き上がる。ジェニファーはと言えば、こんな状況を見られてしまったことにわなわなと唇を震わせて固まっていた。


その様子にウィリアムが眉を下げながら微笑む。そしてジェニファーの頭にキスをすると腕を組んだまま執事たちへと歩み寄る。



「・・・・・・」


「ウィ、ウィリアム様・・・・・」


「邪魔するのか、協力するのかはっきりさせてくれるかな」


「は、ははは・・・・・」


「はぁ・・・・・」



乱れた前髪を掻き上げながらウィリアムが吐息を零す。その仕草に使用人たちがドアにもたれて口を手で押さえた。執事たちはウィリアムではなくジェニファーへと視線を向ける。服が乱れていないのでまだ()()()()()()()だったらしい。ちょっと期待していたのに。


そう思っている執事に気づいたウィリアムがニヒルに微笑みながらドアの枠に手を置く。ジェニファーを見るなという行為に、ウィリアムを幼い頃から知っている面々は「大人になったね」と内心思ったそうな。



「ん?」


「も、申し訳ありません」


「・・・・ジェニファーの洋服を持って来てくれるかい。私は部屋から出るから着替えさせてほしい」


「かしこまりました」


「ああ・・・・・あと、じっくり話を聞かせてくれるかい?気になるから」


「は、はい・・・・・・」



冷え冷えとした眼差しに執事と使用人は解雇を覚悟した。しかしウィリアムも珍しいジェニファーの様子と、恥じらいながらシャツのボタンを外すという貴重な瞬間を見ることができたのでそれ以上は怒ることをしなかった。


ジェニファーに洋服が戻ってくる。それを着ている間もジェニファーは先ほどの光景を思い出さないよう、必死に最近読んだ文献を思い出していた。


それから眼鏡の執事が現れ、全力で謝られる。それに乾いた笑いを浮かべながらジェニファーがやんわりと応える。他の執事と使用人も申し訳なく思っているのか、しゅんとしている。その様子にジェニファーは愛想よく笑うと、「もういいですから」と言う。すると皆が嬉しそうに顔を綻ばせるものだから、困惑していた感情もすっと消えた。



「お人形さん!」


「お人形さん!ぶじだったのね!」



そこにアメリーとアニエスが現れる。きゃっきゃと言いながらジェニファーに抱きつく。可愛らしい天使に腰を曲げて抱きしめ返す。その様子を幸せそうに眺めるウィリアムと、全員含めて幸せすぎると執事と使用人たちがほろほろ涙を零す。


アメリーとアニエスがジェニファーへと手を伸ばす。それにあわせてジェニファーも膝を曲げると、ぎゅうとジェニファーの首に抱きつく。そして両頬にそれぞれキスを落とす。小さな天使の行為にジェニファーはぱぁと顔を明るくすると、嬉しそうに目を細めてにこりと微笑んだ。



「お人形さんなんでしよーにんのかっこうをしていたの?」


「人形はみなさんと遊んでいたんです」


「そうなのね。アニエスもかくれんぼたのしかったよ」


「そうですか、それはよかったです」


「アメリーもだよ!お人形さんつかまえたーっ」


「ふふ、捕まってしまいました」


「いっぱいキスしてあげるよっ」


「嬉しいです」



きゃっきゃと可愛らしい笑い声をあげながらジェニファーの頬に何度もキスをしている天使にその場の全員がぷるぷると肩を震わせた。


ジェニファーも役得だ、と内心涙を流す。だけどそのジェニファーに、小さい天使の皮を被った小悪魔がにこりと笑う。そして大天使の皮を被った悪魔であるウィリアムを見上げる。



「お兄様もキスしてあげてっ」


「・・・・・」


「いっぱいしてあげるんだよ、お兄様」


「あ、あの・・・アニエス姫・・・・」



いつものようにアニエスを姫と呼ぶ。だけどまるで聞こえていないようでウィリアムの腕を掴むと屈むように伝える。ジェニファーは屈んだまま固まる。も、もう嫌だ。これ以上誰かに見られるのは嫌だ。



「そうだね、いっぱいしてあげないとね」



その様子にウィリアムがクスクス笑いながら妹に手を引かれて膝を曲げる。そしてジェニファーの肩を抱いて引き寄せる。


それから、ジェニファーの頬にキスを落とした。


執事と使用人が口を手で押さえる。お互いの肩をばしばしと叩く。もう幸せすぎて耐え切れないと胸を押さえて壁に手をついている使用人もいる。



「「「 (さっさと婚約してくれ・・・・・!) 」」」



そう、皆思ったそうな。


それから皆の前でキスをされ放心状態のジェニファーはアメリーとアニエスと一緒に夕暮れになるまでおままごとをする。まるで本物の人形のように固まっているジェニファーにソファに座って本を読んでいるウィリアムがクスクス笑う。


その光景を執事と使用人は眺め、たとえ危険な綱渡りをしたとしてもやってよかったと心から思った。そして今日の行いは反省はしても後悔はしないとも思った。



「集合!」


「はい!」


「はいっ」



以前のように、眼鏡の執事が皆を呼び寄せる。するとどこから集まってくるのか、総勢三十以上の執事と使用人がわらわらと駆け寄ってくる。


皆うきうきとしている。中には今日の出来事を嬉しそうに話している者もいる。あのウィリアムの思い人であるジェニファーと話し、しかも逃亡劇までしたのだから話したくもなるだろう。


眼鏡の執事も顔を綻ばせながら眼鏡をくい、と上げる。そして口を開いた。



「私たちは一度ジェニファー様と話しただけでは満足できない。そうだろう」


「そうです!」


「私もそうだ。むしろ私は君たちよりジェニファー様と話す時間が少なかった。よって次回のおもてなし会議をする」


「はい!次はどうします?」


「そうだな・・・・次は慎重に行こう」


「そうね、ジェニファー様に迷惑をかけるのはだめよ」


「お、俺にいい考えがあります!」


「何だ!」



所狭しと集まった執事と使用人が皆顔を寄せ合ってこそこそと話し合う。そして提案された内容に皆はきゃっきゃと嬉しそうに声をあげる。



執事と使用人の画策が、大きく動き出した日であった。



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いつも閲覧ありがとうございます。ブックマーク登録、評価も大変励みになります。


これにて完結です。次回はまた別のタイトルで小連載を行います。よろしければシリーズのメイン作『どうにも性別を間違えて生まれたとしか思えないので嫁ぐのはやめます』もご覧ください。


それでは、またお会いしましょう。

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