12話 盗賊壊滅
「ん、なんだ? 俺だけ生かしてくれるのか? いやいや、俺はいいから他の二人を殺さないでくれ」
俺は賊に向かいゆっくりと歩みを進めながらそう言った。
女は殺さず、男は殺すと言っていた手前、俺が生かされてリディアとおっさんが殺されるのも夢見が悪いと思ったからだ。
「はぁん?? 何言ってやがるんだこいつ?」
「ぎゃははははっ! オイおかま野郎! お前は真っ先に死ぬ運命なんだよ! 生かして輪姦して売っぱらうのはそこの可愛いメイドさ」
賊は腹を抱えながら大笑いした。
なんと、リディアが生かされるのか。やはりリディアは男として見られないようだ。
しかし酷いものだ。おかま野郎とは俺のことだろうか? 意味はよくわからないが、間違いなく貶されている気がする。それに回すとはなんだ? ぐるぐると回転させられた後に売り払われるのか? 目が回りそうだぞ。
「おい貴様等。早々に口約を反故にするのか? 今さっき貴様等は、女は殺すなと言っていたではないか!」
「はあ? バカ言ってんじゃねえ! 女は殺さねえよ! おかま野郎は死ぬがな」
先頭の奴が、グヒヒと気持ち悪い笑みを湛え、俺に剣先を向けながらそう言った。
「なるほどな、盗賊は口約束もできない低脳な集団ということか……まったく残念な奴らだ……」
「おいおかま野郎! テメエ自分の立場分かってるのか!?」
「ああ、分かっている。俺は女だから生かされる立場だという事をな。そしてあのメイドは男だ。男は殺すのだろ?」
「な、なに!?」
賊は目を剥いて俺とリディアとを交互に見た。
俺の話が信じられないのだろう。だがこの隙を逃す俺ではない。
賊達は、威勢だけはいいが父や騎士団長が自然体でも放っている力強さをまったく感じさせない。それだけでもこいつらの力量が知れるというものだ。おそらく全員で掛かっても、65歳の衰え始めている父にさえ勝てないだろうと簡単に予想できる。
ならば先手必勝だ。
「──リディ‼︎ お前は男だから殺される立場だそうだ! 殺される前にやれ!」
「──ハイ!」
後方で待機しているリディアへそう言うや否や、返事と同時に俺の横をリディアが高速で通り過ぎる。横を過ぎる際「先頭の奴には手を出すな」と小声で伝えた。
俺の言葉に頷いたリディアのその両手には、ギラリと輝く短剣が握られている。
「──グハッ!」「──ぎゃあああっ!」「──な、なんあだああああっ!」
賊達が唖然としている隙に、リディアの両手から繰り出される短剣の攻撃を受けた数人が、バタバタと倒れて行く。
相手に武器を構える暇さえ与えない早業で、次々と敵を行動不能にしていった。
口ほどにもない。やはり力量は知れたものだった。不意打ちでもないのに、賊達はリディアの動きにすらついていけない状態だった。
「女性であるシーベルト様に刃を向けるとは、あなた達、いい度胸をしていますね? わたしが引導を渡してあげましょう」
ギラリ、と両手に持った短剣よりも獰猛に八重歯を光らせるリディア。
俺に害なす者は徹底排除せよ。それはメイド長の口癖だった。リディアはその教育を芯から叩き込まれており、それを淡々と実行する。
辺境伯に仕える使用人は、誰もが武闘派なのだ。有事の際は家を守る最後の要として機能する。あの鬼ババア、もといメイド長は、父と手合わせしても遜色ないほどに強いメイドなのだ。俺も小さな頃はボコボコにされるほど鍛えられたものだ。
そんなメイド長に幼い頃から教育を受けていたリディアが弱いわけがないのである。
一人また一人と仲間がリディアに倒されてゆく様子に、先頭で威張り腐っていた男は狼狽え始める。
「ぐっ、どどうしたお前ら! ──ひぃっ‼︎」
「ああ、言い忘れていたよ。このリーマン辺境伯領内で盗賊行為を働くと極刑だ。今死ぬのがいいか? それとも後で絞首刑又はギロチンに処せられるのと、どちらを選ぶ?」
慌てふためく先頭の男に瞬時に移動した俺は、男の頬に剣の腹をペタリと押し付けながらそう言った。
仮にも領主になるべく教育を受けてきたのだ。その辺りの法令は頭に入っている。領内での盗賊行為は極刑と定められている。殺人、窃盗、強姦、全てこいつらに適用されるのだから、極刑以外のものは適用されないだろう。
「──ぐっ!?」
剣の腹を頬に当てられた賊の男は、バッ、と頬に当てられた剣とは逆方向に飛び退いたが、逃げる瞬間に軽く頬を切っ先で撫でてやった。
頬に手を当てた賊の男は、掌に付着した自分の血を見て苦々しく舌打ちをする。
「──チッ! てめぇ、何者だ‼︎」
「何者でもないさ。貴様らがいうには、俺はおかま野郎なんだろ?」
「テメエ……ただのおかま野郎じゃねえな?」
ただのおかま野郎とはどういうものか? そもそも、おかま野郎という言葉自体が意味不明だ。
「俺が何者かなんてどうでもいいじゃないか。お前達はこの領内で盗賊行為を働いた。それを戒める正義の味方とだけ言っておこうか」
「ぐっ! なにが正義の味方だ。なめるなボケがっ!」
男はそう言いながら剣を握り直し、俺に向けて切っ先を向けて来る。
「どうやらこの場で処刑されても文句は言えないようだな」
「──抜かせっ!」
男は唾を飛ばしながらそう言い放ち、俺に向かって斬りかかって来る。
辺境伯は王の盾であり剣である。俺はそう教育されて来た。
他国と隣接している以上このリーマン領は、国の守りの要でなければならない。しかしそれ以前に、領地を安定させるのも領主としての大切な職務でもある。いざ戦争にでもなろうものなら、領主領民が一丸となって敵の侵攻を阻止しなければならないのだ。
そんな中、領内で悪事を働く輩などいらない。
行商人のおっさんもここの領民、それにこのままこういった奴等をのさばらせておくわけにもいかない。罪もなき男は殺され、女は辱められた挙句どこぞに売り飛ばされるなど、容認できるわけもないのだ。
リーマン家を出た俺が今更家の為といった名目などどうでもいいが、領民には何の罪もない。正義の味方といっては何だが、目の前の悪者は領民の為にも排除するに限る。
「ふっ、覚悟はできているのか?」
──ガキン!
と、剣を受け止めながら男に尋ねる。
「ぐっ! 覚悟するのはテメエだっ、おかま野郎!」
「俺は覚悟などとうに出来ている」
「しゃらくせえ!」
男は再度距離をとり、憎々し気にそう言い放つ。
辺境伯の跡取りとして育ってきた俺は、戦いで命を落とす覚悟などとうの昔に心に刻んでいる。死ぬのが嫌だとか、恐怖だとか、そんなものは一切考慮してはいけないものだと教えられてきたのだ。国を守るため、領民を守るためにこの命はあるのだと。
家を出た俺がそれを守るいわれはもうないのだが、性別同様そう簡単に捨てきれぬ矜持として、心に深く刻まれているのだから仕方がない。
「では、覚悟せよ!」
とん、と地面を蹴り、横殴りに剣を振るう。
男は構えた剣を振り上げる間もなく、俺の剣を腹に受ける。
「──ぐぅあはっ‼」
そんなくぐもった声を残し男はゴロゴロと地面を転がってゆき、道端の木に激突してその動きを止めた。ぴくぴくと身体を痙攣させたまま男は起き上がろうともしない。
どうやら気を失ったようだ。この賊を率いている奴だろうから、少しは歯ごたえがあるものかと思っていたのだが、なんとも呆気ないものである。剣の腹での打撃だけで気を失うとは……悪事を働く前にもっと鍛えろと言ってあげたい。
「安心しろ殺しはしない。今の俺にはお前等を裁く権限はないからな。領主や騎士団に任せることにしよう」
そうは言ってみたが、男は気を失っていて聞いてはいないようだ。
「シーベルト様、こちらも片付きました!」
残りの9人を倒し、二本の短剣を鞘に納めながらリディアが近付いてきた。
「ああ、ご苦労」
「意外と簡単に片付きましたね?」
清々しい笑顔でそういうリディア。
9人を相手にして返り血すら浴びていない可愛い笑顔だった。
「ああ、こういった事をする連中は、力を誤った方向に使う中途半端な者達なのだろう。真剣に鍛錬しているとは思えない」
弱い者を集団で襲うような卑怯な奴等に、本当の強さなどある訳がないのだ。
「というよりも、全員殺したのか?」
「いいえ、殺してはおりませんよ。シーベルト様に刃を向けた以上、簡単に殺すわけがありません。死んですぐに楽をさせるよりも、少しは苦しんで後悔してもらわなければなりませんから。行動できない程度に痛め付けました」
「そ、そうか……」
倒れている奴等を見ると、手足の腱をリディアに斬られたのだろう。地面に倒れ伏し、苦しそうに呻いていた。
これもあの鬼ババア、もといメイド長の教育なのだろうか? 俺に刃を向けただけで、あそこまで苦しませるとは……可愛い顔してやることがえげつないな。
「おい雇い主、ロープか何かないか? こいつらを縛り上げて、次の町か村まで連行するぞ」
「お、おお、あるぞ……」
おっさんは、俺達が賊どもを簡単に制圧したことに驚いているようだ。目をぱちくりと瞬かせている。
町か村の衛士に引き渡せば、そいつらが後は対応してくれることだろう。
賊たちを縛り上げ、荷台に積み込んだ。
10人もの賊達で、荷台がいっぱいになってしまったので、俺は歩く羽目になってしまった。リディアはおっさんと一緒に御者台に座っている。
俺が乗ろうとしたところ「なんで兄ちゃんが乗るんだよ。可愛い嬢ちゃんを歩かせるのか? それ男としてどうよ?」といわれてしまっては、喜んで歩くしかないだろう。
まあ、乗り物酔いもしないで済むし、次の宿場までそう距離もないということなので、文句も言わず歩く俺だった。
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