シャツ生山あり谷あり
転生したら、Tシャツの柄でした。
いや、なにを言っているかわからないと思うが、わたしも良くわかっていないんだ。
とりあえず、今わたしは畳まれて置かれている。着古されてはいない、ジャパンブルー、紺藍のTシャツらしきものにへばり付いて(?)。
多少動けはするけれど、起き上がるまでは出来ない。
辺りはほの暗く、周りにひとの気配はしない。
いや待ってよ、謎の魂が宿ったTシャツとか、下手したら即燃やされかねないじゃん。前世よりしょーもない感じで死ぬの?わたし。
シャツ生始まって早々、あまりにも早過ぎる終わりを予測してしまったわたしはしかし、これもまたシャツ生かとなんとなく悟った気になり、せめて魂の存在に気付かれないようにと重力に身を任せた。
Tシャツ、と言ったけれど、へばり付く生地の質感はとても良い。さらりとして柔らかい感触。もしかすると絹なのかもしれない。
わたしは柄。わたしは柄。と、じーっとしていたら、その心地好い質感もあいまって、気付けば眠りに落ちていた。
『ふわっ!?』
自分の身体が持ち上がる感覚で、飛び起きた。
状況が掴めなくて、あわあわと辺りを見回、って、シャツになってたんだった。
思わず動いてしまったことにぞっとして、そーっと目の前を伺う。
「これが、本当に?」
わたしを持ち上げたのはどうやら、この少年?青年?らしい。
白い肌、蜂蜜色の巻き毛、灰紫色の瞳。顔立ちは整っているが表情は険しく、骨張った身体は華奢だ。
彼が、わたしの持ち主なのだろうか。
どうせなら、可愛い女の子かムキムキのお兄さんが良かったなーなんて思いながら、成り行きを見守る。
「そのはずです。ほら、胸の柄が動いているでしょう。生まれたての精霊を織り込んだ、聖衣です」
……なんと。
わたしは無機物に生まれ変わったわけではなく、無機物に閉じ込められているらしい。
生まれたての精霊を織り込むとか、なかなかアグレッシブですね。
「……まあ、俺に渡される聖具なんて、こんなものなんだろうな」
溜め息を吐いた青年が、乱雑にくしゃりとわたしを持った。ちょっと、丁寧に扱ってはくれまいか。
「殿下、神聖なものですから乱暴には」
「兄上や姉上とは違う。俺はこれを着て戦いに行くのだぞ?この程度で壊れるなら、持つ意味などない」
くしゃりとされながら、なんとはなしに話を聞く。とりあえず、すぐ燃やされる心配はないようだ。だが、歓迎されている訳でもない、と。
たぶん、聖具とやらには色々あって、わたしはその中でも格下のものと言うことだろう。
そして、彼と共に戦争に行くことになると。
うーん、この世界の戦争がどんなものかは知らないけれど、なにかしら自衛を身に付けないと、結果的に燃えることになりそうな予感。わたし、精霊だって言うんだから、なにかしら出来るよね?
面倒だけど、すぐ死ぬのも嫌だし、頑張るか。
『うわ恐!恐!!』
そうして否が応なく連れられた戦争で、わたしは凄まじい恐怖を味わうことになる。
科学の世界の銃撃戦、戦艦や戦闘機、戦車の戦いではない。生身の生きもの同士が近接武器を交え、魔法を打ち合う戦い。それは、想像以上に生々しく、恐ろしいものだった。
「……お前、震えているのか?」
肌が触れているからだろう。青年が呟いてわたしを撫でた。チッと、あからさまな舌打ちが降って来る。
「使えない」
……仕方ないじゃん。平和な国出身なんだよ。
青年の無礼な言い様に内心言い返しつつも、戦場を見据えて思う。戦いが長引くのは嫌だ。けれど、たくさんの生きものを殺すのも、本意ではない。
それなら。
悲惨な戦場を睨み据え、意識を集中させた。慎重に、時間は過たず一呼吸分でなければならない。
『──っ!』
騒がしかった戦場が、静かになったのち、重いものがぶつかる音で満たされた。
成功した、か?
視線の先に広がる光景、一面に倒れ伏すひとびとを見詰めて思う。
「な、なんだ……?」
青年が混乱した様子で呟く。彼から見れば突然目の前のひとびとが倒れ伏したのだから、当然のことだろう。
倒れたひとびとから鼓動が聞こえることに一先ず安堵して、言う。
「一時的な酸欠による気絶だよ」
一呼吸分、ほんの一呼吸分の時間だけ、目の前の空間の酸素濃度を一割まで低下させた。力業のノックダウン攻撃だ。恐らく一部の兵は昏倒ではなく永眠したであろう、力業の。
何人死んだのだろう。後味は、少しも良くない。
どうやら空気中の粒子を操れるらしいと気付いて採った方法だ。重力も操れるし、なんなら化学合成なんかも出来るらしいともわかっているのだが、そちらは知識不足のため躊躇った。一面スクラップ生物とかうっかり核融合とか、笑えない。
粒子を操れるから、音を発生させることも可能だ。自分の持ち主となったらしい、青年とのコミュニケーションも。
「……何者だ」
青年が圧し殺した声で言う。肩をすくめたいところだが、残念今のわたしに肩はない。
「あなたの胸許にいるでしょう」
「……精霊、か?」
「そ」
短く答えて、自分が造り出した惨状を見渡す。
「大体は一時的な昏倒だから、早めに捕縛するなり殺すなりしないと、すぐ起きるよ。どうするの?」
「あ、ああ」
青年は振り向くと誰かに声を掛け、指示を出した。しばらく眺めていると、捕縛していることがわかる。
「……殺さないんだね」
「無益な殺しは好きじゃない」
「戦争してるくせに」
「お互い相容れないから戦わざるを得ないだけで、別に憎んでる訳じゃない。少なくとも、俺は」
「そ」
いけ好かない奴だと思っていたが、なかなかどうして、好ましい奴かもしれない。
「なら、協力してあげるよ。あなた、名前は?」
「……ハデス」
「おやま」
貧乏くじを引いた神さまと、同じ名前じゃないか。
そりゃ、聖具とやらも貧乏くじを引かされるってものだね。
青年……ハデスは物言いたげにわたしを見下ろした後で、ぼそりと呟く。
「お前は」
「うん?」
「お前の、名前は」
「ないよ」
前世の名前を答えるわけにも行かないので、そう答える。
「ないのか」
「名前を呼ばれる前に、服に織り込まれちゃったからね」
ハデスの眉間に皺……は元からあったけれど、それが益々深くなった。
「ま、名前なんてなくても困らないしね。なにか呼びたいって言うなら、あなたが好きに付ければ良いよ」
「……お前」
「うん?」
「さっき、震えていただろう」
そう言えばバレていたなと思い出して、素直に頷く。
「争いは、好きじゃない」
「俺に所有されている以上、前線に立つことになる。俺は、王位継承の序列が低いから」
「うん」
「だから、嫌なら他の奴に」「だから、とっとと戦いなんて終わらせよう」
声は被って、同時に途切れた。
「あ?」「うん?」
そしてまた、同時に響く。
「違うひとのものにもなり得るの?」
「お前、自分がどれだけのことをやったのか、わかっていないのか」
ハデスが顔をしかめて戦場を見渡す。笑っていたら美人だろうに、損な奴だ。
「これだけの大規模攻撃、なかなか出来るものではないぞ」
「無差別だけどね」
「目の前全部敵なら良い話だ。知られれば、取り合いになる」
もっとすごい魔法とか飛び交っていたように思うけれど、違うのだろうか。
「そんなにすごいの?」
「ああ。俺なんかには勿体ないと、必ず言われる」
そうなのか。別に大したことはやっていないけれど。
「取り合われるって、他の王族に?」
「そうだ」
「でも、前線に立たないひとたちなんでしょう?攻撃手段を持ってどうするの?」
「脅しにも、権威にもなるだろう」
「ふーん」
興味ないな。
「良いよ別に、ハデスで」
「……なぜ」
「だって、戦いなんて長引いても良いことないし。わたしがそんなに役立つなら、前線で使ってさっさと戦争を終わらせようよ。それに」
「それに?」
「どうせ持たれるなら、悪用しないひとが良いよ」
ハデスの眉間の皺が、瞬間消えた。
「どう言う、ことだ」
「あのね、さっきの、本気出せば皆殺しも出来たんだ」
「……そうなのか?」
「そうなの。で、わたしは死にたくないから、燃やすぞって脅されたら、嫌なことでもやらざるを得ないんだよね。そんなのは御免こうむりたいでしょ?だから、殺せたのに殺さない道を選ぶような、お人好しに持たれる方が良い」
ハデスが、信じられない、と言いたげな顔をする。
「お人好しだと?俺が?」
「うん。ま、わたしはそう思ったわけ」
「勘違いだろ」
「そうかもね。でも、わたしはそう思ったから。ハデスがわたしを大切に扱ってくれるなら、持ち主はハデスが良いよ。違うひとに持たれて、そのひとが良いひととは限らないもん」
また、眉間に皺を寄せて、ハデスがぼやいた。
「褒められているのか、舐められているのか、わかったもんじゃないな」
「……わたしのこと使えないって言ったことは、忘れてないからね。まったく、見る目がないんだから」
「ほかの奴らもお前は選ばなかったぞ。見る目がないのは一緒だ」
「ふんっ」
不満を表して鼻を鳴らすような音を立てる。顔があれば、膨れっ面をしていたところだ。
「こっちだって、巨乳の女の子やムキムキのお兄さんが良かったもんねー!それを、ハデスを選んでやろうって言ってるんだから、感謝してよね」
「ああ」
言い返されるかと思った言葉に頷かれて、拍子抜けする。
「感謝する。……シルヴィア」
「ん?」
「お前の呼び名だ。銀色だから」
「安直だね。ま、嫌いじゃないよ」
それから、ハデスの言うように、わたしは取り合われ、かけた。
「ハデス以外を持ち主と認めるつもりはないよ」
「だそうです」
ハデスの入れ知恵による鶴の一声で、あっさり取り合いは消せたけれど。
「……物の分際でおこがましくない?」
「お前が怒れば殺されかねないんだぞ?機嫌は取るさ」
「そんな、驚くようなことはやってないんだけどなぁ」
鶴の一声が有効だったことには、理由があった。
わたしの攻撃は、防御魔法では防げなかったのである。
まあ、科学の発展していないこの世界では、原理を理解して貰えなかった、と言うだけの話だけれど。
「……ま、生きものなんて簡単に死んじゃうからね。死なない程度に痛め付けるより、殺す方がずっと簡単だ」
「お前が平和主義な精霊で良かった」
「ハデスがそう考えてくれる持ち主で良かったよ」
ハデスとはあの戦場以来それなりに会話を交わし、まあまあ仲良くなったように思う。
だから、
「ハデス、精霊さまとお話しさせてくれませんこと?」
「ええ、構いません。私は席を外した方がよろしいですか?」
「ええ、そうですわね」
こんな風に、ほかの王族と会話する余裕もあるが、
「精霊さま、わたくしとお話して下さいませんか?」
「良いよ」
「……っ」
「なあに?どうかした?」
大抵の王族は、謙らずに話すわたしにプライドを傷付けられて早々に去って行ったり、
「あなたは綺麗だね」
「そうでしょうか?僕なんて、精霊さまの美しさに比べれば」
「んー?いや、わたしは綺麗じゃないでしょ。織り込まれちゃってるし」
「あ、え、そんな……」
毒混じりの言葉を受けて、たじたじになったり、
「好み?胸の大きいひとかなぁ」
「む、胸……」
自分の胸元を見て落ち込まれたり。
「だから、あなたじゃ筋肉が足りないね!」
「そ、そう、ですか」
筋肉談義にどん引かれたりしていたので、なんと言うか、根性ないなぁって感じだった。
そうして、わたしを欲しいと言う声は完全に消え去ることになる。
「……結局やっぱり、ハデスといちばん相性が良かったってことじゃない?」
「お前の毒舌と無礼さには、もう慣れた」
なぜかハデスには呆れ顔をされたけれど。解せん。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
続きもお読み頂けると嬉しいです