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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第1話【ある滋養治士のお話】
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彼女の陥落3h⑧

 事の始まりは、『トリオン・オブ・ラビリンス』が経営母体であった初期開発組から現経営へと権利移譲がなされ、二次開発組へと人員が交代される頃に遡る。

 大半の初期組は二次開発組へと吸収される形となった。だが、一部の人員は独立や引き抜きなどで去る事が決まり、ならば未だバラバラにならないうちに、ひとつ、大きなアップデートを導入する事で『初期ToL』にケリをつけよう。という話となったのである。


 『呪い』の強化導入は、この時メインでパラメーター管理をしていたとある開発者が立案し、遺して逝った基幹機能だったのである。

 『鬼魂の鎧』クエストは、その導入を印象付ける物のひとつであり、クエスト受注者によってエリアひとつを丸々属性づけ、しかもそれを既存エリアと結合させる大掛かりな物だった。が、実は導入直後で待ったがかかり、実質封印される事となったクエストでもあったのだ。


『実は、メインデザイナーやプログラム担当が軒並み亡くなりまして……』


 亡くなったといっても事件性のあるものでは無い。強いて言えば事故である。

 サービス変更の時期は決定している。人員の解散時期も決まっている。必然的にスケジュールはキツい内容となり、特に新規導入性の高い『呪い』系は徹夜進行率が労災レベルとなっていた。

 とはいえこの業界、そういう面では行政に五月蠅くチェックされている。故に会社としては仕事は適度に。と逆に言うしかないわけである。だがこの業界に入る者は、仕事と趣味を完全に混同する者が異常に多い。故に、担当は作業のメインを自宅に移すような形で進行させていたのである。

 そして、事故はその自宅で起きた。実質時間外の開発分室と化していたメインデザイナー宅。『呪い』担当のスタッフ全員が共同生活するようになっていたのが原因か、大人数の食事を簡単に賄うための鍋料理に使ったカセットコンロが故障、一酸化炭素中毒でほぼ全員が死亡したのである。

 ガス漏れ用の警報装置はちゃんと作動したのだが、折り悪く近くで交通事故が多発。救急隊が到着するも、わずかな遅れが元で手遅れとなった。


『それでも、システムはマスターアップ確認手前までは完成してました。それを遺作として、チェックの後に組み込んだのですよ。実際に機能した時、あんなトラブルが内包されてたなんて気づかずにですけどね……』


 『呪い』効果によるアバター機能の崩壊現象は、発現に個人差がありすぎた故に事前の検証が不可能だったのだ。

 実装後、その危険性に気づいた時点でクエストが発生しないよう制限をかけ、発生後も進行を遅らせるためのリミッターを設けた。トキヤがクエストを発生させたものの、完了に必要なアイテムである『鬼の心玉』をなかなか得られなかったのは、このリミッターのせいである。


 が、既に当時クエストを発生させ、しかも手遅れ状態となっていたプレイヤーが既に三名、確認されていた。内二名は『呪い』による人格変化が現実の精神にまで及んでおり、それが元で現在民事で訴訟となってもいた。

 だがクエストによる『呪い』の効果は元々当人の趣向を増長させる形であり、あからさまに人格を変えるものでは無かったのが幸い、ゲームとは無関係の単なる言いがかりと撥ね退けても何とかなる状況となっていたのである。


『呪いのシステム解析は現在も継続して進んでまして、来年頭には終了する目処はたっています。だから、多少強めにイワオさんへは対応したのですね。というか、今更クエストが新たに発生した事自体、驚きだったのですけど……、それは半分、皆さん自身のせいなんですよ』


「なんだそりゃあ?」


 何故かスタッフ糸山がマヤヤを指差し、その指を振る事でマヤヤのウィンドウを展開する。そのままマヤヤの装備欄を選択して視覚化、全員に見れるようにした。


『彼女は御新規様なので、サービスから期間限定の優待機能が配布されてます。ここの……コレ、ですね』


 スタッフ糸山が指し示す箇所、アバターに付属させるオプションスキル欄に『人害補填(新人キャンペーン):Lv-MAX』なる妙な名称の特殊スキルが記されていた。

 これはゲームに不慣れな新人が、数多の廃人が跳梁跋扈するゲーム内で不利益を被った時、それを何らかの形で補填するための特典パッシブスキルである。


 例えば、適正のエリアでレベルやスキルを上げていたら、通りがかりの廃人の煽りで狩り場が崩壊。レベル上げ自体が不可能になった。などの場合は、その被害を自動算出して習得経験値にボーナスを得る。素材集めで同様の状況ならば、ドロップ率の補正がかかるようにもなる。

 要は、非道い目に遭う度に利益を得られる特典スキル。というわけだ。


『イワオさんが体験なされた本日のアイテム拾得異常は、このスキルの影響です。彼女の周囲にいる存在の異常性にスキルが過剰反応したのですね』


「……俺達の存在自体が“被害”扱いかい?」


「それは心外でゴザル」


「俺は極普通のカエルだゼ」


「普通に遊んでるだけなのにゃ!」


「パーティーメンバーにすら有害認定って……」


「?」


 個人個人で不満を言う仲間に、不思議な表情をするマヤヤである。

 だが当人的に迷惑と自覚はしてないが、基本的にゲーム初日から、こう濃い環境に置かれるのも確かに異常なのである。まだイワオから分配はされていないが、現時点までのクエスト報酬の均等割りで約1億Gの所持金を得ているマヤヤだ。

 金額から想定されるイワオ達の有害率は相当のものなのである。


『そのスキルによる査定の正しさは、この実例をご覧になればお分かりかと』


 スタッフ糸山がビシリ! と指し示すのは未だ精神的に死んでいる色王。仮想の姿とはとても思えない、実に哀れな姿である。


『でと、あなた方の悪影響によって彼女の特典スキルが暴走気味に機能したのが、トキヤ様のクエスト進行です』


 サービス側にも寝耳に水の状況だった。集まるはずの無いアイテムが集まり、封印したクエストが進行してしまったのだから。しかも前回の問題発生は5年近く前であるので、その時代を経験しているスタッフも現場には居ない。なので対応が遅れに遅れる事となり、複数の問題が野放し状態となったのである。


 24時間運営が基本のMMOにおいて、常時決まった責任者を置くのは不可能といえる。なので、最低でも2系統の運営チームが交代で管理するのが常態となる。『トリオン・オブ・ラビリンス』の場合、現状5チームでローテーション管理する体制となっている。内情の実質は3チームであり、残り2チームはサポート兼任の予備扱いの流れだ。

 色王の中の人は、今日だけ担当の責任者。という役回りの人だったのだ。


 『唐揚げ定食』の面々がクエストの準備対応に追われる間に、現場から役員である運営責任者へと連絡がついた事で事態への対応が変化する。

 この人物は『呪い』システムの導入時代を経験しており、民事の件も報告を受ける立場の存在だ。故に、単にサービス側が介入してクエストを強制中断させても、新たな民事訴訟のひとつになるしかないと分かる人物でもある。結果、彼の一存でクエストの進行は監視のみに抑えられた。クエストの終了によって、『呪い』の効果をシステム的に除去できるようになるのか確認する事を優先したのである。


『えー、非人道的な事は承知の上。だそうです。あなた方に寄生している監視者含め、記録は取れないようしていますから“これらの事実は存在しません”が、後日、可能な限り誠意はみせると言付かってはおります。はい』


 野放しの問題のひとつは、クエスト該当のエリアがクエスト発生対象であるトキヤに合わせた生成となって半実装状態となり、ラスボス行程まで進行した時点で完全に実装状態が確定した事である。

 少年の性欲の暴走故とはいえ、些か、さすがに倫理の面でイロイロとヤバいエリアと化してしまっていたのである。


 もう一つの問題は、放置の指示が降りたにも拘わらず、現場主任が下手な介入をしたことである。


『彼……入社半年の日替わり主任なんですよねえ……』


 『呪い』のシステム的解除の確認までは大人しくしていたが、最後の最後で欲を出したのだ。クエスト発生者であるトキヤをこのエリアから強制退場させ、一時的にエリアを掌握。サービス側の都合の良いように再構成させようとしていたのである。

 これはエリアの属性が常時トキヤに連動している仕様を変更できなかったための苦肉の策。と色王当人は後に言う。『せめてR17、欲を言えばR15に抑えたかった。せっかくの新規エリアが酒池肉林前提はなあ……』とのボヤキにスタッフ全員同意はしたが、同時にこのゲームでそんな展開、今更だろうと呆れさせもした。


 合意の上での暴れっぷりは、どのエリアでもそこそこ有るのが暗黙の了解なのである。


 それはともかく。


 『唐揚げ定食』というフォートを知る一部スタッフからは“関わるな”との忠告を受けるものの、新米主任は責任者の強権でクエストに介入。結果はごらんの通りである。

 その結果を予測していたスタッフから、事態把握のために時間外出社した運営責任者へと報告が上がり、ゲーム内と現実との時差から事前終息は不可能と判断。事後の示談用の対応として一番最近接触のあったスタッフ糸山へ対応任務が割り振られたのである。


『どうやら“呪い”という効果は、“このシステム”を導入するための布石扱いだったようですね。』


 大量にドロップした『鬼の赤心玉』は一部機能が変更されていた。『修羅の波動』系統のスキルを吸収するだけの機能が、一部のアバタースキル以外全てを対象にするよう変わっていたのである。

 しかもスキルの吸収の他、それを他者が使用することでスキルの移譲が可能となっている。

 これは実質、種族やジョブの個性を完全に破壊するアイテムと言ってよい代物である。


『このアイテムデータと秘匿状態だったシステムの解禁で、呪い関係の諸問題は解決するようになりました。民事の方でどう活用できるかは私は関知しませんが、まあ、サービス側にはタナボタとなりましたので、そのうち上から特典でも貰えるかもですね。後、皆様はクエストクリアとして、あの塔の天辺で報酬を受け取ればお終いです。本来はクエストクリアと同時に新エリア解放のアナウンスが流れるのですけど、このトラブルの修正に少々お時間をいただきます。遅くとも、現実時間で3日以内には解放しますので、できればそれまで内密にしてくださると助かります~』


 やたらスタッフ糸山が饒舌になった。よく見れば色王の指先がピクピクと動き始めており、意識が戻りつつあるのだとイワオが気づく。そしておそらく、中の主任とやらが起きてきたら面倒な事が起きるとスタッフ糸山が判断したのだろう。と推測する。


『それでは、少々トラブルはありましたが、見事難関クエストを踏破なされた皆様にスタッフを代表して賞賛の言葉を贈ります。そして今後も末永く、トリオン・オブ・ラビリンスを楽しまれるよう、心からお祈りしたします。でわでわぁ~』


 怪しくピクピク痙攣を始めた色王の襟首を乱暴に握り締めたスタッフ糸山は、丁寧な内容とは裏腹にゾンザイな口調で別れの言葉を述べると同時に色王を連れてアッサリ消えた。


 後に残るのは、急に閑散とした印象の戦闘舞台である。


「何というか、“ミンジ”やら“有害認定”やら、意味のよく分からん内容でゴザったなあ」


「あー、そりゃ後で俺が説明するわ。つうか説明していいのかね?」


 イワオが既に知っているせいか、社外秘のはずの訴訟問題をポンポン気軽に発言していったスタッフ糸山である。結果、同じフォートのメンバーとはいえ、口の軽い未成年にまで秘密を拡散していった馬鹿丸出しの行為に、イワオは胸中で糸山の冥福を祈るのであった。


「まあ、とにかく。クエスト終わらせて街帰ってゆっくり休もうか」


 全員から『異議なし』の言葉が返り、塔へと続く階段を上り始める。『唐揚げ定食』メンバーが塔内へと消えてしばらくの後、本来ならば全エリア対象で表示されたであろうはずの祝いの言葉が、6人の視界にのみ、ささやかに『Congratulations!』と記されたのであった。




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