彼女を巡りて1h①
マヤヤとイワオが、見ようによってはディナーデートに思えないでもない時間を過ごしの帰宅後。
その後もスリープ時間になるまでは一悶着どころじゃないものがあった。
日本人の日常的な習慣で、部屋備え付けの風呂で寛ぐイワオへと「今度こそちゃんとお背中流します!」の宣言付きでマヤヤが突貫する騒ぎがあったり、流れでヤバいと思いつつも義務感から「マヤヤ、ハラスメントパラメータのチェック……するぞ」と、マヤヤ合意での“マッサージ”プレイ。行為とは裏腹に再度自動調整されたパラメータ感度の異常数値に静かに旋律したり、職人プレイヤーから買ったアイテムの試着にハシャいだマヤヤの一人ファッションショーと眼前美少女鑑賞会状態のイワオ。何故か忍ばされていた“夫婦専用ランジェリー”をまとったマヤヤを直視し、己の性癖に深刻な自己診断を下さないければならなくなった三十路一歩手前男の憂鬱などが展開された。
イワオの心情はともかく、仲間に知られれば殺されるレベルの時間を過ごし、ゲーム内時間で22時、マヤヤが8時間のスリープを実行したのを機に独自のニュースソースの元へと向かうのであった。
場所は『冒険者の店』、相手は七人の受付嬢のどれでもいい。並びの少ないのを選び『クエスト完了』手続き用の専用エリアへ移動するイワオである。
「──はい、クエスト、【オーガガ島・強奪された貴重品の回収】の完了報告ですね。オプションの追加金額を含めて、合計940,086,020.Gの報酬となります……──っ、お待たせしました。って、何ですかこの金額! クラックしましたねそうですね!?」
「ちっげーよ! 単にオプションに全問正解しただけだ」
「……アリエナイ」
「その根拠聴いたら商取法で訴えれそうだな、おい」
「やだなあ、そんな偶然ありえない、って意味ですよぅ」
NPCから速攻で切り替わったサービススタッフは、報酬金額の壊れ具合に早速壊れた。
そこで更なる利用価値を得られそうとも思ったイワオだが、あまり逃げ道を塞いでもいい結果には結ばない場合もある。
「まあ……今でも人間一人奈落に落とすくらいのネタあるしな」
「怖い! この人怖いよ!」
イワオは立派な社会人、知人友人のために労を厭わない情はあるが、それ以外にまで無節操にバラまくほど聖人気質というわけではない。
他人を利用可能なモノと見なせるていどのドライさも立派に持ち合わせているのである。
「クエストへの違和感があるのは俺達にしても同意なんだ。寧ろ何かバグが絡んでんなら解消してほしいくらいだしな。だからクエスト対象のエリアのチェックとかどうなってんのかとか、教えてくれないかね?」
「本当ですかあ? クラックの片棒担がせた、なんて事でっち上げるための方便じゃないんですかあ?」
「君の自撮り、少しトリミングすると“フリヌード”っぽいよな。ほら肩から下3ミリ隠しとか……」
「やだなあ私とイワオさん、いえイワオ様の仲じゃないですかあ。何水臭い事言ってんですか、既にチェックなんか終わってますってホラこれ見て見て見てくださいってば、コレ!」
「……“血涙”のエフェクトなんてあったんだなあ……」
「ありますよ! 顔面操作のスキル上げればモナる事だってできますよ! VR舐めんなですよ!!」
「あー悪かった。『糸山さん』写真はソースどおり使うから許せ、な」
「……あたし、終わっ……た」
実のところ、イワオへ渡した個人情報のうち、正確なのは自撮りのみである。名刺にしても個人メールにしても、全て会社で使う“役名”のようなものだ。メディアに関する会社は何処かで社員の顔が流れる機会もあるため、素顔を出すのが基本であるが、本名はちゃんと別にあるのである。
その本名を言われた時点で、いっさいの工作が無駄であったと自覚したのであった。
「なにを言ってる糸山さん。君は期待の中堅だろう。ちょっと俺が知りたい噂の、もう少し変わった話さえ聞ければ、君は期待のお局様に成れるはずだぞ」
「……それはそれで遠慮したいですよ……」
「まあそう言わずにな。『呪いのアイテム』その一つだけ──」
「それだけはダメです!」
間髪入れずにの否定である。
「イワオさんですから、もう下手に誤魔化しません。その情報開示は絶対無理です。私がクビになっても無理です」
ヘタレていた姿から一転、まるで本体の背中に刃でも当てられているような切羽詰まった表情で否定を繰り返すスタッフ糸山である。
だが、イワオはイワオで、トキヤの状況を『じゃあしょうがない』と諦められるわけでもなく。
「いや、うちの身内がシャレにならん状態になってんだがなあ」
と、口調にトゲを生やしての反論となる。
だがスタッフ糸山の応対は──
「無理です。じゃ納得しませんよね。現在、その系統クエストで二件の民事が進行しています。そして徹底抗戦を止めていません。その状況で、何故訴えた人がヤケにもならずに沈黙したまま争っているか、“分かりますよね”?」
「……ヤケにもなれない、か」
「そのくらい、うちは“手段を選んでない”んです。私も、正確には教えれないんじゃなくて知らないんです。勿論調べるのもできません」
「わけが分からんくらいの極秘扱いか。ふむ、なら最初から公には……」
「過去、そうしなかった人がいなかった、と?」
「ダメか……」
「そうですねえ、イワオさんがうちの筆頭株主にでもなれば、可能性はあるかもしれませんね」
一時の激情口調が和らぎ、懐柔気味な内容や冗談としか思えない内容も挟まれていく。だが、その内容にはイワオ的には笑えない。既に公的な問題も起きており、そして継続中。将来的な決着はつくのだろう。だが可能な限りその決着を引き伸ばそうとする意図から、その真相には恐怖しか感じられない。
何より、争う側の態度も不気味だ。共謀のようなことをする理由を思うと、隠されたものの不気味さがやたらと強調される。
最初の、頼りないヘタレスタッフをからかう気分などとうに霧散。せいぜい──
「それは無理だ。地方密着型の下っ端社員だし」
と、嘯く振りが精一杯であった。
そうした、大きな波の雰囲気が静まると、自然に今回の話は終わったという流れになり、スタッフ糸山が締めの言葉を紡いでいく──
「御身内さんには残念ですけど、気を強……あ、」
──と思われた、のだが。
「ん?」
「そう言えば、民事になる前の示談の席で……、非公式なので言える……かな」
「……頼む」
「『クエストは解くもの、解けるからこその呪いですよ』そんな言葉が、ありますね」
「うーん、意味深な……つか、んな発言を誰が……」
「ではっ! アイテムドロップの件は案件として引き続き調査します。イワオさんの方で何かありましたら、今度は窓口の時に受付嬢へ『システムコール』申請をお願いします」
「……おや?」
「私ぃ、これでー、クビでしょうからーぁ」
「あー、まあ、そうなったら済まん」
「いえいえ、恨みますから。消える駄賃にイワオさんの個人情報ガメって貴男の家の玄関に立ちますから。そのまま永久就職できるまで居座りますから。奥さんとかいたら『私とは遊びだったのね!』とか向こう三軒に響くくらいで叫びますから!」
「こっえーーーよ!」
「それでは、また、ここで会える事を祈ってくださいねぇ~」
ギャグとシリアスの嵐を吹かせてスタッフ糸山は去った。お陰で、『呪い』に関する情報にどこまで真実性があるのかも判別できない有り様である。
イワオとしては、一応知人にカテゴリーしても良さげな糸山が、次回も無事に間抜けな登場をしてほしいと願うのみである。
そしてそれとは別に。
「このエリアチェックデータ……、何がチェック終了だよ。あのクエストの時間帯のデータを全エリア分抜き出しただけじゃねえか。……ていうか、これ確実に極秘扱いになるよなあ……」
イワオの脳裏には自分の真摯な願いも空しく、今この時、糸山が私物ケースを小脇に抱え、上司や同僚にど突かれながら退社するヴィジョンがアリアリと浮かんでしまった。




