44 再婚の話
その日の夜。
私は烈牙様にお酒を運んで烈牙様にお酒を渡す。
「真雪も飲め」
烈牙様に命令されて私も赤ワインをご馳走になる。
こんな高級なお酒を飲んでいたら舌が肥えてしまうわね。
そう思うものの烈牙様と晩酌できるのは心から嬉しい。
でもそれを態度に出してはいけない。
今はあくまでも烈牙様とは主従関係なのだから。
「今日の響の演奏会はどうだった?」
「はい。とても素晴らしい演奏を聴けて嬉しかったです」
「ルーヴァス侯爵は優しくしてくれたか?」
私は翼雨様と夏菜様のことを思い出す。
二人とも男爵令嬢の私を差別することなく接してくれた。
もちろんそれは吹雪が侯爵夫妻に私を烈牙様の寵愛を受けていると勘違いさせた部分が大きいのかもしれないが。
「はい。ルーヴァス侯爵様も夏菜侯爵夫人もとても歓迎してくれましたが……」
「どうした? 何かあったのか?」
「あ、いえ。吹雪様が侯爵夫妻に私が烈牙様のお気に入りと紹介されて侯爵夫妻は勘違いされたようだったのでそれが心配で…」
「なるほどな」
烈牙様はワインを一口飲む。
私が烈牙様の寵愛を受けていると勘違いされたことを烈牙様はどう思うのだろうか。
公子たちを争わせないために烈牙様は公子たちには私を気に入っているから手出しはするなと言われたがそれは烈牙様の本音ではないことを知っている。
烈牙様も最初に私に「勘違いはするな」と言っていたし。
侯爵夫妻に勘違いされたことを否定しなかった私をお怒りになるだろうか。
「社交界に私が女を囲っているという噂が流れるだろうな」
「申し訳ありません。ご迷惑をかけてしまって」
やはり烈牙様は私が自分の寵愛を受けていると公に噂されるのが嫌なのだわ。
それに事実、私は烈牙様の寵愛をいただいているわけではないもの。
ああ、烈牙様に迷惑がかかるなら吹雪のことは無視しても侯爵夫妻に烈牙様のただの侍女だって言えば良かった。
後悔をしている私に烈牙様の予想もしていなかった言葉が耳に入った。
「謝るのは私の方だ。私との仲を噂されるのは嫌だろう?」
え? 烈牙様の仲を噂されるのが嫌かですって?
私は一瞬躊躇した。
烈牙様を想う私にとっては烈牙様の寵愛を受けている女と思われるのは正直嬉しい。
だが実際は烈牙様と私はそういう関係ではない。
とても悲しいことだがそれが現実だ。
そう思うと切なさで心が震える。
「いえ。そんなことはありません。烈牙様の方が迷惑なのではないですか?」
「私はうるさい虫を払えて嬉しい限りだ。魔公爵夫人の座を狙う女は少なくないからな」
烈牙様は溜息交じりに答えた。
確かに魔王様に継ぐ権力を持つ魔公爵の妻の座は魅力的なものだ。
貴族令嬢たちが烈牙様の妻の座を狙うのは当たり前の話。
「それに兄上にも再婚を勧められているしな」
「再婚ですか? どなたかお相手がいらっしゃるのですか?」
私は思わず身を乗り出してしまった。
烈牙様には私が死んだ後に想い人でもできたのだろうか。
その可能性に私の心は千々に乱れる。
「ああ。兄上には自分の娘はどうだと言われている」
魔王様の娘ということは王女ね。
王女であれば烈牙様と身分のつり合いはとれるわ。
魔族は親子と同父母兄妹以外であれば結婚できる。
王女にとって烈牙様は叔父に当たるから結婚は可能だ。
そんな相手がいたとは。
私の心のモヤモヤが大きくなる。
「それで烈牙様はその縁談を受けるのですか?」
努めて冷静に尋ねたつもりだったが堅い声になってしまった。
「縁談という程の話ではない。それに先日兄上は真雪を見て考えを変えたみたいだ。今は王女との縁談をごり押ししてこなくなった」
「そうですか」
私はホッとした。
とりあえずすぐに烈牙様が再婚することはないのね。
良かったわ。
「だが第二王女の麗華が俺のことを追い回してくるからちょっと面倒だ」
「第二王女様ですか?」
「ああ。真雪は知らないか?」
「はい。存じ上げません。すみません、勉強不足で」
私は昔の記憶を辿ったがアリシアの時代に魔王様の娘は一人しかいなかったはずだ。
その麗華王女はアリシアが死んだ後に生まれたのだろう。
「第二王女は兄上と正妃の子供だ。正妃の子供はその娘しかいない。そのために我儘に育ったみたいでな。自分の願いは何でも叶うと思っている女だ」
烈牙様は麗華王女のことを思い出したのか不機嫌そうな表情をされる。
「兄上と正妃の子供だから無下にもできないが正直追い掛け回されるのは勘弁してもらいたいところだ」
「そうですか。大変ですね」
「ああ。でも真雪がいると分かれば大人しく諦めてくれると思うのだが」
そううまくいくかしら。
私はあくまで侍女でしかない。
王女が狙っているのが魔公爵夫人の座なら私のことなど関係ない。
魔公爵が愛人を持っていても気にも留めないだろう。それが王族や高位貴族の考えだ。
王女が烈牙様の御心を望むのなら別だろうが。
「そう簡単にいくでしょうか?」
「もし良かったら今度王城に一緒に行ってくれないだろうか。兄上からも真雪を連れて来いと言われているし麗華も直接真雪の存在を知れば私にちょっかいは出さなくなるだろう」
「私に寵愛を受けている女性のフリをしろというのですか?」
「もちろん。真雪に想い人がいることは知っている。どうしても嫌なら断ってもいい」
烈牙様の赤い瞳は心底麗華王女には困っているという感情が浮かんでいる。
烈牙様を困らせるなんて許せないわ。
麗華王女がどんな人物かは知らないけど烈牙様がその王女に迫られて困ってるなら助けたい。
私にだって烈牙様に愛されたい気持ちがあるのだもの。
黙って麗華王女に烈牙様を取られる訳にはいかないわ。
私は沸々と麗華王女に対抗心を燃やす。
私が烈牙様の寵愛を受けている女性を演じることで麗華王女から烈牙様を守れるなら私は全力でその役目を引き受けましょう。
烈牙様が私を愛してくれるまで待つつもりではあるが他の女性に烈牙様を取られるなど考えたくもない。
我ながら醜い嫉妬だと思うが烈牙様だけは私の中で譲れない存在なのだ。
「いえ。そのお役目引き受けさせていただきます」
「そうか。ありがとう」
烈牙様は安堵したようだ。
私はまずその第二王女の麗華王女のことについて情報を集めることにした。
敵を知らなければ戦うことはできない。




