35 思わぬ伏兵
3時のお茶の時間になり私は烈牙様の執務室にお茶を運ぶ。
扉をノックすると入室許可の声が聞こえる。
私が中に入ると烈牙様は執務机に座って竜葉を相手に話をしていた。
「例の盗賊のアジトはほぼ把握しています。後は一網打尽にするだけです」
盗賊のアジト?
竜葉の物騒な発言に一瞬眉をひそめるが私は聞かない振りをする。
元々執務室の会話は他言無用だ。
「分かった。第二部隊を派遣する準備をしろ。指揮は私が執る」
「承知しました」
烈牙様の魔王軍は魔界の秩序を守る仕事もしている。
魔族だからといって皆好き勝手に生きているわけではない。
魔界には魔界のルールがありそれに従って生きている魔族がほとんどだ。
だがそのルールを守らない悪人たちもいる。そういうところは人間界と同じだ。
烈牙様が自ら盗賊を捕らえに行くのかしら。
ケガをしなければいいけれど。
竜葉は私の姿をチラリと見た。
その視線は「今、聞いたことは他の者に話すなよ」と言っている。
私は僅かに頷き無言でお茶の準備をした。
竜葉は烈牙様に一礼すると部屋を出て行く。
「お茶の時間か。忙しいと時間が経つのも早いな」
烈牙様は執務机の方からソファの方に移動してきた。
私は紅茶を淹れて烈牙様の前に置く。
「お疲れ様です、烈牙様」
先ほどの竜葉との会話の内容には触れず私は烈牙様に労いの言葉をかける。
紅茶に口をつけると烈牙様の表情が優しいものに変化した。
「相変わらず真雪の紅茶はうまいな。そういえば咲夜祭は明後日の夜だったな。仮面は私が用意するが真雪は馬に乗れるか?」
「いえ。私は馬に乗ったことはありません」
「そうか。では私が真雪を馬に乗せるか」
私は昔の記憶が蘇る。
アリシアだった私を烈牙様は自分の馬に乗せて何度も二人で遠乗りに行ったことがある。
馬上から見る景色は新鮮で私は遠乗りに出かけるのが好きだった。
また烈牙様と馬に乗れると考えただけでも私の心は高鳴る。
しかも今回は咲夜祭に行くのだ。
月桜の下で恋に落ちた男女は結ばれるという言い伝えのある祭りに。
その言い伝えのように烈牙様が真雪に恋をしてくれないかしら。
そんな期待を胸の抱く。
だがもしそうならなくても咲夜祭に行って烈牙様と一曲でいいから踊りたい。
「当日は夕食の後に馬屋の前で待っていろ」
「はい。分かりました」
「馬に乗る時はどうしても体が密着するがかまわないか?」
烈牙様は少し心配そうに私に尋ねた。
朝のことを気にしているのね。
私はもう気にしてないわ。
「大丈夫です。乗馬とはそのようなものだと知っていますので」
「そうか」
烈牙様は安堵されたように赤い瞳を和ませる。
本当にお優しい烈牙様。
今の私は侍女でしかないのにその侍女との誓いを守ってくださるなんて。
「真雪は遠乗りに行ったことはないか?」
「はい。ありません。私を馬に乗せてくれる方はいませんでしたので」
遠乗りに行ったことがあるのはアリシアであり真雪ではない。
「それなら今度機会があったら連れて行ってやろう。とても美しい湖があるのだ」
その湖なら知っているわ。
アリシアの時に何度も烈牙様と行ったから。
「はい。楽しみにしております」
「それから明日は夜中に出かけるから朝の紅茶はいらないし起こしに来なくてもいい」
「承知しました」
おそらく盗賊狩りに行かれるのだろう。
でもこれは私が口に出してはいけないこと。
私にできることは烈牙様が無事にお戻りになることを祈るだけ。
「では下がっていい」
「はい。ではまた夜のお酒をお持ちします」
「よろしく頼む」
私が烈牙様の部屋を退室すると侍従長の結城がいた。
「真雪。吹雪様が真雪に来て欲しいと伝言がありました。吹雪様のところに行くように」
「はい。分かりました」
吹雪か。今度はいったい何の用かしらね。
また私を口説くつもりかしら。
息子に口説かれる母親は私ぐらいなものよね。
私は結城に言われた通りに東棟の吹雪の部屋に向かう。
吹雪の部屋に向かう途中で外出から帰ってきた景虎と出会った。
「お帰りなさいませ。景虎様」
「真雪か……」
景虎は私に近付き私の顔をジッと見る。
何かしら? 私の顔に何かついているの?
私がそう思っていると景虎は自分のポケットから何かを取り出して私の手を取りそれを握らせた。
何だろう。
自分の掌を開いて確かめるとそれは紙に包まれた飴玉だった。
「お前にやる」
景虎はプイっと横を向いて私に言うがその顔は少し赤くなっている気がする。
この飴玉を私にくれるってどういうことかしら。
でも景虎は子供の頃から甘い物が好きでよくポケットに飴玉を入れていたわね。
幼い頃の景虎を思い出しながら私はとりあえずお礼を言うことにした。
「ありがとうございます。景虎様」
「ああ」
それだけ言うと景虎は西棟の方に行ってしまった。
私は自分の手に残された飴玉を見る。
景虎は大人になってもポケットに飴玉を入れるクセがあるのだわ。
それにしてもあの人見知りの激しかった景虎が飴玉とはいえ人に物をあげるなんて思わなかったね。
景虎も私のことを気に入っているという好意かしら。思わぬ伏兵がいたものね。
今まで景虎に口説かれるようなことがなかったから油断していた。
もしかしたら景虎も私に好意を持っている可能性はある。
この飴玉は不器用な景虎ができる唯一の愛情表現なのかもしれない。
女として好意を持たれるのは困るが飴玉で愛情表現する景虎のことが可愛く思える。
息子に迫られるのは困るけど嫌われるよりはマシかしらね。
私は飴玉をポケットに入れると吹雪の部屋に向かう。
吹雪の部屋の前で扉をノックすると入室許可の声が聞こえたので中に入ると響もいた。
吹雪と響は本当に仲良しね。
仕事のパートナーでもあるから二人でいることも多いのかもだけど。
「真雪。待ってたよ」
「遅くなって申し訳ありません。吹雪様」
「いいよ。気にしないで。それより真雪に見せたい物があるんだ」
そう言って吹雪は近くにあった箱を開ける。
中には青いドレスが入っていた。布自体がキラキラと輝くような綺麗なドレスだ。
「真雪に似合うだろうと思って作ったドレスだよ」
「私にですか?」
「そう。普段着でも真雪はドレスを着てるけどちょっと地味だなあと思ってさ。若いんだから少しお洒落なドレスもいいと思ってね」
まあ、今生では私は吹雪よりも年齢だけは若いわね。
綺麗なドレスに興味がないわけじゃないけど。
「着てみせてよ。着替えは隣りの衣裳部屋ですればいい」
「いえ。このような物を受け取るわけには…」
「いいからいいから。これはそんなに高価な物じゃないし。充分普段着として使えるからさ」
私は半ば強引にドレスと一緒に衣裳部屋に入れられてしまった。
吹雪が一度言い出したら思い通りにならないと済まない性格なのは知っている。
仕方ないわね。ドレスを着たぐらいじゃ吹雪の好意を受け入れることにはならないから大丈夫よね。
そう自分を納得させ諦めて私は青いドレスに着替えた。
青いドレスは私の白銀の髪がよく映える。
素敵なドレスだわ。
そうだ、これを咲夜祭に来ていけば烈牙様も喜んでくれるかしら。
それにしても私の身体のサイズにピッタリね。
そのことに不思議に思いながら吹雪たちのいるリビングに戻る。
「わあ。やっぱり真雪は青いドレスが似合うね。そう思わない? 響」
「ええ。とても素敵ですよ。真雪」
響も私を褒めてくれる。
「それにしても吹雪様。よく私の体のサイズが分かりましたね」
疑問をぶつけてみると吹雪は何でもないかのように答えた。
「竜葉に聞いたからね」
「竜葉様に?」
「うん。メイドになる時に服のサイズを採寸しただろう?」
そうだ。思い出した。
メイドの服を用意するからと身体の採寸をしたのだ。
それにしても竜葉ったら勝手に人の身体のサイズを他の者に教えないで欲しいわ。
私は心の中で思わず竜葉に文句を言ってしまう。
「そうですか。その時のサイズで作ったのですね」
「うん。だって真雪に訊いても教えてくれないと思ったからさ」
吹雪は全然悪びれたところもなく笑顔だ。
それはそうね。普通に身体のサイズを教えてくれと吹雪に言われても断っていたはずだわ。
吹雪って意外に知恵が回るのね。
商人の仕事をしているからずる賢くなったのかしら。
商人の仕事をしている吹雪の頭が悪いはずはないということに私は気付く。
「それよりそのドレス気に入ってくれた?」
「ええ。素敵なドレスだなと思います」
「じゃあ、それあげるね」
「しかし吹雪様。このような物を受け取るわけにはいきません」
「大丈夫だって。それに真雪が貰ってくれないとそのドレスは廃棄処分になるよ」
「そんな」
この素敵なドレスが廃棄処分されるなんて。
でも私用に作った物なら他の人にはサイズが合わないだろうし。
仕方ない。ここは受け取ることにしましょう。
「分かりました。このドレスはいただきます」
「良かった。気に入ってくれたんだね」
「でも吹雪様。私にお金使うのは今回限りにしてくださいね」
「分かったって」
いや、吹雪。その顔は分かってないでしょう。
吹雪の瞳はいたずらが成功した時のような光を宿している。
はあ。吹雪にも困ったものね。
「そうだ。今度響の演奏会があるんだけど一緒に行かない?」
「演奏会ですか?」
「うん。もちろん事前に父上の許可は取るからさ」
「そうですね。魔公爵様が許可されたらお供します」
響の演奏は私も聴きたいし。
私はその後夕飯の時間まで吹雪たちの話し相手をしていた。




