34 初めての朝稽古
中庭に出ると今日は三人の公子がいた。
雷禅と火堂はいつものことだが今日は颯も朝稽古に参加するようだ。
「やあ、おはよう。真雪」
颯が私の姿を見て朝の挨拶をしてくれる。
「おはようございます。颯様。颯様も朝の剣の稽古に参加されるんですね」
「ああ。王城に泊まり込みの場合を除いてな。何しろ父上は魔界一の剣豪だからな。父上に剣を習っていて損はない」
「そうなんですね」
魔界一の剣豪。
確かに烈牙様は昔から剣術が得意だ。
烈牙様の剣に倒れた敵は数知れず。
颯は魔王様の近衛部隊にいるから剣術の腕前を上げたいと思うのは当然なことね。
「雷禅兄さんたちから真雪も剣の稽古をすると聞いて驚いたけどその服装を見ると本当だったんだな」
男装している私を興味深そうに颯が見つめる。
「はい。護身用に習いたいと思いまして魔公爵様にお願いしました」
「うん、その方がいいかも。真雪を狙う男たちは多いから口説いてくる男がいたら剣で切り捨てたってかまわないさ」
あら、私を口説く男っていったら貴方たちも含まれるんじゃないの? 颯。
そう思っても口には出さず私は曖昧な笑みで誤魔化した。
「今日は真雪の稽古を先にやる」
烈牙様はそう言って用意されていた木剣を私に渡してくる。
木剣でもそれなりに重さはあるが真剣よりはマシだ。
「真雪。頑張って」
雷禅が応援の声をかけてくれる。
「まずは構え方だ。こうやって構えてみろ」
烈牙様が自分の剣を抜くと構え方の見本を見せてくれた。
剣を構える烈牙様は誰よりも凛々しい。
その姿を見ただけで私の心はドキドキするが自分の想いを抑え込んで私は烈牙様の言われたとおりに木剣を構えた。
「そしてこう剣を振る。女はどうしても男の力には敵わない。だから相手の剣を受けて力を横に流すように練習した方がいい」
烈牙様の動きを参考に私は木剣を振る。
何回も何回も体が覚えるまで同じ動作を繰り返す。
少しの運動だけで私は息が上がってきた。
木剣でこんなに体力使うのなら重い真剣を使う烈牙様たちは本当にすごい体力ね。
それに烈牙様の身体がたくましいのも分かる気がするわ。
一瞬、烈牙様のたくましい上半身が脳裏に浮かび私は慌ててそれをかき消す。
集中しなきゃダメよ、真雪。
さらに木剣を何度か振っていると烈牙様の声がかかる。
「よし、そこまで。初日からたくさん練習することはないが今のは基本の動きだから忘れないように」
私は木剣を降ろした。
息が乱れて汗が身体に滲む。
「ハア、ハア、魔公爵様たちはこれより重い真剣で稽古なさるなんて凄すぎます」
「ハハハ、俺たちだって最初からできたわけじゃないさ。子供の頃からの鍛錬だよ」
火堂が笑いながら私に答えた。
そういえば火堂たちは子供の頃から烈牙様と剣の稽古をしていたわね。
でもあの頃も火堂たちは難なく真剣を使って稽古していた記憶があるけど。
烈牙様はアリシアに剣を触らせなかった。
その理由はもちろん危ないからというものだったがそれと同時に「アリシアのことは私が護るからアリシアに剣術は必要ない」と言っていたのだ。
私がアリシアの時はその言葉に納得していたが魔族の真雪となった今は私の考えも変化した。
魔族は「力」が全て。護られてばかりでは生きていくことは難しい。
そう思うと本当に人間のアリシアは烈牙様に甘やかされていたのだと自覚できる。
「真雪は長椅子で休んでいろ。颯、今日はお前からだ」
「はい。父上」
「颯、真雪にいいところを見せろよ」
火堂の言葉に颯は私を見てウィンクする。
「真雪が見ているところで無様な姿は見せられないな。真雪、応援よろしく」
「はい。颯様。頑張ってください」
私は長椅子に座りながら颯に返事をした。
まあ、烈牙様には敵わないでしょうけど颯の腕前を見せてもらおうかしら。
魔王様の近衛隊に所属しているのだから颯だってそれなりの腕前のはずだ。
烈牙様と颯の稽古が始まった。
颯は雷禅や火堂に比べると体つきは小柄だ。だがその分速さがある。
今も目で追うのがやっとのような速さで剣を繰り出していた。
しかし全て烈牙様に受け止められてしまう。烈牙様には颯の動きが全て見えているようだ。
それどころか颯を上回る速さで動いている。
さすが烈牙様だわ。
単に力だけでなく速さも負けないなんて。
「真雪。飲み物でもどうぞ」
烈牙様と颯の稽古を見ていると雷禅が用意してくれていた水を私に渡してくれた。
「ありがとうございます。雷禅様」
私はその水をありがたくいただく。
運動した体に水が染み込んでいくように感じた。
ああ、美味しい。
「颯様は素早い動きがお得意のようですね」
「ん? まあ、そうだね。それでも父上の速さには敵わないけどね」
雷禅も私が考えた通り颯よりも烈牙様の速さの方が上だと分かっているらしい。
しばらくして烈牙様と颯の稽古はやはり烈牙様の勝ちで終わった。
颯はかなり息を乱していたが烈牙様はあまり息を乱しておらずまだまだ余裕のようだ。
近衛隊の所属する颯でも烈牙様にとってはたいした相手ではないのね。
本当に烈牙様の実力は底なしだわ。
烈牙様の勇姿を見れた私は烈牙様への想いがさらに大きくなる。
そろそろ時間だわ。
烈牙様のお風呂の準備をする前に自分も汗を流したかったので私は部屋に戻ることにした。
「私はこれで失礼します」
「ああ。また明日な」
烈牙様はそう言うと今度は雷禅を相手に指名して稽古を始める。
私は大急ぎで自分の部屋に戻ると汗を流してドレスに着替えた。
そして烈牙様のお風呂の準備をして烈牙様の帰りを待つ。
しばらくして烈牙様が稽古を終わり部屋に戻ってきてそのままお風呂場に入る。
その間に私はお風呂から出た後の紅茶の準備をした。
烈牙様はお風呂から出てきてリビングのソファに座る。
私は紅茶に角砂糖を三つ入れて烈牙様の前に置いた。
烈牙様は紅茶を味わうように飲む。
「真雪が淹れてくれる紅茶を飲むと元気が出る気がするよ」
烈牙様は静かに微笑んだ。
「ありがとうございます。これからも心を込めて淹れさせていただきます」
「心を込めてか……」
烈牙様の呟きは小さ過ぎて私には聞こえなかった。
「はい? 何か申されましたか?」
「いや、何でもない。今日は自宅の執務室で仕事をする」
「承知しました」
「公子たちはお前に無理強いはしていないか?」
烈牙様は私を気遣うように優しく尋ねてくる。
公子に口説かれることもあるが公子に乱暴に扱われたことはない。
烈牙様が最初に公子たちに注意してくれたことが大きいのかもしれないが。
「はい。皆様にはとても優しくしてもらっています」
正直に答えると烈牙様の赤い瞳が和んだように見えた。
「そうか。真雪が公子たちを嫌っていないのは嬉しいが何か困ったことがあったら私に言うんだぞ」
「はい。分かりました」
「では、私は朝食に行く」
「はい。いってらっしゃいませ」
私は烈牙様を見送り朝のお勤めを終える。
心配しなくても私が公子たちを嫌うことはありませんよ、烈牙様。
だって公子たちは愛する烈牙様との間に産まれた愛しい自分の息子たちなのだから。




