25 王立薬学研究所
馬車は目的地に着いた。
私は馬車から降りて青龍の働いている研究所を見る。
この研究所の正式名称は『王立薬学研究所』だという。
本館の建物は二階建てだが敷地が広大だ。
薬草を育てるためのハウスや倉庫が立ち並んでいる。
ここには魔界のありとあらゆる薬草が栽培されているらしい。
「さて。青龍の研究室に行ってみるか」
吹雪は研究所の正面玄関から入る。私も響もそれに続いた。
建物の中はそれほど豪奢な感じはしない。むしろ地味で必要最低限の物しか置いてない様子。
それに窓が少なく室内に灯りがついてはいるがどこか薄暗い。
「吹雪様。研究所の中が薄暗い気がするのですが…」
「ああ、それは研究には光が当たるとうまくできない実験とかがあるからだよ。太陽の光も遮るために窓を少ないって青龍が言ってた」
なるほど。それでこの暗さなのか。
足元は見えないことはないが歩くのにも注意が必要そうだ。
しかし吹雪は慣れているのか普通に建物の奥へと歩いて行く。
私は遅れないようについて行くのに必死だ。
すると響が私に手を差し出した。
「初めての者にはこの薄暗さは歩きづらいだろうから私の手につかまって、真雪」
あら、響はとても気配りが上手なのね。
ありがたいわ。
「はい。では少しだけお手をお借りします」
私が響の手を掴むとその様子を見た吹雪が拗ねた声を出す。
「響だけずるいな。真雪と手をつなぐなんてさ」
「吹雪兄さん。別に歩きづらくしている真雪に手を貸しただけですよ。もし真雪に悪いと思うなら少しゆっくり歩いてあげてください」
「ちぇ、分かったよ」
吹雪は響の言うとおりに歩く速さを落とす。
これぐらいの速さなら私も安心して歩ける。
女性への気遣いでは吹雪より響の方が上ね。
贈り物をすれば女性に好意を持ってもらえると思うのは短絡的な考えよ、吹雪。
建物の奥まで来ると吹雪は大きな扉を叩く。
どうやらそこに青龍がいるようだ。
目的地に着いたならもう響の手を借りることはない。
私がさりげなく響から手を離すと響は少し残念そうな表情をしたがそれを気にしてなどいられない。
響との仲を疑われても困るのだから。
「誰だ?」
「吹雪だよ。例のモノ取りに来たんだけど」
「ちょっと待ってくれ」
部屋の中でゴトゴトと何か物音が聞こえた後に扉が開いた。
「どうぞ。入っていいよ。あれ? 真雪も一緒なの?」
青龍は私が来ることは知らなかったようだ。
私の姿に目を丸くして驚いている。
「お仕事お疲れ様です」
私は青龍に挨拶した。
「真雪が来るとは思ってなかったな。散らかっているけど、どうぞ入って」
青龍は私たちを部屋に招き入れた。
青龍の言った通り試験管や実験道具が所狭しと並んでいる。
散らかっているというより単に実験道具が多いという印象だ。
そして部屋には先客がいた。
宮廷医師の第四公子の樹牙だ。
「なんだ、お前たちも青龍に呼ばれていたのか?」
「青龍に頼んでおいた物が出来上がったって聞いたから取りに来たんだよ。それより樹牙兄さんこそここで何してるの?」
「宮廷で処方する薬をもらいに来たんだ」
「樹牙兄さんがわざわざ?」
「当たり前だ。魔王様にも処方するかもしれない薬を他人に任せられるか」
樹牙はそんなことも分からないのかという顔だ。
確かに宮廷医師は魔王様の主治医でもある。
だから大事な薬を他人に管理させることはしないのだろう。
吹雪は樹牙の言い方に幾分ムッとした表情になったがそれ以上言い返さなかった。
「それにしても真雪をよく連れ出せたな。父上の許しは得たのか?」
青龍はそう言いながら私たちにソファを勧めてくれる。
私たちはソファに座った。
「もちろん。研究所までなら危ないことはないだろうって許可してくれたよ」
「それならいいが。真雪、侍女の仕事は慣れたか?」
青龍は気遣うような瞳で私を見る。
「はい。仕事に慣れてきましたので魔公爵様がいつも快適に生活できるように尽力しております」
「真雪は優秀な侍女だよ。美人だし仕事もきちんとできるって評判だし。父上も最近機嫌いいもん」
「確かに、真雪は美人だな。まずその白銀の髪が美しい。父上のお気に入りじゃなければ私も真雪を口説くところだ」
樹牙が真面目な顔で言うので私は困ってしまう。
樹牙まで何を言いだすのよ。
私は貴方たちの恋愛相手にはならないの。
でも烈牙様が私を自分の侍女として息子たちから取り上げたのは正解ね。
この調子じゃ、いつか息子たちに求婚されかねないもの。
息子の妻など絶対お断りだ。
「さて私はもう王城に戻らねばならない。また来るぞ。青龍」
「はい。樹牙兄さん」
樹牙は薬が入っているだろう箱を持って出て行く。
「青龍。樹牙兄さんの依頼って毒薬?」
毒薬?
私は物騒な言葉を言う吹雪を見る。
「今回は熱冷ましの薬ですよ。毒薬なんてそう頻繫には頼まれないよ」
青龍は笑って答えるが私は驚きを隠せない。
頻繁に頼まれないと言っても毒薬を作ることもあるということだ。
「青龍様は毒薬をお作りになるのですか?」
驚く私に青龍は意味深な笑みを浮かべる。
「このことは他言無用ですからね。真雪」
「はい。承知しております」
「薬草というのは毒を持っているものが多いんだよ。薬なんて毒を以て毒を制すって代物だからね。だから私の研究は専ら毒草の研究です」
なるほど。毒を以て毒を制すね。
「毒を研究することで解毒薬も作れるんです」
「青龍は毒を扱わせたら魔界でも三本の指にはいる実力者だよ」
吹雪がそう説明してくれる。
まあ、ちょっと怖いけど普通の薬も作っているみたいだし青龍の仕事も応援してあげたいわね。
「そうだ。真雪。良い物をあげるよ」
青龍は机の中から瓶を取り出すと私にその瓶を渡してくる。
何かしら? これ。
「これはハンドクリームだよ。肌がすべすべになるから使ってみて」
「ありがとうございます。青龍様」
私は青龍にお礼を言った。
ハンドクリームか。毒薬じゃなくて良かったわ。
「青龍。俺が頼んだモノは?」
「ああ。ここにあるよ」
吹雪に言われて青龍は少し大きめの箱を持ってくる。
「吹雪様は何をお頼みになったのですか?」
まさか毒薬じゃないわよね?
「俺のは化粧品だよ。商売の顧客が良い化粧品を探していたから作ってもらったんだ。青龍、代金は後で支払うよ」
「分かりました。吹雪兄さん」
「じゃあ、帰ろうか。帰り道にお店でパンケーキを食べようね」
「まあ、パンケーキですか?」
私はパンケーキが大好物だった。
パンケーキが食べれるだけでも吹雪たちと外出して良かったとさえ思えてしまう。
「うん。予約はしてあるから個室でゆっくり食べれるよ」
「ありがとうございます。吹雪様」
「真雪のためならこれぐらい当り前さ」
私たちは青龍と別れて馬車に乗り込んだ。
青龍の研究が毒草中心なのは少し驚いたけどそれがきちんと病気やケガの薬にもなるんだから青龍の研究は立派な研究だわ。
自分の息子たちが人の役に立っていることは母親として純粋に嬉しい。
これも烈牙様が息子たちをしっかりと育ててくれたおかげだ。
やはり烈牙様には感謝しかないわね。




