第29話 夢の此方から彼方へ
「どっ、どっ、どうして私だと分かったんです? 顔は見えないはずなのに」
「私を試しているのか? 君」
「えっ……どういう意味です?」
「違ったか。まぁ、もういい。私は瞳の中に君を捉えた瞬間に君だとほぼ確信したぞ。君から漂ってきた雰囲気でな。言い換えると君が放つオーラの様なものでな」
「そんなことあります?」
「……もしかしたら、そう願っていたのかもしれない。私自身が強くな。私は激しく君を求めていたんだ!」
「………………」
「じょ、冗談だ、君。君の特徴あるデザインの青い上下セットのジャージだよ。今日は、はっきりと見えたんだ」
「あぁ、なるほど。それでですか」
「君のトレードマークだろ? そのジャージは」
「んうぅ〜ん、そうなんですかねぇ?」
「君?」
「何でしょう?」
「すぐに君も本当は私だと気がついてくれただろ?」
「いやぁ〜」
「違うのかっ! 君」
「えぇぇ〜っ、それがですねぇ〜」
「はぐらかさないでくれ、君」
――話題を変えないとマズイ方へ向かうぞ、これは
「無視するのか? 奏召!」
「ソウセイさんっ!」
「なんだ! いきなり大声だして」
「…………コッ、コスプレお好きなんですか?」
「あ゙ぁ゙」
――うわぁ、これはある意味もっとマズかった気がする
「んっ?!」
「あっ……」
「いきなり何を言ってるんだ? 君。寝ぼけているのか?」
「だっ、だっ、だってですよ。わっ、わっ、私の記憶が確かならば女子校の制服を着られていらっしゃいましたよね?」
「あれは高校の時の制服だ」
「えっ! あの聖桜女学院生だったんですか?」
「そうだが。よく分かったな、君。まさかっ!」
「なっ、なっ、何ですか?」
「制服マニアなのか?」
「違いますよ」
「制服に欲情するのか?」
「えっ……違いますってっ!」
「間があったぞ、君。欲しいなら1セットやろうか?」
「いりませんよっ!」
「我慢できなくなったら申し出くれ。何セットも持ってるからな。もう着ることもないだろうし」
「ぜっ、ぜっ、絶対にいりませんよぉ」
「語尾の口調が弱かったから本当は迷っているのか? あっ! そうだ!!」
「なっ、何です?」
「君が所望するなら、室内では制服を来てやってもいいぞ」
「結構です! あっ!! やっぱりぃ…………」
「何だ?! 君」
「ほっ、ほっ、本当はコスプレマニアなんですか?」
「ありえん!」
「あっ……ですねぇ、はい。でも、なぜ夢の中では制服だったんですか?」
「私の思い出と言えば高校時代で止まってる。それも、大した思い出ではないがな。だから、その頃の制服を夢の中で無意識に衣装として選んだのだろうよ、君」
「…………」
「なぜ黙っている」
「いや……そんなわけでは」
「じゃあ、大学はエスカレーターで聖桜女学院大学へ?」
「いや、宮都大学だ」
――えっ?! 最高学府卒なのかぁ
「どうした? 君」
「キラキラした経歴だと思いまして、はい」
「私の経歴をキラキラネームみたいに言わないでくれ。昔は何と呼ばれていたんだっけか?」
「DQNネームです、たしか」
「そう実は私のことを思ってるんだなっ! 粗暴で一般常識が著しく欠如している欠陥人間だと」
「そこまでは……」
「んっ?……それってぇ、捉え方によっては大分思ってるってことになるぞ、君。まったくぅ〜」
そう言うと彼女は左手の中指で彼の眉間を軽くデコピンする。すると、彼女は彼の異変に気が付く。
「君?!」
「あっ、はい。何でしょう?」
「おでこが、かなり腫れているぞ。あの女のせいだな」
「えっ?!」
そう反応すると彼はおでこを摩ってみる。確かに晴れていて瘤状になっている。何度も彼が摩っていると彼の眼前に影がかかる。
「私の額は冷たいんだ。私の心の様にな」
そう彼女はいうと彼女の額が彼の瘤へと触れる。再び彼女の円な瞳の中に彼が映る。彼の瞳の中にも彼女が映っている。
彼は彼女の瞳の中の自分を見ながら放心している。一方の彼女は彼の瞳の中の自分をしっかりと直視している。普段、鏡の中の自分を見ると自己嫌悪に陥り、すぐに鏡の中から退出する彼女がである。
あれから時間が流れていった。ソウセイは辰巳を覆うように四つん這いになっている。ベッドマットに手をつき支えている。そこから伸びている彼女の2本の腕は透き通るような肌の肉付きのいい少し筋肉質だ。
彼女は脱力し2本の腕の支えが崩れる。その彼女は辰巳へと覆い被さる。彼女の左頬が彼の唇に接触する。
放心していた彼は我に返る。呼吸が苦しくなる。焦っていた彼ではあるが冷静になる。そして、彼は鼻で呼吸を始める。それが彼女の朝日を浴び艶のある紺色の髪の毛を揺らす。
一旦、彼は呼吸を止める。彼女の寝息が聞こえてくる。彼は鼻先と彼女の頭部の空間を衝立代わりに右手で遮断する。すると、彼は呼吸を再開する。
そうしていると彼に彼女の心臓の鼓動が振動と音で伝わってくる。それに呼応するかのように、彼の心臓の鼓動が速くなる。彼は深く呼吸をして落ちつかせる。
しばらくそうしていると、彼の心臓の鼓動が次第に遅くなっていく。そして、正常に戻ろうとしている。すると、彼女の心臓の鼓動が伝わらない。しかし、彼女はスヤスヤと寝息を立てている。
彼は感覚で掌を彼女の鼻先へと持っていく。そこからは息が漏れている。どうして伝わらなくなったのかを彼は考える。ある結論に行きつく。
それは自分と彼女の心臓の鼓動がシンクロしてるのだと。彼は違うと頭を振りそうになったが瞬時に止める。勿論それは彼女に安眠してもらいたいからだ。
決して、彼女と唇と体を触れ合わせたいからではない。そう彼は自分に言い聞かせる。そして、自ら導き出したシンクロしているという結論をまさかと即座に否定する。
彼は願う。彼女が素敵な夢を見ていることを。そして、もう一つだけ彼は願う。彼女は素敵な表情を浮かべて眠っていることを。
彼は天井を見上げながら呼吸している。すると、彼の右手に何かが絡みつく。この状況では、彼女の指しか考えられない。彼は彼女が握りやすいように指を動かし絡め直す。
彼女の掌と指の内側から温もりが伝わる。それが彼の掌から彼の内部へと浸透していき体中へと沁み渡っていく様な感覚に陥っている。
それを感じていると、急に彼は眠気に襲われる。彼は抗うが身体は正直である。瞼が重くなり目が閉じられていく。彼は眠りについた。
小一時間が経過した。ソウセイが目覚める。彼女は右手をベッドマットにつき体を起こす。そして、彼女はベッドボードに置いてある眼鏡を取る。それを彼女は掛ける。
まだ寝ぼけ眼の彼女はレンズのピントが合っていない。次第に合い始め、視界が鮮明になっていく。
彼女の開けた視界の先には辰巳の寝顔が浮かび上がる。彼女は、無表情な寝顔の彼を見つめる。すぐに彼女は彼の顔の異変に気がつく。
それは彼の右側の口辺りから水滴の線が走っているのだ。彼女は指が絡み合ってる左手を離そうとするが止めた。それは彼を起こしてしまわなようにとの配慮からだ。
彼女は右手を彼の顔へと伸ばす。すると、彼女は手の甲側の人差し指と中指の背で彼の顔に触れる。そして、彼女は、その指の背を滑らせ頬から口角へと拭う。彼女の指が彼の唇へと少し触れた。
彼女は、その手の甲で自分の頬を拭う。そして、ティシュで指と手の甲の濡れた部分を拭き取った。その後、彼女は彼の寝顔を見守っている。
それから10分程が経過した。辰巳が目覚める。寝ぼけ眼の彼ではあるが、ずくに異変に気がつく。そう、ソウセイが彼を覗き込んでいることにだ。そのせいだろうが、視界が急に鮮明になる。
「おはよう御座います、サヨさん」
寝ぼけている彼は、彼女の下の名前で呼んでしまった。しかし、そう言ってしまった事に頭が回ってない彼は気がついてない。
「おはよう、奏召。違うぞ」
「何がです? ソウセイさん」
「寝ぼけてるようだな?」
「あぁっ……」
「私の名前は左陽だ。さ・よ・う」
「あっ、さようですか」
そう言った彼の両頬を彼女は右手の指3本で挟む。そして、彼女は眉間に皺を寄せ険しい表情を浮かべる。
「君まで私をからかうのか?」
「だぁにぃぎゃでぇずがぁ?」
「左様ですかって、そうなんですかを掛けて私を揶揄したんだろ! 奏召っ!!」
「ぢがぁいまずっでぇ」
「本当か!!!」
その彼女の言葉に威圧された彼は首を縦に振る。
「なら、いい。小学生の頃は、よくからかわれたんだ。両親が名付けてくれた私にとっては宝のような名前だ。本当に違うだな? 奏召」
彼は再び首を縦に振る。すると、彼女は彼の両頬から指を離す。
「両親が私を見つけてくれた日、私は太陽を見つめながら泣いていて左手で涙を拭っていたそうだ。それで、太陽の様に皆を明るく照らし、その左手は涙を拭うものでなく、困っている誰がに手を差し伸べて欲しいと名付けてくれたんだ」
「……………………」
「なぜ、黙りこくってるだ? 奏召」
「……いや、素敵な意味の込められた名前だとおもいです、はい」
「あまり前だ」
「ですね」
そう言った彼に彼女は顔を近づけてくる。鼻先が触れそうな距離だ。2人は見つめ合う。彼は思わず瞳を逸らす。
その彼の瞳に映るものが気になる。しかし、彼は言わないでおこうと思う。彼の瞳の先を追う彼女は気になる。
「どうした? 奏召」
「いやぁ、なんでもありません」
「気になるんだ。構わず言ってくれ」
「そのう、口角から顎にかけて白い粉が見える気が」
そう言うと彼女は顔を背ける。
「きちんと拭ったつもりだったが。ティシュでも拭いておくんだったな」
そう彼女は呟いた。
「化粧の落とし残しだ、奏召」
「えっ?! でも昨夜、お風呂入りましたよね?」
「覗いたのか?! 奏召」
「覗くわけないじゃないですかっ! 私がリビングにいた時、入浴してくるって言って行ったじゃないですか?」
「あっ……そうだったな。まだ寝ぼけているみたいだ。ごめん、奏召。とにかく気にしなくてもいい」
「あっ、はい」
「すまないがティシュ、いやウエットティッシュを取ってはくれないか? 奏召」
「あっ、分かりました」
そう答えた彼は手に取り蓋開け引き出す。
「ソウセイさん」
そう彼が言うと彼女は顔を背けたまま右手を彼の方へと出す。それに対して彼は彼女の掌にそっと置く。すると、彼女は拭き始める。終えると彼女は、それを掌に収めると握る。
「あっ、そうだ!」
そう言った彼女は振り向く。
「なっ、なっ、何です?」
そう言った彼は体を仰け反る。その分の距離だけ、彼女は顔を近づけてくる。気恥ずかしい彼は俯く。すると、彼女は彼の顎へと右手を伸ばす。そして、彼女は人差し指で顔を持ち上げる。
2人は見つめ合う。脱力した彼は瞳を今回は逸らせない。彼女の鼻先が触れる。そして、彼女の吐息が彼の唇を擽る。
彼は夢心地な気分になる。現実と夢の境界線にいるかの様な。彼には自覚はないが体中が熱を帯びてくる。その熱が鼻先を通して彼女へと伝っていく。
「おはよう、奏召っ」
「あっ……おはよう御座います……ソウセイさん」
「下の名で呼んでくれないだろうか? 奏召?」
「えっ…………」
「父と母以外は誰も下の名を呼んではくれない。まぁ、敢えて呼んでくれるのは精神科の待合室で呼び出される時くらいかぁ……」
「………………」
「ダメかな? 奏召」
「……あっ、はい。それでは…………さょぅさん」
「聞こえないよ」
そう言った彼女は彼の口元へと耳を近づける。そして、彼女は髪を耳にかける。
「敬称略して呼び捨てで構わないから」
「……それはさすがに……」
「お願いよっ。この通りよ」
そう言った彼女は顔を彼の正面に向ける。そして、彼女は頭を下げる。すると、ゴツンと音がなる。そうなったのは、彼女の額が彼の瘤にぶつかったのだ。
「ごめんっ、奏召。けっ、決して、呼んでくれないから報復したんじゃないからね。痛かった? 奏召」
「お気遣いなく」
「呼んでくれない? 奏召」
「では、はい」
「ちょっと待って、奏召」
そう言った彼女は再び彼の口元へと耳を近づける。
「お願い、奏召」
「それでは………………さ・よ・う」
「間があるよ、奏召」
「さよう」
そう彼は耳元で囁く。名を呼ばれることをあんなに懇願していた彼女は、反応を示さない。2人は無言のまま時間だけが流れ2人だけの空間が次第に出来上がり包んでいく。
どれくらいの時間が流れただろうか。沈黙が破られる。
「名を呼んでくれてありがとう、奏召。私という存在を実感できたよ、私」
「……あっ、それは良かったです」
「奏召?」
「あっ、はい」
「おでこ、また腫れてるよ。私のせいだし冷やしてあげたいけど、そろそろ身支度しなきといけないから。冷やsnowを貼るといいよ。リビングのテーブルに置いておいてあげるから」
「あっ、はい」
「私は行くね、奏召」
「あっ、はい」
「違うよ、奏召」
「あっ! 行ってらっしゃい、さよう」
「うん、奏召」
そう言った彼女はベッドから出ようとするが止まる。
「奏召?」
「何でしょう? さよう」
「指を解いてもらってもいいかな? 奏召」
「あっ……すみません、さよう」
そう言った彼は、ゆっくりと彼女の手の甲を滑らせ解く。すると、彼女は立ち上がり部屋から出て行った。
緊張から解放された彼は、深呼吸する。すると、頬に突っ張り感がある。そこに彼は触れてみる。手触りが粉っぽい。
唇にも違和感がある。彼は触れてみる。そこも粉っぽい。彼は上唇と下唇を噛み繰り返す。すると、粉っぽさは次第に消えていく。
「んっ?!…………まさかなぁ。それはないだろうな」
そう言った彼は上半身を起こす。そして、彼はベッドから出る。彼は両手を上げ伸びをする。すると、また突っ張り感を覚える。
彼は元からあった姿見で確認してみることにする。彼はジャージのチャックをさげる。すると、顎下から中のTシャツの襟元まで粉の筋が走っているのだ。
彼は洗面所へと向かう。
この奇妙で濃密な同棲生活が同床同夢で同期し、ムゲンセン、その先への糸口を手繰り寄せることになる。
(完)




