第62話 アルゴン奪還戦
アルゴンがグルムに奪われた。
機体の持ち主たるジンはそれなりのショックを受けていたが、彼の眼前にはそれ以上に動揺した人物が居る。
「何たる……っ!!! 何たる事だァァァァアアアア!!!!!!!!」
「うぉっ!?」
悔しさはありつつも淡々と報告するジンに対し、ルナクスは酷く焦っていた。
それは思わず机を叩き付ける程である。
「いやぁでも大丈夫だって。動かせる機体はまだあるし、信号も生きてるから……」
「それは本当か?」
「おっ、おう……」
信号が途絶していない事で機体の無事は確認されている。
バディへすぐにでも連絡したい所だが、機体が新たに見つかったカウス6へ運び込まれてしまいそれは不可能となった。
「だがそうか。場所が分かっているのであれば、まだ手はあるのかもしれん…………」
「手って?」
「奪還に決まっているだろう」
アルゴン奪還戦として緊急ミッションが発令されたのはそれからすぐ後の事である。
『かの機体は特別な物だ、何としても我々が確保する必要がある。その為に私達に君達の力を貸して欲しい』
普段の告知は通達だけで済まされるが、今回はメビウス最高権力者のシルフ総司令官が直々に姿を現していた。
それらを含め今回の作戦には例外が多すぎる。
それがジンの印象だ。
「なぁ、最近この手のミッション続き過ぎじゃね? ってかプレイヤーの機体が一機奪われた位で大げさ過ぎんだろ」
「……そうね。ただそれだけなら良かったのにね」
「どうかしたか?」
「いえ何も」
ジンの言う通り、最近は大掛かりなミッションが続いている。
それと比例するようにユニオンルームの使用率も高い。
「そんで、機体の状況は?」
「グラファイトも結構直したがもうちょいって状態で、ブレイズ・Rはまぁまぁな損傷。一番マシなのがレジーナだな」
「なるほどねぇ……」
アルゴンはそもそも無いので論外であり、予備機に当たるクレナのフェンサーも整備は後回しとなり手付かず。
一方のブレイズ・Rは半ば強制かつ自発的に火球を受けており少なからずダメージがある。
レジーナのBCユニットやグラファイトの整備が優先される以上は今回のミッションには使えないだろう。
「とりあえずオクトライフルは廃棄確定だな」
グラファイトの専用武器たるオクトライフルは先の戦闘で銃身が破損した。
その状態で更に数発を無理に発射してしまい、駆動部分が完全に吹き飛んだのである。
「メカニックとしてはグラファイト使わせたくないが……次の機体が無いから仕方ない」
「ごめん……」
「いやタイト、そうは言うがありゃ仕方ないだろ」
ユニオンルームのモニターには低級グルムを必死で抑え込むグラファイトの様子が映し出されている。
ユウトはオクトライフルと引き換えてもより大きな戦果を得ているのだから、誰も責めるつもりは無かったのだ。
それでも話題は尽きない。
「レジーナ本体は軽い整備だけして、BCユニットを何とか使えるようにするかねぇ」
「えぇ、それでお願いするわ」
「クレナとユウトは確定か。んじゃ俺は何に乗って戦えば良いんだ?」
「問題はそれなんだよなぁ……」
ユニオンとしての方針は現状でまともな戦力となるクレナとユウトの出撃が最優先となっている。
だがジンという協力な駒を浮かせるのは勿体ないと言う他に無いだろう。
その場に集まった全員がどうすべきか悩んでいると、ユニオンルームにとある場所からの通信が繋げられた。
『やぁやぁ、随分と戦力を失ったようだねぇ?』
「「「ヘンリー博士!?」」」
「何だ? 煽りに来ただけなら切るが……」
『まぁ待ちたまえ。僕は提案をしに来たんだ』
「何を?」
『CAの貸出さ』
――――――――――――――――――――
ESFはヘンリー博士の提案を受け入れた。
その明主たるジンはクレナとユウトを先に出撃させ、一人で輸送機に乗っている。
『初めまして、リンカージン。私はルナクスのバディをしている千景という者です』
「アンタが噂の……」
今は音声通信だけなので姿を見る事が出来ない。
だが声は極めて落ち着いており、無感情とも取れる程である。
ジンの身近なバディは感情的者が多かった為に比較的珍しいタイプだ。
『どう噂になっているのかは概ね把握していますが、機体は既に輸送中でしたね。今の内に完全起動を済ませておきましょう』
「おっ、おう……まだ早くねぇか?」
『旧世代機は今から起動準備を進めなければ間に合いませんよ』
「そっか……」
アルゴンやブレイズ・Rは第九世代と呼ばれる最新型の区分に位置する。
だが彼がこれから乗り込むのは二世代前、機体数の極めて少ない第七世代であった。
「コックピット入ったぞ。座席に何か紙があるが……これは?」
『チェックリストです』
「チェックリストォ!?」
コックピットのサブモニターにエントリーボタンは存在しない。
それどころかタッチパネルが存在せず、代わりに大量のスイッチが取り付けられているだけだ。
ジンは軽い目眩を覚えながらも、ひとまず座席に腰を下ろしてチェックリストに目を通す。
「何ッなんだこれ!! 面倒クセェな!!! 」
『文句を言う暇はありません。指定スイッチはハイライト表示しておくので速やかに動いて下さい』
「へいへい……っと」
チェックリストには大量の指示が細かく書かれている。
千景のサポートを受けつつそれを全てクリアしなければならないのは、この機体は第七世代の中でも後期に開発された物だからに他ならない。
ジンの借り受けたブレイバーカスタムはその中でも比較的新しい機体と言えるのだが、第九世代と比べれば骨董品と言わざるを得ない事に変わりは無い。
『このチェックリストは今のバディ達が処理している物であり、第八世代まではこうしたリストが機体ごとに存在していました』
「なるほどね。βで面倒だったってのはこれの事か……」
『はい、懐かしい物です』
メインの操作系統はヘンリー博士の手によって第九世代機と遜色無いように調整してある。
劣悪な操作性は千景が微調整してカバーする手筈になっているが、何よりもパイロット自身が慣れる必要があるだろう。
覚悟を決めたジンはチェックリストに従って機体の起動を開始する。
「っと、まずはサブジェネレーターの起動か」
始動はリコイルスターターで行う。
座席横に設置された紐を引っ張っぱれば、僅かな振動と金属の回転する音がコックピットに伝えられた。
『サブジェネレーターの起動を確認』
「んで次は……」
『オペレーティングシステムを起動し、メインジェネレーターを起動して下さい』
「りょーかい」
千景は次の指示を出す。
それに従ってジンがコックピットで操作を行えば、メインジェネレーターは素直に起動した。
『これは驚きましたね……』
「何かあったか?」
『ジェネレーター性能は二世代先のフェンサークラスなのですよ』
「マジか。んじゃ思う存分暴れられるな」
彼らがそうして雑談する間にも各システムは順調に起動している。
全体の安定化を確認した千景は次の指示を出した。
『軽く機体を動かして下さい。稼働チェックを兼ねた操縦感覚の確認と行きましょう』
「りょーかい」
千景の指示で確認を行い、基本的な動作に問題が無い事は確認出来た。
だが輸送機の中で大きな動作の確認は出来ない。
そこはぶっつけ本番でどうにかするだけだ。
「そういえば武装は何があるんだ?」
『レーザーライフルと小型の物理ブレードを装備してあります』
それらは千景の主、ルナクスからの贈り物のようだ。
だがブースターユニットや対ジャミング装置等の最新型装備がほとんど使えない。
故に装備を限られるのは古い機体である弊害と言えるだろう。
『そういえばその機体、ヘンリー博士が所有していたそうですね』
「直接借りたから間違いないぞ」
『では少々変わったギミックが組み込まれていると思いますので、注意しておいた方が良いかと』
「マジか……了解した」
ジンもヘンリー博士の危険性はブレイズ・Rの一件で身に沁みている。
だが今更抗う事も出来ない。
『ニックス・プラートゥム上空に到達、出撃はいつでも大丈夫です』
「りょーかい。んじゃブレイバーカスタム、出撃するッ!!」
輸送機のハッチが開き、雪に埋もれた白い大地が見える。
ジンは上空の冷たい風を振り切るようにして降下を開始した。
ブースターを強引に噴射してのやや雑な減速となっただが、墜落しなかっただけ良いと言えるだろう。
「っとと……あっぶねぇ~!」
『着陸を確認。私はマスターの支援をしなければならないので、この辺りで失礼します』
「おう。手伝いサンキューな!」
一人乗り前提で作られたコックピットは外部と通信をしなければ静かになる。
ジンは孤独感と共に一人で戦わなければならないのだろう。
「さて……」
『やぁやぁ! 千景君の後任はこの僕がやっちゃうよォ!!』
「うわっ!? 突然出てくるんじゃねぇよ!!」
声の主はジンの借り受けた機体の所有者であるヘンリー博士だ。
顔は見えないが口調から概ね表情は予想出来る。
「ったく……何の用だよ」
『釣れないねぇ、折角アルゴンの元へ案内してあげようと言うのに……』
「案内してくれるってんならありがたいが、場所分かるのか?」
『まぁ機体の電源が落ちてないからね』
わざとらしく落ち込んだ声を出すヘンリー博士だったが、話を進めればそこへ付いてくる。
粒子雲の影響で通信は不安定だが、位置情報の発信はかなり強力な電波が使われている為に早々見失う事が無いらしい。
何かされていればその信号が途切れるはずだ……というのがヘンリー博士の見解であった。
『さぁ、まずは味方と合流だ。エクリプスの連中が待っている場所へ案内しよう』
「頼む」
ブレイバーカスタムにはサブモニターが無いのでマップ情報が閲覧出来ない。
仕方無くジンがヘンリー博士の指示に従って機体を動かすと、メインモニターに敵機の反応が示された。
「ん? おいおい……何でこんな所にホロスコープシリーズが居るんだ」
『こちらでも観測した、どうやら無理やり引っ張ってきたみたいだねぇ』
ジンが向ける視線の先には数体のグルムが滞空している。
数機で一機のホロスコープシリーズを吊るしているが、捕獲にもそれなりのコストが必要らしくボロボロとなっている。
『まだ数が少ないから良いものの、どこから連れてきたのやら……』
相手は見慣れた個体が多い。
普段であれば勝てる相手かもしれないが、ブレイバーカスタムと言う慣れない旧世代機で戦える相手では無いだろう。
「どーすんだコレ」
『救援は要請しておいたが、恐らく見つかるのも時間の問題だろう。何とか見つからないように移動するか強行突破してくれ』
「無茶言ってくれるなぁ……」
ホロスコープシリーズは獣としての性質が強く、隠密は成立せずに強行突破となる事が多い。
だが今回は運良くハルト・シャルフシュッツェとペンデュラムの二機が早期に合流出来た。
「その機体……オデン・サムライか?」
「うむ。ここは俺たちに任せ、先へ行くが良いぜよ!!」
「助かる!」




