二五.《お願いします》
着替えが終わって、ホールに行くと、人が居た。
え、マジで。初めましてだ、男性だ。あ、ノンナさんは男性かどうか不明なので、保留。
灰色っぽい長めの髪が背中で一つに纏められている。顎の先に生えた髭は、多分、整えているわけではなさそうな感じ。太もも当たりの丈の薄茶色のマントから厚手の布のズボン、ブーツが見える。どちらも素材の色のままのような、焦茶だ。
こちらに気づいた男性が礼をしてきた。
言葉が通じるかどうか分からないから、迂闊に喋れないし、ナーナさんの件があるので、会釈をするのも怖い。
何もせずに、男性の近くで止まる。
セイ、早く来て、気まずい。
「リク、お待たせしました」
振り向くと、マント姿のセイが近寄ってくるところだった。長い髪を後ろで纏めているのか、肩に流れていない。
「俺も今来たから待ってない」
「 えーっと、はい。分かりました」
セイの視線が男性に向くと、男性がセイに礼をした。
あ、言葉が分からない。セイから始まった会話は何度か行き来して、セイの言葉で終わった。
「リク、今日のお守り役のカナンです。片言なら話せます。カナン、彼はリクです。今日は二人でお世話になります」
「カナンさん、リクです。宜しくお願いします」
カナンさんは礼をして、俺を見た。
「カナンです。本日は荷馬車で移動します。外は寒いので、フードをお被りください」
ん?片言?綺麗な発音の日本語だよ?丸暗記してるのかな?
「はい、分かりました」
セイと俺はマントに付いているフードを被り、カナンさんは懐から出した毛糸の帽子を被った。
「では、参りましょう」
カナンさんの誘導で外に出る。
一面の雪景色だ。昨日の風が雪を降らせたのかな。数センチは積もってる。
白い中に荷物を乗せた茶色の荷馬車、と馬?青い毛並みの馬は初めて見た。いや、角度によったら、黒なのかなぁ。
しかし・・・
「やっぱり、デカいな」
近づくとよく分かる。馬は確か、首の付け根くらいの高さを測って、競走馬が百六十くらいだったはず。こいつは、ニメートルくらいないか?
「怖くない。ウェーイは大人しい」
お、カナンさん、急に片言ちっくな喋り方になった。
「ウェーイっていうんですね。触っても大丈夫ですか?」
ウェーイに絡まれているカナンさんがウェーイの鼻を撫でなから、頷いた。
ゆっくり手を伸ばす。
それを興味津々に見つめるウェーイ。
「ウェーイ、初めまして。よろしく」
首筋に手を軽く当て、撫でる。
馬の目は優しいと聞くけど、ウェーイの目はこちらを伺う?こいつは信用できるのか?みたいな感じがする。
「リク、名前も名乗らないといけません」
セイから指摘が入った。動物に名乗るの?初めて、・・・では無いな。奈津にも言われたことがあったな。
「俺はリク。ウェーイはカッコいいな」
「リク、ウェーイは雌です。可愛い、です」
首筋を軽く叩いて、離れる。
「雌でも、カッコいいものは、カッコいい、で良いのです」
「そうなんですか?」
無表情で首を傾げるセイが可愛かった。
「セイのそれは可愛いよ」
「ん?可愛い?リクの感覚は、分かりません」
思わずセイの頭を撫でてしまった。
キョトンとしたセイに何故か恥ずかしくなって、セイから視線を外すと、ウェーイに背中を軽く押された。振り返ると、何か言いたそうなウェーイと目が合った。
しかし、俺には分からない。鼻筋を軽く撫でたら、プルルと口を鳴らされた。なんだろ、抗議かな。
カナンさんがウェーイに声を掛けて、御者席に座る。
荷台には布を被せてこんもりとした何かと、箱が幾つか乗っている。隙間はあるけど、椅子っぽいものは無い。
「リク、こちらから乗ります」
セイが荷台の後ろに回るので、付いて行くと、踏み台が置かれていた。踏み台の端に付いたロープの端を持って、踏み台を登って荷台にセイが乗った。
同じように、荷台に乗ると、セイが手にしたロープを引き寄せて、踏み台を荷台に乗せようとしたので、その反対側を持ち上げた。
「ありがとうございます。踏み台はここに置きます」
隙間に踏み台を置いて、そこにセイが座り、空いた側に座るように言われた。
「この布の下に足を入れておくと、寒く無いです」
座ると、膝から下が布に触れる。言われた通り、足を布の下に入れる。
横から帆布のような厚手の布の端を渡された。
「風除けです。膝に掛けて向こう側へ垂らしてください」
掘り炬燵的な感じかな。
「ありがとう、セイ」
ほんの少しだけ、セイの口角が上がって見えた。
セイが分からない言葉で、前に座るカナンさんに声を掛けた。
「動きます」
セイの言葉の後に、ゆっくりと動き始めた。
「馬車は初めて乗るよ」
「たしか、乗り物はクルマですよね」
「え、車を知ってるの?」
「大神から名をいただいた時に、見ました。空を飛ぶ物や、四角い長い箱のような物、たくさんの水の上を移動する物も見ました。高い建物、大きな建物、高い塔、見ましたが、分からない物ばかりでした」
電化製品など、皆無の世界で過去の映像が見れるはずがないのに、不思議な事を言う、あ、ヒビキは不思議な事しかしないな。
「見ましたって、どうやって?」
「ツカサの記憶、昔、大神が見たものを、見せてくれました」
ん?ヒビキの記憶ではなく、サカエさんの記憶を見た?そういえば、似非ポカリを飲んだ時も、記憶を見せてって言ってたな。
ザ マジック
深くは考えまい。
「人の生活とかも見たの?」
頷くセイ。
「今とは全然違うよね」
「そうですね。お水が勝手に出て来たり、意味のないところで、ぶわっと上に向かって出て来たり、とにかく、お水が豊富なんだと思いました」
意味もなく、ぶわっと上に出る水、・・・噴水のことかな?
「上下水道の整備がされていたからね。貯水されているダムの水が少なくなると、制限がかかってたくらいで、水を使うのに不便を感じたことはないな」
「それは凄いです。お水は貴重です。大事に使わなければ」
セイの言葉は少しだけ堪えた。
どれだけの豊かさを見返りもなく受けるだけだったのか。
ここでは、水は貴重だ。風呂が蒸し風呂ってところからも、分かる。おそらく、飲める水はもっと貴重なんだ。出て来る飲み物に水は無い。果汁や煮出したお茶系しか飲んで無い。
「うっ!」
大きめの衝撃が尻を直撃して、つい、声が漏れた。
「あ、そうでした。リク、そちらにある袋を取ってください」
箱の横にある袋を指さされ、それをセイに渡す。
「リクはこれを、お尻に敷かないと大変になるだろうって言われてました。リク、どうぞ」
袋から取り出されたのは、クッション。
受け取って見ても、クッション。四角いクッション。
「サカエさんからですか?」
有り難く、お尻に敷く。柔らかい。
「はい、そうですよ」
「戻ったらお礼を言わないと、これ、無かったら尻が駄目になるところだった」




