14-5 何としてでも
「……は」
「かなり親しかった……まあ、無理もないよね。アルトゥールにとってタンポポは仲間みたいなもんだ。でも、タンポポは異界人に変わりはない。私達にとっては敵でも味方でもないんだよ」
「でも、俺思うんだけどさ。サングスターの一族の人達って簡単に同じ一族の人を裏切るような気がするんだよね。黒の女王と違って」
「何となく言いたい事はわかる。タンポポはアルトゥールと親しげに話していたけれど、簡単に裏切られる可能性があるってことだろ?私も何か嫌な予感がするんだ」
その時、小屋の扉が叩かれる音がした。出ていこうとするカノンをジュリは慌てて止め、自分が開けると名乗り出た。
ジュリは右手を背中の後ろに隠して取っ手に触れた。その右手には拳銃が握りしめられていた。
「……誰だ」
「……アレン・グレイだ」
扉を開けると、青色の眼帯をした魔術士が立っていた。ジュリは安心したようにため息をついた。
「アレンか」
「ああ、レンのことを聞きに……って、居るじゃないか」
「タイミングが良かったね」
アレンが中へ入ってくるとレンははっとして立ち上がった。アレンはアルルが居ることにもすぐに気づき、複雑な顔になった。
「タイミングが良すぎるにも程がある気がするんだが」
「……アレンが来るといつも天気が乱れ始めるな。また雪が降ってきたよ」
ジュリは窓に目をやりながら言った。アレンは疲れきったようにアルルの隣の椅子にどかっと座った。しばらくの間沈黙が流れた。温まったお茶を新しくカノンがテーブルに出すと、ようやくアレンが口を開いた。
「この間は、無礼なことをした。君のことを殺そうとした」
「ああ、あの時の。えっと貴方は……」
「俺はアレン・グレイ。一応、対グループ組織の一員だ。……はぁ」
そんなアレンの様子を見て、ジュリはパンと手を叩いて立ち上がった。その場にいた全員がジュリに注目をする。
「皆でご飯食べるっていうのはどうだ?カノン、手伝ってくれ」
「言われなくても手伝うよ、ジュリが1人でやったらどうなるもんだか」
「アレン、お前いつから飯食ってないんだ」
「3日前」
「人生の最期を餓死で終わることほど惨めなことは無いよ。今朝、私が狩ってきた虎肉をごちそうしてやるよ」
「虎肉?!」
物置から古ぼけた椅子をいくつかジュリは運び出した。小さなテーブルを5人で囲み、食事は始まった。アレンは何故か誕生日席に座るハメになったが、そんなことよりも空腹の方が勝った。
「美味い、美味すぎる」
「アレンお前、何か軽く泣いてないか?」
「泣いてなんかいない!」
「凄いメンバーが謎だな」
レンが笑いながら言うと、ジュリはうなずいた。一通り食事が済んだところで、レンはアレンに話を持ちかけた。
「そういえばアレン、集会の時に何か俺に言っていなかったか?」
「ああ、言った。次の集会で良いかとも思ったが、なかなか集まらないから。一族の知り合いはジュリくらいしか居なかったからな」
「ツバサのことを言ってなかった?」
「ツバサ・サングスターとはやはり知り合いなんだな、前から」
「で、でもツバサは貴方やレンの敵じゃないわ。サングスターだけど……」
「敵ということに変わりは無い。ただ、殺しはしないってことだ。……実は、俺の組織にも色々な話が入ってきているんだ。アルトゥールはやはりあの話を手下から聞いていた。それからというもの恐ろしい速さで奴は戦いの準備を進めている」
また場の雰囲気が緊張感で張り詰められた。カノンは食器を片付け始め、アルルはそれを手伝おうとした。しかしカノンは首を振って、アルルに話を聞くように促した。
「あの話って何?」
そうアルルが尋ねるとジュリとアレンが顔を見合わせた。ジュリの顔つきはくもり、アレンがレンに半ば早口で言った。
「レン、彼女に話していないのか?」
「話って……ナターシャの石のこと?」
「ああ……うん」
レンはバツが悪そうに顔をしかめながらうなずく。困った顔をしているアルルに、ジュリは付け足すように言った。
「それを、レンはグレイの一番上にいる黒い女王に話した。フェアリーを守るように交渉したのさ。ナターシャの復活は決して良いものとは断言できない」
「ナターシャの復活はやっぱりいけないの?彼女は天使だったんでしょ……?」
「ナターシャが復活しても絶望しか生まれない。ナターシャは復活すべき存在ではないんだ」
「……ねえ、フェアリーってことは、私だけじゃなくてリッチェルや、母さんも危ないってことだよね」
「リアさんはサークルの女帝だから、居なくなると事が大きくなる。リッチェルも魔法士で魔力が無いから……狙うとしたらアルルだろうな。……でも、大丈夫だから」
レンの声は小さくとも力強かった。そのことにアレンとジュリ、アルルでさえも気づいた。同時に、アレンはポーカーフェイスな魔術士である、と思った。
「俺が、何とかするから。何としてでも皆で生きのびよう、な?」
「……うん」
アルルはコクリとうなずいた。作業を終えたカノンが独り言のように大きな声で言った。
「……さて、遅い夕飯兼早すぎる朝食が終わったことだ。そろそろお休みしたらどうだい」
その言葉に従い、一同は床についた。翌日になっても吹雪は止まずに外は暗かった。ひどい吹雪のためにアルル達は外を出ることすら困難だった。タンポポもなかなか帰ってくることはなく、小屋で滞在することになった。
「姉さん遅いねぇ」
「まあ吹雪は酷いけどさ、あの人だったらこんな中でも歩いて帰ってこれそうなんだけど」
ジュリとカノンが会話を交わしている中、アルル達はどうすることもできずにただ静かに吹雪が止むのを待っていた。
それからしばらくの間、静かな時間が流れた。アレンは持っている武器を磨き始め、アルルはローブのポケットに奥底に埋まっていた本を取り出して読んでいた。
「ダメだ、悔しいけど俺にはさっぱり分からん」
※以下から黒の女王過去談3話
アレンは、アルル、レンと共にワープの扉まで一緒に行くことになった。
やがて吹雪が少し落ち着き、3人はワープの扉へ向かうことにした。結局3人が出発をする時まで、タンポポは戻ってこなかった。ジュリとカノンは3人を見送った。ジュリはアルルの頭に手を置くと、にやりと笑って言った。
「またいつでもおいで。今度はあんた達のチーム皆に会わせてよ」
「ジュリのお手製スープ、皆にも飲んでもらわなきゃ」
小屋を出る時、ジュリは少し寂しそうな顔をして手を振ってきた。
「ジュリ、何だか寂しそうね。私たち賑やかすぎたかしら」
「彼女だって人間だろう。そういう感情だって持っている」
「ま、まあそうだけどね……」
レンには、ジュリの顔には不安色しか見えなかった。 アルルとアレンが話している横でレンは1人悶々と考え込んでいた。タンポポはサングスターの悪魔。そしてアルトゥールと親しく繋がっている。やはりそのことをジュリは気にしているのだろうか。しかし素性を無理して話さずにいるのもまた異界での暗黙の了解なのだろう。
いつの間にかワープ地点にたどり着き、アルルが扉を呼び出した。しかしすぐにアルルは首をかしげた。
「あれ?」
「どうかしたの?」
「扉を呼び出しているんだけど、全然現れないのよ」
「……」
アレンの表情がくもった。その後、何度試しても扉を呼び出すことはできなかった。一度小屋へ戻ることになり、さっき来た道を引き返している時だった。アレンがさっと後ろを振り向いた。
「……誰か来る」
「タンポポじゃないの?」
「……違うと思う。足音は1人じゃない、何人も……いや、何十人もいる」
「こっちへ向かってきているの?」
「多分な」
このまま引き返せばジュリ達が危険な目に遭うかもしれない。3人が引き返すのを躊躇っていた時、レンは口を開いた。
「俺達が囮になって巻くっていう手もあるけど」
「いや、それは危なくないか?扉が呼び出せないんだぞ。俺達は今この世界に閉じ込められているみたいなもんだ」
「た、確かに……だけど……」
その時レンは口をつぐんだ。知っている魔力を感じたからである。
「早く小屋へ戻ろう。……カーターの気配がした」




