13-5 アルルとアルノ
「初めてだね、ここまで魔術士がやってきたのは」
扉の向こうに入った途端、空気が変わった。ひんやりと漂う冷たい空気に、アルルはゾッとした。すぐに感じたのは強力な魔力、それから生きている者ではない不気味な感覚。その部屋にいた魔術士は霊だった。だというのに、魔力を体に感じた。
「君は誰だ?」
「私は……アル」
椅子が回転し、魔術士はこちらへ振り向いた。男魔術士はその青い瞳でアルルの姿を捉えた。男の髪は赤く、長い前髪が右目を隠していた。とても若く、アルル達よりもたった5つくらい程しか違わないような気がした。男は目を細めて笑った。
「僕はアルノ・フェアリー。何年も、ここに閉じ込められているんだ。百科事典の謎解きは簡単だったかい?」
「……あの百科事典は何でも知っているのね。私達の事とか」
「そうさ……僕も、あの百科事典に取りついた考古学者の霊も、知りすぎたのさ。知ってはいけない、色々な事をね。仕事柄、仕方の無いことなのだが」
「貴方は、分かっているのよね。さっき、閉じ込められているって言っていたけど。貴方は……」
半分アルルの言葉を遮るかのようにアルノは口を開いた。アルノの言葉には逆らうことが出来なかった。アルルはまた口をつぐんだ。
「こうやって人と会話したのは久しぶりだ。僕からの一度きりの頼みだと思って、少し僕の話に付き合ってはくれないか。話といっても僕の昔々の話だけどね」
「……分かったわ」
「話がわかる子だね。君のことを見た時にね、つい家族のことを思い出したんだ。僕には愛する妻と娘が1人居たんだ……2人とも亡くなってしまったけれど。僕のことを残して。もし娘が生きていれば、ちょうど君くらいの年に成長していただろう。私はフェアリーという名字を持っているが、どうやら君は一族の事について知っているようだね」
「……ええ、知っているけど」
「ますます話が早いね。フェアリーはサングスターと結ばれるという暗黙のルールがある。しかしね、僕の妻は魔女だったんだ。別世界の上空をハネハネで移動していた時、ほうきにのった少女と僕は衝突して墜落した。その時怪我をした僕の足を丁寧に治療してくれたのが、僕の妻だ。彼女はルーシェと言って、僕と同じ赤髪で未来まで見透かしているんじゃないかって思うくらい澄んだ緑色の瞳をしていた。僕はその日、ルーシェに惚れてしまったんだ。でも、魔女には恋愛をしてはいけないという絶対的な決まりがあった。だけど、僕とルーシェはかけ落ちをしてのんびりとした所で2人で暮らした。やがて娘が産まれた。見事に赤髪家族になった。僕と同じ青い瞳、ルーシェとは笑う顔がそっくりだった。可愛くて可愛くて仕方が無かった」
「その娘の名前は……?」
「シェリーだ。シェリーはいつも高い高いをするとニコニコ笑ったもんだ。親バカなのかな。でも、僕にはルーシェとシェリーが全てだった。僕の人生の……全てだったんだ。だけど、幸せな毎日は長くは続かなかった。魔女達がね、ルーシェを捕まえたんだ。僕はルーシェを取り戻すことだけを考えて、まだ幼かったシェリーを妹に託すようになった。シェリーがまだ1歳の時さ……僕の妹もまた、辛い過去を背負っていてね。妹はしっかり者でハキハキと何でも言える人で、サークル帝国の皇女に任命されたんだ」
廊下で聞いていた3人はまるで映画でも観ているかのような気分に変わっていた。不意にレンがポケットから灰色の携帯食を取り出して食べ始めた。それを見てベティもはっとすると同じくポケットからスナック菓子の袋を取り出した。口に入れるとパチパチと音が鳴り、袋には"ビリビリコーン"と書かれていた。
ツバサは本を抱えたまま画面に集中した。
「……俺も腹減ったなぁ」
「食べる?」
ベティとレンが同時に尋ねてきたが、ツバサは不機嫌そうな顔で首を振った。次のアルノの言葉で3人にまた緊張感が走った。
「妹の名はリア」
「……リア、ですって……」
アルルの頭には、アルノが自分の叔父かもしれないという可能性が浮かんだ。リアから叔父の話など聞いたことが無い。ましてや、兄妹の話なんて。
「今だと女帝になっているのかな。リアは、サングスターの魔術士と恋に落ちて結婚したんだ。旦那さんは少し体が弱くて病弱気味だったんだけど、そんなことは気にせずにいつも前向きな夫婦だった。子どもにも恵まれて、すぐに女の子が産まれた。でも」
「……」
「その子は、1ヶ月も経たないうちに命を落としてしまった……そのショックからか、それから少しして旦那さんは重い病気にかかってしまった。旦那さんも、病気でこの世を去った。でも彼女には女帝を務めるという未来があったから、前を向いて生きていた。そんなリアに、僕はシェリーを預けるようになった。リアは我が子のように可愛がってくれた。やがてリアのことを母親呼ばわりするようになったんだ。……僕は、魔女の世界にも、世の中にも、首を入れすぎた。それが返ってきたのか、僕はレクタングル国の軍に捕まった。それは2度とシェリーとは会えないことを示していた」
「それで……その子は、シェリーは、どうなったの」
「僕はここへ閉じ込められる前に妹に手紙を書いた。ルーシェは火あぶりの刑にかけられ、魔女達は娘のシェリーが魔女になっていないか探していた。幸い、シェリーは僕の血を継いで魔力を持っていたんだが……魔女達が探していたのも事実。僕はリアにシェリーのことを頼んで、それからシェリーの名前を変えて欲しいと手紙に書いた。返事を受け取れない最後の手紙だった。その後僕が知らせを受けたのは、シェリーが死んだということ。その日から今まではもう……何で僕が生きているんだろうって何回考えたことか」




