11-2 2人組
はっとしてアレンが目を覚ますと知らない部屋に居た。右目だけで部屋の様子を確認する。甘いシャンプーのような香りが漂っている。
どういう状況だ?ああ、そうだ。グループの襲撃に遭ったのだ。黒の女王の警告は正直"少し遅かった"のだ。いつもよりも倍のグループの魔術士に囲まれて、あろうことか攻撃を足に受けてしまった。反撃することはできず、とりあえず死にものぐるいで走った記憶しか頭に残っていない。足の他にも色々なところに怪我をしたような気がする。慌てて首元に手をやるとちゃんとネックレスがあった。白い小さな石のペンダントトップが光った。
ふと横を見ると青い髪の少女が顔を突っ伏して眠っていた。自分が少女に助けられたのだと思うと少し情けなく感じた。置き手紙とお金でも置いてこの部屋を後にしよう。そう思ったがあいにくアレンのポケットに渡せるような額のお金は入っていなかった。
「うっ……」
おまけに起き上がると腹が傷んだ。治癒魔術で大半の怪我は治っているものの、どうやら深い傷のようだ。ぼーっとしばらくどうしようかと考えていた時、月光が部屋に差していることに気づいた。青白い三日月。
「……月を見たのは何年ぶりだ?」
アレンの独り言で、眠っていた少女が目を覚ました。少女の青い髪に月光が照らされて美しく輝いた。アレンは思わずつぶやいた。
「……綺麗だ」
「……え?」
半分驚いたような声が返ってきて、アレンはびくっとした。同時に自分は何を言っていたんだろうと慌てた。
「大丈夫……?怪我は……」
「あ、ああ……まだ少し痛むが何とかなりそうだ。その、すまない。俺をここまで運んでくれたんだろう?余計な手間をかけてしまって……」
「いえいえ。ここは高校の宿舎だから安全よ……女子寮だけどね」
「女子寮に俺が入って大丈夫なのか?」
「うーん、大丈夫ではないかな?でも私もよくお兄ちゃんの部屋に勝手に入ってるから。それに貴方は私が認めたから大丈夫よ」
「兄が、君には兄が居るんだな」
「ええ。……私はアスカ。貴方は?」
「俺は、アレンだ」
ツバサ達が悪魔界へと行ってしまった夜、アスカは依頼を終えてハネハネに乗って宿舎へと急いでいた。その時偶然上空から、血まみれで倒れているアレンの姿を発見したのだ。特に何も考えずにハネハネにアレンを乗せて自分の部屋まで運んできてしまったということだ。
「ごめんなさい、治癒魔術をかけることくらいしかできなくて。まだ痛むのなら、明日祈祷師に見てもらった方がいいわ。私も一緒に行ってあげる」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです。それにアレン、全然お金持ってないじゃない。私が代わりに祈祷師にお金は払うから」
「そんなことをしては……」
「勿論、ただでは済ませないわ。少しの間、私と一緒に依頼を引き受けてくれない?私、チームに入っていなくて。お兄ちゃんはチームメンバーといつも忙しそうにしているから声かけられなくて」
「……友達は、居ないのか?」
「うん、居ないの。変な男ならつきまとってくるけど。ダメかな?どうしてもダメって言うならお金は諦めるわ」
「……そんなに長居はできない」
「……旅人さんなの?一つのところには長く居ない主義の?」
「そうだ。その通りだ」
咄嗟にアレンは嘘をついた。本当は旅人ではない。レジスタンスに所属する暗殺者の一人だ。アスカはまたそのまま顔を突っ伏して寝ようとした。
「アスカ、さん。俺ソファで良いから、ベッドで寝な」
「大丈夫だから……怪我人は大人しくベッドで寝なさい。あと、アスカでいいから……」
「じゃあせめても何かかけて寝ろ。風邪をひいてしまうぞ」
結局動かないままアスカは眠ってしまい、アレンは近くにあった自分のローブをかけてやった。少し困ったことになった。いや、少しどころの問題ではない。全て怪我をした自分が悪いのだが。
しかし世の中には、災い転じて福となす、といったことわざが存在していた。
翌日は美味しそうな匂いで目が覚めた。既にアスカは起きており、朝食の支度をしていた。まだ少し足も傷んだ。アレンがベッドから降りると、アスカは挨拶をした。
「おはよう、アレン」
「……ああ」
「洗面台ならあっちですよぉ」
「ああ、どうもありがとう……」
顔を洗い、可愛らしい柄のフェイスタオルが横にかかっていることに気づくが、使用するのに抵抗を感じた。すると向こうからアスカの声がした。
「気にしないで使ってー!私そういうの気にしないから!」
アレンが戻ると、テーブルに朝食が並べられていた。ちゃんと人と食事をすることなんて久しぶりだ。おまけに人が作ってくれた朝食だ。
「……美味しい」
「そう、良かった。料理は人様にも安心して食べさせられるほど自信があるの。私ね、ここに来る前サークルのお城の使用人やってたの。厨房担当が一番楽しかった」
「……ここに来る前って……アスカ、今一体いくつなんだ?」
「私は今は17歳。アレンは?私よりも年上そうだけど」
「……ちゃんとはわからない。でも多分、19とか20くらいだと思う」
「へえ……じゃあ19歳にしとこう」
「アスカはそんな若い頃から働いていたんだな」
「……うん、私ね親無しなの。お兄ちゃんだけが家族なの。だからだと思う」
「俺も親無しだ。姉弟は姉が一人いた。でも今はもう居ない」
「アレン、いわゆる天涯孤独ってやつ?」
少しからかうように言ったアスカの言葉にアレンは軽く過剰に反応した。
「孤独なんかではない。俺達は一族の……」
「ん?」
「いや、何でもないんだ……」
そんな簡単に名字のことは話さない方が良い。すると気を取り直したようにアスカが明るい声で言った。
「よーし、今日はまず祈祷師に会って診察をしてもらうよ!その後は私の行きつけのレストランでランチだよ!」
「レストランって……またお金が……」
「良いの、依頼をやればすぐに払えるくらいの額だからね。依頼は午後からだよ」
「……どんな依頼だ?」
「レクタングルの山で最近問題になっている"暴れモグラ"の捕獲」
「……は?」
「私、水術士でさ。山にはあまり向かないんだけど、報酬額高いからそれでいいかなって。朝決めたの。今日からはアレンと2人組のチームだからね」
「お、おう……」
「あ、私チームには入っていないけど、王宮公認団体の一員なの。だから、暴れモグラの件は他にも色んな魔術士が来てると思うわ」
他にも色んな魔術士がいる。その言葉にアレンは少し戸惑った。眼帯をしている左目が少し痛むようだった。食事の手を止めるとアスカは心配そうに尋ねた。
「……大丈夫?目が痛いの?」
「大したことは無い。気にしないでくれ」
朝食を終えるとアレンはアスカに連れられて祈祷師の元へ向かった。祈祷師に魔術の怪我を見てもらっている間、アスカは外で待っていた。祈祷師は不審そうな顔で尋ねた。
「何か貴方は他人に恨まれるようなことをしたのですか」
「……なぜそのように問う?」
「……殆どは治癒魔術によって治ってはいますが、強い憎しみが感じられる魔術の怪我です。今後も貴方の体に影響を与える可能性があるかもしれません。それと、その左目は……」
「昔に失明した」
「……そうですか。お大事にどうぞ」
待っているアスカの元へ戻ると、ランチに行こうと微笑んで言ってきた。今はこの少女についていく他ない。アレンはうなずくと、アスカに続いてレクタングルの街を歩いた。一軒のレストランに入ると長身の女店員が顔を上げた。
「おっツバサの妹じゃん。元気にしてた?」
「アスカですよ。って、レイナさんまだあの罰ゲーム続いてるんですか?」
「いや、なんか働きぶりが認められちゃってね。正式なバイト員になっちゃった的な」
「それはおめでたい!」
「……あれ、珍しく男連れてきてるじゃん。しかも初めて見る顔だね。最近見慣れた顔が来ないからさ。あいつら生きてんの?」




