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永遠対立関係  作者: P-Rin.
10章 牢獄
70/131

10-9 無理して笑わなくても - 敗因 - オウバルB

昨日更新出来なかった分、今日更新することになりました。

 ワープの扉の向こうはサークル帝国の城の前だった。倒れ込んだ魔術士達はすぐに城の医務室へと連れていかれた。

  ルークの遺体は綺麗にしてもらい、顔に化粧が施された。すっかり冷たくなってしまった頬に触れ、リッチェルは既に涙を流さずこともできずにいた。

  カーティスの傷は深く、治癒魔術が効かない悪魔の武器によるものだった。傷を治す方法は無く、最終的に苦しみ続けるカーティスに安楽死を選ばせるという結論に至った。声は聞こえても殆ど会話ができない状態だった。

  そんな中アスカも城の医務室へと駆けつけ、父の姿をその目で見た。


「お父さん、私、アスカよ。わかる?」


  カーティスは笑顔でうなずくだけだった。その目には何度も涙が光った。ツバサはベッドの傍の椅子に黙って座っていた。そして一方的に話しかけた。


「俺達、父さんの居た小屋に行ったんだよ。手紙も全部読んだ。母さん達宛の手紙はお墓に供えて貰ったんだ……てか、父さん手紙書くの下手くそだよな」


  そして、カーティスは安楽死を選択した。薬のおかげで少しの間喋ることができるようになり、片言ではあるがカーティスはツバサとアスカを呼んで最期の一時を過ごした。


「あんなことをアルトゥールに言われていたが、お前達は生きたいように生きれば良い。良い仲間を持ったな。流石私の子だ」


  カーティスはそれぞれ2人の髪にキスをすると、その頭を抱いた。泣きそうになるのをツバサは必死に堪えた。せっかく会えたのに、すぐに別れなくてはいけないなんて。そう言いたくなるのをぐっと我慢した。

  青い髪の父親はこの世から旅立った。残された兄妹は涙一つ父の前で流さなかった。ツバサはすぐには城から帰ろうとは思っていなかったため、アスカが帰ると言った時出口まで見送りに行った。


「……また明日から頑張ろう、お兄ちゃん」


  アスカはそう言ったが、唇が震えて兄を抱きしめた。ツバサも妹を抱き返しその背中をさすった。アスカは黙って涙を流すだけだった。

  アスカが帰った後、ツバサは城の中へ戻り医務室の廊下のベンチに腰かけた。親が"居ない"という事実は今までとは何も変わらない。しかし、本当に"いなくなってしまった"ことを目の当たりにすると複雑な気持ちだった。あれから涙も1粒も出ていない。

  カーティスの死よりもアルトゥールに対する恨みの方がツバサは大きかったのだ。そんな自分も何だか嫌だった。ツバサはため息をついて俯いた。

  そんな様子を影からベティは伺っていた。何て声をかければ良いのか。自分も親を亡くしているがそれとは全く違う状況だ。ツバサの気持ちは複雑だ。ただ隣に行ってやれば良いのか。そう戸惑っていると、廊下にリッチェルが現れた。


「ツバサ」

「……リッチェル」


  リッチェルはツバサの隣に座り、前を見たまま言った。


「……カーティスさんのこと残念だったけど、カーティスさんレンとベティの脱獄にも協力してくれたし、私達のために戦ってくれたよね……お父さん、誇りだね」

「うん。でもいきなりの事で、何かよく分からないんだよね」

「それは私も同じ。ルークが私を守るために命を落とした。でもルークを殺した奴を恨む気持ちの方が何か強くてさ、きっとこんなことルークは望んでないって、分かってるのに」

「悲しんでいるのは俺だけじゃないもんな、リッチェルだってルークのこと……」


  自然と口から出てくる言葉にツバサは戸惑った。一生懸命明るく頑張ろうとどこかで振る舞っている。そんなツバサの様子に気づき、リッチェルはツバサの方を向いて言った。


「無理して笑わなくて良いんだよ、ツバサ。悲しい時は泣いていいんだよ。私達皆仲間なんだから、悲しみは共有しなきゃ」


  凄い良いことを言っている。ベティがそうリッチェルに対してつくづく思っていると、ごめん、というツバサの声がした。続いて鼻をすする音もした。

  そこでやっとツバサは泣いた。リッチェルが隣に居ても構わなかった。リッチェルはうつむいて泣くツバサの背中をさすってあげていた。


「大丈夫だよ」


  その日、ベティはツバサに顔を見せずに城を後にした。


 ※敗因 以下


 悪魔城から、チームオセロとリッチェル達が去った後、カーターは1人、とぼとぼと階段を降りていた。何も考えることができなかった。信頼していたルークが死んだ。アルルには振られた。自分には何も無くなったのだ。誰かが駆け寄ってくる足音がした。


「カーター!大丈夫……ボロボロじゃないか、すぐに治療するからおいで」

「……ウル、そうだ、俺には友達が居たんだ」

「……ごめんよ、僕はいつも来るのが遅いよね。こんなんなら異界になんて行くんじゃなかった」


 軽くカーターは笑ってみせる。それは見たことの無い表情だった。ラファウルは唇を噛むと、カーターの腕を自分の肩にかけて、医務室に向かって歩いた。

 ルークを手にかけてしまったこと。アルルを失ったこと。ラファウルが戻ってきた時は既に、アルルが叫んだ後だった。

 カーターは何も喋らない。涙も流さない。ただどこか一点をぼうっと見つめていた。

 医務室に着くと、ベッドに座らせて、ラファウルはまず自分にできることを手際よく行なった。


「ねえ、ウル。ルーク先輩はね、リッチェルちゃんを守って死んだんだ」

「うん」

「俺ももし、ルーク先輩の立場だったらきっと同じことをしたと思う。だけどさ、何でルーク先輩俺たちのこと裏切ったんだろ。そんなにツバサ達のチームって面白いのかな。でも、俺、本当は殺したく、なかった」


 はっとしてラファウルは顔を上げた。無表情のカーターの頬に涙が伝っていた。黙ってラファウルは次の言葉を待った。


「アルルも、ずるい子だな、あんな、あんな顔して言われたって、嘘にしか聞こえないよ」

「……」

「悔しいなあ、何で俺はレンに勝てないんだろ。アルルと一緒にいた時間は、すごく楽しかった。そう思ってるのも、俺だけなんだろうな。初めから分かってたはずなのに」

「そんな事ないさ。アルルもきっと楽しかったはずだし、覚えているよ。でもあの子はチームを選んだ。あれはあの子なりのケジメだったんだよ、きっと」

「馬鹿だな俺も……カッコつけないで、1回くらいエッチしてみても良かった、かもなあ……なんて」


 震える声で明るそうに振る舞うカーター。カーターはラファウルとそこで初めて目が合った。ラファウルは真剣な顔でこちらを見ていたが、ふいにカーターの頭を抱いた。ぽすっ、とラファウルの胸にカーターは顔をうずめた。胸に何かがこみ上げる。


「今だって、僕の前なんかでカッコつける必要無いよ」


 声はあげなかった。ただ、とめどなく涙が流れた。自然とラファウルの背中に手をやった。隠していた白い天使の翼が戻り、カーターを優しく包んだ。

 可哀想なカーター。何があっても僕がそばに居るから。君は決して1人じゃないよ。


 カーターの心が少し落ち着いた頃だった。スイートルームに移動して、ラファウルが温かいお茶を入れていた時、カーターは口を開いた。


「ウル、もう1つ話したいことがある」

「何だい」


 カーターは、ナターシャの石の封印を解く方法について話した。それは、フェアリーの血を与えること。あまりにも受け入れがたく、まだアルトゥールに話す事が出来ていなかった。


「というと、つまりは僕も該当するということなのかな」

「天使も含まれるのかどうかまでは俺には分からない」

「ただ、それは凄い情報だね……大天使も酷い呪いをかけたものだな」

「アルルが言っていたから、多分本当のこと……」


 カーターが頭を抱えた時、スイートルームに誰かがやってきた。その存在感で、ラファウルもカーターもすぐにアルトゥールだと気付いた。


「アルトゥール様」

「カーター、外傷は治ったか」

「はい」

「まずは、ルークを消したこと。これは賞賛する」

「……ありがとうございます」


 アルトゥールはカーターの頬にある涙の跡を見て、鼻で笑った。


「しかし、お前もやはり人間なのだな」

「は、はあ……」

「問う、カーターよ。お前は何故レン・グレイに勝てない」

「そ、それは……」


 カーターが人間なら、アルトゥールはやはり悪魔だ。痛いところをしっかり突いてくる。ラファウルがカーターをフォローするような言葉を見つけるより前に、アルトゥールは言い放った。


「弱いからだ。単純な事だ。お前はもっともっと、強くならなければならん」

「……はい。今まで以上に訓練を―」

「ぬるいな。お前は仮にもサングスターの魔術士だ。悪魔になれ、カーター」


 カーターの小さな顔を、アルトゥールは鋭い鉤爪の生えた手で掴んだ。


「理性なんて捨てて良い。お前を今まで侮辱した、裏切った奴ら、全員殺してやれ。昔のようにやるだけだ。あの頃のお前は見ていて清々しかった。私はお前に期待しているのだ。ついて来い」

「……分かりました」


 カーターの顔はいつもと違って引きつっていた。部屋を出ていく時、すぐ戻るから、と微笑んでラファウルに手を振った。ラファウルはうつむいて唇を噛んだ。


※オウバルB

 カーターは、つかつかと歩くアルトゥールの後ろを黙ってついていく。ただでさえ長い廊下がいつもより長い。一面赤い壁や床の色が目に刺さる。アルトゥールがしっかりとした声で、前を見たまま言った。


「時々、人間の機能で羨ましいというものがある」

「人間なんて脆いですよ。……いくら魔術士でも、強くても、死ぬ時は誰だって一瞬です」

「うむ。知っているかもしれないが、悪魔は涙を流すことができない。どんなに悲しくても、命を絶とうと思ったとしても、涙は出ない。ただ痛いのだ。心臓が、張り裂けそうになるくらい痛くなる」

「天使が泣けない、ということは存じていました。ウルから聞いたことがあります……悪魔もなんですね」

「天使と悪魔、という"種族には、生きる上でそのような感情が必要無いからだ。悪魔には悲しみという感情は本来いらないもの。喜、怒、楽だけがある種族だ。一方で、天使というのは欲を持たず、自分以外に無関心であるものだ」


 ふと、ラファウルのことを思い出した。カーターの名前を呼んで駆け寄ってくる彼を。お菓子を作って、部屋に持ってきてくれる彼を。熱心に話を聞き、薬を調合してくれる彼を。アルトゥールはカーターの顔すら見なかったが、その沈黙だけで何を考えているかを察して、口を開いた。


「天使の友のことを疑問に思っているんだろう。先も言ったように、無関心であるもの、なのだ。基本的にはそうあるべきだというだけだ。魔術士にもあろう、誇りと言われるものが」

「……その誇りから外れるものは、つまりは異端とされるわけですね」

「私もある意味異端だ。ナターシャが封印されたあの日、私は叫ぶことしかできなかった。叫びすぎて、顔の血管が切れて血みどろになったものだ」


 ふとカーターが顔を上げると、分厚い鉄の大きな扉の前でアルトゥールは立ち止まった。この扉から先はオウバルBのエリアだ。カーターはこの扉の前には、数回しか訪れた事が無かった。よくここに、グループの仲間たちの亡骸を運んだものだった。戦死した仲間たちは、赤い棺桶に入れられて讃えられ、ここで供養されていた。


「お前は優秀だ。悪魔化すれば確実に強くなる。そして蹴散らせばいい、レン・グレイを」


 アルトゥールが手をかざすと、大きな扉が開いた。

 異様な臭いが鼻を襲った。あちらこちらから苦しそうな呻き声が聞こえる。悪魔化するには強くなる分、苦痛が伴う。強さを求めた仲間たちが変わり果てた姿でそこに居た。立派な角。簡単に人の肉を抉れそうな鉤爪。


「うっ」


 異臭が強くなった。カーターは鼻を手で被った。サングスターの女悪魔が足で蹴りながら何かを集めている。それはグチャグチャと音がした。


「あら、もしかして貴方カーターとかいう魔術士?」

「……」

「あ、これ、悪魔化が上手くいかなくて、ドロドロに溶けちゃったのよ。でも大丈夫、優秀な魔術士なら死ぬことは無いし、少し記憶が無くなるだけで終わることも―」


 それは本能的に感知した危険だった。カーターが目を見開いて毒術を発動させた時は、既に全てが遅かった。

 カーターは、優秀なルークと行動を共にしていたせいで、不幸なことに少し頭が良かった。だから、このオウバルBで本当は何が行われていたのか予想がついた。この場において、彼の力はあまりにも無力過ぎた。

 ほんの数秒の出来事だった。発動させたはずの毒術がパッと消えた。パッと消えたのは毒術だけではなかった。カーターの右手の指が全て、パッと切断された。猛烈な熱さと痛みに襲われる。


「あああああああ」

「カーターよ、貴様は地味に頭が切れる奴だったな」

「うっ……聞いていた話と違う……!!まさか、俺たちの仲間を、死体までも」

「全てはグレイの一族を滅ぼすため、そしてナターシャを取り返すためだ。そのためなら、私は何だってする。私は何か間違っているか?貴様も、アルル・フェアリーを守るためなら何だってするだろう。それと同じことだ」


 逃げ場なんてどこにも無い。ただ、伝えなければと思った。グループの仲間たちに、ツバサに、アルルに、ラファウルに。カーターはがむしゃらに走った。転がっていた誰かの肉片に滑って転びそうになる。分厚い鉄の扉はびくともしない。左手で魔術を発動させ、鉄の扉に投げつけた。鉄が少しずつだが溶けていく。視界がぐらつく。間に合わない。


「その扉はちゃんと開く。お前が生きて、悪魔化を立派に成功できた時に」

「あんたは、魔術士を駒としか―」


 アルトゥールは大きな鉤爪のある手で、カーターの首を掴んで持ち上げた。


「黙れ。1人のグレイも殺せない出来損ないに、生かす機会をやると言っているんだ」

「アルトゥール様、それ以上やられては死んでしまいますわ」


 怖い。死ぬかもしれない。カーターはぐらぐらする頭の中で考えた。意識が遠のいていく。掴まれていた首が解放され、地面に叩きつけられた。喉の痛みに倒れたまま咳き込む。

 ずっとずっと、この悪魔王に騙されていた。声をかけてきたあの日から。いや、他のたくさんの仲間たちも、皆騙されていた。殺すべきなのはこの悪魔だった。

 もう体が動かない。カーターは悔しかった。きっと仲間たちも、同じような思いをしていたのだろう。

 視界が暗くなる前、走馬灯のようなものを見た。ついこの前、アルルに話したような腐った思い出が頭の中を駆け巡る。糞みたいな人生だった。ぽつぽつと、最近の記憶も思い出された。ルーク、俺が殺した。レン、俺の宿敵だった。アルル、俺を忘れた。ツバサ、俺を嫌いそうだった。ウル、俺を唯一好きそうだった。


「まだ、死にたく……―」


 アルトゥールがカーターの体を足でつつくが、彼は完全に気を失っていた。女悪魔がカーターの体を持ち上げて抱えた。


「目覚めた時に記憶がはっきりしていると厄介な奴だ。麻薬を強めに打っておくように。頼んだぞ」

「承知いたしました、アルトゥール様」


 オウバルBの奥へ、女悪魔と担がれたカーターは消えていった。ほんの小さな穴が、鉄の扉を貫通して空いていることにアルトゥールは気付いた。


「うっ」


 穴に触れた時、強烈な毒がアルトゥールの爪を襲って溶かした。爪が1つ無くなったことを目にして、つくづくアルトゥールは関心し、オウバルBを後にした。

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