9-1 先輩と後輩
「おーいルーク!」
聞き覚えのある声がして、ルークは立ち止まった。本日ルークは非番であった。依頼も特に無く、自由に過ごせる1日だった。おまけに昨夜、ルークの元に連絡鳥チリフがやってきて、友達と会う約束もしていた。王宮図書館に忘れ物を取りに行き帰ろうとした時、偶然呼び止められたのだ。
振り向くと、そこにはツバサ、アルル、レンが居た。
「おう、何か久しぶりだな。で、どうしたんだ?」
「別世界歴史書とか、そういう歴史書関係が置いてある本棚ってどこ?」
「歴史書……確か、1番奥の本棚だったかもしれない。歴史書はあんまり数がそこまで無くて、本棚の1番上にあるからはしごを使わないと取れなかったような」
「ありがとう。それだけわかれば十分だ」
3人と別れ、1人で歩き始めた時にふと思った。別世界歴史書って古代魔法語で書かれているんじゃなかったっけ。そんなのあいつら読めるのか?それに急に歴史書なんかに興味を持ち始めたなんてどういう風の吹き回しだ?
王宮を出て、ハネハネに乗りレクタングルの外れにある小さな喫茶店に入った。中を見回すと、カウンターに昔と変わらない後ろ姿があった。ルークが何か言う前に相手から声をかけた。
「ルーク先輩!俺と同じくらいの身長になったね!」
「おお……本当にご無沙汰してたな、カーター」
かつての後輩にそう言葉を返すと、ルークはカーターの隣に座り、コーヒーを注文した。カーターは相変わらずニコニコとしていたが、得意の営業スマイルとは違い素直にルークとの再会を喜んでいるかのようだった。
「もう先輩呼び、やめても良い?」
「え、それそっちから言う?俺は別に良いけど。それに実際はカーターの方が年上だから」
「アルトゥール様が最近ルーク君から報告無いって、少し心配そうにしてたよ。図書館業務は結構忙しいの?」
「うん、まあね。でも業務のおかげで良いことも沢山あったから」
「ほう。良いこと、か。出会いとか?」
「ふふ、まあなー」
「何すかその気持ち悪い笑い方」
カーターが笑いながら言うと、ルークも笑った。ルークはコーヒーを口にした後、小指を立てた。
「できたの」
「できたの?!」
「うん。そっちは?」
「全然。縁ないんだよ俺。どんな彼女なの?」
「魔法士なんだけどね、凄いさばさばしててさ、繊細で。俺好きなんだよねーそういう子」
「魔術士じゃないんだ。アース人?」
「そう。アース人だよ。でも優秀な魔法士だ。実はサークルの皇女様なんだよ」
「ルーク先輩、流石過ぎです……って、サークルの皇女ってフェアリーの子だよね!やばっ勝ち組だな!写真とか無いんすか」
「あるけど、奪わないでね」
「奪うわけないでしょ。ルーク先輩を敵に回したらどうなるかくらい目に見えてますよ」
ルークはローブのポケットを探り、写真をカーターに見せた。可愛い、というのがカーターの写真を見た第一声だった。
「でも何かちょっとキツそうな感じがする」
「まあ、確かに言いたいこと言うかも。別に良いんだけどさ」
「……話変わるんだけど、俺もこの間ね学校内にちょっと潜入捜査に行ったんだ。ルーク君の任務体験したみたいで面白かったよ。でね、たまたま見かけたんだけど、ルーク君さツバサと仲良いでしょ?ツバサのチリフ番号教えてくれたりしないかなーって思って」
「へえ、カーターってそっち系なんだな」
「違うよ!何言ってんの!俺は全然グレーじゃないって!仲良いのは本当の事だよね?」
「……うん、仲良いって言ってもチームメンバーじゃないし。友達ってとこかな。カーター、ツバサと知り合いなのか?」
「一応顔見知りというか、知り合いというか。俺は勝手に友達だと思ってるけどね!あれ、ツバサから聞いてない?この前要塞に来たんだよツバサ達から」
するとルークは目を見開いてカーターの顔を見た。知らなかったんだね、とカーターは呟いた。なぜ要塞の場所をツバサは知っていたんだ?もしかして彼は知らない振りをして"すべて"を知っているとか?
「え……そんなに驚くことだった?話すと色々長いんだけどさ、多分俺のこと追っかけてツバサは要塞に来たんだと思うんだよね」
「……なるほど」
「何でツバサはグループに入らないの?」
「あいつ人から命令されるのとか嫌いそうだからな。組織系は向いてないんじゃないか」
「でも入れば、凄い戦力になるよな」
「うーん……まあ。そう、かもな?」
「……ルーク君、もしかして自分のことツバサとその仲間達に話してない?」
「うん。別に今は話す必要も無いと思って。俺のことを邪魔するようなことをしてきたら、分かんないけど」
「そうなのか。じゃあツバサもまだ本当のルーク君の怖さを知らないのか……。でも凄すぎるよルーク君は。俺よりも年下なのに、最年少で1番上まで上り詰めてきてさ」
「それはカーターだって同じようなもんだろ。今じゃアルトゥール様の右腕魔術士みたいなもんだ」
「違うよ。それを言うなら右腕はルーク君。だったら俺は左腕さ」
そう言うとカーターは札をカウンターに置き、椅子から降りた。用事でもあるのか、とルークは尋ねた。ちょうどカップの中身も空になっていた。カーターは微笑んでうなずいた。
「野暮用でね」
「俺も今日は非番だから、帰ろうかな」
ルークとカーターは喫茶店を出ると、それぞれ反対側の方向へと歩いていくことになった。カーターはにやにやしながらルークのことをつついた。
「彼女さんと仲良くしてくださいね。早く子どもの顔が見たいな」
「馬鹿かお前は……カーターも色々頑張れよ」
「はい、ルーク先輩」
「先輩呼びやめたんじゃなかったか?」
「あ、そうだった」
「じゃ、またな」
得意の笑顔でカーターは手を振り、年下の先輩の背中を見送った。一人になってからあることに気づき、カーターは独り言を言った。
「ツバサの連絡先教えてもらうの忘れた……もう自分から直々に聞きに行くか……?ついでにアルルちゃんに会えるかも?!いやいや、あんま目立った行動は避けないとな」
図書館の最も奥に入りこんだのは初めてだった。司書ルークの言った通り、歴史書の冊数は圧倒的に少なかった。おまけに誰の手にも触れられていないのか、ホコリがかぶっていた。そして奥の本棚の辺りには利用者すら居なく、ツバサ達3人のみしか居なかった。
アルルが3回目のくしゃみをした。この辺りの本棚は手入れすらあまりされていないのだろう。3人がやってきたことで固まっていた空気が動いているのだ。
「古代魔法書……地球史……魔術大辞典……魔術の根源……水術士の偉人……ハネハネとは何か……難しそうなタイトルの本ばっかだな」
「別世界歴史書はあった?」
足元からアルルの声がして、ツバサはため息をつこうとした途端にくしゃみをした。ふとツバサは顔を上げた時に、紐で結えられている1冊の本を見つけた。それを手に取ると、表紙に大きく"封"という文字が書いてあった。怪しすぎる。
「何か怪しい本見つけた。禁書的な」
「おいそんなの取って大丈夫なのか?!」
「紐で縛られてるんだ。凄いきつく結ばれててさ、開かない」
「それは多分"開かない"じゃなくて、"開けない"ようにさせてんだよ、ツバサみたいなのがいるから」
「みたいなのって何だよ」
ツバサはその禁書のような本を手にして、はしごから降りた。興味深そうにアルルとレンがまじまじと表紙を見つめる。するとアルルがツバサから本を取って言った。
「私こういう紐とか解くの好きだから、貸し……」
その時だった。アルルに本が渡った途端、しゅるしゅると紐が解けて本の最初のページが開いた。一同は唖然としてその本を見つめ、そしてツバサとレンはアルルのことを凝視した。
最初のページにはおそらく本のタイトルが記されている。そこまでは予想できるが、完璧に見たことのない文字だった。古代魔法語だ。
「新暦書」
アルルがそう何気なくボソリと言った瞬間、まじか、とツバサも呟いた。アルルは心を落ち着かせ、次のページを開いた。
「……この世界の始まり、それは神界の登場から……」
「ちょっと待った」
痺れを切らしたツバサが手でアルルの言葉を制止させ、レンも同意するかのようにうなずいた。
「もしかしてアルル、元から読めるの?」
「え?」
「古代魔法語」
「……これ古代魔法語なの?!逆に皆読めないの?!逆に?!」
「……読めないよな、レン」
「ああ、勿論、俺も読めない。安心しろ」
「どこに分かちあってんのよ」
「アルル、お前は何歳だ」
「17だけど」
「え?17世紀っつった?」
「もう何なの?私はこの新暦書に書いてある文字、読めるわよ」
アルルは決して嘘はついていなかった。確かにその本に書いてある文字は普通に読めたのだ。新暦書は分厚く、たくさんの章に分かれていた。自分達が読みたそうな部分をパラパラと探し、あるページでアルルは止めた。
「大天使ナターシャの罪と罰」
「おおっ"らしきページ"だな」
「でも大体母さんが話してたことと同じ……ん?ナターシャと愛し合った悪魔の名前はアルトゥール、後に悪魔界の王となった。へえ、何かかっこいいわねこの悪魔」
「アルトゥールって何かどっかで聞いたぞ俺!」
「そのアルトゥールに対抗し、レギオン4、レギオン5に力を持った悪魔が黒の女王と呼ばれた女悪魔である……うわっ何か怖そう」
アルルが黒の女王という名前を口にした途端、レンがはっとして本を覗き込んだ。アルルはその後の文も読んでいった。
次回は明日22時過ぎに投稿予定です。




