8-5 そんなに殺してほしい? - 間違ってなんか
「わざわざ集まってくれてありがとう」
そうお礼を言ったのはリアだった。アルルの口から聞かされたのは古代別世界の天使と悪魔の許されざる恋の話、それから、一族にまつわる話だった。アルルは昔のツバサの想いについては触れず、自分が初めにレンと恋に落ちた、という風に話した。
大体の話が終わると、ベティは目をぱちくりさせ、レンは考え込むように俯き、ツバサは特に表情を変えなかった。アルルはツバサに元から知っていたのかと聞いた。
「古代の根源の話は似たような話を聞いたけど、そんなに詳しいこと知らなかった。でも、俺の一族とレンの一族、グレイが何か関係しているのは気づいていた。悪い意味でな」
「レンは?知ってた?」
「ツバサがサングスターで、そのサングスターが俺を狙っていることは知ってる。……なあ、アルルの話し方、何かアルルが全部悪いみたいなそんな感じがあるんだけどさ、それって違うんじゃないかな。アルル1人のせいじゃないっていうか」
「だけど、私が……私のせいなんだよ。私のせいで皆の命が狙われてるの」
「……俺はレンと戦う気はさらさらねーよ」
ツバサが頬杖をつきながらそう呟くと、アルルがはっとしてツバサのことを見た。予想外の答えだったのかもしれない。
「どうして、そんな、落ち着いていられるの?レンもだけど。だって知ってたんでしょ」
「そんなに殺してほしい?だったら殺してあげても良いよぉ別に」
アルルが首を振るとツバサの口の端が少し上がった。
「でしょ。だったら俺は殺さない。それにさ、レンは強いからチームの戦力になるだろ」
「だけどやっぱり俺とツバサが一緒に居ると方方から狙われて、アルルもだけどベティの身も危険なんじゃ」
「そん時はそん時だろ」
「本当にツバサって色々軽いっていうか、なんか」
レンが苦笑いしながら言った時、それまで黙って傍聴していたリアが叫んだ。アルルまでもがその声にびくっと驚いた。
「もっと真面目に考えたらどうなの!」
ツバサはその言葉に何故か無償に腹が立った。声を上げて怒鳴りたくなるのを抑えて、落ち着いた声でリアに言い返す。
「何だかグレイの一族がフェアリーのことを毛嫌いする気持ちがわかる気がするよ。俺は真面目に考えてる。カーティスがフェアリーと手を切った云々の話とは関係無く、俺は今まで通りレンをチームメンバーに入れたまま依頼に行く。俺は別にグレイと手を組んだ訳でも無いし、自分から殺しに行く気もないんだ。いくら母さん達を殺したのが、グレイの人間だとしてもレンはレンだ。レンを恨む理由は無いから。それにレンが居なくなるとアルルがぴいぴいうるさくなるに決まってる。鬱陶しいだろ」
「鬱陶しいって何よ」
「俺もツバサのことを殺すつもりは無いです。でも、アルルや皆に手を出してきたらその時は襲撃者のサングスターの人間を殺します。ツバサのことを狙ってグレイの奴らが来たら、俺はツバサのことを守ります」
アルルが目を拭った。リアがその様子を見て、また口を開いた。
「そんなことをしたら貴方達に味方は居なくなる。四方八方から狙われ続けることになる。関係の無いベティまで……」
「私だって関係者ですから。正直、アルルから聞かされた話には驚いてますけど……このチームに入ってから変なことばっか起きて、耐性が付いちゃったみたい。それに、味方は居なくなりませんよ。数より質、って言うじゃないですか」
「だけど、いつかは戦わなければいけない日が来るでしょう」
「リアおばさん。申し訳ないけど、少しの間席を外してもらってもいいかな?」
ツバサの提案にリアは目をまんまるくしたが、廊下で盗聴してるわよ、と睨みながら言った。首を縦に振りながら苦笑をするツバサ。ツバサ以外のメンバーはそれぞれ顔を見合わせていた。
「これはチームリーダーから皆への提案。今から自己紹介をしないか」
※ここから次話 "間違ってなんか"
「じ、自己紹介ですって?」
驚いたアルルの声が裏返り、レンまでもがくすりと笑った。そうそう、とツバサはうなずくと、立ち上がり、アルルが立っている隣へ行く。
「アルルはそっちに座ってて」
「ええ……分かったわ」
「別にエロい意味じゃないけど、俺は、俺はね?みんなの事をもっと知りたいんだよね。だから、自己紹介をしよう。今まで色んな都合で話せなかったこと、本当は話したかったこと、今までどう生きてきたか、何でもいい。リアおばさんは、言い方はキツイけど言ってる内容は間違ってない。戦わなければいけない日が来る。多分それは本当のことだ。正直、オセロを解散すべきか俺でさえ迷った」
「い、一応迷ったのね……何だか安心したわ。本当に軽く考えてるかと思ってた」
「アルルがそんなにしんどそうなのに俺まで重くなったらここの空気終わるぜ?」
「ごめんなさい……」
「その戦争とやらが起きた時、判断を間違えないように、互いのことをよく知っておくべきだと俺は思ったんだ……っていうことで、まず俺から話す。俺は、ツバサ・サングスター」
ツバサは淡々と話す。母親がいた頃の家族の話。カーティスにぶたれた話。アスカと孤児院に入り、リアとアルルに出会い、城の下働きをしていた話。魔術高校に入った初めの1年間はアルルと2人で過ごしていた話。時折アルルは懐かしそうな顔をした。それを見てレンとベティはそれぞれ複雑な気持ちになった。
「そんなこんなで、ベティに出会い、レンに出会ったというわけです。さあ、次は誰か―」
「はい」
3人が同時に手を挙げたのを見て、ツバサは仰天したのと同時に少し嬉しくなった。そんなに乗り気になってくれたなんて。
「いや、こういうのは早めに話しておいた方がいいかと思って」
「私もレンに同意見ー」
「じゃあレンはトリな!」
「なんでだ!」
「次はベティが話しなさい。指名だ」
ベティは3人のことを順番に見つめ、ゆっくりと話しだした。
「2人目の私は、ベティ・アケロイド。雷術士で、雷神ニアの直系子孫です」
ついこの前ツバサに話したばかりの、地球での過去の出来事を語る。アルルとレンは息を飲んで聞いていた。ベティの話が終ると、アルルがかけよりぎゅっとハグをした。
「ありがとう、アルル。私、このチームに入ってからハグされることめちゃくちゃ多いのよね」
困ったように微笑みながらそう話すベティを見て、アルルとツバサが涙目になっている。レンが笑いながら肩をすくめる。
「じゃあ次は……私、アルル・フェアリー」
アルルはいつも通りの話し方に戻ってきていた。地球で暮らしていたこと、ツバサとアスカに出会ったこと、レンに出会ったこと。それらを物語のようにスラスラと話していく。アルルは頭の片隅に、ツバサの好意の件が引っかかっていた。しかしここで話しては修羅場になりかねない。
「アルルお前何か隠してるだろ」
「いや何も」
「本当かな?まあいいや。じゃあ、レン君よお願いしますね」
「何なんだよその話し方」
こんな日が来るなんて。レンの手はもう既に少し震えていた。深呼吸をして、レンは口を開いた。
「俺は、レン・グレイ。グレイの一族で、黒の女王の子孫だ。歳は19、実は皆よりも1つ上。ツバサにスカウトされる前、俺はアサシンだった。サングスターのグループに所属している人達、俺を追う人達の命を奪ってきた。これは許されないことだ」
レンは話す。サングスターの格子で過ごしたこと。地球の学校に通い、母と2人で暮らしたこと。アルルに出会ったこと。母が亡くなり、復讐心でアサシンとして生きたこと。瀕死のところをジュリに助けられ、ツバサに出会ったこと。アルルに再会し、ベティに出会ったこと。レンは異界の話もした。
「そんな前から俺がサングスターだって知ってたのか」
「怖くて言い出せなかったけどね。まじで殺されるかと思った」
「俺バカだから、何も知らなかったよ。一族のことも」
「ずっとタブーなのかと思ってたからこれからは少し気が楽だよ」
「ツバサはレンのこと本当好きだもんね」
茶化すようにベティが言うと、ベティにも見せたことがないくらいツバサは顔を真っ赤にした。
「急に変な事言うなよ!」
ベティが笑う。レンが笑う。ツバサが笑う。
この時間がずっと続けばいいのに。アルルは心の中でそう思った。血なんて無くなってしまえばいいのに。
これが、"間違った関係"だなんて誰が思うのだろう。いいや、間違ってなんかいない。
私たちは、私たちの関係が"間違っていない"ということを取り戻すために戦うんだ。
敢えてアルルは口には出さなかった。
気付くと、ベティが神界に行ったことの話を楽しげにしていた。そんな中、突如ツバサがあることを思い出して言った。
「そういえばアルルがしてくれた話に出てきた天使って、もしかしてナターシャのこと?」
「ナターシャ?ナターシャって……どこかで……あっ!!要塞にあった絵の!ナターシャ・フェアリー!」
「そうそう。え?!じゃああの綺麗な天使って、アルルの祖先だったってこと?!まじかぁ」
ナターシャの話題に移った時、ツバサはようやくリアを呼び出した。リアは腕を組みながら、チームオセロが繰り広げるナターシャの話を聞いていた。ベティが把握していた知識を丁寧に説明する。
「ナターシャの絵、雷神ニアの部屋にもあったのよ。禁じられた恋をしてしまったナターシャは、石の中に閉じ込められてしまったって。恋した悪魔とは離ればなれになったの。そのナターシャの石は、今は悪魔界のサングスターの一族が保管しているそうよ」
「……世界の希望が詰まった石」
無意識のうちに呟いていたツバサの言葉を聞いて、レンが首を傾げながら尋ねた。
「石の中に希望が詰まっているのか?」
「いや、何か……絵を見ればわかるかもしれないけど……希望に包まれているっていうか……その、彼女の存在が?彼女のオーラが?うまく説明できないよ。百聞は一見に如かず」
「でもツバサ、私も希望とやらまでは感じ取ることができなかったよ」
「それは多分ベティには絵を見る目が無いんだよ」
「え」
「……ある意味、そのナターシャの石ってやつがサングスターの弱味だな。もしかしたらグレイの悪魔達が奪おうとけしかけるかもね」
と、ツバサが半分明るめに言うが、レンがすぐさまかぶりを振った。
「アルルには悪いけど、グレイ一族はフェアリーのことを結構憎んでる。そんなの奪ってどうするって言うんだ」
「うーん……レンがグレイ悪魔の立場だったらどうする?」
「粉々に壊す?」
「まあそうなるよなぁ……」
ツバサは唸った。ツバサ自身、ナターシャの石をグレイに奪われ破壊されると思うと少し苛立ちを感じた。そのような感情を持つということ自体が、自分がサングスターであるということを物語っていた。
「ナターシャの絵、アルルに何か似てんだよ。アルルが粉々にされるのは良い気分しないからな」
「良い気分どころの問題じゃないわ。大天使に似てるっていうのも凄く複雑な気持ちだけど」
「レンも見れば絶対わかるよ。アルルに似てるなって思うから。……リアおばさんが知ってる今までの話も結構大切だけど、それってフェアリー目線からの歴史だよね?俺達は俺達の目線で見なきゃいけないよな。何か無いかな」
すると一同はそれぞれ考えた。不意にまたベティが口を開いて提案した。
「王宮図書館になら、別世界歴史書とかあるんじゃない?そこにナターシャの絵も載ってるかもしれないし」
「……あれ、確か別世界歴史書ってさ、まだ翻訳されてなかったよね……?」
「ええ。殆どの歴史書は古代魔法語よ」
リアが疲れたような声で答えると、4人とも黙りこくってしまった。古代魔法語は今どき魔術高校では教えていない。日常で使用しないという理由もあるが、そもそも古代魔法語を習得する者は考古学者くらいだった。おまけにその言語の難易度は高く、習得した者でも読むのが少し疲れるくらいだそうだ。
「ますます気が遠くなってきた……」
「でも、王宮図書館ならルークもいるし、本を探すのくらいはきっと協力してくれるわよ」
気づかないうちに普段のペースになってしまっていることに気づき、リアは不安そうにでも少し安心したように口だけ微笑んだ。
次回は明日22時過ぎに投稿予定です。




