第6話 自衛団と用心棒の受難
次の日、村長の呼びかけで村の男たちが集められた。アレクシオスはしげしげと男たちを眺める。あんな食事を取っているにもかかわらず、華奢だ。まるで女たちのようにか細い。こいつは鍛え甲斐がありそうだ。不敵な笑みを浮かべるアレクシオスに、エルフたちは寒気を覚える。やはりおっかない。そんな中、村長のマルクが口を開く。
「皆の者、よく聞いてくれ!我々は先日の盗賊団襲撃を受け、自衛団を結成することにした!我々は本日より、自らの力を持って、自分たちを守り、隣人を!妻を!子たちを!守るのだ!しかし、我々は農耕の民。戦い方は知らぬ。そこで、アレクシオス殿にご教授を願うことにした!」
ざわめくエルフの男たち。戦うだと?俺たちが?ただの百姓である俺たちが、身を捨てて戦えというのか?不安げな声を振り払うように、アレクシオスが一喝する。
「諸君!私がアレクシオスだ。村長マルク殿から、自衛団の教育係を仰せつかった。私の任務は諸君らを戦士として教育し、この村を守る楯を成すことだ。泣き言は許さぬ、逃げも許さぬ!懸命に訓練に励むのだ!」
エルフたちは附に落ちない表情だが、従ってくれるようだ。横一列に整列し、指示を待つ。マルクはなにをしたらいいのかわからず、取り合えず隊列の先頭に加わる。
「最初から武器の使い方は教えぬ。武器に頼るは弱者だ。まずは体術から教える。そこの男、前へ。」
アレクシオスは男たちの中から、比較的体格の良い男を指名する。その男に立ち向かってこいと指示をする。男は尻込みをするが、勇気を振り絞りアレクシオスに突進する。アレクシオスは男の腹に軽く蹴りを入れ、突進を止めると、男を軽々と担ぎ、地面に落とす。そして馬乗りになり、男の顔面ギリギリで拳を止めた。男の上から降り、唖然とするエルフたちの方に向き直った。
「これが体術だ。敵との取っ組み合いになった時に役にたつ。拳、蹴り、掴み投げ、締め技を駆使して、相手を倒す。これを二人一組になり、訓練を行う。怪我をせぬようお互い気をつけて行うように。では始め!」
ぎこちなく訓練を開始するエルフたち。それを歩き回りながら眺め、細かい指導をしていくアレクシオス。良いところは褒め、悪いところは指導し、弱音を吐けば檄を飛ばす。最初はイヤイヤであったエルフたちも、次第に真剣な表情で訓練に取り組んでいた。
「よし、今日の訓練は以上!解散!」
クタクタに疲れ、フラフラとした足取りで、帰路につくエルフの男たちの背中を、アレクシオスは見送る。彼らは力はないが、俊敏だ。ラケダイモーンの戦士たちのような重装歩兵は向かない。体格がいいものを重装歩兵に選び、あとは軽装歩兵として、機動力を生かすのが良さそうだ。早速、マルク殿に相談してみるか。訓練でくたびれ、その辺に座り込んでいたマルクに声をかける。そして兵の構成と、武装の調達について相談をする。
「なるほど。楯を持った兵たちを壁にしながら、一撃離脱で敵を叩くのですね。装備についてはエーデルワイスの鍛冶屋に依頼してみましょう。」
「感謝する。マルク殿。ではこれにて失礼。」
アレクシオスは踵を返し、広場を後にした。やはり体を動かすのは良い。晴れやかな気持ちで街を歩いていると、エルフの若い女たちが、アレクシオスを取り囲んだ。
「あなたは、あの時私たちを助けてくれた、勇者様ですよね?」
「キャー!やっぱりそうよ!エルフの男たちにこんな逞しい方、いませんから。」
「野獣のような眼光も、そのお髭も素敵。人間族は嫌いだけどあなたは特別。この後お手隙かしら?もしよかったら、私たちとお茶でもしませんか?」
決して色男ではない私が今、勇者と呼ばれもてはやされている。こう美女たちに囲まれるのも悪くない。女たちはアレクシオスに抱きついたり、その逞しい肉体に触れ、うっとりした表情を浮かべている。女たちは次第にエスカレートしていく。完全に引くタイミングを逃してしまった。敵の殺し方は知ってても、このような女の扱い方は知らないアレクシオスは、もうなされるがままであった。
ちょうどその頃、アリッサは街に買い出しに来ていた。
「うう〜、飲み過ぎちゃった…頭が痛い…。酔った勢いでアレクさんになんてこと…ッ!」
昨日のことをおぼろげに思い出すと、アリッサは顔を真っ赤にする。何ということをしてしまったの私!はしたない女だと思われてしまったにちがいないだろう、きっと。
忘れようと頭を横に振ると、ズキズキと二日酔いの頭痛に響く。肉と野菜を購入して、店を後にする。しばらく歩くと、身に覚えがある姿が目に止まる。アレクさんだ。でも昨日の今日だし、なんと声をかけていいのか…ん?
そこにはいつもの勇ましいアレクシオスではなく、美女たちに囲まれ、だらしなく鼻の下を伸ばす村の用心棒の姿だった。見るに堪えない姿に、アリッサは、嫉妬なのかなんなのか、よくわからない感情に突き動かされ、全力でアレクシオスに向かって駆け出すと、まとわりつく女たちをはねのけて、その逞しい腕に、豊満な胸を押し当てる。突然のことに女たちも、アレクシオスも驚く。アリッサが掲げている買い物袋をちらりと見ると、今の状況を打破する方法はこれしかないと悟ったアレクシオスは、咳払いをする。
「そ、そうであった!これからアリッサ殿と買い出しに行くついでに、街を案内してもらう約束だったのだ!皆の者、済まぬが、また今度にしてくれ!」
女たちは残念そうな顔をするが、またすぐ笑顔に戻ると、ひらひらと手を振って去っていった。どうやら難は去ったようだ。しかし、アリッサは腕を掴んだままだ。しかもなぜだかむくれている。
「アリッサ、助けてもらったことは感謝する。だが、そろそろ手を離してはくれないか?」
アリッサは我に帰る。やってしまった。昨日は酔っ払った勢いだったが、今はシラフだ。耳まで真っ赤になったアリッサは、すぐさま手を離す。そんないじらしい姿を見て、大笑いをしたアレクシオスは、アリッサをからかう。
「以外に大胆なんだな、アリッサは。さて、買い出しの続きだ。腹が減った。」
市場に向かって歩き出した用心棒を、アリッサは慌てて追いかけた。