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プロローグ テルモピュライにて

 時は紀元前480年。ギリシア、テルモピュライ。高く険しい山々と、大きな湾に挟まれたこの地で、ペルシア帝国と、ギリシア連合軍による、激しい戦闘が繰り広げられていた。ギリシア連合軍7000人に対して、ペルシア帝国の総数は10万人にも及んだ。圧倒的不利な状況のもと、ギリシアのため先陣を切って勇敢に戦う300人の男たちがいた。都市国家(ポリス)スパルタの重装歩兵(ホプリテス)たちである。


 スパルタの兵達は、鶏冠(とさか)のような大きな飾りをつけた兜を被り、筋骨隆々な躰に黄金色に輝く青銅の鎧とすね当てを着け、赤いマントを羽織っている。右手には2m以上もある(ドリュ)、左手には上半身が隠れる大きさの丸い(ホプロン)を装備している。楯にはスパルタ(ラケダイモーン)の頭文字である「Λ(ラムダ)」が刻まれている。


 この部隊を指揮するのは、スパルタの王、レオニダス1世である。白髪混じりの黒髪は短く整えられ、茶褐色瞳ともみあげまで繋がった髭が特徴的なこの50代の男は、(デルポイ)の神託を受け祖国スパルタを守るため選りすぐりの親衛隊300人を連れ、今この地に立っている。


 レオニダスが号令をかけると、一人の兵が(アウロス)を吹いた。笛の音に合わせて、300人の兵たちは4列横隊に並び、一糸乱れぬ動きで槍と楯を前方に構え、ファランクスと呼ばれる密集隊形になる。この隊形は、攻撃する際に露出する右半身を、右隣の兵士の楯が覆い隠す仕組みになっている。その最右端は守る楯がなく、最も危険な場所であるため熟練の猛者達が並ぶ。


 その右端最前列に、アレクシオスはいた。


 耳のあたりまで伸ばしたウエーブが掛かった白髪混じりの栗毛と、立派に蓄えられた髭に茶褐色の眼。背は高く、筋骨隆々の体はとても40代後半とは思えないほど鍛え上げられ、あちこちに残る古傷が歴戦の猛者であることを物語っている。


 「全軍!前へ!」

 

 再び(アウロス)の音色が戦場に響き渡ると、300人からなる楯の壁は、足並みをそろえて前へ前へと進みペルシアの兵を迎え撃つ。この戦いでペルシア軍は不死隊(アタナトイ)を投入していた。この不死隊とよばれる定員1万人の精鋭部隊は、倒されても倒されても次の戦いでは、またきっかり1万人の精鋭部隊として、再び襲ってくることから付けられた名である。周辺諸国は、圧倒的な人海戦略に恐れおののいたが、スパルタの兵達は違った。彼らは怯むことなく着実に前へ進んでいく。


「わが兵士たちよ、この世の中に死なぬ人間などおらぬ!不死の軍隊など存在しないのだ!奴らはペルシアの古今東西からかき集めた烏合の衆、恐るるに足らず!」


 レオニダスが檄を飛ばすと、兵士たちは3度鬨の声を上げる。ペルシアの指揮官が命令を下し、装備も服装も様々な不死隊が、進撃を開始し、両者との距離が徐々に近づいていく。不死隊の一行が槍の射程に入った刹那、スパルタ兵の槍の壁が襲いかかる。槍はことごとく不死隊の兵士の躰を貫き、悲鳴と血しぶきがテルモピュライの大地を染めあげる。怯んでただ無残に突き殺される者、(ホプロン)に攻撃を阻まれ、歩みを止めない彼らに踏みつぶされる者、死んだふりでやり過ごそうとして尖った石付きで止めを刺される者。ありとあらゆる殺し方で、スパルタ兵のは不死隊を蹂躙していく。


 だが、敵は続々と兵を投入して止まるところを知らない。スパルタの兵たちは笛の合図で行軍をやめ、槍を自分のすぐそばの地面に突き刺し楯を構えると、人力の壁で不死隊の猛攻に耐える。続々と増えていく敵兵に、次第にファランクス隊形が崩されていく。


「散開!」


 レオニダスの命令で隊列の後ろの方から相手を取り囲むようにして、スパルタの兵達が散開し、その脇腹を槍で突き刺した。一瞬怯んだ隙に、先ほどまで最前列で猛攻に耐えていたアレクシオス達が、楯で相手の体勢崩し、素早く抜いた剣で敵を斬り伏せる。完全にファランクスが解かれ、敵味方入り混じっての白兵戦が始まった。スパルタの兵達は敵を容赦なく槍で突き、楯で殴り、剣で首を切り落とす。返り血をべっとりと浴びた黄金色の鎧が、8月の太陽に照らされ、不気味に輝く。


「不死隊とは、なんぞ!恐るるに足らず! 来りて、取れ(モーロン・ラベ)!」


 アレクシオスが吠えると、スパルタの兵達の士気はより一層高まる。そこで繰り広げられたのは殺し殺される戦いではなく、スパルタ兵たちによる一方的な不死隊の虐殺であった。そのうち不死隊は撤退し、スパルタの兵たちは勝鬨の声を上げた。勝者の雄叫びは周りの山々に木霊し大地を包み込む。あたりには不死隊呼ばれていた敵兵たちの骸が、ただただ転がるばかりであった。






 翌朝、偵察に行った兵が顔を真っ青にして戻って来た。その表情から見るに、非常に思わしくない状況であることが伺える。一息つかせたレオニダスが、報告せよとその兵に言う。


「申し上げます!レオニダス王。ペルシアは土地に詳しい者を懐柔し、我が軍は、完全に包囲されています!」


「そうか、ご苦労。下がれ。」


 レオニダスは分かっていた。遅かれ早かれ、必ずやペルシアは我々を包囲するであろうと。そして味方の都市国家(ポリス)の指揮官は、必ずや撤退を進言してくるはずだと。なれば我々スパルタがやることは一つ。彼らの撤退までの時間を稼ぐことだ。決断を下したレオニダスは、すぐそばにいたアレクシオスを呼びつける。


「おい、アレクシオス。各都市国家(ポリス)の指揮官を集めるのだ!祖国の我が市民、妻たちとと子供たちのため、そしてギリシアのため、我々がここでペルシアを迎え撃つ!」


「御意!」


 アレクシオスは指揮官らを参集させた。レオニダスが状況を話すと、思った通り他の都市国家(ポリス)の司令官は、恐れおののき撤退を進言してきた。レオニダスは頷き、その司令官らにこれまでの礼と、無事に帰国したならばスパルタに使者を出して、我ら300人の雄姿と最後を伝えよと言った。

 

 次々と兵を率いて味方が撤退していき、がらんどうになった陣営に残ったのは、僅か300人のスパルタの兵たちだけだった。レオニダスは300人の兵士たちを前に檄を飛ばす。


「よくぞここまで付いてきてくれた。我々はここで死ぬ。この戦いは神によって定められた戦いである。ここで怖気づき、逃げ帰ったのであればスパルタおろかはギリシアは滅ぼされるであろう。だが、命を賭して戦うのであれば、我らの息子たちがペルシアを滅ぼし必ずやこの無念をはらすであろう!」


 スパルタの兵士たちの士気は最大限まで上昇した。3度ほど鬨の声を上げると、笛の音とともにファランクス隊形をとる。狭い海岸線を進むと、少し開けた場所にペルシアの10万の大軍がそこに待ち構えていた。敵側の隊列の中央が開き、黒々した髭を蓄えた派手な格好の男が奴隷たちの担ぐ神輿にのって近づいてくる。レオニダス王は進軍を止め、アレクシオスとペトロスに護衛に着くよう指示をする。すると神輿の上の男が声を張り上げる。


「スパルタ王レオニダスよ!どこにおわす!」


「いかにも、私がスパルタ(ラケダイモーン)のレオニダスである!貴様は何者か?」


「我が名はペルシア王クセルクセス!神に最も近い私が、貴様らに慈悲を施そう。」


「慈悲だと?」


「お前たちによって我が息子たちは、大勢殺された。だが、許そう。私は慈悲深いのだ。」


「ギリシアを諦めて、ここから去ると言っているのか?」


 クセルクセスは鼻で笑った。


「そうではない。土と水さえ渡してくれさえすれば、貴様の地位もそのままに我が帝国の一部として加えてやろう。スパルタの名は永遠となり、レオニダス王の物語は末代まで語られるであろう。決して悪い話ではない。さあ!レオニダス王よ!我が帝国にひれ伏すのだ!」


降伏をつきつけられたレオニダスだが、答えはすでに決まっていた。


来りて、取れモーロン・ラベ!」


「残念だよレオニダス。貴様はもう少し賢いと思っていたが、ただの阿呆のようだ。」


 交渉は決裂した。共に陣営に戻ると、殺気立ちにらみ合いを続ける兵士たちに、それぞれ命令が下される。


「全軍進め!我がペルシア帝国に逆らった者どもはすべて殺せ!」


「スパルタの戦士たちよ!進め!そして殺すのだ!槍で、剣で、己の技で!誰一人生かしてはならぬ!誰一人生きていてはならぬ!我らの屍を以って、最後の一人まで殺し尽くすのだ!」


 両軍は共にファランクス隊形で正面から激しく衝突し、ことごとくペルシア兵を押し戻す。やがてペルシア軍が両翼から騎馬兵が放つと、機動力に劣るファランクス隊形を崩して散開させ、白兵戦に持ち込む。みるみるうちに亡骸の山が出来上がっていくが、今回はスパルタ兵も無事ではない。圧倒的な戦力の差に、仲間たちもまたペルシア兵と同じように槍で突かれ、喉を切り裂かれ殺されていく。


 仲間だった者たちの亡骸を見て嘆き悲しむ暇などなく、アレクシオスはただひたすら剣を振るい、槍で突いた。もう何人殺したかもわからなくなってきたその頃に、横から急に声がした。アレクシオスの躰は横からぶつかってきた何かによって、突き飛ばされた。すぐに起き上がるとさっきまで自分が立っていたところにレオニダスがいた。その躰からは敵の槍が数本生えており、晴れ渡る8月の空に掲げられていた。


「レオニダス!なんたること!」


 咄嗟に剣を抜き、レオニダスを突き刺した槍を敵兵の腕ごと切り落とすと、そのままの勢いでその首を刎ねた。すぐにレオニダスの躰に詰め寄り槍を抜くが、レオニダスはすでに事切れていた。


「レオニダス王よ、我も後から参ります!」


 鬼のような形相でアレクシオスは鬼神のごとく、ペルシア兵に血の雨を降らす。あがる血しぶきが身体中を染めていくなかで槍は折れ、剣は曲がり、拳は砕けた。先頭のペルシア軍指揮官の槍が、アレクシオスの脇腹を突いたが、アレクシオスは止まらない。その槍を力ずくで抜き取り舳先(へさき)を折ると、その喉に突き立てて殺害する。


 指揮官を殺されたことにより、士気が下がり白兵戦では勝ち目がないと悟ったペルシア軍は後退して、追ってくるスパルタの兵たちに向かって矢の雨を降らせた。複数本の矢がアレクシオスに刺さり、背中から倒れこんだアレクシオスはようやく動きを止めた。


「レ…オニダス王…今…参り…ま…。」


アレクシオスの意識は暗闇のなかに葬られた。

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