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パンツ事件

 地方は本当に狭い。




 私に彼氏ができたという話が他校の佐久間君の耳に届くまでに、それ程時間がかからなかった。

 うちの高校のサッカー部に知り合いがいて聞いたと話していた。


 ある日久しぶりに電話がきて、御祝いの言葉と共に件の話の真実を聞いた。


 当時の私はきっと分からなかっただろうが、恋心を知った今なら少し分かる。

 人を想う事。人に想われる事。皆の想いが報われるわけではない事。


 あの時、いつも私の味方だと言ってくれた彼はどんな気持ちだったのだろうかと、少し申し訳なく思った。


「育実に彼氏ができたなら電話するのも自重しないとな。」


と佐久間君は笑った。


 彼は最近、彼の学校の近所にある女子高の生徒と良い雰囲気らしい。

 今思うとそれも嘘のような気もするが。




「育実も気をつけろよ。

 男だって意外に嫉妬するからな。」


 私は分かったと言ったものの、そもそも嫉妬がよく分からない事に気付いてはいない。


 恋をしたとはいえ思考力とおめでたさは健在である。


 最後に佐久間君はこう言った。


「俺育実とはずっと友達でいたい。

 俺からは電話とかできないけど、味方なのは変わらないから何かあったら連絡して。」


 恋心を知る事で佐久間君の良さを凄く感じた。

 しかし佐久間君に対して恋心を感じない。




 そして、思いをコントロールできない位に真田君を恋しく思う自分を少し怖いとも思った。


 重いと思われたらどうしようという不安を覚えた。


 真田君は私が初めての彼女で、私も彼が初恋で、多分お互い右も左も分からない。

 手探りで進むしかないのだが、間違えて失う事はしたくない。




 その時から私は、彼への独占欲をコントロールする努力をした。

 それは思った以上に大変で、かなり後に間違いとして響くのだが。






 当時私達は童顔カップルなどと呼ばれるように、巷の憧れのような二人ではなかった。

 どちらかというと、暖かく見守りたい子どもカップルというか、いじりたいカップルというか、そういう二人だったと思う。


 でも私は、お互いがお互いを好きであればそれが一番の幸せだと心から思った。

 また、他人には分からない真田君の良い所をたくさん知っている事が嬉しくもあった。




 大人な高校生になんてならなくても良いのだ。




 とりあえず私は真田君とお似合いカップルを目指すべく、女子力を高めていく事にした。


 他の女子の皆さんの視界には入らなくても、私にとっては世界一かっこいいのだからそう思うのも仕方がない。




 所詮思考力の無い高校生の女子力なので、ハンカチを可愛いものにするとか、毎朝制服に自分でアイロンをかけるとか、臭くないように毎朝シャワーを浴びるとか、そのような所から始まった。

 学校の持ち物も、誰かに見せる機会などそうそうないというのに、細部にまで清潔と可愛らしさに拘った。

 姿勢や仕草ががさつにならないよう、家の中でも気を付けるようにもなった。

 櫛や鏡や色付きリップやミストなど、持ち物も増えた。


 何をしてもゴールが見えず、私は貪欲に女子力を求めた。


 私の間違いで真田君と別れたくないから必死だった。




 母は私に

「彼氏ができると変わるものね。」

と言って笑った。






 だがすぐに1つ重大な事件が発生する。




 4月の始業式、雪も大分無くなり久しぶりに自転車で登校した。


 まだ風は冷たいが、自転車は移動の自由が広がるので気持ち晴れやかに通学路を進んでいた。

 学校が近くなるにつれ、様々な経路を使って登校する生徒達と合流していく。

 今日は天気が良かったため、自転車で登校する人が多かった。


 途中で一年時のクラスメイトと会い、挨拶を交わして共に校門への自転車の波に合流していく。


 二年生になるとクラス替えがあるので、私達は誰と一緒になるか担任は誰になるか、話しながら進んだ。

 私も真田君も理系なので同じクラスにならないだろうかと、楽しみにしているのだ。




 そこで強風が吹いて事件はおきた。




 自転車が倒れそうになる程の風は私のスカートをめくり上げて、なかなか戻す事を許してくれなかったのだ。

 周囲の女子はちゃんと隠せていたというのに私だけがめくれた。




 大勢の人達がいたわけで、当然朝一番からネタになる。


「理系組の育実さん今日はシマシマパンツだ。」


 私はショックで穴に入りたくなり、その日は新しい教室に引きこもり、廊下を極力歩かないようにした。


 私は子ども高校生だからあまり知られていないはずで、誰か分からなかったのではないかという淡い期待も水の泡と消えた。




 パンツを大勢の人に見られたことが一番のショックで、次にショックだったのはそのパンツが気に入っていないシマシマのパンツだった事だ。


 前のクラスの人にも友人になれそうな現クラスの人にも、部活動の仲間にも指をさされて笑われた。




 それでもどうにか部活動が終わる頃にはそのショックも薄らいでいた。


 思えばパンツなどより、真田君と同じクラスになれなかった事の方が重大だとようやく気付いたのだ。

 しかし同じクラスだったならそれはそれで、今日の事件からの立ち直りはどうなっていただろうか。


 幸も真田君と同じクラスだが彼氏とは離れてしまった。


 現実はそううまくいくものではないのだ。


 しかし、今日は真田君も自転車で来ていて

「送るから一緒に帰ろう。」

と声をかけてくれたので、初めての一緒の下校に私は嬉しくて幸せいっぱいになった。




 パンツの事などどうでもよくなって、私は少し緊張しながら一緒に自転車置き場へ向かった。




 すると突然真田君が立ち止まり振り返った。


「文系クラスの奴等が育実のパンツ見たって騒いでた。」


 私は一瞬真っ白になってからすぐに頭に血が登り、あわてふためいた。


 そして彼はしばらく私を見てから


「ちょっと嫉妬した。」


と言って自転車にまたがった。


 こうして初めての私達一緒の下校はパンツショックによって忘れられないものとなった。



 そして彼の言う嫉妬の意味について考えたのだが、私の弱い思考力では答えを出せず頭を抱えた。


 散々悩み考えたのだが答えが出ないので、とりあえず間違いを1つでも減らそうと、シマシマパンツ達を葬るべく下着を全て買い替えることにした。


 彼氏ができて変わってきた私を喜んで見守っていた母は急に不安そうな顔になった。

 スポンサーなので説得を試み、なんとかわかってもらえたのだが、当時は何故あれほど訝しげだったのか謎だった。


 今思うと不安になって当たり前なのだ。




 パンツのお陰でクラスメイトとはすぐに打ち解けた。






 しかしパンツショックから完全に立ち直るには、夏が近くなるまで時間がかかった。

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