高校1年生 冬
この地域の春は遠い。
寒さの本番は年明けで、雪もどかどか降り積もる。
私は相変わらず幸のクラスへ度々遊びに行っていた。
しかし冴子ちゃんや同級生の友人が数人出来たので、幸のクラスへ行くのは部活動後、帰宅のための交通機関待ちの時間潰しがメインとなった。
思えば幸にも幸のクラスメイトにも大変お世話になった。
私は自分のクラスメイトも好きだが、幸のクラスメイトも好きだった。
この地方の交通機関はバスも電車も一時間に一本しか通らなくても不思議ではない。
三時間に一本しかバスが通らないと嘆く同級生もいる事を考えると、一時間位ならまだ恵まれている方だった。
外で待つと寒さに凍えてしまうので、その待ち時間は隣の教室の幸の席へ行き、幸の隣席の子の椅子を借りておしゃべりをするのが日課だった。
この頃になると自分のクラスと幸のクラス全員の顔と名前がほとんど一致した。
ほとんどの中に宮本が含まれなかったのは後のネタの一つである。
幸との待ち時間中には、おしゃべりの他にも様々な出来事があった。
大谷君は本当にやんちゃで、よく同じ部活動の子のズボンを持ってきては
「ちょっと持ってて」
と私に手渡しをし、大谷君自身は手ぶらでパンツ姿のズボンの持ち主にズボンを返せとよく追いかけられていた。
部活動終了後は寒いしお腹が減るからと、教室にカセットコンロを持ち込み鍋を作り始め、結局食べる前に先生に怒られている男子達の光景も見た。
秋に見たサッカーの試合で応援した真田君は幸の席の近くで、挨拶の他にも一言位の言葉を交わす事があった。
真田君は身長が168センチあたりらしく、試合で見た以上に小柄で驚き、あの時のプレーを思い出すとまた感動した。
彼もまた整っているとはいえ童顔で、身長も相まって同級生達の中では幼く見え、私は心の中で勝手に仲間意識を抱いた。
冬になると一年生の間でカップルが増えてきたように思う。
学校生活が落ち着いて余裕が出てきたからなのだろうか。
しかし意外なことに、あれだけ大人な高校生を切望した私はそれ程羨ましいとは思わなかった。
正直懲りた感じだった。
何しろ考えれば考えるほどホレタハレタが分からなくなってくるのだ。
クラスメイトや冴子ちゃんの話を聞いて耳年増ではあるのだが、大人組の女子の盛り上がりにイメージが湧かず、そういう話題ではどうも乗りきれていなかった。
それに私はバレーボールが忙しく、友人達と会話をしていればそれだけでもとても楽しいので十分満たされていたのだ。
そんなある日クラスの女子達で、誰が気になるかという話題で盛り上がっていた。
冴子ちゃんや彼氏がいる大人女子達が、彼氏のいない私達の背中を押す事がコンセプトのような会議だった。
どうやらとかく大人っぽくお洒落な男子が人気のようだった。
あとは身長が高い男子、男くさいイケメン男子、アイドル顔のイケメン男子、明るく目立つ男子の名前が並んだ。
話自体は聞いていて楽しかった。
いやらしい気持ちではなく、学んでいるように素直な気持ちで一生懸命に聞いていた。
宮本の名前も秋世の名前もこの時初めて触れた。
宮本君はかっこいいけど秋世さんと付き合っていそうだから不毛という事で、最終的に却下されていたのもまた後のネタになった。
さて私に話がふられた。
私にも気になる男子がいるにはいるのだが、果たして皆が言う「気になる」と同じかどうかに疑問を持っていた。
初恋がまだという自覚すら無かったので仕方ない。
しかし幸い誰とも被らないようだし今なら聞けそうな雰囲気にのまれて、思い切って大人な女子の皆さんに素直に教えを請うことにした。
ドキドキの感覚が無いから違う気がする事。
私はその男子をかっこいいと思うし、よく目で追ってしまうのだが、気になるというよりファンのような応援の感覚である気がする事。
私と言葉を交わす時に笑顔を見せないため、笑わせてみたいと思っている事。
私が気になる男子というのは幸のクラスの真田君である。
私の中ではとてもかっこいいのだが、彼女達の視界にはどうやら入っていなかった。
聞いている限り彼女達が求めるタイプとは違うから仕方が無いのだろうか。
結局大人な女子の先生方は私に教えを下さらなかった。
訳が分からないまま私を魚にして、会話が明後日の方向へ迷走しだしたのだ。
まあ良くある光景でこれが女子の会話である。
冴子ちゃんは、自分と同じ部活動にいる人の名前があがった事からだろうか、何やら嬉しそうだった。
言葉には力が宿るのか。
その後から真田君がやけに視界に入るようになってしまった。
確かに168センチ弱だと他の男子より身長は低い方だ。
更に童顔も手伝って幼く見える。
しかしサッカーだって上手いし、よく見ると整っていて綺麗な顔をしている。
かっこいいのになあ。
ということは、同学年の男子の皆さんからの私への評価は期待できないな。
知らない人がほとんどだろう。
でも真田君は挨拶してくれるから一応覚えてくれているうちに入るのかな。
などと考えながら過ごしていた。
思えばこれが初恋の始まりなのだが、本人はまだ自覚していない。