第33話 領主の血脈
思い出の残骸をあとにした四人は、真相と街の現状を確かめるため、ヴェローナの中央広場に設営されたルキウス軍の仮設司令部へと向かった。
そこは奪還を果たした三男ルキウスの軍旗がはためいていたものの、活気とは程遠い惨状だった。
傷ついた兵士たちが地面に横たわり、配給の薄いスープを求めて領民たちが長い列を作っている。
その混乱を極める現場で、声を枯らしながら物資の配給や負傷者の手配を奔走指揮している一人の老人がいた。
白髪交じりの髪を短く整え、煤で汚れた上衣を纏った老背。
アリアの足が、弾かれたように止まった。
「……バルト?」
その声は小さく震えていた。
声に反応して振り返った老人は、疲弊しきった眼差しで四人を見やった。
しかし、その視線が赤髪の少年たちに守られるように立つ少女に止まった瞬間、老人の瞳が大きく見開かれた。
「お嬢……様……?」
手にしていた書類の束が、バルトの指先からぽろぽろとこぼれ落ちた。
「アリアお嬢様……! 本当に、アリアお嬢様なのですか……ッ!?」
「バルト! 生きていてくれたのね……ッ!」
駆け寄るアリア。
老執事バルトは、その場に膝から崩れ落ちると、泥のついた石畳に額をすりつけ、声を押し殺して哭いた。
かつてヴェローナがゼノヴィス軍の強襲を受けたあの惨劇の夜。
アリアに裏抜けの脱出路を指示し、自らは血煙の中に残った老執事。
死んだとばかり思っていた幼少期からの従者の生存に、アリアの目からも溢れ出る涙が止まらなかった。
「ああ……お命が無事で……ご無事でいてくださった……! 伯爵様もお館様も、どれほどお喜びになるか……ッ!」
「顔を上げて、バルト。私はこの通り無事よ。ガルシア様や……ライカたちに助けられて、今まで生きてこられたの」
アリアの手を取ったバルトは、ボロボロと大粒の涙を流しながら何度も頷いた。
そして、成長したアリアの凛とした立ち姿と、背後に控えるライカたちの力強い眼光を見て、深々と頭を下げた。
「ガルシア様の遺児の方々……お嬢様をお護りいただき、なんと感謝を申し上げればよいか……」
「礼なんていいさ、じいさん。俺たちにとっても、アリアは大事な仲間だ」
ライカがぶっきらぼうに言いながらも、安堵の笑みを浮かべた。
仮設の天幕へ通された四人は、バルトの口からヴェローナの残酷な現状を聞かされた。
「ルキウス軍が奪還したとはいえ、街の蓄えはゼノヴィス軍に根こそぎ奪われました。インフラは破壊され、病と飢えが領民を苛んでおります。ルキウス軍の駐屯部隊も補給が追いついておらず、このままでは冬を越せずに半数の民が命を落とすでしょう……」
バルトの深い溜息が天幕に響く。
領主亡き今、老骨を鞭打って街の指揮をとっていたバルトだったが、その限界は誰の目にも明らかだった。
その話を聞いていたアリアは、膝の上で固く握りしめた自分の手を見つめていた。
一閃館での温かな日常。
仲間たちと笑い合った日々。
しかし、目を開ければそこには飢えに苦しむ領民たちの悲鳴があった。
(私は……ずっと守られてばかりだった)
ガルシアに護られ、ライカたちに護られ、一閃館で傷を癒やしてきた。
だが、自分のルーツであり、父と母が命を賭して護ろうとしたこの街の惨状を前にして、自分だけが逃げ続けることがどうしてもできなかった。
「バルト」
アリアはゆっくりと立ち上がった。
泥と煤に汚れた服を着ていても、その背筋は気高く伸び、瞳には失われることのない「領主の血脈」の誇りが宿っていた。
「私は、この街に残ります」
「え……! お嬢様!?」
バルトが驚愕の声を上げ、ライカたちも息を飲んだ。
「私はヴェローナ伯爵家の娘……アリア・ヴェローナです。父と母が愛したこの街と領民を見捨てることはできません。バルト、私と一緒にこの街の復興を指揮し、民を救いましょう」
「お嬢様……しかし、ここはまだ戦場も同然! このような過酷な場所に、姫様をお止めするわけには……!」
「いいえ、バルト。私の戦場は、ここなの」
アリアの言葉には、何者にも揺るがせない絶対の意思が込められていた。
アリアは振り返り、ライカ、ルカ、シオンの三人を順番に見つめた。その眼差しは優しく、そして切なかった。
「ライカ、ルカ、シオン……。今まで私を護ってくれて、本当にありがとう。みんなと過ごした時間は、私の人生で一番宝物の時間でした」
「アリア……本当に行くのか? 一緒に一閃館へ帰るんじゃないのか……?」
ライカの声がかすれた。家族同然だった少女との突然の別れに、胸が締め付けられる。
「ごめんなさい、ライカ。でも、私には私の果たすべき責任があるの。みんながガルシア様の遺志を継いで刃を研ぎ澄ますように……私は父の意志を継いで、この街を蘇らせたいの」
アリアは微笑んだ。涙で濡れたその顔は、逃亡者のお嬢様ではなく、一つの街の未来を背負う立派な「領主」の顔だった。
ルカは静かに目をつむり、拳を固く握りしめた。
「……分かった。君の覚悟を、僕たちが止める権利はない」
「ルカ……!」
「僕たちは仲間だ、アリア。離れていても、その絆は変わらない」
シオンも涙をぐっと堪え、小さく頷いた。
「アリアさん……僕、復興の手伝いをするよ。僕たちがここを旅立つまで、できる限りのことをさせて」
「シオン……ありがとう」
ライカは自らの胸をド小突き、溢れ出そうになる感情を強引に押し殺した。そして、不敵な笑みを口元に刻んだ。
「へっ……威張りやがって。いいぜ、お前がこの街の頭足になるってんなら、俺たちも手出ししてやんよ! 街が少しでも綺麗になるまで、泥仕事でも何でも手伝ってやる!」
「ライカ……!」
哀しみを超え、それぞれの「戦場」を見定めた四人。
アリアが故郷の領主として立つ決意を固めたことで、少年たちの復讐の旅路は、新たな局面へと大きく動き出そうとしていた。




