エマージェンシー
「諜報軍の潜入員からの緊急連絡が届いている。」
リビングルームに入るなりそう告げたヘンリク。潜入員からの直接連絡とは珍しい……ただ事ではなさそうだな。
本来、諜報軍に所属する潜入員は入手した情報を直属の上官に報告し、それを正式文書または口頭にて特殊部隊(仮)に情報伝達を行うのが主流となっている。これは他部隊の上官への報告が潜入員への負担になる可能性を考慮しての取り決めであったが、緊急時や上官を通すべきでない情報を入手した際には潜入員から直接特殊部隊(仮)へと連絡する事が許可されている。
こうして俺達の所に直接連絡が来ている以上、緊急事態である可能性が高い……一体、何があったんだ…?
「音声記録だ…再生するぞ。」
ヘンリクが端末を操作すると、テーブルのレンズ付近に取り付けられているスピーカーから、少しばかり音質の荒い音声が流れ始めた。
『──こ、こちら諜報軍第3潜入小隊、小隊長のミスト1であります!緊急事態により直接の連絡、失礼致しますっ。ドイツ革命派の作戦司令部に潜入し情報収集を行っていた所、空挺部隊による奇襲作戦を行うとの情報を入手しました!し、しかも…既に輸送機が出発しているとの事です!力になれず申し訳ありませんが、迎撃をお願いしたくっ!どうか、よろしくお願いしますっ!──プツッ』
───マジかよ。
既に輸送機が出発していると言う事は、もう間もなく空挺部隊がこの"フォートレス"を襲撃するという事を意味する。……まだ防衛体制に移行してすらない、この場所をだ。
「ヘンリク!迎撃を──」
「そう焦るな、メルト君。」
焦る俺とは対象的に、ヘンリクは…いや、他の皆は落ち着いていた。
「──既に、最強の狙撃手が向かっている。」
ハッとした。いつもならヘンリクの横で資料を纏めたりしているトリシャがいない。他の部屋にでもいるのかと思っていたが、まさか既に出撃していたとは…。
「私達は輸送機の迎撃を行い、輸送機を拠点にまで帰らせない事が仕事となる。パラシュートで降りてくる的なんぞ、トリシャに任せておき給え。」
「安心しろヨ、メルト。アイツは戦団最強の狙撃手だぜ?パラシュート開いてノンビリ降りてくる空挺部隊なんざ、速攻で片付けてくれるサ。」
余裕気な表情でそう言うジャック。まぁ確かに、彼の言う事は理解できる。実際、トリシャの狙撃における成績は戦団内でトップクラスの実力者だ。彼女の愛銃『OSV-96』を用いた射撃訓練にて、対物ライフルであるにも関わらず迅速にブルズアイを撃ち抜き続け、ちゃっかりと自己ベストを更新する程の腕前を持っている。
何故通常の狙撃にも対物ライフルである『OSV-96』を使うのかは謎だが、結果的にきっちり仕事をこなす為誰も文句は言わない。というか全員使用する武器がバラバラなので端から文句を言う気がないのである。
俺も偶に変なの使うしな……自室に改造銃沢山あるし。
「今回は有事に備え、出撃メンバーは3人までとする。トリシャは既に出撃しているから残るはあと二人だ。」
「だったら俺が行くぜ!!」
真っ先に手を挙げたのはモーリスだった。普段こういう場では率先して出るタイプじゃない筈だが…珍しい。
「ほう…珍しいな?」
「偶にはな!最近、工場に入り浸りでよぉ、ちぃと体が鈍ってんだ。此処らでちょいと、感覚を取り戻しとかねぇとな!!」
モーリスは俺と同じ技術部門担当だからな…新規開発部門の俺とは違い、モーリスは増産部門、改修部門の担当だ。基本的には他の技術部スタッフに任せているものの、ここ最近は戦団の軍拡方針により相当忙しかったらしい。
かく言う俺もモーリスの仕事を手伝ったり、新型のドローンやアナライザー用装備の設計など、結構忙しかったりする。モーリスは膨大な作業に追われているが、俺は新規案を出す為の知恵熱に悩まされてる。実際には熱は出ていないが、頭痛はしっかりと出ているので知恵熱(熱抜き)と言っても差し支えないだろう。
「ではモーリス、ひとまず君は決定だ。あと一人は誰にするかね?」
正直、俺も手を挙げたい所ではある。あるのだが……ぶっちゃけ、アナライザーがない。
未だ修復が済んでいない俺の愛機『デュランダル』。どうやら無茶をした際にシステムの方にも異常が発生してしまっているらしく、整備スタッフが悲鳴をあげていたのは記憶に新しい。大勢の命を守ったのだから大目に見て欲しいところではあるし、実際誰も怒っては居なかったのだが……申し訳ない気持ちは当然の如くあるのだ。
「……メルト、顔に出てるゾ。」
「へ?……スマン。」
どうやら顔に出ていたらしい……全員気づいていたのか、優しい目をして笑っているのが非常に居心地が悪い…。くそっ、ポーカーフェイスの練習でもするか…?
「君の機体は皆を守って破壊されたのだ…賞賛こそすれ、君が申し訳なく思う必要はない。隊長である私が保証しよう。」
「……分かったよ…ありがとう。」
「それに、君にはやってもらいたい事があるのでね。アナライザーが使えず出撃できないのなら丁度いい。後ほど、詳細を伝えよう。」
やってもらいたい事…?何をさせられるのかは分からないが、仕事があるなら喜んで引き受けるとしよう。
「他に行きたい奴がいないなら、アタシが出ようかね。久しぶりに暴れてやろうじゃないか……ねぇ、モーリス?」
「……マジかよ。」
【悲報、モーリス氏、地獄確定。】
ヴァネッサはモーリスやジャックには割と容赦なく仕事を押し付ける事が多い。ヘンリクには小言、ヴィンセントには食の好みで喧嘩といった具合に、男性陣が可哀想な目にあっている事が多い。……俺?俺は新兵器の実験台だな。具体的にはアナライザーでの試験運用だが……偶に暴走するからすげぇ怖いのだ。
今回はモーリスかぁ……モーリス、頑張れ。
「決まりだな……ではモーリス、ヴァネッサの2名はアナライザーにて現場に急行、輸送機の帰投を阻止し、再襲撃を同じ輸送機で行えないよう、消し炭にしてやれ。」
「「了解。」」
モーリスとヴァネッサが部屋を出て行く。モーリスは可哀想だが、あの二人なら安心ではある。なんやかんやコンビネーションは良いからな、あの二人。
「さて、メルト君。君には別の仕事を頼みたい。」
そう言ってヘンリクが差し出してきた書類には、とある人物が顔写真付きで記載されていた。
「彼は"オーラス・クルツ"。ドイツ革命派において大きな発言権を持ち、革命派を過激思考へと導いていた上層部の1人だ。」
書類によると、オーラス氏はドイツ革命派における重要ポストについている人物であり、宣戦布告をする様に差し向けたのも彼であると記載されている。革命派の支持者達からはプリンスという渾名で親しまれており、民衆からの信頼も厚い人物であるようだった。
「君には、このオーラス氏を暗殺してもらいたい。」
暗殺……敵地に侵入し、誰にも悟られる事なく対象となる人物を殺す事になるという事か…。
普段あまりやらない任務に少しばかり思案していると、ヴィンセントがコツコツと指先で机を叩いた。
「作戦には私も参加する……あまり気負う必要はないぞ。」
ヴィンセントも参加するのか……サイレントサイスの異名を持つヴィンセントがいるなら心強いな。だったら──
「──分かった、引き受けるよ。」
「…ありがとう。では、早速準備に取り掛かってくれ給え。君達が潜入するのは異空間における革命派の本拠地なのだからな。」
「了解。きっちり殺れるよう、準備してくるよ。」
そう言って、ヴィンセントと共にリビングを後にする。潜入任務である以上、必要な物が多くなるしなぁ……どれを持って行こうか。
まぁ暗殺という隠密性が求められる任務だ……せっかくだし、改造したあの銃を持っていくとしよう。
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