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12 プール掃除しよ? 3

 


「武岡くん、聞こえる?」

 事前に渡された極小イヤホンから秋月さんの声が聞こえる。

「聞こえるよ」

 これまた秋月さんから渡された極小マイクで短く答える。

「ではこれから、武岡くんと住吉くんをくっつけるためのミッションを開始するわ」

 そう、これは彼女の計画の一環。この無線機器を通して俺はこれから秋月さんの言う通りに動かなければならない、いわば彼女の操り人形になるのだ。誰か助けてくれないか。


「武岡くん、仲を深めるための基本はボディタッチ。住吉くんに背後から近づいて体中を触りまくって」

「言い方に犯罪の匂いしかしないんだけども」

「早く早く」

「えー」

「あれ? この前何でも言うこと聞くって言ったよね?」

 くっ!



 約束は約束だ。男として約束は守らなければならない。意を決した俺は恐る恐る、ちょっとづつちょっとづつ住吉に近づいていく。住吉はさっきまでの笑顔からは想像出来ないほど、真剣な面持ちでプールの床を擦っている。しかも尋常じゃない程速い。俺は何だか超高校級バスケプレイヤーの集中力と身体能力の片鱗を見た気がして、それだけで少し圧倒されてしまった。

 こんなやつに声を掛けるのは非常に気が引ける。というか、普通に怒られそうで怖い。

 いやいや、怖がってる場合じゃない! ちょっとボディタッチするだけ! 先っちょだけ! 先っちょだけだから!

「い、いやー住吉、お前こするの早いな」

 俺はさり気なく声を掛けてみた。

「何々? 急に褒めちゃって、俺と仲良くなりたくなった?」

 いつもの明るい声に少し安心する。


「別にそういうわけじゃないんだけどさ……」

 俺は恐る恐る、まるで噛む犬に触るかのような慎重さで住吉の背中に触れた。筋肉質で大きな背中。ちょっと触っただけでじっとり汗ばんでいることが分かる。

「きゃー! おまわりさーん、この人痴漢でーす!」

 突然、大声で叫ぶ住吉。

「ち、違う! 俺は痴漢じゃない!」

 あまりの大声に驚いて完全に痴漢の言い訳をする俺。

 つるつる滑るのを良い事に、秋月さんが眼鏡を光らせて、高速で近付いてきた。

 BLの匂いを嗅ぎつけてやってくるハイエナ(秋月さん)。

「警察だ」

 いやお前は痴漢側の人間だろ。

「あの人に背中触られたんです」

 住吉が甲高い声で秋月さんに訴える。

「うむ、死刑」

 いや罪重すぎるだろ! というかお前の指示だろ! 

「減刑して欲しければここでお尻を出して」

「とんでもねえ悪徳裁判官じゃねえか!」

 楽しそうだなこいつら。俺完全に遊ばれてるじゃん。

「詳しくは署で聞こうか」

「いや署ってどこなんだよ」


「それはそうと住吉くん、身体に日焼け止めのオイル塗ってあげようか?」

 秋月さんがオイルの入った瓶を手に、真顔で呟いた。え、お、オイルを秋月さんが、住吉に……? 急に心が曇ったような感覚になる。半分は秋月さんが住吉にオイルを塗ろうとしていうことに対して。もう半分はそのオイルはどっから出してきたのか、という疑問である。

 住吉も驚いたようで、困惑した表情を浮かべている。

「え、えっと、俺に塗ってくれるの?」

 秋月さんはゆっくりと頷く。

「そう、武岡くんが塗りたいと言っている」

「言ってねえ!」

 何で俺に擦り付けるんだよ! 擦り付けるんならオイルだけにしてくれ!

「住吉くんが恥じらいながら武岡くんの愛撫を受け入れる様子を私が見たいと言っている」

「主語がお前じゃねえか完全に! シンプルに秋月さんの願望だろそれ!」

「あー、そういうことね」


 住吉はニヤニヤしながら俺の方を見る。その反応を見るに、恐らくこいつは秋月さんが腐女子だということを知っている。あれだけ女子とも絡む奴だ。どこからか情報を仕入れたのだろう。

「でも残念、俺もう日焼け止め塗った後なんだよね」

 そう言いつつも住吉は、秋月さんからオイルの瓶を受け取り、手に馴染ませている。気持ちだけ受け取ろうと言うことなのか。

「だからさ」

 突然、住吉の身体が俺に覆いかぶさってきた。完全に不意を突かれた。

「だからお前に塗ってやるよ武岡ぁ!」

 住吉の分厚い手が、俺の体中を撫で回してくる。おい何だこの描写は! 完全にBLじゃねえか!

「ちょ、止めろよ!」


 俺はどうにか住吉から逃れようともがくのだが、いかんせん体格差が体格差なので全く逃れられる気配が無い。

「ほらほら!」

 そうしている間にも住吉の手のひらがどんどん速さをまして俺の肌を滑っていた、その時。

 前方から血しぶきが上がった。

 秋月さんだ。


 秋月さんが鼻から血をぶち撒け、よろめいているのだ。まずい、倒れる!

「秋月さん!」


 俺は体勢低く秋月さんの方へ走り出し、滑り込みながら彼女の背中、頭部を受け止めた。動けたのは住吉も異変を察知して拘束を解いてくれていたからだ。

「ど、どうしたの秋月さん! 大丈夫?!」

 秋月さんは真っ青な空を見上げたまま、呟くようにこう言った。

「大丈夫、ちょっとBLの波動が強過ぎて脳が破裂しそうになっただけ」

 ダメみたいですね。


「もう思い起こすことは何もない。これで成仏出来る」

「それ除霊される悪霊の台詞だろ!」

「私の墓前にはBL小説を毎日10冊づつ捧げて欲しい」

「未練まみれじゃねえか!」


「とにかく、血も出てるし、誰かが日陰に運ばないと。俺、ティッシュならあるけど使う?」

 住吉は頭を掻いている。こんな変態のとばっちりを被らせてごめんな住吉。

 すっ、と秋月さんが俺の腕を掴んだ。

「武岡くん、お願いできる?」

「ああもう、分かったよ」


 俺は秋月さんに肩を貸し、一旦更衣室の方へ向かった。

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