おまけ 肝試しでの一幕
時刻は午後9時。通常の林間学校であれば就寝の近い時間であるが、我々は何故か、キャンプ場から続く山道に入り口に立たされていた。各々が懐中電灯を持って立っているものの、山間の夜は市街地のそれとは比べ物にならないほど漆黒の闇である。
昼間はあんなに心地よい鳥の声も、この闇にあっては地獄から聞こえてくる亡者の叫びのように響く。
当然、こんな場所に連れてこられた生徒たちからは不満の声が……漏れていない。逆に浮ついた声でヒソヒソ囁き合っている。
「えー、では予定通り、これから肝試しを始める。ルールは前も言ったがもっかい言うぞー。各班ごとのグループでスタートし、この道の先にあるサイコロを一個持って帰るだけ。質問無いな。それじゃ一班からスタート」
担任の先生はこんな時でも面倒くさそうである。
俺は俺で嫌な予感しかしていなかった。別にお化けが怖いからじゃないんだからね。
男子高校生なら女子と一緒に肝試しというのは誰もが憧れるシチュエーションではないだろうか。
「キャー」とか言いながら俺の身体にまとわりついてくる女子。「大丈夫だよ、俺がついてる」と落ち着いて答える俺。祝福のラッパを吹く鈴木。
だが残念ながら俺の班の女子は秋月さんしか居ない。
彼女がお化け嫌いなのは俺が怪談話をした時に発覚したわけだが、もし彼女が助けを求めるとしたら、それは……。
「なあ武岡、お前お化けって信じてるか?」
隣のでかい奴が俺に話しかけてくる。そう、問題は住吉が同じ班にいるということだ。住吉は以前、上級生に絡まれている時も俺たちを助けてくれたし、昼間もあの地球外生命体から地球を守ってくれた。しかもしかも秋月さんは元々住吉のことが好きである。
この状態でお化けが出た時、彼女がどっちに助けを求めるかは一目瞭然。俺が女でも住吉に抱きつくわ。
俺があまりに黙りこくっているので、住吉が顔を覗き込んできた。
「おい武岡、聞こえてるか?」
るうさいわね! 聞こえてるわよ!
「私は知ってる。武岡くんはお化けが怖いの」
「どの口が言ってるんだよ」
「強がらなくても良い。ちなみに私はお化けなんか全く怖くないわ」
「そう思うんなら俺のジャージの中から出てくれないかい、秋月さん」
秋月さんはさっきから俺のジャージに潜り込み、背中に頭をくっつけてガタガタと震えている。予防注射前の犬みたいな震え方だ。
「あっはっは、お前ら本当に仲良いよな」
こんな闇の中でも住吉の声は底抜けに明るい。
「そうそう、はみ出しもの同士お似合いだわ!」
突然、背後から黒い影がぬぅっと現れた。その姿を視界に捉えた瞬間、俺はこの世にお化けよりよっぽど怖い存在がいることを確信した。
そう、俺の背後から音もなく忍び寄ってきていたのは、地球外生命体系女子こと英里さんだったのだ。
「え、英里さん!? どうしてここに!?」
黒い、ヌタヌタとした体から鋭く光る目がぎょろりと俺の方を向く。あ、これは死んだかもしれん。
「何よ! 私がこの場にいたらおかしいっていうの!?」
いやこの場にいたらおかしいというか、この太陽系第三惑星ジ・アースの上にいることがおかしいというか。
「あ、いや、おかしいとかじゃないんだけどさ、昼間宇宙警察の人たちに連行されて行ってたから……」
「ふふっ、警察の一人に色仕掛けして逃してもらったのよ」
「なんて宇宙は広いんだ」
「にしも、暗いわね」
英里さんは辺りをギョロギョロ見回した後、スススーと住吉に寄って行く。
「ねえ住吉くん、私怖ぁい」
お前の方が怖いよ。
「おい、あっちからチャリが来てないか?」
住吉が指差す方を見ると、確かに道の向こうから自転車に備え付けられたライトの光らしきものが幾つか向かってきている。
「宇宙警察だ! そこの地球外生命体! 大人しくしなさい!」
チャリに乗ってきた一人が叫んだ。いや宇宙警察チャリで来るのかよ。同じクラスに地球外生命体いるわ、宇宙警察はチャリで来るわ、もうどうなってんだこれ。
英里さんはどんな反応をするのかと思って見ていると、ビクッと体を震わせ、怯えたように左右を確認し始め、こう言った。
「ええっ! 地球外生命体どこ!?」
お前や。
その後、英里さんが森に逃げ込んだため肝試しは中止となった。
唯一担任は「英里に危険はない。続行するべきだ」と言い、一人で森に入っていたがやっぱり出てこなかったため、クラスのみんなで心配しながら帰って寝た。
翌日、捜索に出た先生たちによって、担任は全裸で両手にもみじ饅頭を持って震えているところを無事発見された。




