10 お見舞い、行ってみる? 1
俺の父親はとても怖い。
家ではいつもバニーガール姿で過ごしている。
俺はそんな父を見て育ったため、つい最近まで「世の父親というものは家ではバニーガール姿で過ごすものなのだ、他の家でもそれが当たり前なんだ」ととんでもない思い違いをしていた。
中学生の時、友達の家でお父さんが普通の私服で過ごしているのを見てとんでもないカルチャーショックを受けたものだが、本来は逆のはずである。
そんな俺の父親は(家で華麗な蝶に変身する以外は)良くも悪くも昔気質の人で、融通が利かない頑固者だった。俺は昔から悪さをすると容赦なく鉄拳制裁を浴びせられて育ってきた。なお、彼の職業は警察官だった。もう一回言う。俺の父親は警察官でありながら、家ではバニーガールにメタモルフォーゼする。
何かあるごとに
「そんなんじゃろくな大人になれないぞ!」
と怒鳴られたものだが、いやお前が言うな。
その格好で警察官だというのはお前が逮捕される側なんじゃないのか、日本警察の産み落とした負の遺産だろ、という疑問を子供の俺は持つことも無く、ゲンコツを振り回す親父を忌々しく思っていた少年時代を過ごす。
そんな父親にも感謝していることがある。
俺が小学4年生の時、クラスの女子がイジメを受けていた。俺はそれを止めようとしていじめっ子の集団と口論になり、ついには取っ組み合いの喧嘩に発展した。多勢に無勢で、俺はかなり殴る蹴るの暴行を受けたのだが、突き飛ばした相手の一人が、頭を打って泣き出してしまった。
そこをたまたま通りがかった先生によって止められ、双方の親が呼ばれて話し合いとなった。運の悪いことに相手の親は市議会議員や地場企業の経営者など五人で、一方的に俺が悪いことにされそうになっていた。
しかし俺の父親は動じなかった。俺の言い分を全面的に信用してくれ、
「うちのせがれは理由もなく暴力を振るう男じゃない。先ずお前らのガキこそ女の子をイジメてたことへの制裁を受けるべきだし、そもそも五人で囲んで一人をリンチにするような奴らに謝ることなど何もない」
と、全く引かなかった。その父親の姿を、俺は初めて格好いいと思った。ちなみにその時もバニーガール姿だったが誰も突っ込まなかった。
しかし平行線に終わった話し合いから少し経って、父親が突然警察を辞めることになった。相手親からの圧力がかかったらしい。その時既に父さんと母さんは離婚していて、父さんは俺と妹を一人で養わなければならなくなった。しかも近場で働くと、また相手親から嫌がらせを受けるかもしれない。
そこで父さんは始発に乗って隣県まで行き、そこで解体昼間は解体屋の仕事をしつつ、それが終わると慣れない居酒屋のバイトを終電近くまで行い、それが終わってやっと帰宅するという、とんでもないサイクルで働き始めた。
深夜になってクタクタになって帰ってくる父親を見ていられなくなって、「俺も新聞配達のバイトするよ」と言ったのだが、
「お前は勉強と柔道だけしてろ」と、全く相手にしてくれなかったし、「家族で隣県に引っ越したら」という提案をしても、「父さんもお前も何も悪いことはしていないのに何故こっちが引っ越す必要がある。お前はそのまま堂々と学校に通っていろ」と聞く耳を持たなかった。
結局父は、再就職が決まるまで三年間、ずっとその生活サイクルをやり続けた。高校生になった今思い返しても、本当にとんでもないメンタルの持ち主だったと思う。
こんなおっさん今の時代には絶滅危惧種だろう。デッドデータリストとかに申請すればワシントン条約で保護されるかもしれん。
そんな父親に、俺が怪我をして入院することになったと報告した時の緊張をお分かり頂けるだろうか。もう頭の中は「山から落ちたくらいで骨折してんじゃねえ!」と怒鳴りながらぶん殴ってくる父親の姿で一杯だった。
怪我した上に父親から殴られる恐怖でいっぱいいっぱいだった俺だが、搬送先に来た父親は意外なほど上機嫌だった。
俺の好きな漫画に、お菓子を買い物袋一杯に買ってきて「大変だったな」と一言。
あまりに普段の父さんと違うため、これは父のドッペルゲンガーか、親父(ア〇ーラのすがた)なのではないかと本気で疑うほどだった。そのためどうして父さんがあんなに機嫌が良かったのか考察してみて、一つ思い当たったことがある。
前述した通り父親は警察官だったためか、正義感が非常に強く、何があっても自分を曲げない頑固さもある。だから俺の「同級生の女の子を守って骨折した」という行動は、父にとって息子ポイントが高かったのだろう。以前俺を庇ってくれたときと状況が似ているし、恐らくこの線で間違いない。
ともあれ父親の機嫌が良くて心底安心した。入院した俺の懸案事項の95%は父親のことだったので、一気に肩が軽くなった気分だ。担当医の話では、一週間ほどで退院出来るということなので、早く治して学校に復帰しよう。
しかし、俺の平和そのものだった入院生活は、ある一人の女によって世紀末くらい乱れ飛ぶことになる。




