178.どんなことがあっても
まるで地の底まで続いているような地中に凄まじい大穴が空いて砦ごと崩壊したが、街への被害は出ず、どうやら聖都は守られた。
「大地が崩れ落ちる……」
聖王国の保守派の生き残りが、やっとの思いで声に出した言葉。
それが、全てを物語っていた。
もはや、クーデターどころの騒ぎではない。
敵も味方もなく。
みな、聖女王アナスタシアとタダシの下に集って、協力を約束した。
新たな敵の登場。
アヴェスター大陸が、新たな滅亡の危機に見舞われていること。
その事実が、崩れ落ちる大地とともに如実に示されたのである。
大陸中の国家と国民は、タダシ王国の下へと武力を結集させて、進撃への決断を待っていた。
※※※
悩むタダシは、とりあえず大陸の中央部から、地中全体を神々の加護により神力のバリアで覆ったあと。
王城へと帰還した。
帰り際に、猫耳賢者のシンクーが尋ねる。
「バリアはどれくらいもつニャー」
「全域に張らないといけなかったから、半年か。三ヶ月か」
どちらにしろ、あまり時間的猶予はなさそうだ。
「暗黒大陸、いやネフィリム大陸だったかニャ。敵の領地に攻め込むのはかなり危険ニャー」
「だろうな」
このアヴェスター大陸から離れるということは、それだけタダシの受けている神々の加護は弱まる。
そして、敵の神力は増大するだろう。
今回の事件が始まってから、タダシも何もやっていなかったわけではない。
長期の戦役に耐えられるだけの食料と燃料の増産をしていた。
いつもは生産しすぎるとバランスが崩れるなどと言われていたが、今はそんなことを言っている場合ではない。
備えが生きたと言えるだろう。
「前人未到の他大陸に向かう、長距離の出撃。準備は、着々と進んでるニャ。でも……」
シンクーには色々言いたいことがある。
まず、情報が足りなさすぎる。
「ああ、最後の決断は俺の仕事だろう。ただ、今日一日は考えさせてくれ」
何もかもシンクーに押し付けてしまうわけにはいかない。
誰かが、決めなくてはならない。
シンクーは、港街で準備があるというので王城の前で別れた。
攻め込むのは、大陸全土から集まった海軍。
タダシだけではなく、皆の命を危険にさらすことになる。
そして、それを決定できるのは、今や大陸唯一の支配者であるタダシだけだった。
「やれやれ、責任重大だな」
立派になった王城を歩きながら、タダシは物思いにふける。
なにもないところから、これだけの城を、街を、国を築き上げてきたのだ。
「やたら責任を背負い込むのは、昔からのクセが直ってないんだな」
この世界に来てからも、来るものは全て受け入れてきた。
全ては、それによってできたものだ。
農家でスローライフをしようと思ってきたんだが、それがトントン拍子に大陸の王か。
「しかし、この状況も……」
王城を門から入って歩を進めると、赤子の泣き声が聞こえる。
「あら、タダシ様。おかえりなさい」
「ただいま。マール」
ゆったりとしたメイド服姿のマールは、くるくるとした黒髪の赤ん坊を抱いている。
タダシは、「だぁだぁ」と手を伸ばしてくる赤ん坊の手に指を握らせて言う。
「えっと、この子はリーグゥかな」
「正解です。よくわかりますね」
二百人以上の妻がいるタダシだ。
子供も、それだけの数がいる。
最近生まれた、吸血鬼女官たちの赤ちゃんは一気に百人も名付けしたので大変なことになった。
でも、タダシは頭を捻って一人ずつ名前を考えたので、なんとなくちゃんと認識できる。
「そりゃ、父親だからかな」
自分がこうなるとは、この世界に来るまでは思わなかった。
「なにか、お飲み物でもお作りしましょうか」
「いや、いいよ。それより抱かせてくれ。ああ、いい子だなリーグゥ」
タダシは、そのまま子供部屋へと入っていく。
なにせ二百人を超える赤ん坊を、それだけの数の女官達が交代で面倒を見ているのだ。
みんなが頭を下げてこようとするのを、「ああ、そのまま」といって手を振る。
まるで、巨大な託児所のようだった。
これだけの数で面倒をみれば、効率的なのかもしれない。
しかし、慌ただしく賑やかなものだ。
こっちでは、おっぱいを上げている列があるし、あっちではオムツを変えている列がいる。
これだけおぎゃあおぎゃあ泣きまくっている子もいるのに、そっちではグースカ寝ている赤子もいる。
「みんな元気だな。おおっと、アンリエッタ、こっちはヘンデルだな」
吸血鬼の女官達から、また声を揃えて「わかるんですか!」と言われた。
そりゃ、わかるよ。
魔族の人名辞典を読んで、うんうん唸りながら一人ずつの顔を見て決めていったんだから。
何百人いようが、自分の大事な娘、息子達だ。
見間違えるはずもない。
「うーん」
みんなに、この子はと、どんどん子供をもってこられて。
次々と抱いて名前を呼ぶうちに、タダシは頭をかかえた。
「どうかされました。はい」
マールが、冷たいハーブティーを持ってきて差し出した。
疲れが取れるような、優しい味だ。
「ああ、ありがとう。我が子らとのふれあいに、感動してたところだよ」
それにしても、この大広間一杯の子どもの数は、なんとしたことか。
我ながら、とんでもないことをやってしまったなと思う。
一人ひとりに父親としてかけられる時間のなさを思えば、申し訳ないとも思う。
でも……。
これも、幸せの形なんだろうなと。
「タダシ様によく似て、みんな元気に育ってます」
「みんなにも苦労をかける。子どもの世話は大変だろう」
タダシも、もっと頻繁に子育てにも参加できるといいのだが、とにかくやたらと忙しいのだ。
日常の農作業ですらままらないのに、あれやこれやとトラブルばかりで……。
凄くゆるい国なので、王としての儀礼はほとんどないことだけは助かってるのだけど。
まずもって、荒れ地を一から耕す作業は、農業神の神技を持つタダシがいないと回らない状況でもある。
「いえ、赤ん坊の世話は大したことではないんですけど、大変なのはあっちのやんちゃどもですよね」
そう言って、マールは中庭を指差す。
すると、そっちでは何やら小さな子供達が一緒に遊んでいる。
「でぃぐ!」
玩具のように小さな鍬で、ボコーッ! と、あたりの土をいっぺんに耕したのはマールの娘であるミライだ。
「なんだあれ、俺の真似をしてるのか」
「そうみたいです」
農業神の加護☆☆☆☆☆の加護を受けているからなせる技であろう。
子供が俺の真似をしているとおもば、可愛いものだが、それにしても……・。
「まだ、一歳くらいだよな。あんなに、しっかりとしたものなのか?」
この前まで、普通の赤ん坊じゃなかったか。
成長がヤバすぎる。
「プティのときは、そうじゃなかったですね。タダシ様の子どもだから、特別なんだと思います」
マールの最初の子、プティはというと。
妹であるミライの周りで、あたふたしている。
なぜかと言うと、ミライだけではなく他のタダシの最初の十人の子供が暴れまわっているからだ。
マチルダの産んだ男の子セージと、獣人の勇者エリンの産んだ男の子ユウキが、ものすごい勢いで木の棒で切り合っている。
お互い、一歳児とはとても思えない動きで、バシバシ叩き合っている!
「おい、マール! いつもあんな感じなのか!?」
「セージと、エリンはわんぱくなんです」
当然、攻撃があたるとケガをする。
その都度後ろから、イセリナの子リョウが、癒やしの魔法をかけているようだ。
セージとエリンが|英雄神の加護☆☆☆☆☆《ファイブスター》なら、リュウは|癒やしの神の加護☆☆☆☆☆《ファイブスター》を持っている。
「わんぱくってレベルじゃないだろ」
「リュウがすぐ治してくれるので、平気みたいです」
その近くでは、商人賢者のシンクーの産んだ男の子ケントと、獣人の大工シップの産んだ男の子タクミが、二人で何かをレンガで組み立てている。
……と思ったら、それはいきなり爆発した。
「おーい!」
「リュウが癒やしますから」
癒やしますからって……。
長男のリュウは、大忙しだな。
「危なすぎるんじゃないか」
「止めようとは、何度もしたんですよ」
でも、すぐどっか見えないところに行ってしまう。
「いくらなんでも、わんぱくがすぎるぞ!」
「タダシ様の子どもですよ。タダシ様だって、私達が止めようとして止まったことあります?」
いつも迷惑をかけている妻にそう言われると、タダシもぐうの音も出ない。
隠れてやられるよりはいいと、監視付きで自由に遊ばせているらしい。
ローラの産んだ男の子オリベと、アーシャの産んだ男の子ヒスイが、爆発した物から出た延べ板を二人してハンマーで叩いている。
どうやら、あれは魔法と工作を組み合わせて作ったある種の炉だったらしい。
魔力が強すぎて暴走してしまったのだろうか。
「なんだあれは、槍の穂先か」
タダシはもう危なっかしくて見ていられなくて、中庭にでていっていた。
さっきミライが耕した畑に、ベリーの産んだ女の子ミズホが、何か種を撒いている。
すると、いきなり畑からニョキッと枝が突き出した。
「おいこれは、小さいけどもしかして」
「せかい、じゅー」
ミズホは、嬉しそうにそういった。
この子も、農業神の加護☆☆☆☆☆を持つとはいえ、世界樹を生やすことができるのか。
「あはは、これはすごい。さすがは俺の子と、褒めてやったらいいのかな」
その横を無言で、リサの産んだ男の子リツがやってきて。
世界樹の小さな枝を引っこ抜いた。
そして、オリベとヒスイが作った槍の穂に、それをズンと突き刺す。
そのようにして完成したものを、リツがタダシのところに持ってきて、得意げに差し出してきた。
「おお、くれるのか」
なんと見事なものだろうか。
一歳児の子供達が、魔鋼鉄の槍を完成させたのだ。
握っていると、ある種の不思議な魔力を感じる、不思議なマジックアイテムだった。
メイド服姿のマールが、後ろから出てきてタダシに言った。
「みんな、お父さんといっしょに戦うつもりなんですよ」
「一歳児って、そこまで賢いものなの?」
この子たちが異常なのか、それともこの世界はそういう感じなのか?
タダシがびっくりして聞くとマールは微笑んで、「タダシ様の子どもですから」と、だけ答えた。
子供達は、みんなタダシの答えを待つように集まっている。
「みんなの気持ちは嬉しい。だけど、お前達はこの王城を守ってくれ。お前達なら、俺の留守を任せられる」
一歳児に向かって何を言っているんだ、という気持ちにはならない。
こんな立派に、何でもこなせる賢い子供達なのだ。
「とーと!」
リツが、タダシに向かって抱きついてきたので受け止めてやる。
すると、他の子供達も「だぁだぁ」と言って、みんな寄り添ってくる。
「とーと」とか、「だぁ」とは、お父さんという意味だろう。
よかった、しゃべりかたは年相応か。
これで、流暢な言葉をしゃべられたら怖いところだった。
紅帝竜の子タサラの例があるので、そうかもしれないと思っていたのだ。
神々の加護のせいか天才レベルではあるが、まだこの子達は人間寄りであるようだ。
もう数年経ったら、もっと驚かされるようになるかもしれない。
だが、それはまだ先の話だろう。
戦いに勝利して、世界の平和を勝ち取らなければ、先もないわけだ。
子供達に励まされる形で、タダシの覚悟は自然と決まって言った。
「さすがに、何が起こるかわからない敵地に、お前達を連れて行くわけにはいかないからな。この槍だけは、一緒に持っていくよ」
これは、子供達の心として受け取っておこう。
この中では、唯一まともに喋られる七歳児のプティが言う。
「みんな本当は、お父さんについていきたいんだからね」
「ああ、プティ。お前にも、寂しい思いをさせている。ちゃんと、お土産を持って返ってくるからな」
そう言って、タダシはプティの頭を撫でて抱きしめた。
実の子ではないといっても、マールの子プティもタダシの大事な娘だ。
後ろから、一緒にプティを抱くように寄り添ったマールが言う。
「私は、ついていきますけどね」
「えっ?」
「だって、長旅になるんでしょう。調理班は必要ですよね」
プティが、マールに向かって言う。
「お母さんずるーい!」
「私は、お仕事ですもん」
そう言って、マールはいたずらっぽく舌を出して見せる。
「ああそうだな、マールには付いてきてもらおうか」
一瞬、危険だからと止めようとしたタダシは、やはりマールにも来てもらうことにした。
今回の戦い、どうせタダシが負けるようなことがあれば、この世界はやがて滅ぶこととなるのだ。
そして、マールの乗り込む帰るための母船も絶対に守って見せる。
今回の遠征は、それくらいの強い気持ちがなければ、帰って来られるものでもないだろう。
一瞬の不安を、マールはちゃんと見ていたのだろう。
マールは、プティといっしょにタダシを抱きしめて言った。
「大丈夫ですよ、タダシ様」
「そうか、そうだよな」
「この先に、どんなことがあっても私達は幸せですから」
「ああ、そうだな。お前達の幸せは、必ず俺が守る」
そして、必ず勝ってここに帰って来るのだ。
タダシが思っている以上に、みんなに思われている。
たくさんの家族に囲まれる暖かさを感じているうちに、タダシの心の中から未知への不安は消えていった。
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