175.世界の命運を背負って
タダシは、王城のキングベッドの上で起き上がった。
すでに時刻は朝であり、窓の外から朝日が差し込んで小鳥がチュンチュンとなく声が聞こえる。
昨日、女神フォルトゥナの酒を出しだされたあとの記憶が、ほとんどない。
ベッドには寝乱れたセイレーン・エコーズの五人に、ついでのように猫耳賢者シンクーもベッドに沈んでいた。
こうなることを望んでいたシンクーは、してやったりという笑顔である。
タダシとしては、困惑するばかりだ。
エプロン姿の獣人の妻、マールがお盆に飲み物を持ってきていう。
「タダシ様、また派手にやりましたね。はい、お水です」
タダシは、ありがとうと受け取って、美味そうに爽やかな水を飲み干す。
水に含まれるほのかなレモンの味が、マールの優しさを感じさせてくれる。
ほっと人心地ついたタダシは、頭を抱えて言う。
「もしかして、俺はまたやっちまったのか」
いやこれは、もしかしなくてもやってしまっている。
おぼろげながら、昨晩の記憶を思い出そうとするタダシ。
ぼんやりとした桃色の記憶。
これが、酒に飲まれてというのであれば問題だろう。
ゴソゴソと音がして、色っぽく寝乱れた姿の女神フォルトゥナ様が姿を現す。
ウエーブのかかった桃色の長い髪を指でもてあそびながら、タダシに艶のある視線を向ける。
「タダシ、昨晩は素敵な一夜でしたね。まったく、女神としては不覚でした。情熱的なタダシの求愛に、思わず応えてしまうなんで……」
あまりのことに、タダシは叫び声をあげてしまった。
「うわぁ! 俺はなんてことを!」
もしかして、女神様まで手を出してしまったのか!
そうだとすれば、これはいよいよ大変なことだ。叫ぶのも無理はない。
「アハハハッ、冗談ですよタダシ」
「心臓に悪いので、からかうのはやめてくださいよ!」
昨晩の記憶がうっすらとしかないため、ほんとにやってしまったのかとびっくりした。
それくらい自分の暴走に、近頃自信がもてないタダシである。
「私は、神格存在ですから地上の者とまじわることはできません。昨晩のタダシのたくましい姿は、しっかりと見てましたけどね」
「ええ……」
昨晩のことをぜんぶ見られていると言われて、さすがに恥ずかしくなるタダシ。
「あと、女神フォルトゥナの名のもとで、セイレーン・エコーズの五人との結婚の儀も済んでいますからご心配なく。はい、これが儀式につかった指輪です」
そう言って、女神フォルトゥナは、金やプラチナでできた指輪を五本渡してくれる。
「ありがとうございます」
百人以上の妻がいるタダシは、もはや結婚指輪を指にハメることができないので、紐で通して懐に入れて持っているのだ。
根は真面目なタダシは、結婚することにこだわっているのだが、もはやこうなると何が真面目なのかわからなくなる。
思えば遠くに来てしまったものだ。
「あと、記憶が薄れているのも心配はいりません。夜の生産王モードに入っているときに自我が薄れているのは、タダシの存在が神により近づいている一時的な現象でしょう」
「自我が薄れる、ですか?」
タダシの声には答えず、マールに供物としてアイスカフェラテにクリームを入れてと注文する女神フォルトゥナ様。
女神様なのに、すっかり地上に染まっている印象だ。
さっきまでずっとふざけていたのに、突然女神様らしいことを言われてもなあ。
「神格存在である我々は、人間のような自我をもちません」
「めちゃくちゃ人間っぽくみえるんですが」
美味しそうにクリームを浮かべたアイスカフェラテを飲んでいる女神フォルトゥナ様や、他の酒好きの人間らしい神様に自我がないとは思えない。
「人間にわかりやすいように、こうした姿をわざと見せているのですよ。それが私達のおちゃめなところですね」
「はあ……」
自分でおちゃめというのかと苦笑してしまうけど、女神フォルトゥナ様のいたずらっぽい笑顔を見ていると、似合っていないこともない。
「人の枠を超えたタダシは、次第に人格が薄れて神格に近づいてのでしょう。いや、人でありながら、神の力を兼ね備えた新たな存在になりつつある、と言うべきかもしれませんね」
「人でありながら、神ですか」
自分の手を見て、タダシはつぶやく。
とても、そんなだいそれた存在になっているとは思えないのだが。
「きっと、すべては必要なことなのです。この地の者と深く交われば交わるほどに、タダシの運命は強くなるでしょうから」
いつの間にか、幸運を司る女神フォルトゥナ様は、運命の輪の付いた杖を持った神らしき姿なっていた。
「はい」
タダシも、ちゃんとした服に着替えて結婚指輪を懐にしまいこむと女神フォルトゥナ様の前にひざまずく。
「思えば奇縁ですね。世界最終戦争のときに、私は存在の消滅を覚悟しました。あのとき、このアヴェスター世界が終わらなかったのも、すべてはタダシのおかげでしょう」
「いやいや、神様方がお力を貸してくれたおかげですよ」
「タダシがそう言ってくれると、私達神々も、始まりの女神アリア様も、心が楽になります。敵の姿は、すでに見えかけています。かつてこの世界を無理にでも存続させようと願った、我々神の過ちによって生まれた歪みですね」
「それが、反神の軍師シェイドというやつが言っていた、反神の力ですか」
女神フォルトゥナ様はそれに頷いて、運命の杖についた運命の輪を回して言う。
その先には、未だに不安定に弱々しく存続しているこの世界の理が、おぼろげに見える。
「始まりの女神アリア様も、滅びゆくアヴェスター世界を救おうと必死でしたこととはいえ、あまりにも無秩序に振るわれた創造の神力は強い反動を生み出してしまった。我々だけがそれを神力で正そうとしても、さらに歪みが大きくなっていくだけなのです」
「俺なら、それをなんとかできるでしょうか」
「この世界を滅ぼそうとした暗黒神ヤルダバオトのときは、それができた。そして、タダシならば再びできる。私達はそう信じて、今必死に神力をタダシに送っているところです。我々の都合で、タダシ達に迷惑をかけていることを深く謝罪します」
「いえ、頭をあげてください」
もはや言うまでもないことだが、タダシは一度命を失ったところを救われたところなのだ。
加護を与えてくれた神々のために、そして自分に今一度生きがいを与えてくれたこの世界のために、全力を尽くす覚悟はできている。
「まったく、これでは立場が逆ですね。本来なら世界と地上の人々を守るべき神々が、この世界を救ってくれとタダシに託して祈るしかないとは……」
情けないものですと、女神フォルトゥナ様は苦笑する。
「安心してください。頑張っているのは、俺だけじゃないんです。この世界のみんなが生きたがっているんですから、きっとなんとかしてみますよ」
一度は滅びかけたというこのアヴェスター世界。
その大地にいるすべての人々が、生きることを望んで日々頑張っているのだ。
神々にすらどうしようもない命運が、この地上に生きる小さな無数の意思を束ねることで、動くかもしれない。
そう今のタダシに感じられることが、女神フォルトゥナ様の言う、この世界との絆なのかもしれないと思えた。
そこに、マールが入ってきて言う。
「タダシ様、いま聖王国から緊急連絡がありました。聖王国の保守派が、反乱を起こしたと」
タダシがそれに応える前に、いつのまにかこちらも正装をしていたシンクーがツヤっとした顔で言う。
「ついに、反神の軍師シェイドが動いたニャー!」
聖王国の保守派を煽って反乱を起こす。
まさに、反神の軍師シェイドがやりそうな陰険な一手である。
「もしかして、これがシンクーの言っていた、敵をハメる罠ってやつか?」
「フフッ、もちろんそうニャ。敵も焦ったようニャ、こっちの張った罠にまんまと喰い付いたようニャよ」
シンクーがそういうなら、心配はあるまい。
「そうか。じゃあ、聖王国に行こうか」
マールは、タダシの上着を持ってきて言う。
「いってらっしゃいませ、タダシ様」
「ああ、マール。行ってくるよ」
そして、またこの世界を救ってここに帰って来るのだ。
マールから受け取った上着を羽織るように、世界の命運まで軽々と背負って見せて。
タダシとシンクーは、クルルにまたがって瞬く間に聖王国へと駆けていくのだった。
4月30日に、生産革命のコミック7巻が発売になります。
それにあわせて3章終わりくらいまで更新していきます。
聖姫アナスタシアが活躍するめちゃくちゃ面白いところですので
コミックのご予約ぜひよろしくお願いしますm(_ _)m




