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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第四章 竜の呪い、娘の願い
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竜の呪い、娘の願い (四)

 フレイ・マルボナという少年は、自分自身が猫人であると信じてやまない。

 というより、猫人の身体を持ち、猫人としての記憶を持ち、そして猫人としての血を持ち、猫人としてのそれら以外を持たない彼には、自分が猫人ではないのだ、などという発想がそもそもない。

 敢えて猫人の範疇を外れているかもしれない、つまり『フレイ・マルボナというおいらの才能かもしれない』と彼が自覚しているのことは、直感に関する異常性のみである。

 直感。

 少なくとも彼が、他者にそれをそうと説明している。

 それは『そう説明したほうがまだしも信じてもらえそうだから』であって、本来の意味での直観とは別のものであることを彼は認識しているからに他ならない。

 だから彼が持つ本当の意味での『直感』は、精々猫人の中でも精々、「鋭いなあ」、と感想を与える程度にすぎない……まあ、それでも十分すぎるのだけれど。

 では、彼が『直感』と表現するものの正体は?

 ほんの少し前。

 フレイはそれの超劣化版を、リモネに教えていた。

 つまり『精霊(あいまい)意思疎通(おはなし)をするための感覚(チャンネル)』。

 リモネはフレイによってその感覚の紛いものを獲得した結果、それを強く意識することで開く事ができるようになったが……それは、余りにも負担が大きいものだった。

 確かに精霊と直接、意思疎通(おはなし)ができるというのは便利で、より精霊魔法を強くしたり、大量の精霊に一括で指示を与えたりできるのだが、問題はその感覚が一方通行ではないと言う点である。

 発話によるお願いとは異なり、その感覚は『双方向』。それを開いている間は、精霊の感情や想いが伝わってくるのだ……その感情や想いはダイレクトに、意思、思念として伝わってくる。それこそ、環境音のように、視界の隅に入る影のように、空気の肌触りであるかのように。

 元々なかったそれを維持しようとすれば、あっというまに摩耗するのも無理はない。

 それでも、十分に切り札になるほどの性能であり、リモネはその才能だけで、既に師であるオランジュを超える規模で精霊を扱えるだろう。

 では、フレイは?

 フレイはそんな感覚が常時、開きっぱなしになっている。

 というより、『閉じることが出来ない』。そう言う体質なのだ。

 他の猫人はそんな体質を持っていないので、他の誰よりも精霊と近いという意味で、それが『才能だ』と彼は思っていた。

 『精霊のお気に入り』という概念をアンスタータとの旅の中で知った彼は、自分がそれなんだろうなあと思ったし。

 事実、『精霊のお気に入り』という概念にその才能は似ているし、大枠で言えばそれで間違いはないのだ。

 そう。

 フレイ・マルボナと言う少年が持つ類まれなその『直感』の、実際には『直感』とは違うもの。

 それは常時精霊と交信し続けているが故に、自然と距離に関係なく、あらゆる概念を常に手に入れると言うこと。

 その中から、彼は自分と、彼にとっての恩人であるアンスタータになんらかの不利益が発生しうるものだけを聞きとって、それ以外のことは聞き流しているというわけだ。

 いわば、『精霊の告げ口』。

 精霊という概念の集合体による、概念という段階での『危機察知』。

 だからこそ、彼は自身やアンスタータに降りかかるであろう不利益に対して、距離を関係なく察知する。

 察知すると言うか、教えられているのだ。

 彼は今日も、大型船の貨物室、その片隅で、うつらうつらとしながらその瞬間を待っていた。

 精霊は言う。そろそろだよと。

 精霊は言う。もうすぐだよと。

 彼は笑う。そうか、もうすぐかと笑う。

 何が起きるのだろうか。

 そこに不安が無いと言えば嘘になる。

 きっと碌でもない事だろう。

 なんとなくそう思う。本物の直感のほうで、そう思う。

 うつらうつらと夢うつつ。

 船に乗り込んでからと言うものの、彼はだんだんと強く長くなる眠気に、抗っていた。

 抗っている。

 けれど、そろそろ。

 抗いきれなくなるのだろう。

 うつらうつらと夢うつつ。

(ねむたい……)

 うつらうつらと夢におち。

(たーたは……どうか……)

 うつらうつらと夢のなか。

(どうか、無事でありますように……)

 そして胡蝶は、翅を休めるかの如く。

 深く浅く甘く苦い、眠りの底に墜ちてゆく。


 精霊という存在が何よりも命令を嫌い支配を嫌う存在である事は、精霊を認識できる者にとっては周知の事実にして完全の既知、常識であって前提である。

 だからこそ、精霊魔法はあくまでも『お願い』によって発動するし、それを阻止する場合も『お願い』だ。

 だが、何故精霊がそういう存在なのか……支配されることを、命令される事を嫌うのかという点については、明確な答えをヒトは出せていなかった。

 『単にそういう存在(もの)だから』という考え方や、『その存在は次元の異なる何かであって、我々以上の知性を持つ』という考え方、『ヒトが未だに正しく認識できていないから』という考え方もあり、定説らしい定説はなく有力な説さえ無く、十人の権威に聞けば十通りの答えが返ってくるであろう命題だ。

 だからこそ、権威は表向きには、『わからない』と答えている。それについては十人の権威の十人が共通して得た『認識』だったのだ。

 そして今。

 その真実を知らされた権威の一人、オランジュは、深く納得していた。

 精霊は既に別の何かに支配されている、つまり別の何かが絶対的な所有者、使用者として登録されている状態なのだ。

 故に、それ以外の存在からの命令や強制、支配を、『ルール違反』だと嫌い、お願いならばまあ、聞いても良いかな、という状態になっているのだろう。

 その支配者を国王と捉えれば、精霊とは臣下である。

 臣下に命令できるのは国王あるいはそれに類するものだけであり、それ以外からの命令は、よほど切羽詰まっていない限りは聞く義理が無いし、無礼だと怒る。

 だが、お願いならば暇をしている臣下にできるかもしれない。そのお願いを臣下が聞いた結果、どんな反応(リアクション)がされるかは別として。

 この例えにおいては国王あるいはそれに類するとされるのが『王虎竜(ブランクドラゴン)』。王の名を戴く竜種、精霊を支配するに不足はない。

「もうね。まあ、納得はするけれど。我々ヒトの概念は、やっぱり遅れてるなあ……」

「ですね……」

 一方で、リモネはリモネで、一つの経験に漸く、本当の答えを得た気分だった。

 それはアンスタータと手合わせをした時の事、その二戦目、全力をもって精霊魔法を行使しようとした彼女に対し、フレイはただ、威嚇をするだけで止めさせた。

 これは後に『精霊のお気に入り』だったからだろうと結論したが、それはその程度の才能で実現できるかどうかが微妙である。

 だが単に、彼が実は『王虎竜』であり、だから精霊に対する『命令』ができる稀有な存在で、精霊を支配しているが故に精霊魔法をただ、威嚇だけで止めることが出来たのだと、そう考えたほうが自然である。

 彼が己の正体を忘れても、フレイが支配者であることを精霊は感じとり、故に彼に色々と便宜を図ったのだろう。

「…………」

 スカウフはアンスタータの真相と同時にフレイの真相に驚き、アンスタータの真相には感心したが、フレイの真相、精霊の真相についてはスタンスを決めかねていた。

 話を聞く限り、なんというか、もはやそれは『ヒト程度』どころか『竜種程度』でさえもどうにもならない存在である。

 全軍を同時に一か所に対して集中運用する事ができるという、できもしない仮定をしたうえで、周辺諸国の援軍があっても、恐らくヒトだけでは秒単位で時間を稼げるかどうかといった程度だ。

 そして竜種にしてもそれは同じで、恐らくこのィシヴェーという黒曜竜の里に住まう者たちが全員で当たっても、勝機は薄いのだろう。

 薄いと言うか。

 無いのかもしれない。

 だから、『最悪』。『災厄』か、と。

「さて?」

 そんな事を思案する三人を見ていたアンスタータ自身も、思案を必要としていた。

 最悪を抑圧する代替品、それが彼女に託された力と同時に架せられた使命である。

 その最悪は今、抑圧の元から去ってしまった。

 ィシヴェーが来なければ、その本当の意味にさえ気付けなかっただろう……その点については後々いくらでも反省するとして、今はィシヴェーが来たことに寄る、フレイが察知したはずの災厄についてを考えなければならない。

 フレイが察知した災厄。

 フレイが存在する事によって発生する災厄。

 それはフレイ・マルボナという存在の覚醒で間違いが無い。

 彼は何処まで、それを察知できていたのか。それは断言できないけれど……自分自身が災厄そのものだ、とまでは気づいていないのだろう。

 それでも、自分自身を中心にそれが起きる事は察知した。だから有無を言わさず策を弄して距離を取った。そう考えるのが妥当だ。

 フレイは間違いなく全力で隠れて、全力で逃げている。災厄からアンスタータを遠ざけようとしての行動だ。だからそれは、徹底されているものであると考えるのが妥当だ。

 ここで問題になるのが、彼の非戦闘スキルの高さである。

 これまでの旅において彼女は多大にそれの恩恵を受けてきたが、とにもかくにも、彼の戦わないスキルと、戦わないためのスキルは高い。

 彼が居たから、寝る場所はそれこそ、彼が大丈夫と言えば道端でも安全だし。

 彼が居たから、様々な追っ手を撒ききることができたわけだ。

 例えばそれは、戦場を横断しなければならないような状況でも、彼が全力を尽くせば戦場に置いて戦いが行われているど真ん中でさえも、素通りできるほどである。

 そんなスキルが徹底して完全に使われているならば、アンスタータにはもはや、フレイの居場所を探る、フレイの居場所を手繰る術はない。

 精霊魔法も当てにはならない。フレイが『王虎竜』である以上、そして今、活動している『王虎竜』がフレイのみである以上、『全ての精霊はフレイを最も優先する』だろう。

 だから、『勘』。

 あるいはこれまで共に旅をしてきたアンスタータが培った経験から、フレイ・マルボナとしての彼の思考をトレースするしかない。

 フレイならば、その状況に置いてどうするか?

 ……まあ、明確なフレイの状況もわからないのだ。だから、トレースをしようにも、最低限の前提が掴めないので、そもそも不可能だが。

「とりあえず、よ。ィシヴェー。痣、戻しておいて」

「ああ。それもそうですねぇ」

 ィシヴェーは手をアンスタータに向けると、痣はするすると身体を移動し、服の内側へと消えて行く。

「それとついでに聞きたいのだけど、ィシヴェー、レイの居場所わからない?」

「無理ですねぇ。こちらはさほど、探知能力が高いわけではありません。彼が猫人の姿である限りは、精霊の僅かな違いから察知するほかありませんし……」

「じゃあなんであなたはレイの異変に気付けたのかしら」

「それは、単に『王虎竜』としての覚醒……つまり、それとしての気配が漏れ始めたからですねぇ。もっとも、『それが世界のどこかに居る』という程度で、『どの方角に居る』とかも解りませんよぉ。彼が完全に覚醒すれば、別ですけどねぇ」

「…………」

 そして完全に覚醒されたら、もはや打つ手はない。

 だから探知のしようが無い。

 もはや打つ手は無く、完全な手詰まりだ。

「…………」

 だから、もう、この状況からフレイが何を考え、どう行動したかを読み解くしかない。

 不可能だとしても、それ以外にやれることが無いのだ。

「レイならば……レイが、自分を中心に何かが起きると判断したならば。あの子は無駄な犠牲を嫌うから、そう言う意味では『私から離れる』……でしょうね」

「そうだね。それは間違いないだろう。僕も彼に詳しいわけではないが、彼の性格はある程度読めて……うん? ああ。そうか。そう言う手があるか……」

「何、スカウフ。妙案でもあるの?」

「あると言えばあるし、無いと言えば無いな。ィシヴェー氏。一つ聞きたいのだが。ヒトを一人運ぶことは、あなたにならば可能かな?」

「ヒトを運ぶ?」

「ああ。距離はここから王都までで、可能ならばどのくらいの時間がかかるか教えてもらいたいのだ」

「それは、本来の姿でも良い……んだよねぇ? ならば、一人と言わず十人くらいまでならばいっしょに移動させられるよぉ。ここから王都ならば、うーん、急げば十五分くらいかなぁ……」

 『よし』、とスカウフは笑みを浮かべる。

 ヒトでは片道五日ほどの日程でも、竜種、まして黒曜竜の長老格ならば、それこそちょっと近所に……の感覚で動けるのではないかとの思惑で、見事にそれにィシヴェーが答えた形である。

「アンスタータ。ここで立ち尽くしても意味はない。そして君にも僕にも、恐らく彼の……フレイくんの行動は読めない。けどね。世界は広い。一人いるだろう、『フレイ・マルボナと言う少年が、どのようなシチュエーションで、どのように動くかを読みとれるであろう人物』が」

「…………」

 突然何を言い出すかと思えばまた良くわからない事を言いだしたなあとかアンスタータは思うが、しかしどうもそうではない。

 何かの根拠があるようだ。発想を少し広げて解釈する。

 立ち尽くしても意味はない。その通りだ。

 行動は読めない。悔しいけれど、それもその通り。

 世界は広い。確かに広い。

 世界。

 世界?

「アサイアール・ジ・モール。彼女の依頼を君達は受けたのだろう? 彼女の事だ、恐らく彼女は君のこともフレイくんのことも分析を終えている。どのように動くか。それを追跡して貰う事は不可能ではないだろう」

「たしかにサヤなら可能かもしれないけれど、え? でも無理じゃないかしら。私は彼女と親交があるわけじゃないし、あなただって公国にそこまで顔は広くないでしょう。ィシヴェーにお願いして移動するにせよ、国境を越えて公国に行くのは……」

 厳しい。無理ではないだろうが、色々とその後の『問題』になるに違いない。

「安心したまえ、アンスタータ。アサイアール・ジ・モール大公。彼女は今、王都に居る」

「……は?」

「あの時の小競合いの後始末としての話し合いを父上としているのさ」

 それは微かな。

 けれど確かな、希望の灯だった。

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