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竜に恋した小娘と、娘に従う小猫の噺  作者: 朝霞ちさめ
第三章 森の同胞、純血の果
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森の同胞、純血の果 (六)

「長らくお待たせしました、アンスタータさん。無事に例のブツ、完成しましたよ。鞭を武器として作る日が来るとは、なかなか想像しませんでしたが……しかし、こちらとしても良い経験をさせていただきました。ありがとうございますね。さて。前置きはこのあたりにして、今回製作した『鞭』の説明をさせていただきます。まずは基本構成。この鞭は黒曜竜と金剛竜の鱗を七重に、始原竜のにかわを用いて接合しています。薄い金色は金剛竜、艶さえも飲むような黒色は黒曜竜の鱗です。一本あたりの長さは三メートル……に加えて、鞭の先端、その片方には、このような、指が二本から三本ほど入るリングが付属しています。リングは原石竜、深淵竜、黒曜竜に金剛竜の竜種素材を用いて精錬した特別製ですから、明確な意図を持ってしても、通常の手段では、異常の手段でも破壊する事は叶わないでしょう。但し、取り外しは可能です。その場合は鞭の根元の方に機構がありますから、それを操作して下さい。

「このリングは、鞭を武器として使う際に重しとして以外にも、鈍器としても扱えます。殺傷能力については腕次第と言ったところですが、頑丈である以上、素早く動かす事ができればなかなかの破壊力を持つでしょう。但し、それはおまけ程度に考えてくださいね。それの本質は拡張です。リングに、鞭でリングが付いていない側の先端を引っ掛けると、自然と接続されるようにいなっています。一本あたり三メートル、が十一本ですから、最大で三十三メートルの長距離射程をもった近接武器になります。重量(ウェイト)バランスは、接続していてもしていなくても、同一になるように設計していますから、単純に射程距離を伸ばしたい場合などには接続し、逆に射程が必要ないならば解除し、短く持った方が動かしやすいでしょう。また、一つのリングに接続できる鞭の数に制限はありません。ですから究極的には、一本を持ち手として残る十本を一つのリングに集合させておき、鞭でありながら『面』の攻撃も、できるわけです。そのあたりはアンスタータさん。あなたが試行錯誤して、どのように扱うかを決めてください。

「一本あたりは長さ三メートル、幅は五センチほどです。これは二度まで『折りたたんで固定する』ことが出来ますから、『三メートル』、『一メートル五十センチ』、『一メートル』、『七十五センチ』の鞭として扱う事が可能です。但し、折りたたんだ分だけ幅は広がります。『七十五センチ』として扱う時は、幅が二十センチほどになりますね。ああ、厚みはかわりませんから、さながら『帯』や『襷』のような形に見せる事もできると思います。そしてこの鞭。素材が豪華ですから、適当に身体に巻きつけるだけでも、あらゆる防具よりもより強靭な防具になります。むしろ軽い上、形状が自由ですから、新しい鎧の形と言えるかもしれません。ああ、ちなみに全部で十一本ある都合上、全てを最短の七十五センチに折り畳んでいたとしても、八メートル二十五センチほどありますから、そのあたりは工夫して下さい。言うまでもないと思いますが、必要な分だけを持ち歩くというのもありでしょう。

「そうですね、あと説明する事は……やはり、というべきなのでしょうか。本来鞭と言う形状は武器に向かないのです。殺傷能力が皆無ではありませんが、極めて低い。『殺さずに、可能な限り傷も付けずに痛めつけたり捕縛するための装備』です。一応、リングを錘としている以上、それを振りまわすだけでも三メートルの射程を持つ鈍器としての効果はありますが、これの性能を存分に生かしているとは言い難いでしょう。が、これも注文通り、ですよね。殺傷用ではなく拘束用。攻撃用ではなく防御用。そう言う意味で、これは何よりもすばらしい性能を持っていると自負します。まずは一メートルの状態で。そこからだんだんと伸ばして、最終的には三十三メートルまで、自由自在に操れるようになれば、恐らくこの世のあらゆる『攻撃』を『攻撃によって防御』できるようになるでしょう。攻めは最大の防御なり。故に防御のための、制限を架すことを主目的とした武器です。

「それでは、今後、その鞭……『廃棄教鞭(ロードメイカー)』の所有者は、アンスタータさん、あなたです。

「御武運を、お祈りします。」

 それはかつて。

 アンスタータがその鞭を受け取ったその時の事……。


 三十メートルの鞭は、三メートル毎のリングによって連結されている都合上、普通ならば一本の撓る鞭としては機能しないように見える。

 だが、そのあたりは制作者が『スケイル』という、こと竜種素材を扱わせれば世界最高の技師だった。摩擦やギミックを駆使して、それをできるようにしているのである。

 もちろん、だからといって三十メートルにも及ぶ長すぎる鞭を扱えるのは、よほど腕に自信のある、そしてよほどの訓練を積んだ者くらいだ。

 アンスタータは、そのどちらにも当てはまる、およそ世界に一人しか居ないであろう、『鞭使い』だった。

 一瞬にして鞭は彼女の手元から跳ね上がり、まるで生き物であるかのように空へと立ちのぼり、一瞬にして始原竜の右脚に巻きついた。

「■■■――!」

 それに気付いた始原竜は咆哮し、しかしアンスタータは手元を軽く手繰るだけで、竜はよろめき地面へと近づいた。

 ほんの少しとはいえ、その移動を認識したアンスタータはにたりと笑うと、鞭を左右上下に自在に動かし、少しずつ、確実に、地面へと。

 竜がそれへの抵抗をより強くした時だった。

 ぶちん、と。

 そんな音を立てて、何かが切り離される。

 何か。

 それは、始原竜の右脚。である。

「 」

 声なき空気の振動で始原竜は叫ぶ。

 アンスタータは右足が落ちてくるよりも先にまたも鞭を動かすと、今度は始原竜の尻尾に鞭は巻きついて、やはりぶちん、と音を立ててもいでしまう。

 片足に加えて尻尾を失ったことでバランスを崩した始原竜はよろめき、地面へと近づく。やっと右足が地面に落ちて、どすんと周囲に振動を伴い……その頃には始原竜の左翼に鞭が絡みついていて、やはり、ぶちん、ともぎ取られる。

 片翼をもぎ取られた竜は、飛行を維持できず、半ば墜落するかのように地面へと落ちてくる。

「……ふむ」

 目的通りとはいえ、若干落ちる場所が危ないか。

 アンスタータはそう判断してか、鞭を四方八方へと縦横無尽に操ると、まるで網のように張り巡らせる。

 その網に落ちてきた始原竜は、そのまま鞭に全身を縛られて……。

 ぶちん、と。

 アンスタータはそのまま始原竜の首をもぐと、胸元を『崇拝借剣』で念入りに抉った。

 戦闘開始から十秒弱。

 それが戦闘と呼べるのかという点についてはともかくとして、至極あっさりと、竜殺しはまたも為されたのである。

「に。相変わらずだねー。始原竜に何にもさせないで殺し切っちゃったし……まあ、『廃棄教鞭』をタータが使うなら、当然か」

「そう言う事よ。さて。助かったわ、リモネ。あなたのおかげで射程距離に収まったわけだし」

「いえ……。私はほんの少し、飛行高度を下げただけですから……」

 なんとか解答をしつつ、地面を伝う竜の血にリモネは眉をひそめた。

「驚きました……。まさか、そのような武器があって、しかもこれほどまでとは……」

「『廃棄教鞭』はいわば、私にとっての奥の手だからね……本来は他人に見られない場所でしか使わないんだけど。だからリモネ、内緒にして頂戴。ほんの少しでもそこに不安があるなら、対処法を教えるわ。どうする?」

「……えっと、口は堅い方ですから、大丈夫です。……けど、その対処法とやらには興味がありますね。どうやるんですか?」

「知りたい?」

 アンスタータは鞭をひゅん、と一度だけ動かしながら答える。

 リモネは、流石に悟った。

「遠慮します。そして天命に誓って内緒にしましょう。……けど、この死体はどうするんですか。今は里の皆も気絶したままですから大丈夫ですけど、見られたら……」

「に。大騒ぎは待ったなしだよね。……んー。解体に半日くらいかけて、保管してる暇があるかどうか微妙だよ、タータ。後始末どうするの?」

「そうねえ……」

 竜を殺す事それ自体は特に問題ない。

 むしろ後始末が大変だ。

 そんな態度をアンスタータとフレイが取るのを見て、リモネは住んでいる世界が違うのではないか、という感想を抱いたが、なんとか口には出さず。

「あ、いい事思いついたよ、タータ」

「なにかしら」

「共犯者になってもらうんだよ。おいらとタータのことを内緒にすることを一方的に守れ、なんて言ってもアレだしさ」

「……なるほど、それは良い考えね」

 なんだろう、とても碌でもない考えのような、そんな奇妙なものをリモネは覚える。

 覚えると言うか、感じる。ひしひしと。

「そう言うわけよ。リモネ。あなた、竜殺しになりなさい」

「はい?」

「だから、この始原竜を殺したのはあなたってことにするわ。まあ、あなたなら精霊がいるし、不可能じゃないでしょう」

「……いや」

 思いっきり首を横に振ってリモネは抵抗を試みた。

「いやいや。確かに冒険者として竜殺しの英雄に憧れないと言えば嘘になりますが、身の丈に合わない称号を得たところであまり意味はありませんし。実際この竜を殺したのは私ではありません。それに私の精霊魔法は、王国にいる『本物の魔法使い』のなかではもっとも劣るものですから、他の魔法使いに指摘される可能性も高いです。だから無理です。はい」

「そうでもないよ。精霊魔法ってその時の精霊次第で効果は増減する。まして始原竜なんてやつと敵対して追い詰められたリモネは、後先考えないで大量の精霊を行使したら、なんか倒せた。そういう筋書きにしちゃおう」

「いやいやいやいや。フレイくん。それは無理筋です。大体、精霊魔法で首をもぎとるなんて、どんな精霊ですか。怖いですよ」

「たぶん風の精霊がなんとかしてくれたんだよ」

「たぶんって」

「じゃあ木の精霊で」

「じゃあって」

 しかも微妙なダジャレになっている。衰退しそうだ。

「強情だなー。じゃあさ、一個いい事教えてあげるから、それで手を打ってよ」

「いい事……ですか?」

「うん。精霊についてのいい事。たぶんリモネはそれを知らない。だから精霊過剰干渉の忌避なんてものが出てくるんだよ」

「…………?」

 フレイは笑みを浮かべたまま。

 ただ、視線を鋭くして、リモネに向けて言う。

「リモネはさ。精霊にお願いする時、単純変換した言葉でやってたよね」

「ええ。といっても、あれは私に限らず『本物の魔法使い』ならば必修ですが……。それが、どうしましたか?」

「それをするから、精霊過剰干渉の忌避、って現象が起きるんだ」

「…………? ですが、あれをしないと……普通の言葉では、精霊に誤解される事も多いですし」

「そうだね」

 あっさりとフレイは頷き、手をリモネに差し出す。

「握手。してくれる?」

「……ええ、構いませんよ」

 一体何故、そんな事を今、急に言いだしたのか。

 不信は覚えつつも、握手に応じる。

 その時だった。

 今、フレイはリモネに対して、もう一歩近づいて欲しい、と……そう願っている。

「この……感覚は……」

「通じた? おいらの意思。通じたなら、やってみて」

「…………」

 リモネは一歩だけフレイに近づくと、フレイはけらけらと笑った。

「うん。タータにはてんで駄目だったけど、やっぱり精霊魔法が使えるヒトになら有効か」

「何をしたんですか、フレイくん」

「おいらの身体の中に精霊を入れて、おいらの意思を精霊に預けて、その精霊を手を通してリモネに送ったの」

「意思を預けて……送る?」

「そう」

 そんなことができるのか、どうか……。

 いや、実際にやって見せられたのだ。できるのだろう。

 それに似たような事を、リモネにだって出来ないわけではない。

 いくつかの手順は踏まなければならないが、接触した相手に意図を擬似的に伝える、『サイン』と呼ばれる精霊魔法がある。

 しかし、その精霊魔法で渡せるのは極めてあいまいな表現になるし、何より今、フレイは必要なはずの手順の全てをすっとばしていた。

 では、どうやってそれをしたのか。

 あるいは、していないのか。

「そう。それが正解。そもそもおいらは『サイン』なんて精霊魔法使えないしねー。おいらの精霊魔法は、『精霊に干渉される自分の身体を媒体にした、精霊に意識を分散させる』ことで発動させてるような感じなんだ。イメージとしてはね」

 『精霊のお気に入り』。

 そんなフレイにだからできる、一種の才能ではなかと、リモネは思う。

「違うよ。確かにおいらはそう呼ばれる才能の持ち主らしいけれど、けど、それとは関係ない部分で、これはできるんだ」

 というか。

 握手をしているこの状況で、一言も声に出していないのに、何故フレイは『答えて』いるのだろう。

 そこに思考が及び、リモネは何か、奇妙な感覚が頭にまとわりついたことに気づく。

 まとわりついた。

 いや、ずっと前から、そこにはあったのかもしれない。

 ただ……今、気付いただけで。

 今、それがあることを教えられただけで。

「それは、精霊を認識できるヒトならば、必ず持ってる感覚だよ。その感覚は、『精霊(あいまい)意思疎通(おはなし)をするための感覚(チャンネル)』だ」

「……意思疎通のための、感覚(チャンネル)?」

 そう。

 それを使って精霊に話しかければ、精霊はそれを介して答えてくれる。

 だから精霊の数に限度なんてないんだ。

 確かに、数を増やせばふやすほど疲れるけれど……おいらが昨日したような規模だと、さすがに疲れ果てて眠っちゃうけれどね。

 これがおいらが教える精霊についての良いことだよ。

 ね、役立つでしょ?

 おいらと違って正しく、精霊魔法を学んだであろうリモネにならば、それを意識して使えば、きっと強大な精霊魔法が使えるはずだ。

 たぶん、始原竜ならば殺せるくらいにね。

 原姿三竜も、金剛竜ならいけるんじゃない?

 あ、でも黒曜竜は駄目。あれはちょっと別格だからさ。

 そういう意味では、上位竜種でも極法竜は遠慮したほうが良いかな。

「なに……、ですか、この、思念のようなものは……」

「どうしたの? さっきから妙なことになってるけれど。レイ、リモネに何をしたの?」

「本物の意味で『竜殺し』になれるように、精霊魔法に関する事実の一つを教えてあげただけだよ」

 この感覚(チャンネル)は、たぶん精霊を認識できるヒト同士でも使える……と思ってたんだけど、なかなかできる相手がいなくてね。

 でも今、おいらたちはそれをできている。今、ここでね。

 あくまで思念。声はない。言葉もない。だからそこには誤解もない。

「『精霊のお気に入り』は、生まれつきこの感覚を持っている、らしいよ。知ってた?」

 いたずらっぽく笑うフレイに、拳骨を下したのは横に立っていたアンスタータだった。

「レイ。勝手に話を進めないで。私置き去りじゃない。何してたのよ。教えてくれないと殴るわよ」

「もう殴ってるじゃん!」

「何回でもって事だよ。安心して。五秒ごとに十発にしましょうか」

「に゛っ」

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