ささやかな過去改変
公園で、ロストは一人ベンチに座って居た。
夕暮れの公園で遊んで居た子供達も、母親達か迎えに来て今はガランとしていた。
前世も今世もロストは愛人の子供で、母親は早死にし、居場所が無く。
学校では虐められ、家では蔑まれていた。
唯一、公園で遊ぶ子供達だけが心の支えだった。
偶然なのか、どちらの世界でも彼は人族と獣族との混血で産まれた。
どちらでも無いハンパモノ。
彼を蔑む者達はそう思っているし。
彼を守る人は何処にも居なかった。
前世の記憶はなかったけれど。
燻る怨嗟は降り積もる。
けれどまだ、彼はそこまで落ちて居ない。
カサッ、と落ち葉とジャリが鳴る。
音に反応してロストが見上げると、綺麗なお姉さんがいた。
何処から現れたのか、いつ来たのか。
ぼんやりしていたロストには、全く分からなかった。
「あら?そろそろ暗いわよ?
君はお家に帰らなくていいの?」
心配そうな優しい声だった。
「別に…。」
ロストは目を反らせ、ぶっきらぼうに呟く。
「そ?」
簡素に答え、彼女は隣に座ってしまった。
何で隣に座ったんだろ?
と思ったけれど、ロストは何も言えずにただ俯いた。
何か話しかけるでも無く、彼女は鼻歌交じりに足をプラプラさせる。
能天気な仕草に、初めはイライラした。
「ロストさまー!ロストさま!」
遠くでロストを呼ぶ声がする。
家のロスト付きのメイドの声だった。
遅いので探しに来たのだろう。
その声がすると、彼女は何も言わずに立ち去った。
「変な奴。」
そのやり取りは、一週間続いた。
何か話すわけでも無い。
ただ隣に居るだけなのに。
いつの間にか、ロストにとって居心地の良い場所になっていた。
彼女は、一人で居るロストの側に居てくれる初めての人となった。
ずっと一緒に居てくれたら、どれほど幸せだろうか?
優しい歌声は、子守唄のようで。
優しく撫でられる揺り籠の中に居る赤子のような気持ちになる。
異国風の歌声に、ロストはそう思い始めて居た。
それは、ある意味。
ロストの魂の声だったのかもしれない。
ある日、意を決して声をかけて見た。
「あ…あの…こんにちわ。」
話し掛けたい言葉は沢山有ったのに、絞り出した声は震えた小声。
しかも単なる挨拶だ。
何とも格好悪い。
「うん、こんにちわ。」
キチンとロストの目を見ながら、笑顔で答えてくれた。
「お姉さんは、何で一緒に居てくれるの?」
真っ赤になった後、途切れ途切れに何とか言葉を紡げた。
上目遣いに見上げた後、何だか恥ずかしくなって目を伏せる。
心臓がバクバクと音を立てて耳に痛い。
「ん?居たいから、ですよ?」
何でも無いように微笑む。
「ぼ、ボクは人族と獣族の混血で…嫌じゃ無いんですか?」
絞り出す声はとても辛くて震えた。
「人族とか獣族とかさ、君が君な事とは関係無いよ?」
「で、でも、皆ボクを嫌う。
お姉さんは、何で…。」
つい声を荒げて、直ぐに落ち込んで小声になる。
「そーだな、君と一緒に居たいから。
ここに私は居るのよ?
それに、嫌だったら私は近寄らないわ。」
笑顔で言う言葉に、ロストは涙が零れた。
初めて必要とされた。
初めて誰かが一緒に居たいから居てくれた。
それは、ロストにとっての奇跡だった。
彼女はクレアと言い、それから週に1・2回気まぐれに訪れてくれた。
だがある日、ロストは彼女と会う事が出来なくなった。
彼の家が襲撃され、生き残った半獣人の子供のロストは、奴隷落ちした。
いつもの公園で彼女と遊ぶ事が、もう叶わなかった。
クレアに会いたかった。
人族も獣族も、彼にとって最早どうでも良くなっていた。
クレアの様な、自分を見てくれるヒトに、ずっとずっと会いたかった。
それから彼女の事を心の支えに、ロストは生きながらえていた。
しかし、酷い目に合わせても反抗的で心が壊れない事に、意味も無く雇い主の不興を買ってしまう。
ある日魔物の森に捨てられた。
暴行により大怪我を負わされてだ。
「ボク…死ぬのかな?
ママ…。
クレア…。」
気を失ったロストを、誰かだ拾い上げた。
それは、低い男の声でこう囁いた。
「しっかりしろよ、ロスト。
あんたは俺達の母さんがちゃんと愛してるんだ。
このくらいの事で折れたり荒んだり、くたばるなよ。
この程度で死んだり、巫山戯た人生送ったら、俺が承知し無いぜ?」
「俺達の母さん?」
「ああ、そうだ。
俺とお前を愛おしんで産んでくれたあの人だよ。」
「そっかぁ、愛されて産まれたんだね。」
そう呟いで、ボクは意識を手放した。
ロストはその会話を忘れてしまうが。
全く、手のかかるクソ兄貴だよ。
と呟く男の声は、ロストは聞こえなかった。
次に目覚めた時、ボクは森の中の獣族の家のベッドで寝かされていた。
何でも冒険者がボクを拾って回復した後に、ここを旅立ったらしい。
獣族の家主は、ちょっと見た目は厳つい獅子系の人で、はじめビックリして悲鳴を上げてしまったのだが。
会話してみると、とても優しい人だった。
彼は猫系の奥さんと二人で暮らしていて、子供に恵まれず。
ボクを本当の子供の様に可愛がってくれた。
大人になって、森の狩人として生涯を終え。
都で人族と獣族の争いが起こった噂を風の便りで聞いた。
だが、今の心の傷が癒えたロストには、他人事になった。
その後、次の転生の輪に入った頃、ロストは異能を完全に封じられて、全ての過去を忘れた。
神様がそう手配したらしい。
後にクレアに出会えたのは、再びクレアの息子になった時なのだが。
ロストは思い出せなかった。
ただ、とてもお母さん子になった事だけを記して置く。
一方クレアは、
「あの…これで変わりますかね?」
「過去にかかわり過ぎるのも良く無いし。
事態が余り変わりすぎる、と言う事は無いでしょうが。
ロストが、人族史上主義者の指導者ではなくなったので、かなり主力の力が削げたと思います。」
「そ、そんなに?」
「はい、ロストはこちらで異能も覚醒させてしまうので。
それが無いだけでも対応出来ます。
あの異能は、それほど強くなくても、この世界の者と相性が悪いので。」
「でも、どうしてこちらで異能を覚醒出来たのでしょうか?」
パニマ様の世界は新しい。
異世界の魂で、それ程危険な者を簡単に入れるなんて有るのだろうか?
神様じゃ無いのでよく分からないけれど、新世界を破滅させかね無い事をするのは無い様な気がしたのだ。
「アレはあっちの神様のポカミス。
本来新世界に送る魂の原則に、新世界を破滅させかね無い危険な者は贈ら無い決まりが有るんだ。
しかし、あっちの神様は本来くれる予定の魂と、暫く力を削がなくてはなら無い魂を間違えたんだ。
ロストはあちらで末端だけど、神殺しもしてるから。
本来なら、もう暫くは魂の安定が見られるまで、転生自体されないはずだったんだよ。」
因みに、その神様は降格され、現在ファーブラで雑用係になってしまったらしい。
「神殺し…ですか。」
「ああ、神殺しの罰はもう受け終えてるから安心して。」
良い笑顔でサムズアップするパニマ様に、何故か背筋が寒くなる。
「さて、そろそろ皆と現代に戻りますか?」
家康の言葉に頷く。
「あの…家康。」
「何だい?クレアちゃん。」
「母さんって又呼んで?」
甘えた声で見上げる。
キョトンとした後に、家康は破顔して頷いてくれた。
「ああいいぜ、吉乃母さん。」
家康の答えに、はにかみながらクレアは微笑んだ。
最早母と言うより妹の様な年齢なのだが。
過去を思い出したクレアには、昨日の事の様に家康の事が鮮明に思えたのだろう。
家康にとっても、再会は奇跡のような物だから、少しだけ甘えたい気持ちと、何だかくすぐったい気持ちがある。
多少の恥ずかしさもごまかす様に破顔したのだが、多分クレアにはばれているだろう。
そして、私達は港町で待つ一行へと合流したのだった。
「ふえ?!又船旅に戻るのおおおお⁈」
と言うパルーニャちゃんの絶叫を、皆で聞き流しつつ。
現代に戻って船旅を続行しました。
「見えましたよー!
皆さーん!ヤマトリア見えましたよ!」
マサムネさんの声で甲板に出ると、沢山の島が見えました。
あそこに見える島に、我らの目的地があるそうです。
あそこで、人族史上主義者と戦争をして居る小国に、パニマ様の巫女様が居られるそうです。
私達は、彼女を含めたパニマ様の加護持ち。
それをある程度揃えるのは稀なのだとか。
私の元息子、ロストが覚醒しなかった変わりに、何と魔王の眷属が暗躍。
人族史上主義者を語って先導し。
各国で戦争をして居るみたいです。
ロスト程ではなくても、魔王の眷属は驚異なのです。
さて、私達はパニマ様の巫女様に会いに行きましょう。
どんな方でしょうね?
家康を眺めると、私の視線に気付いて微笑んでくれました。
夫譲りの優しい笑顔です。
家康から勇気を貰ったので、出来る事を精一杯頑張ろうと思います。
蒼い空と碧い海が、キラキラと波飛沫を上げて、私達を出迎えてくれました。
終わり
クレアの話はこれで終わりです。
やっと本編に戻れますね。
ネタバレ的な意味で。